▲トリック・オア・トリート

文字数 8,301文字

「これまで私は、あのシクトゥス4Dがなぜこのような決断を下したのかが疑問だった。個人的に、昔から彼の人となりを知る人間として……」
「何を今さら言ってんだよ? そんなの、知れた話でしょ!」
 しらけ顔のヱメラリーダはワインの入ったエレクトラム製の杯をあおる。あんな男(やから)は、元より面だって拝みたくなかった、そんな風にヱメラリーダの燃える碧眼が物語っている。
「しかし。悪魔に魂を売れば誰でも人が変わる。欲にまみれた人間は、面付きまで悪魔に似て来やがる。そいつは目に宿るからすぐに分かる。ま、奴は所詮、その程度の男だっただけではないか」
 ライダーもヱメラリーダの意見に賛同した。ジョシュア・ライダーのように最初からシクトゥス4Dに懐疑的だった人間にとっては、不思議でもなんでもない。だからこそこの男は、暗殺をもくろんだのだ。
「ついさっき姫に聞いた話だが……」
 姫からの言葉、と聞いて全員が次の言葉を待つ。
「姫は石の離宮に幽閉されていた以前、太陽ピラミッドへとつながるアクロポリスの地下、つまりネクロポリスのどこかにある部屋で、シクトゥス4D議長に、黒魔術に関する儀式を仕掛けられていたというのだ。奴はクーデター前後から、密かに黒魔術儀式を行ってきた可能性がある。だが私はその事実を知った時、ある確信を得た。つまり、姫から奴が何かの儀式を行っていたという話を聞いた瞬間に、決定的な違和感を抱いたという事だ」
「もったいぶるな。一体何なんだ? 要点を言え。オージン卿。以前からクリスタル計画を担ってきたシクトゥス4D議長は、陛下とツーオイの軍事利用について対立していた。同時にヘラスとの和平交渉。それに加えて、皇后陛下の進めていた奴隷解放も、シャフト改革も何もかもな。帝の、シャフトの権利を次々と奪い、不正を正す大胆かつ様々な改革案。陛下の上からの革命が仕掛けたあまりに急激な変化は、シャフト評議会にとって相当な脅威だったはずだ。それが結局、このような事態に至った事と思えば、別に驚くほど不思議な話ではない」
 アルコンの説明に、ライダーも頷く。
 ヘラスは民主国家であり、その体制は旧態依然としたアトランティス帝国にとって、常に脅威として存在してきた。両国はこの時代の二大軍事大国だ。科学力において圧倒的に有利に立つアトランティスだったが、世界的な民主革命の嵐は、アトランティス内部にも忍び寄っていた。その主導国ヘラスに、エジプトを取られてはならない。アトランティスは水晶炉にエネルギーを充電し、ヘラスの地中深くレーザーを撃ちこみ、マグマを温めてヘラスを地殻変動で沈める。ツーオイを最終兵器としてコントロールする事で、長らく紛争が続いてきたヘラス軍と決着をつける。全ては、エジプトの植民地を守るために。それがシャフトの、シクトゥス4Dの目論見だったのである。
「しかし、よく考えてみてくれ。皆、よく思い出してみるんだ。当のシクトゥスは、クリスタルの軍事利用にはもっとも反対の人間だったはずではないか?」
「そうだったか?」
「そういえば……そうだったかな? いいや、思い出せん」
 アルコンは目をつぶった。そう言われてみるとそういう気もする。よく分からなくなる。いつの間にかシクトゥスの以前の印象を、誰もはっきりと思い出せなくなっていた。
「皆忘れているんだ、なぜかな。全員が、その事実を忘れている。では事実は何なのか。一体なぜそんな男が百八十度変わったのか? いや、話はそれだけではない。シクトゥスはかつてより、黒魔術に対しても毛嫌いしていた人物だった」
 アルコン以下、誰もが不審な顔をオージンに向ける。
「確かにシクトゥス4Dという人物は、シャフトの中でそれほど目立った人物ではなかった。むしろ他の大魔術師たちに比べ、地味な印象しかない。今となっては到底考え難いがな。だから、多くの者は、クーデター後の姿しか知らない。だが元はそうではなかった。私ははっきりと覚えている。実は暗黒面に対しても、潔癖な程だったんだ」
「……本当か?」
「あぁ。私はそれを保証する。いかに支配欲に目がくらんだとはいえ、シャフト議長ともあろう者が、簡単に悪魔に魂を売ったり、黒魔術に手を染めるものか。それが皇帝と意見を分けた部分、ヘラスに勝つためだったとしてもだ。ともかく、ここまで自分の身を落とす理由が、私には理解し難かった」
 誰もが以前のシクトゥスについて明確な印象を持たない中、オージンはそこまで断言できる立場にあったという。
「だが、私はその疑問をようやく解消した。奴は堕落したんじゃない、重要な事は、今のシクトゥス4Dは、本来のシクトゥスではない別人だという事だ」
 オージンの衝撃の告白に、豪奢な居間が凍りつくような沈黙が支配した。誰もが以前のシクトゥスを思い出せなくなっているというのが、ひょっとして奴の、あの男の魔術の結果だとしたら?
