彼女を助ける方法 2

文字数 1,586文字




「いや、それはわからないだろ。また共演するかもしれないじゃん。同じ事務所だから事務所で顔合わせることもあるだろうし」

「ないよ、絶対」

 純は笑みを浮かべる。それは。爽太が何も言えなくなるほどの圧を放っていた。



          †



「ノックしないの?」

 ドアの前でじっとしている純に、爽太があきれている。純は声を出さず、口を動かしてみせた。『もうすぐあくよ』

 楽屋のドアが、静かに開いた。

 出てきたのは私服姿の月子だ。相変わらず派手に整った顔をしている。笑みのない表情では、高慢で生意気な印象を与えていた。

「あ、月子ちゃんお疲れさま。帰りにあいさつしておこうと……」

 純を見て、爽太を見ると、一声もなく立ち去っていく。

「なにあれ。感じわる」

 爽太のつぶやきに、同じ楽屋から出てきた平山は頭を下げる。

「ほんとうに重ね重ねすみません。本人からも謝罪しなきゃいけないんですけど」

 まるで偉い人を相手にするかのように、ぺこぺこと繰り返している。平山の中で、月子に対する不安は何も解決していない。むしろ、もっと悪くなっている。

 純はほほ笑みながら首を振った。

「大丈夫です。元気そうでよかった」

 とりあえず頭を下げるのをやめた平山は、バツの悪い表情で純を見る。

「それで、なにか、用が合ったんですよね?」

「はい。平山さんに」

「僕に?」

「はい。月子ちゃんのことで」

 平山は顔をゆがめ、盛大なため息をついた。

「……あの子、一体なんなんでしょうね。ほんと、よくわからなくなる」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、吐き捨てた。

「さっきの部屋の惨状と月子の姿を見せてやりたいですよ。……異常です、あの子。凡人の僕には到底理解できないです」

 薄く笑いながらも返事をしない純と、わけがわからずぼうぜんとしている爽太。二人の姿に、平山は再びため息をついた。

「ああ……すみません。今のは忘れてください」

「大丈夫です。全部、わかってますから。部屋で何が起きていたのかも、月子ちゃんがどういう態度だったかも」

「……え?」

 目を見開く平山に、純は穏やかに笑って続ける。

「誰よりも負けず嫌いで、プライドが高くて、努力家だから天才なんです。なにに苦しんでいるのか、誰にも気づかせようとはしないでしょうね。気づかれることこそ、惨めなことだから」 

 純の言いたいことが伝わったのか、平山はバツの悪い顔でうつむく。

「そうそう。これ、お役に立てればと思いまして」

 純は封筒を差し出す。両手で受け取った平山は、首をかしげた。これがなんなのか問うより先に、純が口を開く。

「うまく使ってくださいね」

 穏やかだが、強制力のある声だった。平山は困惑した表情を浮かべるばかりだ。

 純は平山が持つ封筒を指さして続けた。

「見るときは月子ちゃんのいないところで見てください」

「……え?」

「月子ちゃんをこれ以上、傷つけないためにも」

 平山は封筒に視線をおとす。戸惑うばかりの姿に、純はほほ笑んだ。

「それをどう使うかはお任せします。俺がこうしろなんて言わなくても、平山さんはちゃんとやってくれると思いますし」

 それだけでいい。これ以上の説明は必要ない。

 丁寧に、礼儀正しく頭を下げる。

「じゃあ、お疲れさまでした。引き留めてしまってすみません。いこっか、和田くん」

 平山に背を向けて、爽太と一緒に外へ急ぐ。月子の状況は絶対に好転すると、確信しながら。

「あ」

 ふと、大事なことを思い出し、立ち止まる。

「ごめん、和田くん、ちょっと待ってて、すぐ戻る! ほんとにすぐだから!」

「あ、ええ?」

 一人で引き返し、急いで平山のもとへ戻った。歩き始めていた平山を呼び止める。

「何度もすみません、平山さん。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「月子ちゃんの好きなものって何ですか? チョコレート以外で!」

 あまりにもとっぴな質問に、平山はただただ目をぱちくりとさせていた。



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