まだ耐えられる、大丈夫 2
文字数 2,232文字
角田と目を合わせ、思考を読み取る。このようすだと、今の状況を父親や社長に告げ口しそうだ。
「あの、俺は本当に大丈夫ですから、その……パパや社長には言わないでください」
言ってしまってから後悔する。正義感が強い角田に、この発言は逆効果だったと。
案の定、不満げに眉をひそめていた。
「なんでだよ」
「……パパに心配かけたくないですし。俺は歴が短いので、このくらい当然です」
角田はため息をつく。少なくとも父親には伝えそうだ。社長に伝えられてコトが大きくなるよりはマシかもしれない。
「角田さん、おひとりですか?」
「ん? 今はな。他のメンバーは控室にいるよ」
純は室内を見渡し、忘れ物がないことを確認して廊下に出た。
廊下を同じように見渡す。行き来するスタッフたちのなかに、「プラネット」の他のメンバーは見当たらない。
「あの……茂木さんは元気にされてますか? キーボードの」
「うん、いつもどおりだよ。さっき会っただろ?」
「ええ、そう、ですけど……」
「あいつに純がいたって聞いたから会おうと思ったんだよ」
先ほど茂木から視えた未来を伝えるべきか、純は悩む。話したところで怒られるか、ふざけて笑い飛ばされるかのどちらかだ。
目を伏せる純になにを察したのか、角田は真剣な表情を浮かべる。
「大丈夫か、おまえ。悩みがあるなら相談しろよ? 一人で抱え込まずにさ。俺たちもおまえの父ちゃんにいろいろ助けられてきたクチだからよ、な?」
ウソ偽りのない、男気あふれる言葉だった。
「ありがとうございます。でも、俺は、大丈夫です」
純は人当たりのいい笑みで続ける。
「じゃあ、行きますね。待たせてるので。取材、がんばってください」
「あ、おい……」
頭を下げ、その場を後にする。
アイドルになってもグループの未来はいまだ視えず、先輩の暗い未来が視えたところで何もできない。
自分自身に、嫌気がさすばかりだ。
†
「遅い!」
駆け付けた純に、マイクロバスの前で熊沢が怒鳴る。
「メンバーに迷惑かけるな、このグズ!」
「すみません」
「早く乗れよ。遅れて文句言われるのは俺なんだからな」
怒られてぺこぺこする純はまるで、下っ端のスタッフのようだ。若手の、アイドルグル―プの一員には見えない。
純は顔を伏せながらバスに乗り込み、空いている席に座った。マネージャーが乗りこむと、バスは出発する。
純はそれまで、バスで隣になった者に自分から話しかけることはなかった。
バスの空気は純にとって重々しく、自分を守ることで精いっぱいだ。
ただでさえ肩身の狭い立場で、目立つようなことをすれば熊沢に揚げ足を取られる。精神の消耗はできる限り避けたい。
しかし今、そうも言っていられない状況になっていた。となりから、とてつもない視線が突き刺さってくる。
純は視線を前に向けているというのに、隣に座る人物は、一向に純から視線を外そうとしない。純は諦めて、隣に顔を向けた。
そこに座っていた
「やっとこっち見た!」
空の元気な声がバス中に響く。純は思わず周りの反応を見渡した。
「俺、浜崎空っていうんだ。空って呼んでいいよ」
周囲から注目される状況に、空はまったく気にしていない。先頭に座る熊沢ですら顔を向けているというのに。
「ずっと見てんのに全然こっち見てくんないからさ。全力で変顔するところだったよ~」
元気に満ちあふれた空の性格が、純の頭に情報として入り込んでくる。明るく、社交的で、好奇心旺盛。小学生男子のような快活さ。幼く見えるが、年上だ。
「渡辺月子ばっかりずるくない? ずーっと純と話してんじゃん。俺だって話そうとしてたのにさ~」
純は眉尻を下げてほほ笑んだ。それに気をよくした空は、明るい口調で続ける。
「純はさ、何が好き? 漫画とか読む? 映画とかアニメは? あと……ゲームも結構わかるよ」
とにかく、今の二人は目立ちすぎていた。純の予想通り、熊沢が声を放つ。
「空はいいやつだなぁ」
席に座りなおし、正面を向いて声を張った。
「こんなやつと話したってなんにもならないのに」
圧はなく、軽やかで、友好的な口調だ。
「先輩がここまで話してんのに返事の一つもしないんだぞ? 空が仲良くするような相手じゃねえんだよ。住んでる世界が違うんだからやめとけよ」
熊沢と同じくらいに、空は声を張る。
「え~でも~、純は同じグループのメンバーじゃないですか。仲良くしたいと思うのは当然でしょ?」
純粋に言い切った空に、熊沢は皮肉たっぷりに笑う。
「まあ、それはそうだな。空は星乃恵のファンなんだもんな。そりゃいろいろ聞いてみたいわな」
嫌みが嫌みとして伝わっていないのか、空は首をかしげる。
「なぜそこに恵さんが……?」
純と通路を挟んだ隣の席で、要が素っ気ない声を出した。
「おまえは星乃恵が目当てで星乃純と仲良くしたいんだろ、ってこと」
「え? ちがうちがうちがう!」
ひときわ大きい声で否定しながら手を振り、純に訴える。
「確かに恵さんのことは尊敬してるけど、純にどうこうしてほしいとは思ってないから! ほんと! 純粋に純と仲良くしたいと思ってるからで」
「うん、わかってるよ」
純は、笑っていた。
「それに、親目当てでも大丈夫。けなされるよりは、全然いい」
「そ、そうか」
空はほっと胸をなでおろし、話を続けた。一方的に自分の好きなことを話しているだけだったが、純は終始、にこやかに相づちを打っていた。