解決編後編と解決済の問題

文字数 3,615文字


「用事があるようなふりをして、実際には無理矢理喫茶店で時間をつぶしてまでして、ケーブルのチェックを明日までのばそうとさせたのが、まずひっかかったんですけどね。朝出社してケーブルに異常がある、と報告されて、思い当たるところがあったんでしょう。ケーブル障害が昨夜のドタバタ騒ぎによるものならば、調べていけば当然死体を隠してあるマンホールはあけられることになりますからね。とりあえず今日のところは逃げきって、今夜にでも改めて死体の処理を考えようという腹づもりだったんでしょう。
「それに……そうですね、例えば野下さんだったら、浮気の問題で奥さんと喧嘩になって、それがエスカレートしてつい相手を殺してしまった。死体をなんとか処理しなきゃならないとしたら、どうします」
「うーん。車につんでどこか山奥に捨てにいく、かな」
「引っ越しの前準備に部下にマイカーを新居のほうに運ばせてしまっていたとしたら?」
「とりあえず家の中に隠しておいて、次の夜レンタカーかなんかで……」
「次の日の朝にはもう、引っ越しの作業を全部おしつけようと呼んでいた弟が家にやって来てしまうとしたら? 引っ越しの準備だから明日の晩までには家の中あらゆるところを開けて荷造りをするでしょう」
「そうか。隠す場所がなかったんだ」
「自宅近くとはいえマンホールまで死体を運んで隠すなんてずいぶん危険なことです。人を殺したとしたらそこまで追いつめられる可能性がある人が、マンホールを開けるのを邪魔している。くさいと思いますよね」
 野下さんはお礼だからといって、名物の饅頭を買って持たせてくれた。よく考えてみると、何をお礼される理由があるのかよくわからないのだけれども、有り難く受け取って改札をくぐった。