 この中で個人的にシクトゥスを知るオージンによると、かつてシクトゥスは、眼もとの優しい慈悲深い正統派神秘科学者として知られていた。シャフト内では厳格なほど保守的で頭は固いものの、慈悲に満ち、誰からも慕われていた。しかし元々皇帝の教えとは相いれず、合理性を失った、アトランティスの神秘科学の古き良き伝統を覆すものだとして反対していた事は事実だった。
 だがクーデターを起こし、かつアクロポリスのツーオイ石を占拠し、事態がここまで来てしまうと、もはやそのような穏当な人物であったという記憶は、誰の頭からも忘れ去られるものかもしれない。それにしても不可解な話であり、容易に説明がつかないのは確かだった。
 今の神秘科学評議会「シャフト」議長は、その雰囲気ががらりと変わり、姿かたちや面構えこそ同じだが、権力欲と覇道にまみれた冷酷な目つきの残忍な男だ。それについて当初、一体議長に何があったのかと違和感を覚える者は多かったという。
「それは、ある時期からなのだ。クーデター前、きっと議長はある男に出会った。その男と対決し、恐らく敗れた。その頃議長は、その男と入れ替わった」
「何? 偽物? じゃ現在の議長は一体何者だ」
「奴は、議長にシェイプシフトしたネクロマンサーだ」
 オージンが今何を言ったのかというと、真のシクトゥスはすでに殺され、別の男が成り替わった、という事である。
「にわかに信じがたい。仮にも、仮にもだぞ、神秘科学評議会議長たる者に打ち勝つほどの黒魔術が、一体いつアトランティスに復活したというのだ?」
 シャフトに色々な問題がある事は事実だったが、それにしてもセクリターツが黒魔術の復活など許さないように監視していたはずである。中世の黒魔術禁止法セクリタテーゼ以来絶滅し、彼らは表面的には存在は確認されていないはずだ。あるいは地下にもぐったとしても、シャフトを乗っ取るほどの勢力が、簡単に出現するものだろうか。
「そう考えれば、一連の出来事に説明がつくだろう。第一おかしいと思わぬか? あれほど皇帝を支持していた国民が、このシャフトの反乱をさしたる混乱もなく受け入れたのか。幾ら洗脳されたとはいえ。逆らっているのは事実上、ニーズヘッグと呼ばれている我々だけではないか。それは、皆の記憶が入れ替わったからだ。なぜ、シクトゥスが裁判で皇帝や我々を黒魔術師と決めつけたのか。結局のところ、自分自身の事に他ならないからではないか」
「我々全員の記憶が変わっているだと? そんな大掛かりな魔術があるのか? 信じられんな。そこまで言うからには、何か証拠があるんだろうな? オージン」
「……いや。残念ながらはっきりしたものはない。私自身も疑念、微かな感覚によるものとしか言えん。だが、もともとシクトゥスは4Dと着いていなかった。実は、シクトゥス・ヘイエルダールが本当の名だった。それは以前の記録を調べてみれば分かるはず」
「4Dというのは?」
「正式な文書では、4Dの後に『∴』と着くが、それが何の略かは分からない」
 シクトゥス4D∴。なら、「4D」とは一体何の略なのか。アトランティス文字は、後のフェニキアで発祥するアルファベットの原型となる。
「Dといえば、まず考えられるのは『デルタ』か。4つの⊿、これは組み合わせると十二芒星の事になるな」
「なるほど。それは鋭い。議長は、十二芒星を護符にしてる!」
 十二芒星の謎を追いかければ、彼の者の正体に迫れるかもしれない。
「でその男は?」
「議長はダークロードだ。奴は、メタモルフォーゼするシェイプシフトの天才だ。人間以外では、鷲の姿になる事が多い。近頃、アクロポリスの上空を飛びまわっている巨大で真っ黒な鷲を、見た事はないか?」
「あるわ! あれはまるでグライダーのように巨大なオオワシだった」
 ヱメラリーダが即答した。
