目の奥の不安

文字数 988文字

 最近、僕は強烈な不安感に襲われている。
 その不安の正体については、正直僕にも判らない。自分に対しての不安か、それとも自分にとっての不安なのか。全くもって区別がつかない。唯一分かっているのは、その不安は僕の目の奥にあり、目に映るすべての物から不安を感じさせ、対象物を視界から外しても僕の中に不安が残る事だ。
 ある日路線バスに乗ったのだが、僕はその車内で猛烈な不安に襲われた。バスが事故にあうとか、変な人間が乗車してきて自分や他の乗客に危害を加える不安を感じるという物ではない。バスの車内とその窓の外側に映る街の景色が、僕を不安にさせるのだ。耐えられなくなった僕はバスを途中で降りて、徒歩で目的地に向かったのだが、降りた場所で見た光景、寂れたガソリンスタンドも、簡素な停留所も進行方向に見える古い都営アパートも、頭上に広がる薄灰色の空も、すべて僕を不安にさせる物だった。
 不安はそれから後も続いた。仕事に出て目を通す画面越しの情報も資料も、何の問題が無いにも関わらず僕を不安にさせた。仕事の合間に買った缶コーヒーも、昼食に買ったワンコインのガパオライス弁当も、すべてが僕を不安にさせた。何とか一日我慢して家路についたのだが、帰るまでの電車の車内も、駅構内の看板や案内表示も、普段なら何でもない存在であるはずなのに、目の奥にある不安によって恐ろしいもの、自分を侵食し破滅させるようなものに見えてしまった。

 次の日、不安に耐えられなくなった僕は仕事を休んだ。だが家の中に居ても不安な気持ちは消えなかった。むしろ何の変化も起こさない部屋の家具や本棚にある本の背表紙が、僕に強烈な不安を植え付けてくる。部屋の明かりを消して視界に入らないようにしたが、それでも不安は消えず、耐えられなくなった僕はキッチンから果物ナイフを持ってきて、不安が宿っている自分の両目を刺した。
 凄まじい痛みを感じ、うめき声と共に僕が感じていた不安が少し和らぐ。これで楽になれると思ったが、宿っていた目を失った不安は僕のさらに内側に移動してきて、僕の心臓と頭の中の両方に宿ってそのまま居座った。僕はその二つの不安に殺されると思い、叫び声を上げて逃げようとしたが、目を失って何も見えなくなってしまった僕に、不安から逃れる道はなかった。

                                      (了)
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