▲光と闇のオセロ

文字数 5,013文字

紀元前八〇八七年十月十五日

 マリス・ヴェスタとライダー、及びヱメラリーダたちは鯱級潜水艦サーペント号に乗り込んだ。
「ライダァ、行ってらっしゃーい! 早く帰ってきてねェ」
 港でケイジャが手を振っている。ケイジャはアヴァロンに留め置かれる。この後、後発隊が追うことになるが、ケイジャ・レジーナをはじめ、何人かはここに残る。
 遂にアクロポリス侵入作戦が始まった。第一運河から最初の中継ポイントとなるヱメラルド・ステーションたるピラミッドへと上陸を開始する。姫とインディックは後から潜水艦バラクーダ号で追いかける予定になっていた。
 アクロポリスを改めて外から見ると、赤黒いヴリル・エネルギーのドームが全体を包んでいた。それはツーオイが形成している、戒厳令魔方陣のマカバが可視化したものだ。その力が増幅し、外敵の侵入を寄せ付けぬようにしていた。主にヘラスの攻撃と、自分達王党派の残党の襲撃を警戒してのことである。
 ヱメラリーダはそれ以外にも邪悪な力を感じている。アクロポリスの各クリスタルからどす黒い柱が立っていた。自分たちが向かっているピラミッドも同様である。ヴリトラの柱だ。それが連携し、都市を包み込んで実体化しているのだった。それに加えて不快な音が鳴り響く。シャフトの放送が、対ヘラス戦のプロパガンダを街中に垂れ流していた。それによると、海戦では連戦連勝中らしい。
 最上の都から流れる最低のプロパガンダ。よくもこう悪口が続くものだと感心する、全てがヘラスを貶める内容だった。その口汚さといったら、これが伝統あるシャフト評議会なのかと誰もが思う内容だ。シャフトは外見上でさえ、その品格を取り繕うことをやめたのか。それらは最終的に、ヴリル・デストロイヤーを使うための口実であった。
「連中は、戒厳令魔方陣を維持したままか。一体連中は何をそんなに恐れているんだ?」
「いいや違うぞ。戒厳令が半分解除されている!」
 シャフトの戒厳令は半分解除され、ゆるやかなものに戻っていた。市民生活に支障をきたすのだから当然だろう。シャフトは市民との折り合いで解除せざるを得なかったようだ。第二次アクロポリス戦において、ネクロポリス内部を動けることが分かったレジスタンスは、さっそく地下世界へと侵入した。
明かりに照らされたネクロポリスの一角で、彼らを待っている者がいた。カーキ色のマントに全身を包んだ細身の人物。頭はフードに覆われている。その者は無言でフードを取ると、長い金髪がこぼれ出て、闇に白い顔が浮かぶあがった。
「クラリーヌ! まさか生きていたのか」
 アルコンは駆けるように近づき、クラリーヌを抱擁する。
「姉さん!」
 ヱメラリーダも駆けつける。
「ずっと、ネクロポリスに?」
「アルコン、ヱメラリーダ。久しぶり。私は死ななかった。みんながこの街に来るのをずっと待っていた」
「でも、どうやって?」
「シャフトはね、フフフ。私を尋問するために、殺さなかった。私はラムダの尋問を受けた」
「すまなかった……」
 アルコンはうなだれる。
「彼らよりもユグドラシルの構造に通じていたことが幸いして、ネクロポリスに逃げることができたの。オージン卿の残したタリズマンのお陰でね」
 クラリーヌは地下に潜伏している間、迷宮に迷う覚悟で調べまわっていた。
「また一緒に戦えてうれしいよ」
 ヱメラリーダはニコニコしてクラリーヌの手を取った。その手はひんやりとしている。
クラリーヌがステラクォーツ発電所について詳しく解明してくれたおかげで、レジスタンスは地下からステラクォーツ発電所を操れることに気づいた。
「これが…アクロポリスを動かしている動力源よ!」
 長く忘れ去られたエリアーデ神殿。その中心に輝くアポリアストーン。迷宮に守られ、この場所を訪れる者は長く存在しなかった。それをクラリーヌは発見したらしい。
 ネクロポリスは、アクロポリスを動かしているといっても過言ではないのである。クラリーヌは推測した。たぶん、それは昔、「地上」にあったのだ。しかし、その旧世界の国土が全体的に沈んだことによって、人々は都市の上に蓋をし、その上にアクロポリスを築いた。それが、この二重構造都市の秘密だ。
「両者は物事の二面性、陰と陽。光と闇の関係ということよ」
 マジカルステルスの閉鎖領域で、ステラクォーツ発電所を乗っ取る前に、いやそのためにまず地下から地上を操る。そうしてシクトゥス議長からツーオイを奪還して、ヴリトラを光シャフトでヴリル・デトックスする。できるだけヱクスカリバーと魔術舞踏で、アクロポリスのヴリトラを軽減し、ヘラスが来るまでの間、時間を稼ぐ。そうしてアトランティスを持たせるのである。地下から発電所を掌握すると、いよいよマンホールを通って地上へと出るときだ。
