▲暁の帝国 ムー

文字数 8,159文字

 同じ過ちを犯してはならない。

 何度でもやり直す物語。
 それはもう未来の事なのか過去の事なのか分からない。

スコルピオの時代 一万五千年前
 
 雲という雲が東の空に集結している。西の空にも集まり出していた。ムーを五分割する五色人のうち、水人と火人の軍が東西に陣を這って対峙していた。「雲戦」が始まろうとしていた。
 少し青みが勝った肌と青い瞳を持つ水人と、小麦色の肌と赤みを帯びた瞳を持つ異国風の顔立ちをした火人。水人を指揮するのは臥竜将軍。一方で、火人を指揮しているのは斜雷山という山法師。
 火人・水人、双方の軍は人だけではない。マンモス、モア、恐竜の名残といった動物軍から、鬼・天狗・河童に至るまで多種多様な種族が参加していた。純真な自然界の精霊達は、彼らを操る陰陽師たちを見込んでそれぞれの側に着いているのだ。つまり、この戦いはムー大陸の自然界が完全に二分した戦だった。
 影が吹きすさび、水人の陰陽師たちが操る竜巻が、火人の軍に襲いかかった。一つ、また一つと。竜巻を実体化させたのは、水龍の軍だった。
 対して火人は黒雲から稲妻を走らせ、地上に振り落とした。こちらは火龍で対抗している。どちらの雲も、嵐と化している事には変わらない。雲戦とは、陰陽師たちが自然界を操作し、雲を駒として用いた将棋のような戦いだ。こうして水と火の戦いは、地上と天上の双方において戦は泥沼の混戦と化していった。
 かつての南インド洋に存在したラ・レミュルーの植民地は、数千年後、ムー帝国と呼ばれる大帝国に発展している。太平洋上に浮かぶ超大陸ムー。だが神人帝王ラ・ムーの一族は、下剋上によって没落した。ラ・ムーの後継者を狙って、大都ヒラニプラめがけて五色人で分かれる五行の勢力が覇を競い、超大陸はあっという間に分裂した。
 翠眼の白人である木人、黒眼の黒人である土人、金色の目を持つ黄色人種の金人、赤眼を持つ、後に北米でアメリカ・インディアンと呼ばれる火人、それに肌が青白く碧眼を持つ水人。こうして超大陸は大規模な内戦に突入した。それはムー史上最大の内戦、第三次神仙大戦の始まりだった。歴史上、超大陸では二度の神仙大戦を体験し、その都度大きな天災に見舞われた。
 五色人が国土を分割するムー帝国の戦は、最終的に二大勢力、赤人の「火」と白人の「水」の争いへと収斂していった。
 「雲戦」は天変地異を操作する戦術であるため、その被害は甚大なものとなった。今度の第三次神仙大戦では、火・水双方が陰陽道・神仙術の総力を結集し、噴火・大津波といった国土の破壊をももたらす仙術を解禁すると言われており、最後の戦いではないかと噂されていた。だが、それが分かっていてもムー人の誰も止めようとしない。それが、人間の性なのかもしれない。

