解決編後編あるいはささやかな大団円

文字数 3,737文字

「おれ、少し前に代理で課長会に出たときに、そいつの父さんがお亡くなりになって慶弔会から出費した話は聞いてはいたんだけど、まさかここに繋がってくるとは」
「私も確信はなかったけど、いろいろ話が矛盾してたから。製造課の原は薬品庫の鍵の管理を一手に任されてて、ちょっと前はいつも身につけて歩いてたし、夜は自分しか知らない場所にしまってたはずなんだ。緊急で試薬が必要になって鍵借りにいくにも、まずあいつを探さなきゃなんないから一苦労だったんだけど。智美が倒れてるのを見つけた夜、防毒マスクだって関連品ってことで薬品庫にしまってあるもんだから、もしいつも通り鍵閉まってたらどうしよう、と鍵の破壊要員に力ありそうな中山君連れてったりもしたくらいで。だけどあの夜はそれが開いてた」
「うん。私がこっそり塩酸とか取りに行ったとき、もう開いてたもの。というか、あの人、薬品庫に鍵はかけないことにしてるし、鍵自体どこかにいっちゃってない、って話してたのに」
「そうそう、その話をまた聞きにして、おかしいな、事実と違うじゃない、って思ったの。なんでそんな話したんだろう、って。なんか薬品庫絡みで後ろめたいことでもあるんじゃないんだろうか、って。そしたらなんか、原のお父さん最近亡くなってる、死因は皆知らなかったけど、どうやら事故とかじゃなさそうだって話で」
「そいつの心理状態を想像するにこんなとこかな。まあ、なんの事情があったのかしらないが、奴は父親を殺した。薬品庫にあった薬の類を使ったんだろうね。監察医制度なんかない田舎だから、一旦は検視だのをすりぬけて、殺人容疑とかは毛ほども掛けられなかった。……と思っていたところに、『薬品庫の鍵の管理』ってどうなってるんですか、とか訊いてきた女がいた。智美だ」
と辺利が彼女のほうを見ると
「なんとか工場閉鎖を避ける方法がないか、と考えてたの。私、馬鹿だから良くはわからないけど、公害みたいな感じで土地が売れなくなる話があるらしい、って話は聞いてたから。そういうのが起きてる可能性はないのかな、と思って、原さんが化学物質の責任者だっていうから、どういう感じなのかだけ聞きに行ってみようと思って。それでいろいろ質問してみたんだけど」
「今回の計画の初歩的な原案はすでに智美の中にあった、ってわけか? で、絶妙のタイミングで後ろ暗いところのある薬品庫の話をされて、びびったその原って奴は、鍵が壊れてるから誰でも薬を持ち出せる、俺だけが薬品をどうこうできるわけじゃないよ、みたいな作り話をとっさにしてしまう」
「とんでもない嘘っぱちだよ。さっきも言ったように、あそこから物を調達するのは大変だったんだから」
「律みたいに事情を知ってる人にそんな話を原がしてた、ってばれたら、あいつ何言ってんだ、ってせっかくうまくスルーした疑惑の目を向けられかねない。だんだん話を聞いてってみると、この女、なにかおかしな計画をたててるようだが化学薬品の知識はほぼゼロに近い、うまく利用すれば自分で死んでしまって、失言など葬り去ってしまえる、そう考えた」
「ある時点で、工場の土地が売れないようにしむける方法はないでしょうか、って恐る恐る切り出してみたら、俺は自分じゃやりたくないけど、やるとしたら、そうだな、って言って、ずいぶん細かい計画まで立案してみてくれた」
「この日にやる、って決めたときに、一応話はしたんだろ?」
「一応ね。やるとしたらここかな~、とか言ったら、何の話かわからんな~、とか返されたけど」
「それでアリバイ作りじゃないけど、急遽九州旅行とかに出かけて行ったわけね」
「よくよく考えてみたら、智美の口を封じたところで、その件が薬品庫の薬を使ってだったら、結局なんやかんや目をつけられる可能性が高いのに、もう冷静に物事が考えられなくなってたんだろうね。とっさに智美についた嘘から始まってどんどん泥沼にはまって、最後は守山さんの罠にはまった。悪いことはできない、ってことか。それにしても腹立つ奴だな。俺もこいつを嵌めるほうの計画に参加したかった。守山さん水臭いよ」
 と言う辺利を、律はキッと睨んで
「何言ってんのよ! あんたらのことはあんたらのことで、傍から世話を焼いてやらなきゃ納まりそうもなかったじゃないの。君達のうちの一人がもっと積極的になって、もう一人がちょっと素直になってたら、そもそもこんな事件起こらなかったはずなんだからね」
 二人そろって下を向いて赤くなっている。律は、とめどもなく悔しい一方で、こんな光景を傍から見るのも案外悪いものでもない、という気もしてきた。
「とにかく、ね」
と智美は居住まいを正して
「今回は私のことでみんなに迷惑をかけてすいませんでした。これに懲りずにこれからも私こと、え~と、その……」
 つっかえているので、律が、しょうがないなあ、という感じで助け舟を出す。
「辺利智美を、だよね?」
「まあ、とにかくよろしくお願いします」
「素直な嫁さんもらえて良かったな、辺利君」
「……後が怖いような……」
 部屋の隅には、段ボール箱がうず高く積まれている。工場移転のために転勤となった辺利と智美。新居に引っ越し作業の息抜きの間に、とりあえず出したちゃぶ台かわりの炬燵台を挟んでの一コマであった。
「でもね。律ちゃんがお隣ですごく良かった。安心」
「なんで守山さん、夫婦で引っ越す俺らと同じアパートなのか、というのが疑問なんだけど、単身なのに」
「優秀な社員だから優遇されてるの」
 実際は転勤人数が多いから会社の福利厚生の事務方もバタバタしていて間違えたとか、多少条件違いだけど他を探すのも面倒臭いからここに入れちゃえ的な手抜きなのか、どっちかなんだろうが。なんだか小姑付きの新婚生活みたいな雰囲気が半端ないんだけど、と思い辺利はため息をつく。
でも……まあいいか。

