するな。しろ。しなくていい。 2
文字数 2,047文字
伊織から直接向けられる嫌悪に、周囲からの同情的な視線。何事かと、おもしろおかしいものを見る好奇心。
純一人では、この状況を打破することはできない。
「ほんと、何考えてんのかわかんない。そっちがずっとそんな態度だから、こっちも仲よくしようって気がうせるんだろ?」
「すみませ」
「だからそれはもういいって!」
純の体が震える。
「自分からちゃんと行動して、言いたいことがあるならちゃんと言う! なんでそんなこともできねえんだよ。そんなんだから甘やかされた二世なんて言われるんだろ! いつまでも被害者ヅラしやがって!」
「伊織!」
飛鳥が反論しようとしたとき、仕事の電話に出ていたマネージャーが戻ってくる。
「おいおい、どうしたんだよ……」
面倒ごとが増えたとばかりに顔をゆがめていた。頭をかきながら近づいてくる。
「またおまえか、星乃。いい加減にしろよ。またみんなに迷惑かけてたんだろ」
「ちが」
「ああ、いいいい。谷本は黙ってろ」
純は青白い顔を伏せ、返事をしなかった。――できなかった。
向けられる悪意も、声も視線も、純の頭の回転を鈍らせる。目にたまる涙を、必死にこぼすまいと我慢した。
「でたよ、お得意の被害者アピール。自分が悪いなんて全然思ってないんだもんな。素直に謝ればいいだけの話だろ。謝ればそれで終わるんだから」
先日の会議のこともあってか、熊沢はここぞとばかりに責め立てた。
純はますます閉口する。この場では何を言っても、悪いのは純になる。
「そんな態度ばっかりとってるとめんどくさがられるぞ。注意した側がいじめてるみたいに思われるだろうが」
「いじめてるみたい、じゃなくて、いじめてんでしょ?」
黒々とした感情が渦巻く空気は、一瞬にして冷え込んだ。声を発したのは、いつのまにか熊沢の後ろに立っている、要だ。
「何も言えない相手に寄ってたかって責め立てるのは、いじめじゃないんですか?」
腕を組みながら鼻で笑う。
「まあ、芸能界って怖い場所ですから、これが当たり前なんでしょうね? 少なくとも最初から最後まで見てた俺はいじめだと思います。あーこわいこわい」
現場の空気は冷え切ったままだ。誰も要に同調せず、かといって熊沢の擁護に出る者もいなかった。
「なんすか? さっき星乃に言ってみたみたいに言い返したら? まあ、聞く気ないっすけどね。今の俺みたいに、あんたらも星乃の話聞く気なかっただろうし?」
とうの純は、要を見て、熊沢を見る。熊沢は困惑をにじませながら要を見すえていた。
要が純をかばう理由が見つからない。それは純も一緒だ。助けてもらうほどの関係性は、築けていないつもりだった。
「っていうか。おれ、そもそも星乃と一緒にダンスの確認するつもりだったんだよね。飛鳥ちゃんたちと話してたから待ってたんだけど、いつのまにか伊織が怒鳴ってて。……そうだろ? 星乃」
要はにっこりと笑う。アイドルらしい、万人受けする笑みだ。
意図を読み取ってうなずく。
「あ……はい。実は先に氷川くんからダンスの練習に誘われてたんです……」
ウソだ。
しかし要の口角が上がったところからすると、これで正解らしい。
「でも谷本くんに誘われたから、それなら一緒に練習するのはどうかなって考えてて……。でも、すぐにそう言わなかった俺も悪いですよね、すみません……」
伊織にちらりと視線を向けると、腕を組みながら、眉間にしわを寄せてにらんでいた。
純の言葉に、要が平然と続ける。
「そういうわけなんで、そろそろ星乃と一緒に練習してもいいですか? 俺たちダンス苦手だから、少しの時間でも練習したいんで」
熊沢は返事をしなかった。舌打ちとため息をいら立たしく響かせ、吐き捨てる。
「ったく。無駄に騒ぎやがって」
いたたまれない。早くこの場から離れたい。純のせいで、グループの人間関係が乱れていく。
「勘違いしてごめんの一言も言えないんだ? いい先輩だね?」
要が伊織に目を向け、鼻を鳴らす。その表情は、純に向けるものとは違い、軽蔑していた。
伊織の表情には明らかにいら立ちが見えている。怒鳴るのを我慢するように、声をおさえる。
「それならそうだって最初から言えば? おまえが出てきたらこんな大ごとにもならなかったのに。かわいそうな星乃を放置してたのはおまえも一緒だろ」
飛鳥のため息が、二人の間に入り込む。
「往生際が悪い! さっきのは完全に伊織が悪いよ」
不満げに顔をそらす伊織を横目に、要は純を手招きして、振付師のほうへと歩き出す。
伊織や飛鳥を気にしながらも、純はぎこちなくついていった。要が振り向き、静かに言い放つ。
「人にかぶせて発言することはできるのに、自分のための反論はできないんだ?」
「すみませ」
「謝んなくていいから。そんなの、求めてないし」
要の言葉から、かすかに感情と思考を読み取った。求めているものを、理解する。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
要は正面を向いて足早に向かう。ついていく純は、要の持つ不器用な優しさを実感していた。