川の向こう側。

文字数 962文字

 土曜日の夜、僕は久々に遊んだ。
 取引先の町工場の社長と待ち合わせて、新しく北千住に出来た、千葉県直送の海鮮居酒屋で飲み、そのあと取引先の社長が知っているというスナックで飲んでカラオケで歌った。 
 楽しい時間が終わると、時刻は午前二時を過ぎていた。電車もバスも終わり、タクシーも捕まらない時間帯だったので、僕は酔い覚ましも兼ねて荒川土手を歩く事にした。だが酔いが醒めてくると、今度は猛烈な眠気に襲われて、僕は適当なベンチに腰掛けて横になった。そして夢を見た。

 目が覚めると、僕はコンクリートの護岸で横になっていた。身体を傾けると朝日が差し込んでいるのだろうか、川の水面がキラキラと光り輝いている。鼻で息をすると、海水と真水が入り混じる汽水域特有の磯臭さと泥臭さが混じった匂いが鼻を打った。
 そのまま仰向けになると、少し灰色にくすんだ青空が見えた。柔らかい太陽の光によってほんのりと温かみのある色合いに変化しているが、時間帯は朝方なのか夕方なのかは分からなかった。
 視線を移すと、すぐ近くに高速道路の高架が走っているのが分かった。交通量の多い時間帯なのだろうか、様々な自動車が行き交っているのがわかった。高架の道路は川の向こうにも続いている様子だったが、どういう訳だか道路の先が見えなかった。
 僕は起き上がろうとしたが、身体がいう事を聞かずに起き上がる事が出来なかった。身体を川沿い向けて、太陽の光を反射する水面を見た後、川向うに続く道を探そうとしたが、靄に隠れて見えなかった。
「川の向こうに行きたいの?」
 不意に背後で声が聞こえた。幼い子どもの声だったが、見つける事は出来なかった。
「君はまだ向こう側には行けないよ」
 再び声がすると、僕の視線は再び真っ暗になった。

 気が付くと、僕は横になった荒川土手のベンチに寝ていた。酔いが抜けてスッキリした脳の状態を確認すると、僕は起き上がった。視界に飛び込んできたのは、荒川沿いを走る首都高の高架と、排気ガスを吐き出しながら行き交う自動車の姿。そして深い灰色にくすぶった東京の空と、雑多な川向うの町並みだった。荒川の水面は、太陽の光すら反射せず、どろどろと濁った水をゆっくりと東京湾に注がせていた。
「あの夢に出てきた川は、三途の川だろうか」
 僕は小さく呟いて、ベンチから起き上がった。
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