「そもそも、アクロポリスで鳥といえば烏しか居ない。ほとんどの野生動物は滅んだ。アヴァランギ平原の郊外で、絶滅寸前のマストドンを見るくらいだ。大怪獣討伐で絶滅した、フレスヴェルグという名の……それが奴の名なんだ。むろん、シクトゥス議長はそれ以前に鷲に変じた事などない。そしてアクロポリスで、巨大オオワシがよく目撃されるようになったのも最近の話だろう」
 近年、アクロポリスの周辺から動物という動物が姿を消していた。アトランティスの近代化と同時に、人工都市アクロポリスの動物は次々絶滅していった。もはや首都の周囲で、滅多なことでは動物を見かける事はない。「これって沈む前の船から逃げ出すネズミじゃ?」とかつてヱメラリーダはアルコンに言った事があるが、それはまさに自然界の黙示録だった。その中で、なぜか烏だけは首都に残っていた。そういう意味で烏は珍しくなかったが、鷹などもちろん都会にウロウロしているはずの生き物ではなかった。
 普段、メタモルフォーゼして他人に化けているフレスヴェルグは、黒魔術を使用する際、一旦元の姿に戻るらしい。だがその時には必ず仮面を付けており、その真の顔を見た者は、側近も含めて誰も居ないらしい。少し笑っているようにみえる仮面はフレスヴェルグの真意を隠すだけでなく、思念をも遮断する、特殊なオリハルコンで製造しているのだという。このようにフレスヴェルグは極めて用心深く、慎重な男らしい。きっと彼の正体を知る時は、たとえ忠実な部下であったとしても死を覚悟しなければならないのだろう。
 しかし、そのフレスヴェルグとシクトゥス議長はある時出会い、シクトゥスはフレスヴェルグの正体を見破ったのだ、とオージン卿は締めくくった。
「その結果、両者は格闘になったって訳か?」
「その通り。それが革命前夜にあった出来事だろう。だが、議長は敗れた」
「しかしソイツは、本当にシャフトの議長を破る程の男なのか?」
 ライダーが訝しがっている。
「……かつて私は、フレスヴェルグに会った事がある。今から二十年前ほど昔に」
「ナナナ何だって?」
 ヱメラリーダが素っ頓狂な声を出したが、アルコンは話の脈絡からオージンが最初から敵を知っていると気付いていた。
「私はその頃、黒魔術の噂に関する、ある事件を追っていた。それは『這い寄る混沌』事件という」
「……それは?」
「とある書物、『ブラックタブレット』と呼ばれるモノと関係する。それは、目録のみにその名が記されている禁じられた書物の通称で、実際の名称は『ネクロノミコン』だ」
 「死霊秘法(ネクロノミコン)」。ネクロ(死霊)・ノモス(憲章)・イコン(表彰)の造語である。
(……ネクロノミコンか。確かトートアヌム大の図書館でも目録に載ってたような気がする。でも検索しても所蔵は不明だった)
 マリスは思い出す。すると、図書館でちょくちょく面識のあった司書がまるで心を読んだように補足する。といってもこの司書について詳しいことはよく知らない。
「トートの『秘密の書庫』といわれる部屋のリストに載っていました。実は私も直接見た事はないのですが、大学にあるのは写本のはずです。それでも写本は秘密の書庫のどこかに存在していたと思います」
 やはりマリスの思い違いではない。「戦いの書」、「浄化の書」、「水晶解錠の書」など、さらには「超次元潮流ミカ・ヱヴォリューション」、「レジェンド・オブ・ラピスラズリ」といった稀覯本と共に、それはリストに存在した。写本はおそらく本当のパワーは失われているはずだ。しかし、フレスヴェルグが所有していたのは完全な原本のようだ。
「失われたはずの中世の黒魔術師の魔道書だな」
