▲ステラクォーツ発電所の光シャフト計画

文字数 6,842文字

「太陽神殿のゲートは開けましたが、姫のおっしゃる通り、他の者たちはまだツーオイのシステムを理解していません。だから、可能性は少ないですが、シャフトが解明するとしてもまだしばらくかかるでしょう」
 マリスの言葉は、姫の言葉を証明するようだった。
「という事は、ツーオイ石はまだ陥落していないと、それでいい訳だな?」
「はい」
 アクロポリスから脱出してきたメンバーと違い、姫の救出部隊とオージンの仲間たちはマリスが何者か知らなかった。もっともシャフト保安員の制服を着た彼女を見れば、元の素性は分かる。しかしそのせいで、彼らは本当に味方なのか判断がつきかねていた。
「紹介します。彼女はマリス・ヴェスタです。見ての通りセクリターツからの脱出者です。アクロポリスからの脱出を手助けてくれたのです。レジスタンス活動に誘ったのは私です。数少ない新しい仲間です。彼女がいなければ我々が戒厳令下のアクロポリスを脱出することは不可能だったでしょう」
 アルコンは周囲の微妙な空気感を打ち破ろうと、大きな声で紹介する。
「やはりか、セクリターツ……」
 服装からも明白だったが、アルコンの発言で確定したマリスの正体に小さなどよめきが起こる中、ヱメラリーダが立ちあがった。
「姫、こいつは怪しいよ。今まで黙ってたけど、確かにアクロポリスではこの女のお陰で命拾いした。それは事実だよ。だけどその行為が全て、あたし達を全滅させるために仕掛けた罠だったらどうする? もしそうだったらあたし達はおしまいよ。もうレジスタンスは姫を含めて、ここに残っているのが全員なんだから。ここまで来れば、シャフトは姫も含めて全滅させる事ができる。だから姫、この女の言う事を信用するべきじゃない!」
 ヱメラリーダの「讒言」に、マリスは何も言い返さなかった。マリスはその時、それどころではなかったのだ。なにせ、あの「姫」との対決の時を迎えたからだ。何者よりも優れたテレパスであるアマネセル。姫は、アルコンらの救出を手助けしたマリス・ヴェスタを、大きな緑の瞳でじっと見つめてきた。
「マリスはシャフトのスパイである」
 確かにその疑問は、ここに同席する者なら誰でも感じている疑問なのかもしれない。ヱメラリーダだけではなく、いやアルコン自身さえも同様だった。本当にマリスは「仲間」になってくれたのか。人一倍勘の鋭い部下、ヱメラリーダがこれだけ警戒するには、やはり訳があるのかもしれなかった。それにアルコンにも、はっきりした理由はないが、マリス・ヴェスタのたたずまいを見ていると、時折何か奇妙な違和感を感じる事があるのは事実だった。
 しかしはっきりとした確証がない以上、最上のテレパスであるアマネセル姫に全ての判断をゆだねるつもりだった。姫なら、マリスに対し正確な判断がつくはずだからである。その結果として、城内がたちまち騒乱の渦中へと転ずるか、それとも調和的決着を見るか、どちらにせよこの場で決着がつくはずだった。すでにヱメラリーダの手は腰のレーザー剣に伸びていた。
「……何か、ご意見をお持ちではありませんか?」
 アマネセルは小声で訊く。特に疑っている様子もなかった。まさか、とヱメラリーダの顔が曇る。
「ヱメラリーダ、あなたの気持は分かります。けどここはまず話を聞きましょう。よく、この泥沼のような状況から抜け出して下さいましたね。歓迎します。もし仰りたい事があれば、何なりと。どうか遠慮なく……あなたの話を聞かせて下さい」
 アマネセルの言葉はヱメラリーダの予想したものとは異なっていた。しかしアマネセルは確信していた。「彼女」なら、逆転への見取り図を持っているに違いない。姫の心中には確かにそう囁く声があった。
「はい」
「ちょっと待ってください!」
 ヱメラリーダはクラクラしてきた。アマネセル姫なら、マリス・ヴェスタの危険性を誰よりも早く正確に見抜けるはずである。自分が見抜けていながら、姫が見抜けないなどという事は絶対にない。ただすぐに排斥しないのは、今はおそらく様子をうかがって、最善の方法を見出そうとしているからだ。そうに違いない。いやそれにしても、アマネセルはマリスに感謝をし、あっさりと仲間として受け入れてしまったようにヱメラリーダには見えている。
