不法投棄の巣窟

文字数 3,448文字

 僕は東京都の西側、神奈川と山梨県に近い自然豊かな地域のアパートに住んでいた事があったのだが、その近所に不法投棄の巣窟となっている雑木林がある。
 一応自治体や地元町会の人達が『ゴミを捨てるな!』という看板を立てて注意を喚起し、『物を捨てると不法投棄となり法律により処罰させられます』と脅したりしているのだが、効果は殆どない。不法投棄する人間は罪悪感が欠如しているのと、住民も注意してもあまり効果が無いと諦めているせいだ。
 不法投棄されるものは、実に多種多様だ。薄汚れたスーツケースに、家を解体したが処理するのが面倒な水洗トイレやシンク。そして家具に電化製品など。だが不法投棄の定番メニューに交じって、ごくまれに珍しい物が捨てられる事もあり、そのせいで奇妙な体験をしてしまった。


 二年前の夏の終わりの深夜、僕は地元の飲み屋で少し飲んだ後、酔い覚ましの為に少し歩く事にした。日が沈むと日中の暑さは和らぎ、草木の間からは心地よい温度の風と共に虫たちの音色が聞こえていた。僕は歩きながら不法投棄の巣窟となっている雑木林に近づくと、季節外れの厚手のジャンパーに長ズボンの少年が、雑木林前の道路で佇んでいるのが見えた。不審に思った僕は彼の元に近づいて、声を掛けた。
「どうしたのだい。こんな時間に」
 僕の声に反応した少年は僕に振り向いた。顔立ちからして八歳前後だろうか。夜中に一人でいたのに妙に落ち着き払っている。
「ここは何処ですか?」
 少年は小さな声で答えた。僕はこの雑木林がある自治体名を答えた。
「君はどうしてここに居るんだい?しかも夜のこんな時間に」
 続けて質問すると、少年は落ち着いてこう答えた。
「ぼく、この林に骨を捨てられたんです。二人目の父さんと母に殴られて死んだ後、焼かれて骨になって、車に乗せられてここに捨てられたんです」
 少年は衝撃的な内容の返事を返したが、驚きはしなかった。季節外れの少年の服装と様々な物が捨てられている林の前に佇んでいたという事実が、少年の話に説得力を与えていたのだ。
「君は死んだ人間の怨霊か。これからどうするの?」
「わかりません。とりあえず、ここがどこなのか分かっただけでも良かったです」
 少年の怨霊は曖昧な言葉を返して、不法投棄物が散乱する林の中へと歩いて行き消えていった。その後ろ姿を眺めていると、僕は一人の少年の死に対する怒りよりも、彼に対して何も出来ない虚しさの方が強かった。

 その次に起こった事は、秋口の日曜日。確か時間は昼過ぎだったと思う。また林の前を通ると、今度は女の呻き声が風に運ばれて聞こえて来た。何事だと思い注意深く耳を澄ますと、苦痛に耐える女のうめき声だった。僕は怪我をした人が居るのかもしれないと思い、投棄物が無造作に置かれ、茶色くなり始めた雑草が伸び放題の林に向かった。
 林の中に入って行くと、Tシャツ姿の女が一人木に上半身を預けて呼吸を整えているのが見えた。さらに近付いてみると、女は下半身を丸出しにして尻を突き出している。そしてその足元には、粘っこくて透明な粘膜に包まれた、この世の物とは思えない生物たちが四匹蠢いている。暫くすると、小さな怪物たちは包まれた粘膜を破って、小さな奇声を上げながらバタバタと動き回り、草むらの中に消えていった。
「あら、人間が来るなんて珍しい」
 怪物の姿に絶句していた僕に、女が声を掛けた。
「何だ、お前は」
「あたしはこの世界に住む化け物。人間の姿はしているけれど、人間を利用して人の命を喰う生き物よ」
 自らを化け物だと名乗った女は得意気に答えた。そして僕の目を見たままこう続けた。
「今産み落としたのは、私の血を引く化け物の子ども。いずれ成長して人間に化ける事を覚えると、人間を貶めたり殺したりして生きる存在になるわ」
「何でこんな所に居るんだ?」
 僕は引きつった声で訊いたが、女はすぐに答えなかった。そして不気味に光る粘液を股の間から垂らし、ゆっくりと僕の元に歩み寄ってくる。Tシャツ越しからもはっきりとわかる大きな乳房は、人間の男を引き寄せるために必用な道具だろうか。
「ここは不法投棄の巣窟でしょ。人間の醜い欲望が行き着く終着点。私達はそう言う物が大好きなの」
 女は僕の手をいつの間にか掴むと、そのままTシャツの中に潜り込ませた。
「あんただって醜い人間の一員で醜い欲望を中に秘めているんでしょう?折角だから頂戴よ。殺さないしいい思いをさせてあげるからさ」
 女は耳元でそう囁いた。僕は自分の持つ人間の醜い欲望に抗えず、化け物の女を犯し貪った。
 身体の芯が痛くなるくらい女の中に射精すると、女は「もういいの?」と言って僕から離れた。不法投棄物だらけの林の中で、息を整えて汗をぬぐっていると、女は僕の手中に手を添えてまた耳元でささやいた。
「これでまた子孫が増やせるわ。あんたの子どもが何人生まれるかは分からないけれど。生まれた子に殺されたくなければ、真っ当に生きる事を心がけなさい」
 女はそうしてどこかに消えていった。残された僕はズボンを履き、快楽よりもすごく醜い体験をした事を後悔し雑木林を後にした。


