▲碧の焔・ヱメラリーダ

文字数 10,883文字



 二年前の夏、「ワルキューレの騎行」。ヱメラリーダ・ロックバルトは真夏のラーの光を浴びながら、汗を流して歌っていた。無数の観客の歓声に包まれた。アクロポリスのアリーナで行われた情熱党の式典は、ヘラスのユリシーズを呼んだ世界平和の祭典だった。エイリア・ドネ、エストレシア・ユージェニー、そしてヱメラリーダ・ロックバルトの三人娘は、二十万人の声援を浴び、空を飛んで歌った。その時全身で感じた喜びを、今でも思い出すことが出来る。

「ヱメラリーダ、あなたにメインで唄ってもらいたい。私の代わりに」
 アマネセルはじっとサイボーグ少女を見上げた。
「……あたし、いつも三番手のくせにって、ずっと思ってた。自分で」
 ヱメラリーダには、三人娘の中で常に三番手という気持ちがあった。史上最高のディーバ、姫は別格でこの場合は計算に入れていない。しかし、自分はヱイリア・ドネやユージェニーにも及ばない。
「あなたは、あなたの歌を歌えばいい」
 姫はかすれ声で、ヱメラリーダに最後の留めを託した。
 決心した目つきに変わったヱメラリーダは立ち上がり、一人で唄い始めた。ワルキューレの騎行の復活だ。
 外が急に騒々しくなった。モニターを切り替えると、ステラクォーツ発電所前は保安省部隊で路地が埋め尽くされている。
「ハウザーだ、一体なぜここが分かったんだ。魔術防壁を幾重にも仕掛けているはずなのに!」
インディックの計画では、少なくとも後二十四時間は稼げるはずだった。だが保安省の大軍は、明らかにこのステーションを包囲しつつある。新アジトはハウザーに見つかったのである。それはマリスにも、意外な結末だった。議長はなぜ保安省に邪魔をさせるのだろうか。
「キラーウィッチも一緒だ」
 オージンが画面を指差す。ハウザーと彼が率いる精鋭部隊の姿を、メンバー全員が確認する。もうヱメラルドステーションを脱出する事はほぼ不可能である。
「どうやって逃げる?」
 オージン卿でさえ、この状況はピンチであると認めざるを得ない。
「今、外に飛び出すのはまずい」
 アルコンは必死に考えを巡らせる。見破られた時に備えて、脱出ルートを幾つか用意していた。だが、敵が到着し、包囲するのが早すぎる。
「やっぱりお前は敵と通じている!」
 ヱメラリーダがマリスは信用できないとアマネセルに直訴するが、姫は黙っている。
「姫、やっぱり気付いているんですね。最初からでしょ。そうなんでしょう」
 それでいてアマネセル姫は放ってきた。ヱメラリーダは今、その訳を知らねば気が済まなかった。
「彼女はいずれ分かってくれる」
「そんな、なんでよ! いずれって、一体いつの事なんですか? 時間切れなのよ。もう敵に包囲されているのに。プレベールが人間に対する希望を思い出す前に、ここを突破されたら……」
ヱメラリーダは憤慨を隠さない。
「情熱のヱメラリーダ、たとえ敵であろうと、策を弄しに来たスパイであろうと、あなたの、私の愛の炎で感化すればよいのです。そうであってこそ愛(アモーレ)は本物ではないですか。なぜかって、誰の心にも火が灯っているんだから」
「そんな……そんな事をいったって」
「わめいたってしょうがないでしょう。姫の祈りをあなたが邪魔したら、プレベールはますます態度を硬直させるだけになる。愚痴をぶつけてる暇があるなら、どうすればいいか考えて。冷静に、論理的にね」
 マリスがぴしゃりとやりこめる。
「コイツ……スパイのくせに。姫、こいつのせいで外は保安省の奴らでいっぱいだよ! この女が呼んだに決まっている!」
「ヱメラリーダ、よすんだ」
 アルコンが制する。そんな証拠はどこにもない。姫も、たとえスパイでもと仮定を言ったに過ぎない。