「そう。ネクロノミコンこそネクロマンサー垂涎の書。ネクロノミコンは、『這い寄る混沌』を召喚する。奴はその当時から、シェイプシフトを得意とする小物の黒魔術師だった。本性が分からない姿形なき者……。しかし当時はただの小悪党に過ぎず、……追い詰めたものの、結局命までは許してやった」
フレスヴェルグはカメレオンだ。誰もその正体を見たことがない。
「その時に殺してればよかったのにさ!」
 ヱメラリーダの碧眼がギロッとオージンを睨みつける。
「そうかもしれん。だが、その時私は更生してくれると願って逃がしてやったんだ」

    * * *

「魔術師は、必ず心得なければならないことがある。それは魔術は因果応報だということだ。自分がなした術は、必ず自分へと返ってくる。その心得なく、もし黒魔術を使えば、その災禍は自分へ降りかかる。その原点をもう一度、しっかりと心得るのだ」
 かつて、シャフトの中で静かな連続殺人事件が進行していた。フレスヴェルグは、最終的にシクトゥスになり替わっただけではなく、その時その時、様々な人物を暗殺し、シェイプシフトしていったらしい。そうして失われたはずのブラックタブレットを手に入れた。その事件を知ったオージンは犯人を追跡し、遂にフレスヴェルグを追い詰めた。本を無事回収した後、こうして膝を屈し、更生を誓ったフレスヴェルグに、オージンは遂に逮捕するでもなく、情けをかけた。二度とアクロポリスに戻って来ない事を約束させて。
「よろしい。命は取らぬ。もし反省し心を入れ替えるなら、この本で、お前が何をしようとしていたかは問わぬ。……行くがよい!」

    * * *

「甘い甘い! そう簡単に、闇のエネルギーを引く者が更生するもんか……!」
「あぁ、その通りだろう。どうやらその当時の私は計算違いをしていた。奴は長い事、地下に潜っていた。後は姫に訊けばはっきり分かる事だが、おそらくそれが今舞い戻って、議長になり替わっている」
「計算間違いだって? 呑気すぎだよ大白魔術師さん。そん時のボタンの掛け違いが今こーいう事になってんじゃん?!」
 ヱメラリーダはますます眼を血走らせて詰め寄った。
「……でさ、書物は?」
 ヱメラリーダの問いに、オージンは首を横に振った。
「結局、書物は失われたものの、確かに私はその時奴の手から奪った」
「奪ったのに? またどっかへ行ったって?」
「そう、残念だが紛失した。何としても私の手で処分したかったのだが」
 まるで本自体が意思を持っているような口ぶりだ。
「だがまさか、あの時倒した黒魔術の男が、シャフトへ捲土重来し、戻っていたとは。当時の私の認識が甘かった事は認める。私はシャフトの一員として、今日シャフトがこのような状況に陥っている事に、極めて重大な責任を感じている。この様子ではおそらく、ブラックタブレットはその後、再び奴の手に戻ったと考えていいだろう」
 そしてフレスヴェルグは遂に議長を倒して権力を獲得した。この事態には、賢人オージンでさえ二十年間予想できなかったのだ。
「這い寄る混沌か……。まさにアポフィス、宇宙を混沌と破壊に導く邪神の事だな」
 アルコンは腕を組み、あごひげをなぞっている。
「で、あなたはその時見たの? その、フレスヴェルグとかいう奴の素顔」
「いいや、結局私は見ていない。それが『姿形なき者』だからだ」
「しょうがないなぁ! 相手の正体も分からず、書物も失ったなんて。じゃあシャフトの大部分の奴らは、みんなそいつに騙されてクーデターを起こしたって訳?」
 ヱメラリーダの声はさらに大きくなる。
「おそらくその通りだろう。ネクロノミコンを習得した者は、他人の記憶を消す事が出来る。だが、同時に完全に元の自分自身を失ってしまう。それが『混沌』との契約の代償だ。もっともシャフト中枢の幹部や、セクリターツ上層部の連中は……きっと議長と同じく入れ替わったか、議長の正体を知っていて従っている確信犯共が選ばれているに違いない。私の見たところ、奴らは議長に絶対服従を誓っている生粋の黒魔術師たちだからな」