 死に瀕した血だらけの女が取り囲まれている。
「山賊か。たった一人で二十人も斬り倒すとは、大した女だ」
 蓬莱山の大仙女・金晶は縛られている女を見下ろして言った。
「違う!」
 ポニーテールの黒髪の女は翠眼でにらみ上げた。
「総隊長、これは一体何者だ?」
「流れの陰陽師かと」
「悪かったな」
 女はつばを吐いた。
「名は?」
「翠玉だ」
 その手に持っていた槍の先端は、まさしく碧玉で出来ている。
「……では『木人』か。お前たちの国は滅んだんじゃなかったのか」
 黒髪ではあるが、翠玉の肌は透き通った青白い肌だ。その青白い肌は泥に汚れている。
「滅んでなんかいない!」
 火人と水人が勢力を拡大する過程で、土人と木人の国は滅んだ。水人はムーの帝都である「大都ヒラニプラ」を占拠し、略奪の限りを尽くした。金人の国は両雄のはざまの中で、まだかろうじて存在する。
「その木人がこんな所で何をしている。さては、この古代の神奈備に何か用があるのか。……答えろ!」
 後ろには巨大な土山のピラミッドがそびえていた。多くの人間が目もくれない古代の「神奈備」の一つに過ぎなかったが、そこには神人帝王ラ・ムーのシンボル、十六菊花紋が存在している。十六菊花紋は太陽のシンボルでもあった。金晶は、特別な神奈備であるという情報を有していた。
「お前たちこそ金人だろ? 滅亡した土人の土地で何をしている。なぜ水人に力を貸す? この辺一帯の略取に手を貸したのはお前達なのか? 奴らに手を貸した所で殺されるのがオチだぞ! 自分の国が滅んでもいいっていうのか!」
「何も分かっていない木人の女よ。この神仙大戦は、共倒れで終わる。その後に荒廃したムーを立て直すのが我々金人なのだ……」
「馬鹿な。フン、都合がいい考え方だ。そんな事ができると思うか? あの臥龍将軍の力を見くびるな。おそらくは水人が勝利する。金人の国は滅び、この国の人々は全て奴隷にされる!」
「さすらいの木人よ、一体何をたくらんでいる? 滅んだ国を今さら再興などできぬぞ。お前の目的は?」
「私は一国の事を心配しているのではない! 私はこのムー全土の事を心配している。今度の第三次神仙大戦で、ムーは必ず滅びる。第三次にして最後だよ。我々の仲間は、五色人の調和を取り戻す運動をしているのだ……。お前達もだぞ。金人もとて私と共に立ち上がらなくてはならない。でなければ、ムーは滅びてしまう!」
 翠玉は何としてもこの大戦を止めたいと願った。火族と水族の全面衝突で、ムーの自然界を司っている精霊界は、真っ二つに割れている。このまま戦を続ければ、自然界に大混乱を生じて大陸は破壊され沈んでしまう。これが世界最終戦争となる。古代ムーの、素朴な惟神(かんながら)の道は失われた。
 もはや現代ムー人たちは、エリート神官たちを代表に高度な神仙術に溺れ、大自然、宇宙大生命との一体感を知らない。
 人間は自然界の一部なのではなく、自分こそが自然界を支配するのだとうぬぼれている。誰もかれもが野心にまみれ、その結果、エゴとエゴとが衝突していた。皆国の為だとか、神の為だとか口々にいって、ムー人が神に選ばれし民族なのだというその意味を、どんな事なのか分かってなかった。
「お前こそ愚かな夢を。五色人の調和を取り戻すだと? 何を馬鹿な事を言っている。この戦いは止められやしない」
 その後、翠玉は隙を見て脱走した。
「逃げ脚だけは早い女め……」
 幸いな事に、金晶たちは荷物までは検査しなかった。長い距離を走り続け、水人の内通者と合流した翠玉は、臥龍将軍の待つ大都ヒラニプラへと向かった。将軍は男気溢れる人物だと噂されている。もし翠玉が直接会えば、きっと分かってくれるはずだ。

 マリス・ヴェスタは、その人の固有の波動で感じている。
 この翠玉こそ、ヱメラリーダの意識体なのだ。
 最大の衝突を引き起こしている火族の臥竜将軍。彼は……ジョシュア・ライダーだ。もう一方の火族の斜雷山は、カトージ・ハウザーの前生であろう。翠玉は、将軍に青生生魂剣(アポイタカラノツルギ)を託した。
「これが、青生生魂剣の、形代ではない原型です。あなたならご存知でありましょう。れこそが、帝の資格を持った者が持つ剣だということを。この剣を手に入れる者は、超大陸を治める力を持つ。そして帝の剣は、ムー帝国を平和に導くためにある。この剣で、早急に火族との和平を進めて欲しい」
 その話を聞くと、臥竜将軍は意外な話をした。どうも、あの金晶が先に大都に訪れていたらしかった。金晶が何か策を弄していなければよいのだがと、翠玉は不安になった。
 あの金晶こそマリス・ヴェスタ。……自分自身だ。

