すべては親のために 2

文字数 2,463文字



 ヒット曲を多く出し、知名度も高い。スタッフを十数人もつれて歩くくらいには影響力もある。恵とは、なにかと共演する機会が多かった。

「おう、純。久しぶり~! 」

 ドラム担当の派手シャツ男が、声をかける。

「お久しぶりです、角田(かくた)さん。うわっ」

 純の肩を、フランクに抱いてきた。

「元気してたか~? このあと父ちゃんとなんかすんの?」

「ご飯行く約束してて」

「お、いいな~。いいもん食って大きくなれよ~? ってっもうなってるか!」

 ギター担当の湯島(ゆしま)が、続けざまに話しかけた。

「純、このあいだの恵さんとのコラボ、見てくれた?」

「歌謡祭のやつですか? 見ました~。歌も演奏もかっこよかったです」

 純はキツネ目を細める。ぽややんとした柔らかい雰囲気が、全身からただよいはじめた。

「ネットでも話題になってましたよ。番組が公式で出した動画も、再生数すごいですし」

 プラネットと純は、和気あいあいと話し込む。恵が腕を組みながら不満げに口をはさんだ。

「おまえら、俺より純と仲良くしやがって」

「いやあ、純くんめっちゃいい子っすからね~」

 ひげを生やしたボーカルの和久(かずひさ)が、冗談交じりに返す。

「恵さんと違って全然怖くないですし、ムチャぶりすることもないですから」

「おまえら今度共演したとき覚えとけよ」

 父親と後輩たちの会話は、まだ続いている。その間、純は気配を消し、プラネットのメンバーをそれぞれ見つめていた。とあるメンバーに視線を向けたとき、鼻に手を当てる。

「それにしても、ずいぶん成長したな、純は」

 ベースの斎藤(さいとう)が気を遣い、話しかけてきた。純は鼻から手を離し、ほほ笑む。

「はい。前回お会いしたときより身長伸びましたから」

「だよな? もう、父ちゃんと同じくらいなんじゃねえの?」

 斎藤は自分の身長と純の身長を手で比べていた。純のほうが数センチ高い。

「イケメンだし、女子からもモテるだろ?」

「そんなことは……」

「芸能人になるのは考えてねえの?」

 純の返事が、止まった。嫌な沈黙が流れる。

 なんと答えようか考えあぐねていると、角田が斎藤に肘をつき、ふざける口調でつっこんだ。

「なーに言ってんだよ。そんなうまくいく世界じゃねえっつーの」

 その流れに、恵が乗った。

「そうそう。変なこと吹き込むなよ。純には公務員になってほしいんだから」

「ええ? 公務員っすか? あの星乃恵の息子が?」

 プラネットのメンバーたちは、声を上げて笑う。角田が純の肩に手を置いた。

「まあ、確かに、純が勉強できるタイプなら、それもアリだな」

「ですね。俺はあまり……芸能界のことは考えてなくて」

 純の視線がプラネットの背後に向かう。そこにひかえていたスタッフが、プラネットにそろそろ移動するよう声をかけた。

 メンバーたちは恵に会釈して、スタッフとともに裏口へ向かっていく。その姿を見送った恵は、となりにいる純に視線を向けた。

「疲れただろ? ごめんな無理させて」

 純はプラネットが去ったほうを向いたまま、顔から感情を消していた。疲れきった小さい声で返す。

「あの人」

「なに? 」

「あの黒髪の人」

 五人いるメンバーのなかで、一人だけ、黒髪で長髪のメンバーがいた。さっきの会話では一言もしゃべっていない。

「ああ、キーボードの茂木(もぎ)ね。茂木がどうした? 」

「目が、変だった」

 恵は首をかしげる。

「そうだったか? 」

「笑ってたけど、笑ってなかった。……いつもとは違うにおいもした」

 純は鼻を手で押さえ、目を伏せる。

「女か? 」

「多分違う。女性ものの香水の匂いじゃない。……変なにおい。薬草みたいな」

 純が茂木の瞳から感じとったのは、虚無と、病。本能で感じ取れる、危うさ。

「うーん……俺にはわからなかったけどなぁ」

「気をつけてね、パパ。巻き込まれないように」

「それは、共演を控えたほうがいいってことか?」

 真剣な顔で尋ねる恵に、純は言葉を選ぶ。

「うん。控えたほうがいい、と思う。それしかできない。それしか、してあげられない」

 純の頭に、恵の手が乗る。わしゃわしゃと、赤毛を乱していった。

「裏で声をかけるのはいいのか?」

「それは、いいんじゃない? ……どうにもならないと思うけど」

 その言葉を否定するかのように、頭に乗った手がますます髪をぐちゃぐちゃにする。なんとも言えない複雑な感情が、その手をとおして伝わってきた。

 恵は短く息をつき、手を離す。

「あいつらが、ねぇ。悔しいけど、おまえのそれはあたるからな」

 純に背を向け、エレベーターのボタンを再び押した。すでに到着しており、扉が開く。

 中に入る恵に続き、純が一歩、踏み出した。

「ありがとうございましたー! 」

 張り裂けんばかりの声に、体が固まる。

 稽古場のドアから、たくさんのレッスン生が飛び出てきた。着替えるものは更衣室へ、そのまま帰るものは純の後ろを通り、エントランスへと向かっていく。

 褒められた優越感。怒られたあとの機嫌の悪さ。いつまでもデビューできない焦り、イラ立ち、見下し、嫉妬、自己顕示欲……。
 それらがとにかくぐちゃぐちゃに混ざり合い、容赦なく純の背中に突き刺さってきた。

 息苦しいのを我慢しながら足を動かし、恵が待つエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まると、外でただよう感情は遮断される。

 上に向かっていくエレベーターの中、純は息をつき、ボタン上にあるパネルに目を向けた。表示される数字が順に上がっていくのを眺める。

「ごめんな。俺が連れて来たばかりに」

 ボタンの前に立つ恵は、眉尻を下げて純を見すえていた。純は思い出したように笑みを浮かべる。

「え? ああ、大丈夫だよ。こんなのいつものことだし」

 黒い感情と怒声に満ちているこの事務所が、ほんとうは大嫌いだった。

 建前の裏にある本音。キレイな顔の裏にある醜い思考。いくら清廉潔白な言葉で取りつくろおうにも、隠された欲望や悪意を純は見つけてしまう。

 父親が芸能人でなければ――そんな父親が大好きでなければ、わざわざこんなところに来たりはしない。

 純は、自分の能力で親を支えるためだけに、ここにいる。


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