「いいえ止めないわ。アルコン、これは罠だったんだ! あんたも大概しょーがない隊長だよね。この女を最初にニヴルヘイムに呼んだのはあんたでしょ。姫やあたし達を窮地に立たせてさ。分かってんの? あたしは全滅した情熱党の頃から、この瞬間をずっと待っていたんだ。だけどお前はそのタイミングであたし達をまた滅ぼそうとしている!」
 ヱメラリーダの仲間たちはみんな死んでいった。
「あまり悲劇の主人公を気取らないことよ」
 マリスはカツカツと音を立て、二歩詰め寄った。
「なんだと……」
「だってみっともないから。大変な状況はみんな同じなのよ。敵に囲まれて、この状況を打開するためにはどうするか。彼らも、ここを破壊すればアクロポリスのクリスタル・ネットワークが破壊される。そうなるとツーオイ石にどんな悪影響が生じるか分からない。だからドルイドを攻撃した時と違って、奴らはうかつにステラクォーツ発電所を破壊できない。やつ等だってまた事故を起こしたくはないはず。ステーションを破壊せず、防壁をだけを取り除く必要がある。だから防壁を維持して時間を稼ぐ。その間に、姫とあなたがプレベールの説得を続ける。私達はその邪魔をさせない為に、最善を尽くす。隊長は脱出ルートを探す。つまりその間、邪魔だから大声でわめかないって事よ」
 どんな状況でもマリスは平気な顔で論理的にどうすればいいかを得々と語る。一方ヱメラリーダはメンバーの中で一番感情豊か、はっきり言ってしまえば感情的なので、マリスは明らかに馬鹿にした態度を取った。しかしヱメラリーダにしてみれば、マリスは理性に特化していて感性が乏しい。
「それで賢いつもりか? ハッ、これだから頭でっかちな奴はさ。今の話じゃお前だって結局は何も策がないくせに。もし今攻撃を受ければ、ツーオイ石とのアクセスが寸断される」
 ヱメラリーダは戸口に立った。
「あたし、行くよ」
 ヱメラリーダはアマネセルのサポートを中断し、自分は陽動へと進み出た。
「あたしが行くから、その間に姫は歌を続けて。隊長は、姫と皆をここから逃がす算段をして」
「駄目だ。ここにいろ。お前には姫の代わりに唄ってもらう重大な役割がある」
「やっぱ私には姫の代わりは務まらないワ」
「これは命令だ。お前はいつもいつも勝手なまねをするな!」
 アルコンはヱメラリーダに何度目かの制止をした。
「だってさもう時間がないんだ、分かっているの! 今奴らにここを奪われたらアトランティスは即終わりなんだよ。いいかそうしたら、サーキットは寸断され、蓄積したヴリトラが噴出してアヴァランギ全土が爆発しちまうんだよ! 時間がないんだ。私が一人で陽動すれば」
 全てが時間との勝負。それがヴリル・デトックス作戦だ。
「あぁ分かっているともヱメラリーダ。時間、私達にとって大切な時間! 何事もそうだがアトランティスのタイムリミットが迫っている! だがお前を行かせる訳にはいかん。こんな人数で貴重な戦力を分散させるわけにはいかん。もう、俺は誰一人死なすわけにはいかないんだ。特にお前は、自分の命を大切にしなければならん。どうして分からんのだ」
「何が自分の命だよ、この期に及んでまだそんなコト! アトランティスがどうなってもいいというの?! 臆病者め、死んだってバルハラに逝くだけじゃないか。戦士はたとえ倒れたって前のめりで死んでいくんだ! その姿を見て後に続く者たちが」
「何よそれ。そんな話で皆の命を預けられるとでも?」
 マリスは言葉を遮った。腕を組んで睨みつける。