 ヱメラリーダはヱクスカリバーをぎゅっと握りしめた。小柄な少女には重く巨大な剣。だがマシンの右手には、その重さは苦にならない。マシンの右手の中のそれは温かい。上陸して、この剣をヱメラルドステーションのクリスタルと接続しなければならなかった。彼女は小柄な身体の周囲に緑色のマカバを形成した。一度のダンスで習得したヱメラリーダに、もはやマリス・ヴェスタの協力なしでマカバの乗り物は作り出せた。
 方程式ダンスをするヱメラリーダを先頭に、再びダンスマトリックスの為の紡錘状のマカバフィールドが形成される。首都襲撃メンバーは小ピラミッドに向かってストライドを開始した。
 一人サーペント号の司令室に残ったマリス・ヴェスタは、キャメロットから後方支援するインディックと連絡しつつ、ピラミッドへのウィザードハッキングを開始する。インディックの手筈で、アマネセル姫がヱメラリーダの持つヱクスカリバーにエネルギーを込め、それをツーオイに中継させるのだ。
 ヱメラリーダは戒厳令魔方陣をマカバの乗り物で移動する最中、街の様子を観察した。自動システムである戒厳令に加えて、実際に首都に戻るとシャフトの警備は厳重だった。そこではハウザー達が陣を敷いて待ち受けている事がハッキングで確認されている。
「もう時間がない、早く光シャフトを立ててヴリトラをヴリル・デトックスしないと!」
 マリスの錬金術的ハッキング攻撃に加えて、ヱメラリーダ達は、小ピラミッドを警護しているシャフトの保安員のところへと、マカバフィールドのストライドの勢いのまま突っ込んで行った。彼らを先制攻撃で制圧すると、ヱメラリーダはすぐさま魔方陣を描き、ヱクスカリバーを持って儀式ダンスを始めた。発電所の周囲にレジスタンスの結界を張り巡らし、レジスタンスの橋頭堡とするためだった。ステラクォーツ発電所は魔術の作用で、何事もなかったように覆い隠された。レジスタンスが乗っ取っているにも関わらず、外部からはそれを知る由はない。少なくとも四十八時間の間は。ユグドラシルの一室をアジトとした時に使ったのと同じ魔術の応用だった。
「とりあえず今のところ順調か」
 ヱメラルドステーションへの侵入に成功した報は、ただちにテレパシー通信でサーペント号のマリスへと伝えられ、さらに中継してアヴァロン島のインディックに伝えられた。
「入ったのは初めてだ」
 各ステラクォーツ発電所は普段は厳重に警備され、シャフトの高位のアデプトでも専門のマギでなければ入る事は決して許可されない。その「個室性」が、ヱメラリーダの仕掛けた結界と相乗効果で、アジト化を成功させていた。
 天井から金属ロッドで緑色の多面体の宝石が取り付けられている。その下には、約百二十センチの両手のブロンズ像があり、その手の中に約十センチの水晶球がのっていた。
「これは……中にピラミッドが観えるぞ」
「この水晶球は、今共鳴しているピラミッドが映し出される仕組みなのよ。時空を隔てたピラミッドと音叉のように共鳴する。ここに、ヴリルや各種エネルギーが高周波の倍音でリンクするの」
「そいつが、ソプラノ・マントラという訳だな」
 この緑の石はヱメラルドだ。ヱメラリーダはそれに強力なヴリルを感じた。精巧にカットされたヱメラルドと水晶球のセットで、ガイアから膨大なヴリル・エネルギーをピラミッドに集中させ、ステラクォーツ発電所に巨大なパワーを発生させているのだ。
無事レジスタンスはハッキングに成功した。
(このまま何事もなきゃいいが。いや、そんなに甘くないか)
 とにかく魔術防壁を仕掛けたが、ヱメラリーダはこの作戦がマリスのせいでシャフトに筒抜けであるという感がしてならない。にしても、今のところ周囲に保安省の姿は全くない。
「後は、あなたたちががんばって……自分の歌の力を信じて。ヱメラリーダ」
「ありがとう姉さん! 姉さんがいなかったら……」
 ヱメラリーダが振り向くと、微笑んだクラリーヌの姿は半透明になって、徐々に消えつつある瞬間だった。
「あぁっ……姉さん、一体何が」
「消えただと?」
 アルコンはあっけに取られている。
「これは、アセンション(次元上昇)だ。そうに違いない。まことに言いにくいがクラリーヌ殿は、既に亡くなられていたのだ。だが我らを導くために姿を現したんだろう。しかし役割を終えたことで、バルハラへと還っていかれた」
 オージンはつぶやくように云った。クラリーヌは尋問室から脱出を図ったものの、ユグドラシルの中で銃撃戦の末、力尽きた。結局、大本部を出ることができなかった。
「そんな、そんな事。ううう、姉さん! 姉さーん!!」
 ヱメラリーダは叫んだ。うなだれ、やがて無言で涙を落とす。