 翠玉は長旅で身体に疲労が蓄積していた。隠密の仕事を終えてムー第二の都市・アスカに帰国した頃には、疲労困憊だった。特に、金晶配下の二十人の警護と戦った時の傷が疼いている。
「不老の桃だ。この季節に、一つだけ残っていた。食え」
 齢千歳を超える白李老師は、翠玉に瑞々しい果実を渡した。
「かたじけない」
 翠玉は汚れた満面の笑顔で桃をかじった。
 翠玉は、金族こそが火族と水族を焚きつけている張本人だと老師に報告した。国が滅んだ木族は、これまで火族と水族の和平を推し進めて来た。木族は超大陸の平和を取り戻すという大義の為に奔走していた。翠石はそのために秘剣を運び、水族の臥龍将軍と接触して託す事に成功したが、今後金晶がどのような動きをするか不安があった。
 かつて平和を愛した土族は、火族の連中に滅ぼされた。土族の土地には怨みと悲しみを持って虐殺された「気」が満ちていた。土のように木もまた、かつて水族に滅ぼされていた。木族は国土を失ったものの、彼らは居留民としてその土地にいることは赦されていた。そんな中、両大国の戦争のはざまで、なぜか金族の土地だけが、かろうじて生き残っていた。
 金は火の後ろで操っているのだ。その金の目的は、滅ぼした土族の持つあの土山神奈備に違いなかった。金晶からその事について問われた時、翠玉は何も知らなかったのだが、金晶は自ら秘密について語った形になる。金晶こそ何か隠している。一体そこに、伝説の神奈備に「何」があるというのか。
「おそらくはラ・ムー一族に代々伝わる、もう一つの伝説の神器の秘密を解き明かしたのじゃろう。すなわち、『金精神』のある地下の隠し部屋に違いあるまい。金精神を操れるのは金族のみだ」
 白李老師の洞察は、恐るべき可能性を示唆していした。
「金族の仙女・金晶は、我々のこれまでの努力を虚しいものとする恐れがある。金晶は火族の族長に入れ智恵した。火族は、元々俗物だとは思っていたが」
 他の仲間も翠玉と同意見だった。
「私はあいつを……赦さぬ。あいつこそ国を滅ぼす元凶だ。アイツを何としても止めないと------」
 金晶は、きっと神仙の古文書という古文書を各地から収集していたのだ。中には、下剋上で手に入れた皇室の古文書も含まれている。そしてその古文書の解明に、遂に成功した可能性があった。
「陰陽柱とも呼ばれる金精神を邪悪なる者の手に渡せば、世界は危ういぞ」
 この国には三つの神器が伝わっていた。青生生魂剣。大日神鏡。そしてもうひとつが金精神。いずれの神器も、各地に現存するのはその形代であり、オリジナルは隠されている。
「金晶。あの女だ! 元凶のあの女こそ。あの女を殺さないと、世界は滅亡する。世界はもう二度と救われない。両者を戦わせ、漁夫の利を得ようとする金族のたくらみは、私が何としても阻止する」
 翠玉の碧眼は赤く燃えている。
 大都に赴いた時分臥竜将軍は、その事を……金族の危険性をあまり認識していない様子だった。ならばもう、翠玉自身がやるしかない。

 大都へと再び赴いた翠玉を待っていたのは、絶望的な話であった。
 火族が遂に金精神を手に入れたというのだ。金人の仙女・金晶が土山神奈備の地下神社への道を探り当て、伝説の陰陽柱「金精神」を発見した。それは、純度百パーセントの緋緋色金で出来ている、ムー国内で唯一の陰陽柱だった。ムーのミトロガエシ(錬金術の意)で精製される形代(コピー)の陰陽柱に、そこまでの純度のものはない。
「金晶は金精神を使って、この神仙大戦に勝とうとしている。水と火を戦うだけ戦わせ、疲弊した所で金精神にマントラを込めて一気に滅ぼしてしまう気なのだ!」
 すでに、臥龍将軍は火族と和解する気を失っていた。
「やっぱりあいつが言った事は本当だったんだ。くそ、荒唐無稽な作戦ではなかった。あの仙女が、水と火の争いを焚きつけて、伝説の金精神を手に入れた。全ては奴の計画通りになる!」
 もしも、金精神をこの大戦に使用すればどんな事態を引き起こすか分からない。こうなったら危険となった金族を滅ぼし、水族が天下を統一するしかないだろう。水族が金精神の神通力に勝てるとすれば、唯一の希望は、臥龍将軍に託した青生生魂剣だった。
 神仙大戦が混迷と拡大の一途をたどる中、翠玉は青生生魂剣を持った臥龍将軍の隣に立って、かの古代の神奈備へと向かった。金精神を操る金晶を止めるために。

