▲ヱデンのソースへ ラストダンス

文字数 5,704文字

石炭紀 三憶年前 アフリカ・ユグドラシル

「暑いわね……」
 目の前にあるのは巨大なシダ類のジャングルだった。その大きさは、十数メートル以上で、青々とした葉は日差しを覆い、マリスはまるで小人になったような感覚に襲われた。プレベールとマリスは蒸し暑いジャングルの中に立っている。およそ、三憶年もの遥かな昔。
 ここもアフリカに栄えた、ヱデンという名の文明。オリジナルのヱデンだ。
「鬱蒼としたシダの森を生み出したのは、ヱデンの遺伝子工学よ」
 何もかもが巨大な、見たこともないような色とりどりの巨大で珍しい植物の数々を生み出したのが、ユグドラシルという巨大施設だ。
 ひとつの都市といってもいい規模の研究所から、天空に向かってヴリルの流れが枝のように伸びていた。それぞれの枝は七色の輝きを放ち、あたかも宇宙に向かって延びる巨大な樹のようであった。
 視覚化されたヴリルと予想がつくが、どのような素材、いやエネルギーなのかマリスには正確な事は分からない。その光の枝ぶりは、地球という惑星から宇宙空間へと飛び出す規模だった。各々の枝葉には研究所たるセフィラの階層が浮かんでおり、全てが……森羅万象があった。まさに一体性の法則を体現した楽園だった。緑豊かな地上には、ユグドラシル以外、アクロポリスのような人口密集地帯などどこにもない。
 最初からヱデンに存在したという、知恵の樹と生命の樹。それはアガペーから生じた陰と陽であり、つまり一つの樹を二つの角度から見たもの。本来は二つでひとつのもの。それがこのユグドラシル、またの名をセフィロト。
 知恵と生命の樹、ユグドラシルは根のヴリルが地球の中心核、アースコアクリスタルに伸びている。ユグドラシルは、アースコアクリスタルから生えているのだ。
 ユグドラシルを成り立たせている地下へ行かなければならないと、プレベールは言った。
 ユグドラシルの根を伝い、二人は地球の中心核へと光ヴリルのエレベータを降りていった。プレベールは、そこで何かを思い出したらしい。
 アースコアクリスタルの中は、陰と陽のヴリルが交差するアガペーの海であり、そこからプリズムにかけられ、一切の森羅万象が生じていた。
 つまりは人類文明の始祖が生み出す科学も、芸術も、超能力・魔術もユグドラシルの枝葉であり、何もかもがアガペーエネルギーから生み出されていた。
 宇宙中から理想を求めて、多種多様な種族がこの星に理想郷を作る大実験のために飛来した。この星に、新しい国を作ろうという理想に誰もが燃えて、種族としての再起、魂のリベンジをしようとしている者もいた。ヱデンという偉大な実験場で。
 旧神たちが活躍し、新たな生命実験が行われた。そこへ新らたな種族が、宇宙の因果律によって、運命に導かれるようにして飛来した。それは今日、「古き者共」と呼ばれている宇宙の罪人たちだ。
 彼らはこの宇宙で四億年前に、宇宙大戦を引き起こした。その一員が、アポフィスだった。彼らは、地球へ移送されてきたのだ。彼らにとってこの星が、「宇宙の流刑地」という認識が存在するのはそのためだったらしい。
 宇宙の辺境地に流され、彼らは「哀しみの星」と呼んだ。これが、宇宙大戦のA級戦犯達である。
 かつて宇宙全体で行われた大戦争で勝った者と、敗れた者同士。つまり、旧支配者と旧神は、再びヱデンという星で出会った。
 プレベールはマリス・ヴェスタに言った。
「アポフィスも、自分自身を思い出したらしいわね。彼ら旧支配者は、大戦で負け、自身の生み出したヴリトラの堅牢な監獄の中に閉じ込められた。だから彼らは、この『悲しみの星』と呼び、自分達を閉じ込めているこの星を破壊し、いつか宇宙へ逃げたい願っている」
 旧神と古き者共の再会は、当然のように、新しい世界でも軋轢を生んでいった。古き者共の出現は、一体性の法則に守られた楽園ヱデンを乱した。
 両者は光と闇、二元性の対立構造を生み出し、ここで最初の智恵の実が食されたのである。つまり智恵の実とは、二元性の思考そのものだった。
「なぜ、ヱデンには最初から知恵の樹があったの……?」
 禁忌とされる実。その事をマリスが考えていると、ユグドラシルに突然、異変が起こった。
 アポフィスがヴリトラを撒き散らすブレイクダンスを踊りながら、ユグドラシルの頂点を目指し、天高く上っていったのだ。
 それぞれの研究室がある各色のセフィラ、すなわちケテル、コクマー、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティフェレト、ネツァク、ホド、そしてイェソドを、巨大なヴリトラの念力でつんざきながら頂点のマルクトへと駆け上がっていった。邪悪な存在が神聖な領域に足を踏み込む事は、決して許されない。だがそれを、アポフィスは邪悪なヴリルの精神力のみでなそうというのだ。頂点のマルクトで、アポフィスは、神になろうとしていた。
 プレベールはすぐさま、巨大な白く輝く翼を生やして飛び上がると、ブレイクダンスするアポフィスに立ち向かっていった。