「確かにハウザーなんか、セクリターツの長官に任命されたのはごく最近だな」
 でなければ、あれほど魔的な破壊力をもって大多数の王党派を圧倒できるものではなかった。そして度を超した、セクリターツの人間とも思えぬ情け容赦のなさ。どうして人にしてあのような残忍な行為が可能なのか。皇帝の処刑法もさることながら、シャフト議長でさえ手を出せない魔術の最高峰を守るドルイド僧をも全滅させた。一体あれが、人の子にできる行為なのか。つまり、まだ確証はないが、この一連の出来事は、彼らこそが史上最低最悪の黒魔術師集団だという証拠に他ならなかった。
「なんて事だ……セクリタテーゼ(※黒魔術禁止法)を理由に、陛下を逮捕したシャフトに、アトランティス人はみんな騙されて、陛下と我々が黒魔術師にさせられている。事実はまるで逆で、奴らこそが黒魔術師の集団だって事を誰も知らない!」
「フン、まさしくその通り。よもや最悪の黒魔術師が、シャフトの議長だったとは? だが俺は何となく違和感を抱いていたんだ。奴は、アトランティスの神秘科学の番犬なんかじゃないって事をな、回りの者は、俺がやろうとした事を理解できなかったが、実際は世界の方がおかしかったという訳だ。今やシャフトは、アトランティス帝国は完全に黒魔術師に乗っ取られている!」
 ライダーは怒鳴った。
 禁止された黒魔術を行じるフレスヴェルグは、二十年前と同じく殺人を繰り返して顔と立場を乗っ取り、遂にシャフトの絶対権力を獲得した。以前よりはるかに巧妙に。そうしてフレスヴェルグの腹心だった黒魔術師ハウザー他、彼らの側に与するセクリターツの有力者たちは、シャフト評議会を支配し、恐怖政治を敷いた。
「けどさ。現実はどォなんだよ? 処刑されたアトラス帝やあたし達の方がセクリタテーゼで黒魔術師扱い。議長はうまい事やりやがったもんだよ。……バカヤロウ! 自分達がなした行為の全てを、こっちに全部濡れ衣着せやがって。そういう事だよね」
 オージンだけではない。全ての人間が見事に欺かれていた。
「問題は、神秘科学議長シクトゥス4Dが魔人の姿を隠して、自在に変化する男という事実だ。……つまりフレスヴェルグが、だが。奴はどのような姿にも変身できる。この状況を人に説明するのは至難の業だ」
「至難の業だって? はははは。何言ってんの隊長。そもそもそりゃシャフトが黒魔術師の集団ってのが、人に言ったところで、そんなモノ、皆馬鹿なって笑うだけだろ……。ま、そーいうモンだよ、大体が世間ってのは!」
 ヱメラリーダが力なく投げやりに言う。確かにその通りだ。高度な魔術など仕掛けるまでもなく、官制メディアが報道すれば、あっさりと踊らされるのが大多数の人間というものかもしれない。ここで世間に向かって、黒魔術の秘密結社が密かに復活し、シャフトを乗っ取ったなどと公表した所で、それはあまりに人々の理解を絶する話であり、自分たちの主張の正当性を受け入れてもらえるとは思えない。人々はそんなモノは到底信じられず、頭のおかしい陰謀論だという顔をするのが目に見えている。こうして今、王党派は悪魔の手先によって悪魔の手先呼ばわりされつつ、滅びゆく運命にあったのである。
「だけどネ! あたしはこんな状況、ぜっっったい認めない。諦めないからな。奴らを一人残らず叩きのめして全員タルタロス(地獄)の釜のど真ん中ぶち込むまでは!」
 情熱党最後の戦士が叫んでいる。
「落ちつけリーダ」
 とアルコンは言うと、自らエレクトラム盃に新しい酒を注いで呑んだ。
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