 あの伝説の土山神奈備が、ムーの雌雄を決する神仙大戦の決戦地だった。夜明け前の日が登る直前、群青色の上空を激しく金雲が渦巻いている。回転する駒の様な、今まで見た事もないような雲の形だ。金精神が活動を始めた証拠だ。
 日が昇ると同時に、神奈備へ向けて臥龍将軍の百万の精鋭軍が突撃した。木族の加勢を得て、叢雲が集結する。
 翠玉が蒼臥龍将軍に託した秘剣・青生生魂剣は、将軍の真言と共に青白く発光を始めた。一方で、斜雷山は陣の中枢となった神奈備の頂上で護摩を焚き、汗を流して真言を唱えていた。それは地下神社の金精神へと通じた。
 火族が掌握した金精神の気が、今迄にない巨大な乱気流を空に描き出していった。両神器を掲げた大軍同士の全面衝突。二つの神器は、本来調和すべきものだったはずなのだが。
 耳をつんざく轟音と共に、何十という稲妻が地上に落ちていった。地平線から、中原を渡って来た臥竜将軍の大軍は霞と共に消えてゆく。これは水を司る臥竜将軍の、蜃気楼の軍隊だった。本物の主力は伏兵となって両脇から神奈備に攻め登った。すると神奈備から巨大な八岐大蛇の影が立ちあがり、水軍を襲撃した。
「私の邪魔は決してさせない。世界を救えるのは自分だけなのだから。特に翠玉、あなたには!」
 金晶は叫んだ。何としても、「先立つ者」を召還するまでは------。すなわちそれが、プレベールの事なのだとマリスは理解できた。
 金晶が金精神に込めた気が、八つの頭を持つ大蛇へと実体化していた。それは赤い炎を背負った、数百メートルにも達する巨大なモノノケだった。
 もはや引っ込みがつかなくなった臥竜将軍は、全力の霊力を以って、青生生魂剣で破壊龍を召喚した。暴風雨が襲った。ほとんどそれは滝のようだった。国土は浸水し始めていく。一方で火軍の斜雷山もまた、火山を噴火させた。
「どうしても止められなかった。どうしても……」
 翠玉は乱戦で国土が破壊され、様々な種族の兵士たちが死んでいく様を見てどうにも悲しく、涙にくれていた。でも自分がしっかりしなきゃいけない! 翠玉は走り出した。戦火の最中、翠玉は隠し地下神社への道を発見した。金晶はそこで、赤く輝く金精神に向かい祭儀の最中だった。
「伝説の死者の国ラ・レミューリアには、金精神のような神器が沢山あった。だけどそれらは邪気が籠り、邪気が充満したことで、かの輝ける太陽帝国は滅んだんだ……。その事を土族は伝説で伝え続けた。ムーの大地で、たった一つとなった原型の金精神は、それ一つで世界を滅ぼす力を持つとされ、二度と邪な者の手に落ちないようにと秘匿された。ラ・レミューリアの二の舞にならないためになんだ! それを、……それをあんたは、つまらない我欲の為に地下神社への道を解き明かしたんだぁ!」
 翠玉の言葉は、実は金晶が古文書を研究して得た結論と一致していた。
 かつてのラ・レミュルーは、ムーでラ・レミューリアという名称で伝わっていた。金晶は、火族と水族の二元性の戦いに自分自身が巻き込まれており、すでに収集などつけられない事を、ここへ来る少し前に悟っていたのだ。後悔していながら、どこかで道を引き返せなくなった。それだけでなく、翠玉に自分と同じ何かを感じてもいた。できればもう、翠玉と戦いたくなかった。
「我欲なんかじゃないわ。お前には分からないの? 私は、この国を救う儀式の最中よ。時間がない。邪魔をしないで!」
「何を召還するつもりだ、そうはさせるかッ」
「来るなッ。これをやらなくちゃ国は滅びる!」
「問答無用だ。これ以上、オマエに国土を破壊させないために」
 なぜか、戦う理由が自分の中にはもうないと金晶は感じていた。それでも翠玉が自分を許さないだろう。絶対に。ならばもう流れに任せて戦うしかない。おそらくこれは、前世の縁起によるものだ。それに自分に戦う気がなくとも、このまま儀式を続ければ翠玉に阻止される。
 金精神の力を手に入れた金晶に、最初から翠玉に勝ち目はないはずだったが、彼女は捨て身の突撃をしてきた。
「愚か者!」
「お前は穢れた邪神に取り付かれている。私が禊いで、邪を討ち払ってくれるわ!」
 次の瞬間、金晶の操作する黄金色の大蛇の気が細身の翠玉を喰った。
「……ゆっくり眠れ、翠玉よ」
 金晶は翠玉の亡骸を見下ろした。再び「先立つ者」召還の儀式を行った。
 私は、邪(よこしま)なんかじゃない。私はこの国を救うのだ。
 金精神から音が響いてきた。「久しき昔」……。その調べは、初めて聴いたはずなのに、どこかで聴いたことがあるという感覚が沸き起こる。
「金晶よ。さすがだったな!」
 背後に大男の影が現れた。斜雷山だ。斜雷山は、臥龍の秘剣に対抗し、ムーを自分のものとするために地下神社へと降りてきた。
「後は私が引き継ごう」
「将軍、お待ちください。まだ浄化の儀式は何も終わっておりませぬ!」
 ここで踏み込まれては何もかも台無しだ。
「お前は休むといい。儀式は私が行う」
「待ってください! まだ浄化が」
「奴を止めるためだ。戦に勝つために私はこれを使わねばならん。時間がない。もし邪魔をするというのなら斬るぞ」
 約束は果たされなかった。金族は火族に裏切られた。もはや金晶は金精神に近づくことすら許されないのだ。金晶は後悔した。儀式の最中に感じた嫌な予感が的中した。
 金晶が外へ出ると水族の陣がある土地が、突然、地盤沈下で崩れ始めた。火族がそこへ追い打ちをかけ、阿鼻叫喚の末に水族は全滅した。金精神の神気は、青生生魂剣を打ち負かした。
「……こ、これは? そんな」
 斜雷山が召還したのは、「先立つ者」などではない。
 邪なる者が儀式を引き継いだことで、邪神にすり替わった。翠玉の言う通りになった。斜雷山は顕現した邪神と一体化するために金精神を操ったのだ。その直後、ムーは火山噴火と共に沈み始めた。