「うるさいボケナス! 時には無茶をするのも戦いにおいては必要なんだって事だよ。そうでなきゃ一体誰が二十五人で、シャフトみたいな巨大組織を相手にする事ができるものか。もとい無理・無茶・無謀の三拍子も四拍子も揃ったこの状況で。そりゃあたしは失敗も多いし、間違いがあることも認める。けど誰かが、死ぬ覚悟でやらないと事故は止まらない。臆病者にこの仕事は向いてない。誰もやらなきゃ、あたしが一人でやってやる! たとえ相手が何者で、どんな大軍で押し寄せようとも」
 ヱメラリーダが熱弁するのは精神論で突破する話だった。
「全く……まるで駄目ね。勢いだけしか能がない。それで作戦が成功するとでも? 幼稚で浅はか。戦略も論理の筋道もまるで立っていない。だから情熱党は負けたんでしょ」
 マリスは冷や水をかけた。
「何だと……」
 かつて情熱党を追い詰めた側のマリスの言葉に、ヱメラリーダはたちまち怒髪した。
「事故を止めたかったら、革命を本気で成功させたいなら、もっとここを使いなさい。ハートだけじゃなくてね」
 頭を指して作業に戻ろうとする。みんな黙って二人のやり取りを見ている。
「このヤロゥ。姫に取り入りやがって。ロジックだけじゃ間違えるってアトランティスのこの現状が物語っているじゃないか! こんな冷たい蛇みたいな冷血動物と同じ空間にいるって思うだけで全身がゾッとする!」
 ヱメラリーダの震える怒りが赤いヴリルになって実体化した。やっぱりこの女と少し和解できたような気がしたのは気のせいだったのだ。
「ソーやって髪の毛をわしゃわしゃわしゃわしゃ……動かすしぐさ。蛇みたいで大っきらいなんだよ!」
 ヱメラリーダは蛇が苦手らしい。マリスの髪は風もなく揺れていた。それは意思を持ってうごめいているように見える。
「よせ、仲間割れしている時か。マリスの言うとおり、皆が生き延びる道を考えねばならない。とにかくここまで来たんだ。危険な事はいかん」
 オージン卿はヱメラリーダが死にに行こうとしているのを感じた。ずっと、彼女は死に場所を探している。
「お前ら一体何のために生まれて来たんだ? そんなに危ないだの心配だの他人の顔色ばかりうかがって……かしこぶって言葉や行動の責任取りたくないだけのくせに。状況は一刻一刻変化している。もし今サーキットが寸断されたら。この世はな、この腐りきった時代は、どうせ最初から危険に満ち満ちているッ。最初からのこの国に生まれた時点で、分かり切った事だった。そんなに失敗したくなくて、安全にすがっていたきゃ最初から生まれて来るな! アアルで、あの世で庵作って膝抱えて永遠に座ってろ」
「ヱメラリーダ、言いすぎだぞ!」
 アルコンが我慢ならないと言わんばかりにいさめた。
「隊長、あんたにはもう私を止めさせない。もう二度と。いつもいつも自重しろとしか言わないあんたに。何かと条件つけてホントは何もやる気がないくせに。もっとあんたが優柔不断でなく、積極的だったらこうはなってなかったよ。これじゃ、クラリーヌ姉さまがあまりにかわいそうだ!」
「何だと!」
 私が帰るバルハラにはお前達を入れさせない……遂に黙ったヱメラリーダの心の文句がそのままマリス・ヴェスタのハートに流れ込んでくる。これまでずっと焔の円卓を牽引してきたのは、ヱメラリーダのあきらめない精神そのものだったのだ。だから、ヱメラリーダの言った事は部分的に正しい。あまりに悲壮で、壮絶。
「あなたみたいのが参謀長じゃ、アルコン隊長がかわいそうね」
 マリスの金髪が依然揺れている。それはヱメラリーダを冷笑しているようだ。
「もう止めろ、二人とも」
 ヱメラリーダが演説している内にハウザーは、ツーオイ石に中継しているこのステラクォーツ発電所への攻撃を開始した。マリスでさえ金色の瞳を大きく見開いて二の句が継げない。
「あいつ、馬鹿だッ! 今ここを破壊したらアクロポリス全体に影響を及ぼすって分からないのか」