 最後は真冬の夜、天気予報で初雪の可能性ありと報じられていた日の事だ。空気が冷え切って、熱のある生き物たちが自分達の住処に引きこもって動かなくなっている時期に、僕はまたあの雑木林の前を通りかかった。雑木林の前には一台の軽トラックが停められ、初老の男が荷台から何かを下しているのが見えた。不法投棄だ。と思った僕はすぐさまズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、警察に通報しようとした。だがその前に僕の事に気付いた初老の男が「待ってくれ!」と叫んだ。
「待ってくれ、これは事情があって普通には処分できない物なんだ」
「処分できない物って、なんだ?」
 怒りよりも安っぽい正義感が強い声で僕は言い返した。だが男は大まじめな表情でこう続ける。
「これは魔術に使う品を処分しているんだ」
「魔術?」
 男の突拍子もない「魔術」という言葉に僕は冷静になった。以前の男の子の怨霊と女の姿をした化け物との行為の記憶が、突拍子もない意味を持つ言葉に大きな説得力を与えていたのだ。
「そうだ、魔術。人を呪い殺し、自然災害を発生させるために必用な品々だ」
 男の続けた言葉に、僕は少し考えた。僕自身はその魔術の存在を受け入れる事が出来る人間であったのだが、それらがどのような物を使って行われるのかは知らなかった。
「どんなものなのか、一応見せてくれないか?」
「構わん。だが他言は無用だぞ」
 僕の質問に男はそう答えると、僕は男が乗り付けて来た軽トラックの荷台の中身を見た。荷台の中には幾何学模様の彫刻が施された壺に、得体の知れない化け物の頭骨で作った何かの装飾品に、黒い鉄で作られた道具など。僕は近くにあった巻物を手に取り中を開いた。薄暗くて何が書いてあるか読めないと思っていると、男が懐中電灯で読めるように明かりを照らしてくれた。照らされた巻物には、クメール文字とビルマ文字を混ぜたような言語で何かが叙述されていた。
「自然災害を発生させるときに必要な手順を示したものだ。岬や山奥に行って行うべきことが記されている」
「これを使って、魔術的な行為をしたのかい?実際に」
 僕は不思議な文字で綴られた書物を見ながら、男に訊ねる。
「ああ、あるよ。俺が若造の頃からこれを使って色々な災害を起こしたんだ。仲間達と一緒にね。具体的な災害の名前や種類は言えないが」
「そんな大切な物を、なぜ捨てるんだ?」
「仲間内のルールを破ったからだ。もしよければ捨てるのを手伝ってくれないか、報酬と口止め料は出すから」
 その言葉を耳にした僕は「いいだろう」と頷き男の不法投棄を手伝った。雑木林に捨てる途中、拾われては困るという事なので、バラバラに出来る道具や書物はすべてバラバラにした。
 不法投棄を終えると、僕は男から報酬兼口止め料として十万円を現金で貰った。違法行為の手伝いとしては悪くない金額だった。

 その次の年、僕はその雑木林がある街から東京都都心に引っ越した。理由は得体の知れない品々や禍々しい物を引き寄せる、不法投棄の巣窟に嫌気がさしたからだ。おぞましい物を目にしたり、ありえない体験をする事は無くなったのだが、今度は自分が巨大な不法投棄の巣窟に来てしまったような、妙な感覚を味わっている。
  
                                    (了)
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