 もう二度と、世界を破壊しちゃいけない。
 だのに。また……アポフィスを召還させた。奴はずっと私を狙っていた。
 私は失敗してしまった! 力が及ばなかった。あまりに非力だった。だからまたシャフトのような者たちに利用された。無力だからこんな事になったんだ!

 翠玉の白い顔が浮かび上がった。自分を睨みつけている。

 赦さない……絶対に! お前だけは。オマエだけはな。
 私はどんな時でも、オマエが何者で、何をするのか絶対に見逃さない。お前を見逃さないぞ。その事を忘れるな。私の事を……。私の事を……。

 翠玉にヱメラリーダに重なって、マリス・ヴェスタ、金晶を見据えていた。
 人類のヱデン建設は長い道のりだ。
 だが、ムーでは自分自身が知恵のみを食べるべくそそのかす「蛇」だった。いや、金精神にプレベールを召還したつもりが、いつの間にか斜雷山に利用され、アポフィスを召還していた。つまり、白鳥と入れ替わった黒鳥を。自分の非力さゆえに。
 翠玉は、決して自分を許さないだろう。それは分かっている。それでも、自分はいつか翠玉と和解する。そして、今度こそ世界を破壊しない。私が破壊させない。誰にも私を利用させない。そのためには……。
 力だ! 力がないと! 今度は何としも何者にも利用されない力をつけて、かならず金精神を手に入れて、世界を救わなくては……。
 金晶……マリス・ヴェスタはそう決心した。

「アポフィスは私たちの追跡を逃れた。いいところまで行ったのだけれど」
 プレヴェールは、崩壊するムー大陸を上空から眺めて云った。
「これじゃアトランティスと全く同じだ。アポフィスはどこへ?」
「さらに過去へと遡ったわ」
「もっともっと、遡らないと! 追いましょう」
 マリス・ヴェスタは、プレベールに頼んだ。
 白く輝くプレベールは黙ってうなずいた。

 負けない。絶対に。
 今度こそ、今度こそ騙されるものか! アポフィスに。
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