 だが、それが分かるほど聡明な男ではなかった事をマリスは思い出した。皇帝を処刑したのはシクトゥス4Dだったが、ドルイドを全滅させたのはハウザーの仕業だった。そのせいで太陽神殿は沈黙し、慌てて対策を取ったがすべては後手後手に回った。マリスに技術官僚としてのチャンスが与えられなければ、彼らは一体どうするつもりだったのか。自分が、マリスが太陽神殿を開けなければとっくにアトランティス海軍は敗北している。ガデイラより西に進軍する事もない。
 時間が経つにつれ、脱出も不可能になる。唯一の希望は横に立っているキラーウィッチら部下達が制止することだったが、彼らはこの暴挙を何も制止しない。自分達は裏切られたのである。防壁のみを取り除くと云う上等な手段を取らず、ハウザーの攻撃は勢いを増していた。もう長くは持つまい。サーキットが停止するばかりか、ここが落ちるのは時間の問題だった。
「死なせるわけにはいかない。あなたを……死なせるわけには!」
 アマネセルの大きな瞳が悲しみでうるんでいた。唯一生き残ったワルキューレの、情熱党員を。
「ごめんなさい姫。……ライダー、後頼んだよ。姫を」
「あっ、待てヱメラリーダ!」
 モニターには空を飛ぶヱメラリーダが映し出された。瞬間移動かと思うスピードでいつの間にかステラクォーツ発電所を飛び出したヱメラリーダは、身体に仕掛けた爆弾をチカチカと輝かせていた。かくて、プレベールに危機が迫った時、ヱメラリーダは決死の陽動へと向かったのだった。
「ライダー! 貴様なぜ止めなかった?」
 アルコンは無言のままのライダーを睨み、胸倉を掴んだ。マリンブルーの瞳は何も語らない。一体、コイツは何を考えているんだ。ライダーはアルコンの腕を振り払うと座り直す。
 相次ぐ地震と市街戦で、アクロポリスは見る影もなくボロボロの廃墟と化していた。そのがれきの山を、ヱメラリーダの小さな身体が飛び越えていく。サイボーグ少女は包囲された発電所から敵陣へと、最後の特攻を仕掛けた。
「戦士は、前のめりで死んいくんだ!」
 ヱメラリーダのその言葉は、目前に迫った彼女の運命を物語っているように円卓の騎士達に感じられた。
「このままじゃ彼女は死んでしまう。ここは私が出ていって奴らを止める」
「よせ!」
 アルコンはこれ以上犠牲者を出さない事しか考えられない。
「私しか止められないのよ! ……だって私は」
「やめるんだマリス・ヴェスタ!」
 叫んだのはモニターから目を離したインディックだった。
「私は今でもセクリターツの……」
「じゃ君はどうしてあんなに頑張ったんだ? 今だって必死に……。誰だって君が努力している姿を見ている。ヱメラリーダだって分かっているんだ。それは君の中に、本当は焔の円卓に賛同する気持ちがあるからじゃないのか。自分の気持ちを偽るな。君がいてこそ円卓が成り立つ。円卓の騎士は二十五人。誰か一人でも欠けちゃいけない。みんなパズルのピースなんだ。マリス・ヴェスタ。君がいなくちゃだめだ!」
 マリスの言葉を遮ったインディックの気迫に、誰もが驚いている。
「インディックの言う通りだ。マリス、他に何か打つ手はないか?」
 アルコン隊長が訊く。
「ツーオイ石のプレベールを一度水晶球の中に召喚して、ここに実体化させれば……それで時間を稼げるかもしれない」
 マリスは即答した。プレベールへの説得は後でするしかない。
「できるのか? そんな事が」
「できるわ。実体化の召喚術を使用する。サーキットが停止してしまう前に」
「止むをえん、ツーオイ石への接続が寸断される前に、一旦ここのクリスタルを使ってツーオイ石からプレベールを呼び出そう。実体化してからでも説得は続けられる」