「アポフィスよ! よければ私と、……一緒にダンスを踊りませんか」
 白く眩く輝くプレベールはバレエを舞った。
「私とダンスバトルで勝負をしようというのか?! よい度胸だ!」

 デュアルが始まった。
 漆黒のブレイクダンサーと、純白のバレリーナ。
 両者の異なる回転運動は、空中で衝突、大爆発を起こした。
 マリス・ヴェスタはその瞬間、頭上に皆既日食を目撃した。皆既日食と大爆発の瞬間に、黒衣のアポフィスのブレイクダンスと、純白のプレベールのバレエの、二つの渦がヴリルの乱気流を作り出してゆく。上昇と下降のベクトルの二つのエネルギーが、空中衝突している。
 長く果てしないヱデンのセフィロト上の戦いで、遂にプレベールの白い身体が吹っ飛ばされた。猛スピードで落下したプレベールは、大地にクレーターを作って衝突した。マリスが駆け寄ると、傷ついている。
「大丈夫。これが、ガイアの姿そのもの。……私は、ガイアを反映している」
 傷だらけのガイアの姿は、プレベールに映し出されていた。
 プレベールは、傷だらけのまま立ち上がった。再び飛び上がって、バレエを舞うと、アポフィスに迫った。光と闇の回転はますます速く、衝突はますます烈しい火花を散らし、とうとう宇宙に鳴り響く大爆発へと発展した。
 マリスは上空を見上げ固まっている。宇宙の彼方へと届くほどの爆発だが、なぜかなぎ倒される事がなかった。今、爆発した上空に二人は存在しなかった。
「プレベール、アポフィス……二人は一体何処へ行ったの?」
 プレベールとアポフィスが存在したはずの処に、巨大な光だけがあった。たった一つの巨大な光。二人は融合して光に成ったのだろうか。
「あぁ、暖かい……」
 マリス・ヴェスタは全身で、その光を受け入れた。
 マリスの中で何かがはじけた。それは叫びとなって、マリスの可憐な口から飛び出していった。
「そうか……遂に分かったわ! 禁忌の二元性の果実とは、異なる種族の対立を意味する。宇宙中の価値観が違うもの同士が、このヱデンという惑星に一同に会してきた。戦をした者同士が。極限状況に追い込まれる苦しみの中からさえも、アウフヘーベン(止揚)した時に、より高次の星になるんだ。それは、旧神たちの間で、宇宙の伝説として伝わっている……。それがヱデンの実験! 二元性の実は確かに、最初から楽園に存在した。けれど神は、決して口にしてはならないという。それは、この世界がどうしても二元性の対立が起こりやすい苦界だという事。創世記のヱデンの時代、運命に導かれるようにして地球に集まった種族達。すべて必然だった。……旧神達の生命実験も、旧支配者達も、全ては二元性という智恵の実の超越、統合という瞬間のためにあった」
 光と闇の両者を見失い、マリスはラーと出会った。
 やがて、うっすらと白く輝くプレベールの姿が見えた。プレベールは、マリスのところへ降りてくる。
「光と闇、二人が融合したのがラーなの?」
「いいえ、そうじゃない。ラーは、セントラル・サンという銀河の中心から別れて来た偉大な存在。私たちの戦いを察して、ラーは私たちに、事の真相を告げに来ただけよ」
 新生プレベールも、ヱデンの園の事を思い出したようだ。ラーは二人に、稲光のようにインスピレーションを授け、智恵の実の意味を教えた。
「同族同士でいると、停滞を生んでいくでしょ。そこに成長はなくなる。どんなに自分と異なる相手だと思っても、恐れることなく、相手の力をバネにして更なる高みへと飛翔する。新たな創造を恐れない。常に挑戦する。そうやって新たな創造、新たな価値観、新たな形を作っていくのが、天地創造の原理になるの」
「……アポフィスは?」
「あれよ」
 アポフィスが奈落へと堕ちていく様が見えた。
「私は彼女とのデュエルに勝利し、完全に捉えた。でも抹殺する事はない。もう、何も心配は要らないわ」
 古き者共は、この星で大戦でのリベンジを画策し、二元性の劇における闇……すなわち「悪役」を演じてきた。アポフィスと古き者共は旧神と戦争の末、この地上から姿を消した。彼らは地下深く封印されたのだ。けど、そこにも意味がある。
「ユグドラシルは、二元性の汚泥から生えて宇宙へ向かって成長している。二元性の汚泥は、宇宙樹を育てる養分なのよ。そうして地球での戦いとその超克の歴史は、宇宙の五臓六腑に養分を送る血管を通って宇宙中へと還元される」
 ユグドラシルの枝は宇宙中へ伸びて、血管になっていた。
