▲ヱイリア・ドネの糸

文字数 3,401文字

 歴代の文明でアポフィスと称されていた彗星は、アポフィス自身ではなく、アポフィスが招き寄せたものである。アポフィス自体は地球に居て封印されている。それを欲にかられた人間達が召喚すると、アポフィスの活動によって結果としてヴリトラが充満し、宇宙の新陳代謝作用たる彗星を招き寄せるのだ。宇宙の新陳代謝とは一体性の法則、宇宙が一つの生命体であり、五臓六腑が連動して活動しているという仕組みから生じる。
 マリス・ヴェスタはまだ考え続けている。
「アトランティスの末期、世界最終戦争ラグナロックがあり、同時にヱデンへの飛躍のチャンスがあったという『レオの春』の意味というのは、一体何なのか。人間がヴリルという電波生命であり、星も電波生命であるなら、さらに敷衍すれば宇宙もまた一個の生命体であるに違いない……。生命論は電波生命から、電話宇宙論へと発展していく。ヴリルがその全ての鍵を握っている」
 ヴリル理論を敷衍すれば、宇宙は一個の生命体という結論に至る。生命の定義がヴリル中心となれば、生命が子供を生んで育むという概念もまた、DNAの継承レベルを超越し、純粋に「ヴリルがヴリルを生み出す」というレベルの話となる。そこに宇宙、星、人、動植物鉱物といった種族間の相違さえもなくなってゆく。この「電波生命論」から見えて来るのは、一体性の法則・ワンネス生命、宇宙の実相だ。マリスの中に、生かされている奇跡に対する感謝の想いが自然とわき起こってくる。
 レオの時代、太陽系は銀河の中心、セントラル・サンに対して目覚めている。「ラー」とは、銀河の中心にあるセントラル・サンである。その時、つまりアトラン末期に成長のチャンスが訪れる。
 大白色同胞団はそのタイミングを見計らい、アトラス帝というメサイアを誕生させ、ヴリルが全体生命に寄与する愛のエネルギーの事だと人々に気付きを促した。ドルイドの錬金術の秘儀、「不老不死のエリクサー」は、このタイミングで人類に見出され、人はアセンドした存在へと進化する。
 それ以前から、アセンデッドマスター達はこの地球には存在していた。ヒマラヤには、滅亡したラ・レミューリア帝国の子孫たちがアセンドして存在していると、アヴァロンで聞かされた。アトランティス人は錬金術の秘儀によって、それを追い求めてきたが失敗した。ミラレパ達、ハイランダー族こそアセンデッドマスターに他ならない。しかしそれだけではない。アマネセル姫はアクロポリスでアトラス帝と再会したのだ。処刑された帝たちは、死の間際、続々とアセンションした証拠かもしれなかった。夜明け前の漆黒の闇。死は再生のための悲劇。マリスはふと思った。処刑された王党派は、アセンション後、ミラレパたちに出会ったのだろうか。だが、ともかくこの文明は終わりだ。
 プレベールは続けた。
「マリス・ヴェスタ、あの時、キーラ・メルパ(ヱメラリーダ)の魂を救ったあなたを、私が見捨てる訳がない。決して。あなたは愚かなアトランティス人を代表する者。人類は、出来の悪い子供たち。あなたもいつか母親になればきっと分かるはず。出来の悪い子供ほど、かわいい子供達なのよ。その子が光の子へと生まれ変わる時に、きっとね。そうして、この星の光と闇の二元性の劇はね、どちらか一方だけしか役者が存在しないのでは成り立たない。だから私は人類を、あなたを決して見捨てることはない」
 プレベールが告げたのは、ガイアの意思の代弁だった。
「どんなにヴリトラを生み出そうと、人間も大生命の一細胞であるのだから、私は母性で見守り続ける。生命の循環の中では、自分がなした事はいつか、結局自分で刈り取らなければならない。もしそうだとするなら、人間も利他が利自である事は自明の理と分かるはずよ……」
 マリスはプレベールの言葉をかみしめた。それはかつて帝が語った言葉でもあった。当時は斜に構えて聞いていたのだが、帝は正しかった。
 全体生命すなわち「生命循環論」の中では、利自即利他が鉄則である。と言う事は、利他主義者のアトラス大帝こそが最高のヴリルの理論家だったという事だ。
 古い人類が新しい人類へと生まれ変わる時の生みの苦しみ。それが光の子と闇の子の戦い。いいや、闇の子が光の子へと生まれ変わる物語。
 マリスは全身全霊で全てが繋がっていく感覚を覚えている。マリスの思考はもう、厳格な論理の展開の結果、一体性の法則を体現し、利己主義を離れていた。

