戻る必要のない場所。

文字数 2,329文字

 栃木県のとある山に、行ってはいけない神社があるという。
 金曜日にフリーランスのライターである友人と会い、他愛もない会話をしていると、友人が何気なく漏らしたのだ。何気ない言葉ではあったが、興味を持った私はその事を少し詳しく聞こうと思った。
「栃木県の中心部、K市にある。寂れた神社だよ」
「どんな神社なんだ?」
 私は知らない知識を得ようとしている子どものように続けた。こんな風に自分の知らない何かに興味を持ったのは、小学生の時以来だ。友人は興味を持った私に少し困惑ながら、こう説明した。
「言い伝えによると、常に待ち人を待っている得体の知れない悪霊みたいなのが居るらしい。そいつに付き合ったら最後、二度と帰っては来れないという言い伝えだ。俺もそこまでしか知らない」
「そうなのか」
 私は頷いた。ここ最近新しい刺激に飢えていたので、興味を隠し切れなくなった明日にその神社へ向かう事にした。

 翌日の土曜日になると、私は車を引っぱり出して東北自動車道を走った。東京を越え埼玉、群馬と進んでゆくと、季節外れの鉛色の雲が空を覆い、子どもじみた私の興味を押し潰すような重苦しさを視界に与えてくる。だが高速道路に乗り料金を払ってしまう以上、後に引き返すつもりはなかった。
 東北自動車道を降りて、下道に出てコンビニで小休止を取る。トイレを済ませて一五〇円のコーヒーを手に入れると、私はスマートフォンのマップアプリを起動させて、友人から聞いた名前の神社を入力する。だがナビアプリは『その住所は表示できません』という短い一文を画面に出すだけだった。
 スマートフォンと言う文明の利器ですら表示できないミステリアスな場所に、私の興味はますます高まった。何とかしてたどり着きたいという気持ちに動かされた私は、地元の人間らしき一人の老婆に声を掛けた。
「すみません。XX神社というのはどのように行けばいいでしょうか?」
 私の声を聞いた老婆は目を丸くして私を見た。だがその表情は私の話した東京弁が珍しかったという類のものではなかった。
「あそこに、行きたいのかい?」
 呆れたような声の標準語で、老婆はそう漏らす。
「はい。友人との会話で興味を持ちましたので」
「ここを左折して、地蔵様のある交差点を左折する。その後細い山の中に入る道を進むと、右の林の中に入って行く道がある。そこだよ」
「ご丁寧にありがとうございます」
 私は感謝の言葉を述べた。
「いいさ別に。もうあんたとは会わんのだから」
 最後に履き捨てた老婆の言葉が気になったが、私は構わずコンビニを後にした。

 私はそのまま老婆に指示された通りの道順で車を走らせた。地蔵様のある交差点を左折し一車線の道を直進すると、山道に入った。そこにあった林の中へと続く細い道へと右折すると、車一台がようやく通れる道を二分ほど進んだ。周囲は鬱蒼とした木々が生い茂り、まだ昼前だというのに空からの太陽の光を遮断して辺りに暗く冷たい雰囲気を漂わせる。
 目の前に古ぼけた木の鳥居が見えると、私は車を停めた。その向こうには石畳の上に載った古ぼけた木の御社が一つあり、その前では深みのある赤色の着物を着た少女が一人、すがり付くように祈りを捧げている。私は車を降りて、まず周囲を見回した。深い緑に囲まれたその場所には、赤や黄色と言った明るい色合いの物が全く存在せず、すべてが重い質感を放って光を吸収していた。そして季節外れの冷たい空気が、私の身体から熱を奪ってゆく。
「ここはXX神社かい?」
 私は祈りを捧げる少女に声を掛けた。少女は立ち上がって、私の方を振り向く。
「はい。そうです。誰かが来るのを待っていました」
 着物姿の少女はそう答えた。まだ中学に上がったばかりくらいの年齢だろうか、少し日に焼けた褐色掛かった肌色と、図刷りに溶いたような墨色の黒髪が美しい少女だ。私が恋を知った時、ちょうどこの様な年頃だったのを覚えている。
「君は捨てられたのか?それとも置いてけぼりにされたのか?」
 私は訊いたが少女は答えなかった。代わりに目元に大きな涙を浮かべて、私の懐に飛び込んできた。涙の温かさが私の服越しに伝わってきて心地良い感覚になる。
「話したくありません」
 少女は私に抱き着いてきた。私も彼女を抱きしめて彼女が受けて来た痛みと辛さ直接身に受ける。少女は着物以外何も肌に着けていなかった。その事実が私の劣情を呼び起こす。
 抱擁の後、朽ちた御社の前で私は少女の事についてあれこれ質問したが「話したくない」の一点張りで譲らなかった。私はさすがに困惑したが、無理に彼女をここから連れ出す事も出来なかった。
「傍にいてください。お願いします」
 不意に少女が私に懇願する。
「何でまた?」
「一人では寂しいからです。お願いします」
 少女は続けて私に懇願する。次の言葉をどうしようかと考えていると、少女は両手で私の右手を取った。そして私に再び抱き着いて、着物の懐に私の手を潜り込ませた。
「一緒に居てください」
 その言葉をきっかけにして私は少女を抱き寄せた。潜り込んだ私の右手はまだ幼い彼女の乳房に触れ、彼女の滑らかな肌の質感と熱、土から芽を出したような先端部の甘い感触を感じていた。
 そのまま私は彼女と一緒に御社の前に倒れ込んだ。着物を脱がし、まだ女になり始めたばかりの身体が露わになる。これで十分だという意思に促されるまま、私は少女に多い被さる。
 その後、私はその場所から永遠に離れる事は無かった。離れる必要などなかったのだ。

                                       (了)
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