***
「はい、ご結婚おめでとう! 辺利さん、いやさ、お父さん」
「ああ、知君、有難う。でもあれだな~、結果的にそれでうまく行ったとはいえ、君にはめられるとは思わなかったな~」
「あの時も言ったけど、ああでもしなきゃ、落ち着くとこに落ち着かなかったでしょ? 僕も自分の野望のために、是非ともお母さんと辺利さんにはくっついてもらわなきゃならなかったし」
「なんだい? 野望って?」
「これもその時言ったけどさ、大学って言う名義のとこで勉強してみたかったんだよね。お母さん一人の財力じゃ無理だし、辺利さんが援助してくれるって言ったって、お母さん受け入れないでしょう? こういう形にでもしてしまわなきゃ」
 知輝君だったら、そのくらい別の方法でもなんとかしてしまってたとは思うが、そういうことにしておこう。本当は面白がってやってみただけのような気がするが。
「『みんなで会社にしがみついて移転しますと公言しよう』運動の効果は一応出た、ってことでいいのかな?」
「ああ、そうだね。」
『移転に付いて行く』という返答をした人が会社が予想したより多かったようだ。もしかしたら、リーマンショックによる雇用情勢悪化があまりにも悲惨で、いくら地元に愛着がある人たちでも、この場所で次の職など望めないと判断せざるをえなかった、という考え方もできるが、辺利は智美が頑張ってくれたおかげだと思うことにしている。
 意識調査の結果が集計されたとおぼしき頃から少したって、今まで雇用は確保すると言い続けてきた会社は、一転して早期退職の募集をすることを決定した。
「『雇用確保』はお題目に過ぎなかったのを自らさらけ出しちゃった、って感じだね。あられもない、って言うか」
「まあともかく、『工場移転』という大義名分の元で費用を抑えつつ大規模リストラを実行しようっていう虫の良い希望は打ち砕かれたわけで。しかたがないから普通とおりに好条件をだして退職を募ろう、ってことだよね。『工場存続』っていう最善の形にはならなかったけど、どうにも地元を離れられない事情のある人が、『自己都合退社』扱いで条件の悪い離職を強いられることはなくなったし、退職金割り増しだとか、ある程度の優遇を受けられるようにはなったから。完全に会社の思うつぼにははまらなかっただけ、まだましなんだろうな」
 実際、辺利たちの状況を悲惨だなどと言ったら、なにを贅沢言ってるんだ、と怒り出す人が今の日本には数限りなくいるだろう。
「まあ、俺はとりあえず会社に残れたからな。妻子のために頑張るぞ」
「優秀な人はやっぱり違うね」
「またまた。知ってるだろ? 労働組合員はちゃんと合意を取らなきゃ簡単には首にできないの。ちなみに同期はもう全員管理職になってるから、未だに組合員なのは俺一人だけだ。どうだ! すごいだろ!」
 それがためなのか、今期末にもいつの間にか退職辞令が出ていた奴もいるが……
「すごいよ! それを戦略的にしてるのがお父さんの凄いとこ!」
 そういう知輝にデコピンをしながら、本当に頑張ろう、と心に誓う辺利京だった。

                                     終わり
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