……しまった、気づくのが遅かった。もっと早く気づいていれば。再び、二人は沈みゆく太陽神殿の中に立っていた。ダメだ、この世は、アトランティスは終わる。
「私……やっぱりアトランティスを見捨てておくことはできない。どうしてアトランティスを救ってはいけないというの? どうして、私を百年前に連れて行ってくれないのよ」
 だがプレベールの瞳は無言で返答した。
 マリスにはもう、やり直す時間が残されていなかった。
「……もう一万年後、一万年後しかないのか!」
 一万年後のアクエリアスの時代、太陽系はセントラル・サン=ラーに対して再び目覚める。
カンディヌスと自分は、未来で結ばれるはずだ。マリスはあの時、その姿をはっきりと見た。一万年後の人類の肉体は、今よりはるかに比重が重くなっている。自由に肉体を変化させることができない。そんなので、本当にアセンションが可能なのか。
「その時が一番肉体が重い時代よ。だけど、錬金術の奥義を思い出してみて」
 カドゥケウスの杖には、上昇と下降を示す二匹の蛇が絡み合っている。魂の物質界への下降と霊的上昇は、高次への最終的上昇運動シャフトへのバネとなる。
「そうか……!」
「そうよ。その時に、人間の肉体は完成する。そうしてたまりにたまったバネが上に向かって勢いよく上昇する……」
 あなたもね。
「今度こそ、この失敗を挽回して見せる。たとえ一万年後だろうと、世界を再建するために、悔いのない人生をやり直して見せる!!」
 マリスは決心した。死は着々と迫っていた。
「一万年経って……忘れなきゃいいがな」
 皮肉屋の海王シャチの声だ。それがハートに響いてきた。
「忘れるもんか! 絶対思い出す! 絶対に。あの人と約束したんだ。だから海王、あなたに頼む。私の中にタイマーをセットして、同じシチュエーションで思い出せるようにして欲しいのよ」
忘れないために保険をかけておかなくては。しかし皮肉屋に頼むのでは悔いが残るかもしれない。
「そうだ、分かったぞ……ツーオイは時空を捻じ曲げる。きっと通信機として使えるはず。今度は一万年後にアクセスすれば……」
 一万年後に起こるはずの大地震、大津波、原発事故。同じシチュエーションで思い出すように設定すればいい。その頃、二〇一二年冬至から宇宙は再び成長期に入っている。加えて宇宙大生命の脳、セントラル・サンからのアガペーの風(アセンドエネルギー)が出るダブルチャンス。今度は一部の人類のみならず、地球自体がアセンションする。その時に自分もいる。……八木真帆が。
 マリスとプレベールは再びツーオイが呼んだヴィマナに乗り込んだ。一万年後の世界へと飛ぶ。だが霧の向こうから出現したのは、ヴィマナ編隊である。しかも彼らはマリス達を敵と認識した。どういう巡り会わせなのか、彼らと交戦になるも、プレベールはツーオイに命じて、敵ヴィマナの動力を続々と奪った。攻撃を仕掛けたヴィマナたちは悉く浮力を失って海中に落下していった。こうして二人を乗せたヴィマナは一気に神江まで飛んだ。
 真帆はヴィマナを見ていた。古代インドの叙事詩「ラーマヤナ」に登場するヴィマナ。
 微妙に次元が異なるマリスと真帆では、マリスの方が真帆には半透明に見えている。実は肉体を損傷しているマリスは、ツーオイ石の前に座し、アストラルプロジェクションしていたからだ。マリスのアストラル体は、ツーオイの力でタイムマシンと化しているヴィマナに乗って神江へ来たのである。
 二つの時空は今、遂に混ざり合い、一つになっていた。ツーオイによって、マリス・ヴェスタと八木真帆の通信はつながっている。はっきりと捉えた未来の自分は、黒くて長い髪を持った色白の女性で、金色の瞳を持っている。マリスと真帆はお互いに、金色の瞳を見つめ合う。
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