「この女が我々の事を敵に話したらどうするんです? ここに居る全員、あたし達はアトランティス最後の抵抗者なのに。全員殺されます。我々が死ぬだけじゃない。陛下の理想がここで潰える。そうしたら国民は? 結論は簡単です。一刻も早く殺すしかありません!」
「ヱメラリーダ。そう。あなたの言う通り、我々はわずかな勢力です。これを打開するには、マギルド、シャフトやアクロポリスのシステムに詳しい方の協力が必要不可欠です。どんなわずかな情報でも。今は、彼女の力が必要なのです……」
 そしてアマネセルの碧眼が、マリス・ヴェスタの金色の両眼を捉えた。
「あなたがここへ来られたのは、偶然ではないと思います。アヴァロン、この島は特別だからです。このハイランダー族の磁場に入ってこられたという事は、それだけで聖白色同胞団の許可があったからだと思うんです。あなたを入れて二十五人。これもまた大白色同胞団の計らいではないか、と。私はそう想います。どうぞ続けて……」
「ありがとうございます、姫。アクロポリスは、全体で神聖幾何学構造になっています。シャフトはそれを知って、戒厳令魔方陣を敷き、単に悪用しているだけですが、この都市の設計者トートの意図は、もっと深いところにあると私は考えています。まずそれを知らねばなりません。おそらくはシャフトも、それを完全には解明していないのでしょう。ただ『謎』の存在自体は知っている。そしてシャフトが秘匿する都市の謎を完全解明する事が、ツーオイ石への近道になるのです。私はできるだけその情報を提供したいと思います」
 トートは、古代シャフトの創始者としても知られている。アトランティスの魔術を体系化した大マギとして、その名を知らぬものはアクロポリスに存在しない。マリスは、左腕に取りつけたゴールド・ルチルクォーツから映像を投影する。
「これがアクロポリスの秘密か! 確かに都市全体が魔方陣だな。ピラミッドなど、個々の建築物に魔術要素があることは知っていたが、木を見て森を見ずとはこの事だな! 今まで考えもしなかった」
 アルコンは眉間を寄せてうなった。
 その事実はドルイド教団やシャフトに隠され、伝説として密かに伝わってはいた。レジスタンスの中で知る者は少なく、誰もがマリスの投影する図形に魅入っている。だが、オージン卿だけはそれを知っていたような顔つきだ。
「この図形はメタトロンキューブです。この中心に、現在太陽神殿が存在している。太陽神殿は周囲にある六つの発電所の小ピラミッドが形成する六芒星のネットワークで連携していますので、その一つを魔術ハッキングできれば、太陽神殿の中のツーオイ石までたどり着く事ができるでしょう。オージン卿のタリスマンによるマジカルステルスによって、閉鎖領域を作り出し、ステラクォーツ発電所を奪取する。そこでレジスタンスのヱクスカリバーとサイトのどこかの小ピラミッド、さらに小ピラミッドから太陽神殿へと中継する事によって、ツーオイ石をアマネセル姫へつなげる事が可能だと思います。姫から直接ツーオイ石へ語りかければ、それは目覚め、きっと心を開くでしょう」
「……可能なのか? インディックの意見は?」
「えぇ。大丈夫だと思います」
 インディックは、シャフトに追われる有名なウィザードハッカー「白バラのマリナトス」だ。マリスはその素顔を始めて見た。この中には札付きの指名手配人が何人か顔をそろえている。腕を組んで、図形を睨んでいるライダーもその一人だ。
「そうだ、ここにあるクリスタルと、アクロポリスのクリスタルをつなげてさ。それで最終的にヱクスカリバーをツーオイ石までつなげられないの?」
 ヱメラリーダが妙案を思いつく。
「無理ですね。そのためには、実際にレジスタンスのヱクスカリバーを直接持って、アクロポリスへ侵入しなければなりません。ここからでは、間接的過ぎてツーオイ石を目覚めさせる事ができないからです。だから直接出向いて、アクロポリスの神聖幾何学の一角にハッキングする必要があります」
