才能ナシは転がり続ける

文字数 1,326文字



 父親はマルチに仕事をこなす大物タレント。母親は元アイドルの大女優。

 その息子である星乃(ほしの)(じゅん)は――。

『ドラマの宣伝でバラエティの仕事が増えるんじゃない? 特別おもしろいことは言わなくても大丈夫。普段通りのママを出したほうが魅力的に見えると思う』

 制服姿で、スマホに文字をうちながら街を歩く。

『パパ。あの人、何かやらかしそうな気がする。たぶんお酒だね。あれはもう依存症のレベル。パパとはめったに共演しないだろうけど、知ってたほうがいいと思って』

 耳にはまったイヤホンは、音楽がランダムに流れていた。ちょうどロックの激しい曲が終わり、ゴシック調の暗い曲が流れ始める。

 ふと足をとめ、顔を上に向けた。

 大型ビルの巨大ビジョンに、星乃恵(父親)のプロモーションビデオが流れている。薄暗い照明の下でエレキギターを弾きながら、汗だくで歌っていた。近いうちに開催されるライブツアーの宣伝だ。

 別のビルの巨大ビジョンには、ボディクリームのCMが流れ、女優の美浜妃(母親)が宣伝している。

 純の顔に笑みが浮かんだ。スマホをポケットに入れ、先を急ぐ。



   †

 

「星乃ぉ! だから違うっつってんだろ!」

 ダンスレッスンの男性講師が、稽古場で怒鳴り声を響かせる。純は震えながら頭を下げた。

「すっすみません……」

「おまえアイドルとして一年過ごしてきただろ! そろそろ踊れるようになれよ!」

 大物芸能人の間に生まれた純は今、アイドルになっていた。

 父親似のこっくりとした赤毛と高い身長に、母親似の涼し気な目。見た目こそ申し分なかったが、アイドルとして致命的な欠点があった。

「一年ありゃあな、レッスン生は五分で踊れるようになんだよ! おまえレッスン生以上の努力してんのか? あぁ?」

 純は、どうしてもダンスを踊ることができなかった。振り付けを覚えるのに時間がかかり、笑みを浮かべる余裕もない。

「おまえいつになったら本気を見せてくれんだよ! イノセンスギフトとしてもっとがんばれよ!」

 イノセンスギフトは、純がメンバーとして所属する八人組のアイドルグループだ。

 大手芸能事務所のフローリアミュージックプロダクションが手掛けている。純の父親である星乃(ほしの)(めぐみ)と同じ事務所だ。

 レッスン生でもなかった純は、事務所の会長と社長にスカウトされてデビューした。ダンスも歌も、ド素人の状態で。

「あ~もう、おまえがいるとほんとイライラするんだよな! 下手すぎて!」

 純はうつむき、おなかの前で手を組んだ。講師の荒れた感情が突き刺さってくる。

 壁際にひかえていたスタッフのひそひそ声が、純の耳に嫌でも入ってきた。

「ああやって震えればなんとかなると思ってんのかな」

「これだから二世はいいね~」

 おなかが痛くなり、吐き気がする。

 誰も、助けてはくれない。

「ほんと、おまえ抜きのイノギフをずっと見てたいよ! 目障りなんだよ! 足引っ張りやがって。残って練習して、覚えるまで帰るんじゃねえぞ!」

「はい。すみません……」

 何度怒鳴られようと、何度叱られようと、この恐怖やいたたまれなさに慣れることはない。

 純がアイドルに向いていないことは、純自身が一番わかっている。

 それでもアイドルを続けるしかなかった。社長と父親の、約束のために。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み