金属製

文字数 1,973文字

 お世話になっているバイクショップに二週間ぶりに伺うと、有名バイク雑誌の編集長さんがお見えになっていた。僕は挨拶をして、ショップの店主と三人でバイク談義に花を咲かせた。そしてバイクにまつわる話題が切れて別の話題に移ると、編集長がある事を切り出した。
「足立と埼玉の境目に、小さな町工場や整備工場がありますよね」
 編集長の何気ない一言に、僕と店主は「ええ」と生返事を返した。確かにあのあたりは昔からの町工場や倉庫が並び、背の高い建物や小さな住宅が密集する東京都心とは違う趣きを持っている。
「あそこに変わった工場があるんですよ。『金属製のあなたを作ります』って言うキャッチコピーの会社があるんです」
「どんな会社ですか?」
 興味を持った僕は編集長に聞いた。編集長は興味を持った僕に驚いたのか、僕に向かってこう答えた。
「金属の加工会社なんですけれどね、個人向けにオーダーメイドで金属製の部品を作ってくれるんですよ。それも創業者自ら。面白いでしょ」
「面白いですね。様々な用途に使える部品を作ってくれるなんて。バイクとか車の部品が欲しい人にはありがたいですね」
「それが違うんですよ」
 僕が相槌を打つと、編集長は少し笑いながらこう続ける。
「人の部品を作ってくれるんですよ。それも様々な」
「医療関係ですか?」
「そうじゃないのですよ。人に必要な物を作ってくれるんですよ」
 編集長のその言葉に僕は驚いた。医療器具ではない、人に必要な鉄の部品とは何だろうか?
「面白い会社ですね」
「ご興味があるなら、一度お尋ねしてみてはいかがですか。アポイントメントが必要なら、先方の電話番号をお教えしますよ」
 編集長に促されるまま、僕はその人に必要な鉄の部品を作る会社の電話番号を教えてもらった。


 電話番号を教えて貰った僕は、さっそくその電話番号に電話をかけて訪問の約束を取りつけた。訪れてよい日は金曜日の午後になったので僕はその日に伺う事にした。
 スマートフォンのナビアプリに教えて貰った訪問先の住所を入力して、バイクでその場所に向かう。場所は東京都足立区と埼玉県川口市の丁度境目にある、小さな小川沿いに町工場が立ち並ぶ一角にあった。僕はバイクを来客者用の駐車場に停めて、ヘルメットを脱ぎ会社に入った。工場の中では初老の男性と、まだ二十代と思わしき男女が二人。合計三人の従業員が金属のパイプや鉄板を加工していた。
「失礼します」
 僕が少し大きめの声で声を掛けると、三人が作業の手を止めた。
「ああ、どうも。ご連絡を頂いた方ですか」
 答えたのは初老の男性だった。やせ細り骨ばった容姿と抜けた前歯が、いかにも長年の工場労働者という印象を与える。
「はじめまして連絡を差し上げました。**と言う者です」
「こちらこそどうも。私がこの会社の代表です」
 代表と名乗った初老の男性は恭しく頭を下げた。僕もそれにつられて頭を下げた。
「人の部品にご興味があるようですね」
 代表の男性は単刀直入に言ってきた。てっきり何か前置きの言葉を置いてから本題に入ると思っていた僕は驚いた。
「はい。どのような物か興味がありますか」
「こちらに以前作ったものが幾つかあります。お見せしましょう」
 代表の人に促されるまま、僕は彼の後に続いた。
 通された場所は工場から離れた倉庫で、鉄のドアが一枚ある以外には何もない倉庫だった。代表の人がドアを開けて中に入り、明かりが付くと、そこは金属で出来た摩訶不思議な造物が床一面に散らばる不気味な空間が広がっていた。僕はてっきり金属で作られた臓器が綺麗に整頓されている光景を想像していたので、こんな光景に出会うとは予想していなかった。
「ここでは、どんな物に出会えるのですか?」
 恐る恐る、僕は代表の人に訊く。
「その人に必要な物などです。あるいは自分が一番欲しがっている物、今の自分を象徴する物などです」
 代表の人はそう答えて、足元に散らばっている金属の造物を一つ拾い上げた。それは人間の心臓を模した鉄の塊で、黒光りする表面処理を施されていた。
「これは今のあなたを表しています」
 代表の人は静かにそう呟いて、僕にその黒光りする心臓らしきものを手渡した。表面は冷たかったが、中が空洞らしく思いのほかに軽い。素材も鉄ではなく、軽くて変形しやすいアルマイトのような素材で出来ているらしい。
「これが今の僕ですか」
「はい。黒くて固いようですが、実際は中身は空で思いのほか変形しやすいのです。熱伝導率も高いですよ」
 いかにも職人然とした口調で、代表の人はそう説明する。手に持った部品の向こうに、代表の人の何処か楽しそうな表情が見える。

                                     (了)
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