『後は、あなたたちががんばって……自分の歌の力を信じて。ヱメラリーダ』

 ヱメラリーダをクラリーヌの暖かいヴリルが包み込んだ。
「負けない、負けないよ姉さん、あたし、頑張る」
 ヱメラリーダは、涙を拭くと作業に没頭した。
 アクロポリスで囚人となっていた仲間達と、半獣人の奴隷たちに取りつけられた爆弾首輪が自動的に解除され、ゲートが解放された。アクロポリス市内は溢れかえる無法な者たちの洪水で大混乱となった。稼働中の戒厳令魔方陣は、もはやマンホールでの回収が不可能になるレベルに到達していた。この混乱を治めるため、シャフトは戒厳令魔方陣を一時的に解除せざるを得なくなった。解除の後、再びハウザー長官が街に現れた。
 戒厳令解除の報を待って、マリス・ヴェスタはサーペント号から一人静かに上陸した。猫の姿になるとヱメラルドステーションへと向かう。その最中、予想以上の街の混乱ぶりに歩行も困難な程だったが、貨物車に紛れ込んで移動時間を稼いだ。猫の目にも、アクロポリスの赤・黒・白の三色の建築物があちこち崩れかかっているのに驚かされる。ようやく小ピラミッドへと到着すると、ヱメラリーダが無言で招き入れた。
 今度はマリス直々にヱメラルドにアルケミー・ハックを仕掛けた。時間との勝負の中、六つのピラミッド発電所で順に舞う予定の魔術ダンスの方程式を次々とダウンロードしていった。六つのクリスタルのダンス方程式は、クリスタルの種類によってそれぞれスタイルが異なっていた。激しかったり、穏やかだったり、それは各石の個性に合わせたダンスである。それぞれのクリスタルに同調できるのは、その個性に合ったメンバーが直接出向く必要があった。
 まずこのヱメラルドステーションの小ピラミッドに、ヱメラリーダとマリスを中心にしたダンスによって、最初の光のシャフトが建てられた。この時のダンスの方程式は現代文明でいうと、パラパラに酷似している。地球上の人間が電波塔となり、ヴリルを受信する。それはまさに、ラーへと通じる祈りだ。
「差し入れだ」
 アルコン隊長がアトランティス・バナナをひと房持って、マリスが作業する中央制御室に現れた。街中が溢れかえる反乱者に気を取られている内に、アルコンは身を挺してどこかで入手したらしかった。
 ダンス方程式さえ分かってしまえば、後は六つのピラミッドを同じように襲撃して結界を張り、一つ一つで魔術ダンスを舞って、光のシャフトを建てていくことが出来る。後は、それが無事完了するまでツーオイ石が持つかどうか。事故が起こるかどうか、ともかく時間との勝負だ。
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