「つまり人類社会の命運が、最終的に宇宙の運命を握っている?」
「その通りよ。欲望や生みの苦しみを昇華し、見事成長にまで至ったとき、それは宇宙全体にとって何よりのギフトとなる」
 もしそうでなければ、苦しみの連鎖が続くだろう。
「ユグドラシルは、宇宙という花園の中で、泥沼から咲く蓮の花なのよ。文明がヱデンとして、自然と一体化した瞬間、宇宙生命の体内に位置づけされる。それが、人がヱデンへと還るという意味よ」
 ヱデンへの復帰とは、地球と人の、生命の本体と細胞が、完全に一つとなって活動し、地球の生命エネルギーの循環が巡って、星の健康が回復する事を意味するらしい。その影響は、地球という一惑星だけではない。宇宙という花園の中で地球も、一つの花なのだ。
 地球が美しい花を咲かすとき、宇宙という花園にその種がまかれていく。
「アガペーって……」
「アガペーというのはね、宇宙に偏在するヴリルの事よ。この宇宙はなぜ創造されたか……アガペーの力よ。愛するがゆえ。全にして個、個にして全であり、全は個を、自分自身を愛するようにして愛している」
 ヱデン建設に失敗し続けた人類は、傷だらけの女神ガイアの伝説通り、地球という星を著しく破壊した。それでもガイアは、人間をはぐくみ、生命エネルギーを与え続けてきた。たとえ一向に成長しない種族であっても、ガイアはじっと耐え続けた。
 しかしここからが問題だ。プレベールは言った。
「タイムリミットが迫っている。銀河の中心、ラーから来るアガペーエネルギーを受け取るには、時期がある。レオの時代や、アクエリアスの時代は周期的なチャンスだった。水瓶座の時代の場合、さらにアガペーの風が出る時期と重なっている。それはもっと長い周期。宇宙の五臓六腑から来るネットワークから来るアガペーの風が出る時、人類の成長(ヱデンへの回帰)の一大チャンスとなる」
 アトラス帝の上からの革命は、アトランティス人が宇宙生命体の海へと回帰する事だった。文明末期の混沌のアトランティスが、もう一度ヱデンへと還る事を目指すためのもの。
 プロメテウスのように、必死にエジプトの地下に眠るヱデンを追いかけて戦争なんかしなくても、そこに宇宙生命に回帰する文明を建設すればよかった。ヱデンの萌芽は、すでにアトランティスの中にあったのだから。
「大切なポイントを見失った社会は、ヱデンへと昇華する事はできない。それが欠落した文明社会は、熟れたリンゴのように重力に逆らえなくなって落ちてゆく。楽園で腐ったリンゴは、収穫される事はない。ヱデンか、それともアトランティスの繰り返しか、次の文明も、岐路に立たされている」
 プレベールは、自らの正体について気付いたようだった。
「アトランティスの智恵の実・ツーオイ石の秘密とは、地球の中心核、アース・コア・クリスタルの分身。すなわちガイアの分身」
「プレベール、あなた、ガイアの記憶を思い出しているのね?」
「うん。私はツーオイ石から生じた光の存在だからね。ガイアの中心核のクリスタルから来た魂。透明なる石・ツーオイ石はアース・コア・クリスタルへと直結している。それが人類の元へ訪れた時、人類はヱデンへと還る」
 思い出すというより、そこへアクセスする事ができるようになったらしい。
「智恵の実……、ツーオイ石のことだったんだね。ヱデナの時代のキーラ・メルパも、ツーオイにアクセスした」
 マリスはレジスタンスを罠にはめるために、ツーオイ石でアポフィスという偽プレベールをコピーしたのだが、実はそのツーオイの秘密こそ、闇から光へと転ずる、黒い石が白い石にひっくり返るというミッションにあった。それは存在の本質の秘密を解き明かす事になる。
「『存在』とは、すべて光と闇の自由を併せ持っている。その葛藤によって新しい創造が生み出されていく。それが、『智恵の実』がヱデンに存在していた意味。さっきの戦いはその象徴……。ツーオイ石のシークレットミッションは、ツーオイの本体である地球のミッションよ。人類のヱデン追放は、ヱデンの復帰までの長い旅路とセットなのよ。放蕩したわが子の帰還。その長い旅路を経て、光と闇は止揚(アウフヘーベン)する。つまり、それが『地球というヱデン』のミッションなの。地球自体がヱデンであり、なおかつツーオイそのものだから!」
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