「だけど、一度実体化させたら、サーキット経由で再びツーオイ石へ戻す事はできない。直接彼女をツーオイまで運んで行かないといけない。それでもいい? 隊長、あなたに判断を任せる」
「かまわん。ここでプレベールとの連絡を絶ち切られたらおしまいだ。プレベールを説得しさせすれば、後は俺達で直接ツーオイ石まで運んで戻せばいい」
「そいつは簡単じゃないぞ。プレベールと姫を連れて、敵陣のもっとも厚いところを突破してか? こっからツーオイ・ネットワークを経由するのとは訳が違う。我々の様な弱小グループにとって唯一有利なウィザードハッキングを放棄するとは、無謀もいい話だ」
 ライダーが言うのももっともな話である。
「その通り。だが奴らにプレベールを奪われればそれ以下だ。事故を阻止する手立ては一切なくなる。決断をぐずってる暇はない」
 ヱメラルド発電所は敵の攻撃によって、サーキットが停止し、ツーオイ石への接続が切断されそうになっていた。
「アルコン、早く決断して。急がないとネットワークを寸断される!」
「分かった、プレベールを召喚してくれ。マリス」
 マリス・ヴェスタはすかさず召喚プログラムを走らせる。その様子をアマネセルの碧瞳がじっと見ていた。召喚には時間がかかる。仮に召喚に成功したとしても発電所は包囲されていて、一人ヱメラリーダが外で奮闘しているが、いつまで持つか分からないのだ。
 自在に飛び回るヱメラリーダはハウザーの罠にかかった。円卓の騎士の作戦は、マリスによってカンディヌス経由で全て議長に報告されていた。だが、保安省には伝えられていなかったはずだ。それなのでまさかこんなに早く攻撃を仕掛けて来るとは予想外だったが、騎士の中で勘の鋭いヱメラリーダは、マリスにとっていつも邪魔者だった。マリスはとっさの判断でヱメラリーダを挑発した。ヱメラリーダには何かというと特攻したがる癖があった。マリスは結果的にヱメラリーダを挑発し、特攻させるように仕向けた格好となった。実際にそうなってみると自分でも信じられないほど複雑な感情が湧いてくる。本当は彼女を死なせたくはない。
(ヱメラリーダ。……さようなら!)
「飛んで火に入るなんとやらか」
 ハウザー長官が余裕ぶって陳腐な演説を始めようとした刹那、ヱメラリーダは手にした爆弾を点火させ、投げつけた。外は爆発で大混乱に陥っている。
 混乱のさ中、ステーション内では純白のローブを着た少女がクリスタルの前に倒れ込んでいる。
「その少女よ! 彼女こそ、実体化したプレベールよ。私たちは、召喚に成功した……」
 アマネセル姫の言葉に、誰もが静かに少女を見守っている。
「脱出するぞ!」
 アルコンが叫ぶ。

 ハウザーは特攻してきたヱメラリーダに斬りつけられた。保安員たちが構えるサイコ・ブラスターが輝こうとしたとき、負傷したハウザーは怒鳴った。
「待て、殺すな! 生かして捕らえろ」
 腕の傷に苦しみながら倒れるハウザーの横で、小柄なヱメラリーダはたちまち屈強な男たちに捕らえられた。
 イゾラは、部下たちにレジスタンスの追撃を命じた。間もなく彼らはレジスタンスを発見した。イゾラがシーガルスホルムの剣を抜いて突撃した瞬間、巨大な閃光が放たれて追撃隊は立ち止まった。
プレベールを連れたアマネセルとレジスタンス達は、ヱメラリーダの起こした最初の爆発に乗じて、かろうじて脱出に成功した。元々想定していた脱出ルートを確保できた為である。彼らはヱメラリーダに救われた。すると今度はステラクォーツ発電所が連鎖で爆発した。振り返ると、あまりに美しい緑の炎が発電所を覆っていた。
「しまったヱクスカリバーが!」
「今はやむをえん、撤退しろ」
 ヱクスカリバーは爆発の衝撃と共に回転して空へ舞い上がった。それはイゾラの足元に突き刺さった。イゾラは茜色の剣を手に取る。