インディックの指摘にマリスも頷いている。
「そうなの? こっから直接つなげる事ができれば、アウトレンジ戦法で簡単なんだけどなぁ」
 ヱメラリーダがぼやく。同時にマリスをここに捕まえておいて、シャフトと連絡を取らせない事も出来るではないか。
「ただ一つ問題があります。神聖幾何学及びピラミッドと、惑星の天体的な時間の要素が関係しているのです。その時に合わせて侵入し、限られた時間の中で、速やかに遂行しなくてはなりません。僕らの強運が、ここで試されるんですよ」
 ある特定の季節、特定の時間に、ガイアの地軸の傾きによって各ステラクォーツ発電所のピラミッドが、送信機と受信機の役割を果たす。送信機となったピラミッドは、受信側の幾つかのピラミッドへヴリルを送信している。送信側のピラミッドが地軸と焦点が合っていない時は、今度は受信側となり、別のピラミッドからヴリルが送られる。そのためにシャフトのテクノクラートたちは常に地軸の傾きを計算し、ピラミッドの送受信を計画している。しかし、ツーオイ石は通常それとは関係なく常に送信側だった。
 ところが、そのツーオイ石も無論天体の活動と無関係ではない。太陽光よりヴリルを変換するのではなく、今度のレジスタンスの計画のように、宇宙からのアガペー・エネルギーを受信するにあたっては、やはり天体の運動が関係してくるのである。
「そぉだよ! 十二月二十一日までにツーオイ石にアガペーを必要量まで再充電しないと。その為には逆算して」
 ヱメラリーダは立ちあがって、碧眼をキラキラと輝かせて同意すると同時に、マリスを見てすぐ睨みつけ、席に座った。
 占星学のホロスコープとアクロポリスの魔方陣はつながっていた。だがマリスによると、シャフトはその意味を別の何かと勘違いしているので、気づいていないようだ。星の運行とクリスタルの配置で、アクロポリスは掌握できる。それで戒厳令が解除できるばかりか、世界を変える事ができるのだ。
 十二月二十一日冬至。アマネセル姫が通信する大白色同胞団には、遠大な計画が存在した。シャフトと違って、アマネセル姫の率いた情熱党の目的とは、アトランティスの勝利や、一国家の戦争の為ではなかった。
 「アストロノミコン」が語っている事。それは「第二の破壊」の時代から約二千年が経過し、今は宇宙からアガペーの風が吹いてくるレオの時代が巡っている。この時代、ガイアは次元上昇し、アガペー次元へと至り、最終的には全宇宙の進化にまで貢献する。その時、ガイアという細胞は、全宇宙という大生命に寄与するのだ。そのためにドルイド僧団によって設置された魔法石がツーオイ石なのだ。
「情報網と発電所を合わせた一極集中のツーオイ石に、情熱党が国中のクリスタルにアガペーの風をダウンロードし、各地へ送り出す事で、マカバフィールドを生み出す。そうしてアトランティス全土を一つの結晶体として光輝かせ、その力でガイアの次元上昇を可能とする。情熱党のソプラノ・マントラはそれを増幅する訳だな」
「うん」
「しかし、各サイトの小ピラミッドのクリスタルは今、多分完全に闇のヴリル・エネルギーに染まっているはずだ。連中はそんなことはない、と決して認めないだろうがな。こっちがヱクスカリバーを持ちこんで、光のヴリルでハッキングを仕掛けたとして、逆に闇のエネルギーにはねのけられたらどうする? 現場へ行ってからそれが判明したのでは遅いぞ」
 アルコンは魔術科学的な部分については素人だったが、素朴な疑問を述べた。すると、ヱクスカリバーを円卓に掲げてじっと目をつぶっていたアマネセル姫が言った。
「皆様。この剣に、父が込められた極秘のミッションをお伝えしましょう。アトラス家の秘伝を。ツーオイ石のデータコアへと通じる門(ゲート)を開けるのは、基本的にヱクスカリバーしかありません。しかしツーオイ石の場合は、魔法石としてのパワーがあまりにも巨大なので、確かにその通りです。シャフトが蓄積した闇の力がはねのけるかもしれません。シャフトは、闇のエネルギーの存在を公式には認めていませんが。ツーオイ石自体は」
「と申しますと?」