 事件の真相が見えたからといって、智美たちはまだばたばたしているだろう。
 もう一度会ったときにどんな顔をしたらいいのか、いやどんな顔をしてしまうのか、考えただけで鬱になるのでこのままさくっと帰ってしまうことに決めた。
「こらっ、京!」
と智美の声が聞こえたような気がした。幻聴まで聞いてしまうくらい懐かしかったのかな、とはいえすっかりおしとやかになったように見える今の智美はきっとそんな口のきき方はしないだろう。だが。
「待て! 京。逃げるな!」
あまりにもクリアな幻聴だったので、聞こえたと思った方角をつい向いてしまう。ホームに上がる階段から、髪の毛をユラユラさせながら息せき切った智美の顔が上がってくるのが見えた。
 そのまま辺利の前までかけてきた彼女は、しばらく前かがみで少し曲げた両膝の上に手をおいて息を整えた。切れ切れに言う。
「助けてくれたお礼もさせてくれないで行っちゃうのは、ずるいぞ」
「……ごめんな。こう見えてもいろいろ忙しくてな」
 もう電車が入ってくる時間だ。最後のセリフとしては調度いいだろう。
「ご主人とお子さんにもよろしく」
 智美は目をパチパチさせた。
 その途端、構内アナウンスが入る。
「本日はご利用ありがとうございます。今度の電車は、故障の恐れのある事象が見つかったため、前の駅で停車し点検を行っております。お忙しいところご迷惑をおかけします。」
あ、このまま彼女と話す時間ができてしまった。
「……野下さんから聞いた?」
「家族のこと? 彼らは『大将』と『トミー』としか言わないから君らの関係は直接はわからなかったよ。智美は『大将』のことを『パパ』と呼ぶよね。父親のことは昔『お父さん』って呼んでた。成長するにしたがって『パパ』が『お父さん』になることはあるかもしれないけど、その逆はまずないよね。多分『大将』は『お父さん』じゃない。『ねえパパ~、私にマンション買って~』とかおねだりできる種類の血縁関係のない『パパ』がいる若い娘も世間にはいるみたいだけど、智美はそういうタイプじゃないし」
「ど~いう意味よ?」
「ほめてるんだよ。だとすれば『パパ』というのは旦那さんかな、と。しかも旦那を『パパ』と呼ぶ以上ご家族は旦那さんだけじゃないだろう、それに……」
「何よ?」
「久しぶりだから当たり前かもしれないけど、智美、ほっそりしてすごくスタイルよくなった」
「どうしたのよ? 急に」
「だけど、胸はすごく大きくなってる」
「や、何言ってんの!」
 エルボー! 鳩尾に入った。ちょっと苦しい。わずかに前のめりになって耐える。もうこの手の技を他人にかますようなキャラじゃなくなってるのかと油断していた。それとも俺に対してだけ? あれ? よく考えたら中学の時も俺以外の男子にしてたっけ? 昔から攻撃対象限定だったのかも……
「に、人間使うところは発達するからね。もしかして最近生まれたお子さんがいるのかもしれない、って」
もう多少嫌われても構わないか、と思うと昔は口に出せなかったようなこともそこそこ平気で言えるものだ。まあ、辺利もそんなことを自信持って判定できるほど女性の体に詳しい訳では当然なくて、雰囲気的にそんな気がした、というほうが真実に近いのだが。
「もしかしてあれがご主人とお子さん?」
 線路ぎわ、フェンスの向こうに赤ん坊を抱いてあやしている男性の姿が見えた。辺利が自分のほうを見ているのに気付いた男性は、深々と頭を下げた。飲食関係の人らしく短く刈った頭髪で、目が大きくて意思の強そうな人だった。
「幸せそうだね?」
「そ」
 一瞬、「そんなでもない」とか言いかけたのかもしれない。言葉を停めたあと、彼女は考え直したように潔く
「うん」
と微笑みながらうなづいた。昔のように後光がさして見えた。
「父がね……会社をたたんで、私たち前の家から引っ越したのは聞いてるよね? その落ち着き先の家から、ある日突然いなくなっちゃった。その頃はもう父は働いてなくて。私ももう働いてたし、母と二人でなんとかやっていけることはいけたんだけど、昔はあんなに好きだったお父さんに捨てられたのかなあ、って思ったら時々ぽかっと寂しくなることがあったの。でも今はもう平気。」
「いい人なんだね」
「すっごくいい人よ。義理がたいっていうか堅物すぎるのが難点かな? お母さんはとっくに結婚の許可出してくれてたんだけど、お父さんにも認めてもらわなきゃ、ってずいぶん手を尽くして探したりしてたみたいで。全然籍入れられなくて、最後には『私とお父さんとどっちが大事なの?』って迫らなきゃいけなかったくらいでね。もう私にはお父さんいらないしね」
 あれほどファザコンだった智美が、か。
「おめでとう、よかったね」
「京も、頑張っていい人見つけなよ」
 君にそう言われるのが一番つらいよ、と返すわけにもいかなかった。
 『大将』もお礼にご馳走がしたいと言ってるし、近くに来たら絶対寄ってよね、と言われ、「中で食べてね」と小袋パックの柿ピーを大量に渡され、割と早くやってきた電車に乗り込みながら、多分もう二度と会わないだろうなと思って別れの挨拶をした辺利だったが、なかなかそうは問屋が卸さないとは、神ならぬ身の知る由もなかった。

***
「え~、辺利さん、光ファイバからみの仕事してたの? すごいじゃん」
「お世辞言うんじゃない。昔とちがって家まで平気で光ファイバが来る時代だし、もう君たちにはそれほど先端技術ってイメージないだろ?」
「この頃はどうだったの?」
「日本縦貫の光ファイバ幹線は1985年には整備されてたみたいだけど、この頃は初期に敷設されたのよりもっと性能のいい光ファイバを新たに引っ張ったり、あと支線―『加入系』って言ったかな―のほうにもファイバ広げられはじめてはいたんじゃないかな。とはいえ各家庭まで光が届けるなんて早急だ、って考えが主流の頃だよ。この事件のときクレーム対応で行った現場だって、あるポイントまで光で引っ張って、各家庭までは従来の電話線で分割するっていう案件だったと思うし。家まで光通信がやってくるには、光ファイバもそうだけど、端末の装置とかそれに使う部品の劇的なコストダウンが奏功した、ってことなんだろうね。激しい競争の中で淘汰されていった勢力も色々あっただろうけど」
「インターネットもなかったんだよね?」
「そういうのはあるにはあったんだろうけど、日本で個人利用できるようになったのは1995年とかだったって、なにかで見たな。この頃はまだ『パソコン通信』の時代だよね。今みたいに大半の人がPCで何かしてる、って状況じゃなかったと思う」
「明るい未来に向かっていく、ってそんな時代だったのかな?」
「いやいやいや。バブル崩壊始まってたもの。それにノストラダムスを信じるならあと7年程で地球は壊滅するはずだったし」
「生き残れてよかったね」
「いや全く。そんなわけで、壊滅を免れた翌年、2000年の話を次にするけどね……
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