 イゾラは吹き飛んだ発電所を部下たちにくまなく調査させた。しかしレジスタンスは誰一人残っていない。死体もない。収穫は恐るべき執念のヱメラリーダだけだ。彼らは全員逃げ出した後だった。
「まだ近くに居る。奴らを感じる、追え!」

 ハウザーは追撃をイゾラに任せると、ただちにヱメラリーダをユグドラシル大本部へと運んだ。アースガルド階のイザヴェル・ホールに待つ黒衣の男に会わせるために。
「シクトゥス4D……」
 ヱメラリーダは嗤っている。待っていた、この時を。この瞬間を。情熱党の唯一の生き残りが捕まれば、必ず出てくると思った。
「まだ生き残っていたとはな。情熱党最後の生き残り。しかも、三人娘のヱメラリーダが」
 ヱメラリーダは左右の腕を大男に捕まえられ、ひざを屈して議長を見上げている。四方を数十人の警備兵が銃を構えている。
「議長閣下。いいえフレスヴェルグ……ようやく這い出て来たわね。一つ教えてやる。あの時、あたしはアリーナでお前が陛下に判決を下す様を見ていたんだ。あの場で。あの時からお前に言いたかった事がある」
「ほぅそれは何の話だ。言ってみろ」
「……。陛下はな、お前如きの低次元な話に降りなかったから反論しなかっただけだ。陛下が黙っておられたのは決して、認めていたからじゃない! お前と同レベルじゃ、陛下の教えが穢れるからさ。それを、決して勘違いするな」
「……」
「だが感謝しろよ。あたしがこうして同じ低次元に立って、お前の為に戦ってやるんだからな」
 コイツさえ、コイツさえ倒せれば今生生まれてきた甲斐があったというものだ。いつ死んでもよかった。いつ死んでもおかしくなかった。だけど、これまで生きてきてよかった。ヱメラリーダは不敵な笑いを浮かべると思いっきりサイボーグの右腕に力を込めた。男たちは後方に吹っ飛んでいく。あと距離十メートル。
 ヱメラリーダはシクトゥス4Dに突っ込んでいった。四方を固める警備兵のサイコ・ブラスターが、レーザー光線のシャワーを少女に降らせる。それでも、ヱメラリーダは足を止めることなく抱きついてアミュレットの自爆装置を点火した。少女から緑の炎が立ちあがった。ヱメラリーダはその身に自爆装置を装着していた。赤毛の少女が神に感謝し身を投じた爆発はユグドラシルのホールを破壊し、さらなる巨大な爆発へと連鎖した。ハウザーはまさか死を決した攻撃とは予想しなかったが、顔をひきつらせ、かろうじて身をひるがえし生き延びた。
「バルハラでまた逢おう!」
 瞬間、エメリーダの声が街を逃走するレジスタンス・メンバー全てのハートに響く。テレパシーの衝撃をもろに食らった姫が倒れる。
「議長が……議長が死んだ? ヱメラリーダと共に!」
「そうだ。ヱメラリーダは遂にやった。やつと刺し違えた。敵を討ったのだ」
 ライダーは顔色を変えずに言った。
「ライダー、お前は、お前の目的はシクトゥスさえ討てればリーダがどうなってもよかったというのか?」
 アルコンが睨みつける。
「ヱメラリーダはかつて俺に言った。アヴァロン島でのことだ」
 ライダーとヱメラリーダはよく二人で料理をしていた。

    * * *

「ねえライダー、覚えておいて欲しいんだけど、あたしさ。あたしが死ぬ場所は自分で決めるから。……だからいざここだっていうときには、止めないでよね」
 微笑んだヱメラリーダの覚悟に、ライダーは無言で受け止めるより他はなかったのである。

    * * *

「彼女は本懐を遂げたのだ。それを一体誰が止める事ができる?! キサマも俺も」
 ライダーは葛藤していた。帝を殺し、自分たちの敵だった議長を倒してくれたヱメラリーダ。決して、本当は死んで欲しくはなかった。だが、ヱメラリーダの気持ちを聞いていたライダーは彼女の意思を尊重した。
