第15話 学年合宿 ~陰影~

文字数 2,408文字

 来た道を戻る悠貴と莉々。

 悠貴は横目で莉々を見る。表情のない莉々は無言で歩く。話し掛けようかとも思ったが何を言えばいいか分からない。仕方ないので自分も無言で歩く。

 進みながら悠貴は来た道の景色を見る。森の鬱蒼さ。途中の岩場。身を隠していた幹の太い木。どうでもよかった。閑地での出来事に比べれば……。


(好雄、優依……)


 悠貴にはあの2人があんな所で何をしているのか、全く見当もつかなかった。好雄は魔法を使ってまで自分と莉々をあの場から退(しりぞ)かせた。それぐらい好雄……、そして優依にとって秘密にしなければならない場所なのだろう。

 悠貴は頭を振る。

(ダメだ……、気にはなるけど忘れよう……。危険すぎる……。好雄の言う通り、あいつらが戻ってきても、何もなかったようにしよう……)



 真っ直ぐと続く森の道。さっきみたいに尾行をしている訳でもない。閑地での出来事はもう気にしないと決めた悠貴。足が軽くなったような気がした。



 森を抜けた悠貴と莉々。すでに陽は暮れ始めていた。自分たちが泊まるコテージ。夜にBBQをする予定の庭。森へ入る優依と好雄を自分と隔てていた木の柵……。


 夢から現実へ戻れたような感覚がした悠貴はホッとして腕時計で時間を確認する。BBQの準備をするにもまだ時間の余裕があった。

 コテージに戻って落ち着こうと悠貴が莉々に向かって口を開きかけた時、莉々はさめざめと泣き始めた。


「莉々……」


 悠貴は莉々の手を引いて早歩きでコテージへ向かう。玄関のドアを開け、中に誰もいないか耳をすませる。

(好雄と優依はまだあの場所にいるだろうし、志温はコートにいるだろうから……)

 悠貴はそのまま莉々の手を引いて中へ入る。

 しゃくりあげる莉々を座らせて、自分は台所横の冷蔵庫を開け、スポーツドリンクが入ったペットボトルを取り出す。グラスに注ぐ。その音でとても喉が渇いていたのだと気づく。グラスの中身を飲み干して、別のグラスに同じように注ぎ、莉々に手渡す。


「ありがとう……」

 一応の笑顔を作って答えた莉々だったがすぐに表情が陰る。


 莉々から口を開くまで待とう、と悠貴は目の前の光景をなんともなしに眺める。西陽が目一杯に差し込み、リビングは茜色に染まる。フローリングが眩しい。フローリング自体が光を発しているような錯覚に襲われる。


 悠貴が目を細めた時、遠慮がちに莉々が口を開いた。

「あのね……、もしかしたら悠貴、勘違いしてるかもなんだけど……、私が泣いちゃったのは、怖かったからじゃないの……」

「え……、莉々は怖くなかったのか? 俺……、魔法なんて使われたの始めてたから、今でも震えてるんだけど」

 大袈裟に震えて見せた悠貴に莉々は笑う。

「ふふ、それは私も一緒。怖かったよ、凄く……。もちろん、今でも。でもね、泣いちゃったのは……、何て言うんだろう、あの2人がね、遠くに感じちゃったから。何か事情があるんだろうけど、それでも2人には私たちには言えないこと、有るんだなって。友達だけど……、やっぱり違う世界の人たちなんだなぁって……」


 莉々の言葉が胸に刺さる。悠貴は窓の外を見る。莉々が口にしたことは自分が常々思っていたことでもあった。好雄と優依。大学の、そしてサークルの友人。同時に向こう側の世界の住人でもあった。


 莉々は続ける。

「よっしーも優依も……、魔法士(まほうつかい)なんだね……。あ、いや、今さら言うのも変なんだけどね。知識としては知ってはいるの……。あの2人は魔法士で、大学でもその演習があって、今でも時々研修を受けてて、ローブを(まと)って……」

 悠貴の記憶にも浮かぶ。好雄のローブ姿は数えるほどしか見ていないが優依のローブ姿は頻繁に見ていた。

(そう言えば……)

 莉々の言葉に、悠貴はある光景を思い浮かべる。ローブ姿で並んで歩く好雄と優依とキャンパスの中ですれ違ったことがあった。
 自分は塾講師(バイト)へ向かうところだった。お互いに時間もなかったので、お疲れ様、頑張れと声を掛け合っただけだった。

 暫く、自分とは反対方向へ進む2人の背中を眺めていた。遠ざかっていく2人の背中。走って追いかければ直ぐに追い付く距離だったのに、そこには圧倒的な距離があった。選ばれた者と、そうでない者。

 悠貴は(うつむ)く莉々を見る。莉々が今感じている好雄や優依との距離感は、その時の自分が感じていたものとひどく似ているように思えた。


 顔を上げて莉々は言った。

「悔しいなぁ……。たぶんあれ、お墓だよね……。絶対に教えてはくれないんだろうけど、何かあったんだね、あの辺りで……。優依……、辛そうだったなぁ……。話聞かせてくれたら、少しは慰めてあげられたりできるのにな……。でも無理なんだろうなぁ」

 莉々は悲しそうに笑った。

「魔法まで使って……、口止めしたってことは、本当に一般人には知られたらまずいことなんだろうな。守秘義務ってのかな、きっと魔法士の仕事に関することなんだよ。好雄に言われた通り、俺たちは何も見なかったってことにした方がいい……」

「分かってるよー。分かってても……辛いな、何も出来ないってのは……。うう、私……、しょぼいなぁ」

 莉々はまた笑った。つられて悠貴も笑った。

 悠貴が視線を向ける先。ガラス戸から入る西陽でリビングは透明な茜色に染まっていた。それは一方から(・・・・)見るとただ息を呑むような美しい光景で……。

 視界で何かが動く。水道の蛇口から一滴……、落ちながら茜色を反射する。


(あんな風に、あいつらの徽章も反射してたな……)

 リビングは凄く静かだった。蛇口から落ちる水滴。流しの洗い桶に張ってあった水にピチャッと音をたてて混じる。


「いつか……、話してくれるかな……」

 そう口にした莉々に目を向ける悠貴。答えを求めている問いなのか、それとも只の独り言なのか、悠貴には分からなかった。

 さあ、とでも返した方がいいのだろうかと悠貴が考えている内に次第に部屋は暗くなっていった。
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