イノセンスギフトの「Fresh gift radio」 1
文字数 2,206文字
ラジオの放送局に来た純は一人、控室に通された。打ち合わせの時間にはまだ早い。
学校の課題を進めながら、月子とメッセージアプリで連絡を取った。初めてのラジオ収録だと伝えたら、返信がすぐに来る。
『じゃあ緊張してる?』
『もちろん。未知の世界だもん』
今年から、イノセンスギフトの年下組によるラジオ番組が始まった。
八人いるグループの中で、上の年齢にいる四人が
ラジオは週替わりに二人ずつMCを務めることになっていた。この日の収録で、はじめて純が出演する。もう一人のМCである
『そう気構えなくても大丈夫。ラジオのほうが気楽にできるって人、結構多いよ。純ちゃんもそうなんじゃない?』
『どうだろう? 和田くんがほとんどしゃべって終わりじゃないかな』
スマホでメッセージアプリのトーク画面を開いた。相手は熊沢だ。なんと文字を打とうか考えていると、ノックの音が聞こえた。
返事をするとラジオ番組のプロデューサーが顔を見せる。番組制作の責任者で、タレントとの打ち合わせも担当していた。
純はすぐに立ち上がり、頭を下げる。
「おはようございます、星乃純です」
プロデューサーは中のようすに、
「えっと……一人だけですか?」
テーブルに置いていた、純のスマホが震える。画面には、熊沢からのメッセージが表示されていた。読んだ純は、プロデューサーに頭を下げる。
「すみません! 二人とも、打ち合わせの時間には間に合わないみたいで……」
「えぇ?」
プロデューサーはこれ見よがしにため息をついた。イノセンスギフトの印象が悪くなったのは言わずもがなだ。
「しょうがない。先に星乃くんだけでも打ち合わせ進めておきましょう」
「本当にもうしわけありません」
ぺこぺこと頭を下げる純に、プロデューサーはもういいよと苦笑する。
「……あのマネージャーさんにも困ったもんだよね」
純はあえて、聞こえていないふりをした。
二人でテーブルをはさみ、進行表を見ながら打ち合わせを進めていく。純は進行表にペンで書き込みながら、話に相づちを打っていた。
「大体の流れはわかります?」
「ああ、はい。まだ不安なところも多いですけど」
「真面目だなぁ、星乃くんは。最初は緊張するかもしれないけど、表どおりにちゃんと進めていけば大丈夫ですから」
爽太とマネージャーが遅刻しているという点をのぞけば、打ち合わせは和気あいあいとしていた。
「お父さんのラジオって聞いたことあります? あの人ってラジオもおもしろいじゃないですか?」
「はい」
「星乃くんにはプレッシャーなんでしょうけど、最初からあそこを目指そうだなんて考えなくてもいいですから。がちがちにならず、気楽にいきましょう。きみ、すっごい真面目みたいだし」
「はい。お気遣いありがとうございます」
ふと、プロデューサーは腕時計を確認する。
「まだ来ないみたいですね?」
「すみません……」
「ああ、いやいや大丈夫ですよ。星乃くんが謝ることじゃないので」
不快な感情を隠しながら、純相手にあっけらかんと笑っている。大人だな、と純は感心しつつ、申し訳なさでいっぱいだった。
「あの……ラジオブースの中を見てもいいですか? 収録の前に少し確認しておきたくて」
「ああ、初めてですもんね。いいですよ、行きましょう」
純はプロデューサーにつれられて、ラジオブースに足を踏み入れる。副操作室では、すでに他のスタッフたちが待機していた。
二人が遅刻していることをすでに把握しているらしい。不穏な空気をひしひしと感じ取る。
純は心の中で謝罪しながら、ブースでプロデューサーの説明に耳を傾けていた。
「このレバーがマイクのオンオフになってます。タイミングは進行表にもかいてあると思うんですけど、曲が流れるときは基本的に切っておいて……」
純は真剣な表情で、相づちを打つ。ひととおり話を終えたプロデューサーは腕時計を見て、副操作室に顔を向けた。
副操作室のピリピリとした空気。収録開始の時間が迫っている。
「……すみません……ほんとうに」
「いやいや。星乃くんが悪いんじゃないですから。とりあえず、もう座って準備しててくれますか?」
「はい……」
純は言われたとおり、席に座る。進行表で流れを確認する中、副操作室のほうから流れてくる不快気な感情が、肌を刺してきた。
不安、焦燥、不信。とにかくいい空気ではない。
爽太不在でリハーサルを終え、しかたなく収録を始めようと、純がヘッドフォンを装着したときだった。
副操作室のほうが一段と騒がしくなる。爽太とマネージャーがようやく入ってきたのだ。二人とも顔面蒼白で、
「申し訳、ありませんでした!」
あの熊沢が、プロデューサーやスタッフに深々と頭を下げている。隣にいた爽太も、同じように頭を下げた。
爽太は純と同い年の高校一年生。同じ年下組というだけで、あまり接点はない。名前のとおり爽やかで、品のいい顔立ちをしている。近所で人気者の優しそうなお兄さん、といった印象だ。