「……」
アルコンは、アトラス大帝、クラリーヌに続いて、今ヱメラリーダをも失った。しかし、帝なきあとアトランティスを立て直す姫を支えるのはこの自分だとして、決して悲しみを表には出さない決意だった。

「何だと、……議長が?」
 連絡を受けたイゾラ・マジョーレは、粉々に砕け散ったヱメラリーダとシクトゥス4Dの死をテレパシーで感じて固まっていた。情報は真実だ。ヱメラリーダの護送に参加しなかったイゾラは、死んだのがシクトゥス4Dでなく、自分だったのかもしれないと想像した。ハウザーも深手を負っているらしい。負傷したハウザーから暫定隊長を任命されたイゾラは、レジスタンスに復讐を誓った。しかし、走り始めたイゾラ隊は円卓の騎士を認めると足を速めた。途端、一斉に足を止める。
 レジスタンスの前方に、光る人型物体があった。がれきの中でそれは煌々と輝き、円卓の騎士達も警戒する。
「ち……父上!」
 アマネセル姫は立ち止まる。
「アトラス帝?!」
 アルコン達は唖然として光の中の人を見守っていた。まぎれもなく、生前のその御姿が光の中心にあった。処刑の瞬間、王党派の中でハイランダー族のミラレパと同様に、アセンドした者たちがあった事の証として。皇帝はまさにその一人だったのだ。
「戻ってまいりました。……父上。私は、父上の無念を晴らすために……、アクロポリスに戻ってきました」
 アマネセルは泣いていた。ミラレパの予言通り、姫はアクロポリスで父との再会を果たした。
 皇帝の腕には、眠るヱメラリーダの身体が抱きかかえられている。その時彼らは気づいた。アクロポリスの上空には、円卓の騎士が建てた六本の光のシャフトが雲間まで延びている。帝はぼろぼろになったヱメラリーダを抱え、光のシャフトを昇ってその魂を引き上げていった。
「アセンション(次元上昇)だ」
「ヱメラリーダ」
 アマネセル姫はその時、父の声を聞いた気がした。

 ヱメラリーダの魂は自死によって、長い間、厳しい試練に留め置かれる……。

 眩い光を放つアトラス大帝の上昇は、その場に立ち合わせた全ての人に目撃されていた。追撃隊さえも、出現した帝の姿にひるんでいる。
「行くぞ」
 アルコンは、無理やり全員をその場から引き離した。保安省が死んだはずの大帝の出現に畏怖したことで、かろうじてキラーウィッチ・イゾラの包囲を逃れる事に成功した。聖剣ヱクスカリバーを失ったが、ライダーがプレベールを担いで無事、全員脱出した。ヱメラリーダとアトラス帝のお陰だった。
 しかしシクトゥス4Dを倒したとはいえ、ヱメラリーダの特攻も、一時の時間稼ぎに過ぎない。プレベールの手でツーオイ石掌握まであと一歩というところだったが、彼女を召喚したことで、作戦は先延ばしになっている。王手までの距離は遠のいた。騎士たちは今、すべてをツーオイ石に宿っていたプレベールという存在にかけるしかない。レジスタンスの存在意義は彼女にある。ヱメラリーダなき後、それがアルコンに課せられた使命だった。
 ツーオイ石へ直接向かう事がどんなに困難な事か、想像もできなかった。焔の円卓の帝都攻略戦は、最初から負け戦だったのだ。それでもヱメラリーダが命がけで守ったプレベールがここに居る限り、希望は最後まであきらめない。
 イゾラは、アトラスの出現に衝撃を覚えた事を部隊の者たちに悟られまいと、歩を早めた。
(馬鹿な、馬鹿な……アトラス帝が一体何で。私が見ているあれは幻術か、それとも私が知らない何かなのか! ありえない。絶対にありえない!)
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