「ツーオイ石以外の、アクロポリスの他のステラクォーツ発電所も、闇に染まっていると予想されます。しかしヱクスカリバーを以てすれば、各サイトのクリスタルの門の鍵を開ける事ができます。そしてツーオイ石と違い、それらを白いヴリルへと変換する事が可能なはずです。ヱクスカリバーの方が、小ピラミッドのものよりエネルギーがずっと強力だからです」
 その一方でツーオイ石には、直接アクセスしてみないと分からないらしい。
「どうやら小ピラミッドからヱクスカリバーで入れば、ツーオイ石へと接続し、ハッキングすることができるようですね。ヱクスカリバーは白いヴリルを発光し、光の上昇エネルギー、つまり光シャフトを立てる事が可能な剣なのです。すなわちこれが、浄化の魔法。光のシャフトは闇のエネルギーを駆逐する力がある」
「光シャフト?」
「光の柱のようなものです」
 光シャフト……それこそがヱクスカリバーに秘められた能力であり、闇に眠るアクロポリスを目覚めさせる、アトラス帝がアマネセルに託したミッションだった。最高純度のオリハルコンには闇を浄化する力があるのだ。それがヱクスカリバーという剣になった時、聖なる剣は闇を撃ち払い、いかなる困難をも打破する。そして新時代をも切り開く。
「それは、あのシャフト評議会の名称と関係があるのかもしれんな」
 シャフトとは上昇と下降を示す。元来は光の道を歩んでいたグループが、時を経るにつれ堕落する。
「マリスの意見はどうだ。断言できるか?」
 アルコンはシャフトの情報の裏付けを求めた。
「……ええ」
マリス・ヴェスタはレジスタンスのヱクスカリバーを、潜水艦の中ですでに調査済みのようだった。
「もしハッキングが可能になれば、ステラクォーツ発電所にヴリルの光のシャフトが立ちます。その光の柱は、アクロポリスを包み込む闇のエネルギーを抜く作用を及ぼすでしょう」
 今度はマリスの言葉にインディックが頷いている。
 アマネセル姫が続けた。
「そうして、全てのピラミッドに光のシャフトを立てた時、全ステラクォーツ発電所にヴリルの回転エネルギーを生じ、ツーオイ石は魔術城塞都市アクロポリスを開城すると思います」
 二人の調査の結果、案の定、現在のアクロポリスのネットワーク中のクリスタルは、全てがどす黒いエネルギーに覆われていると判明した。本丸のツーオイ石もしかりである。これで果たして、黒い石を白い石に置き換える事ができるのか不安なレベルに。
 アクロポリスの構造は、中央のツーオイを取り囲んで、六つのステラクォーツ発電所が六芒星を書く、巨大魔方陣である。首都自体が神聖幾何学であるだけでなく、個々の発電所のクリスタルも全て神聖幾何学の法則でカットされている。そこへタントラや音、光の波動が反応するという仕組みだ。
 六つのステラクォーツ発電所は、それぞれ異なる魔法石が設置されている。六芒星の石はそれぞれに個性が違い、役割が異なっている。そこへアクセスするには、それぞれの固有のヴリルに合った人選が必要になる。石とのマッチングによって、石の波動と共鳴する。幸いにしてレジスタンス・メンバーの中には、格好の人材がそろっていた。
 ヱメラルドのステラクォーツ発電所ではヱメラリーダ、ルビーはアマネセル姫、金はマリス・ヴェスタ、ラピス・ラズリはインディック、オニキスはオージン卿、そしてプラチナはアルコンの固有の魔法石である。その彼らが魔方陣上で魔術舞踏を行う時に、魔法石と同調する。同調した時にヱクスカリバーの力で、光のヴリルへと変換する。まるで全てが仕組まれていたかのように。
 一か所の発電所を開き、光の柱を立てれば、次の発電所への扉が開く。そうして順次、闇のオセロを光のオセロにしていけば、六つのピラミッド全てをつなげる事が出来る。そうして出来た回路を流れる光エネルギーは、クリスタルサーキットを廻る訳である。スパイラルサーキットクリスタル! その回転はツーオイ石への扉を開く。つまり、ツーオイ石「解錠」によって、アクロポリスは「開城」されるのだ。そこに情熱党のソプラノの技が登場する。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み