▲シクトゥス4D 水晶炉(クリスタルリアクター)計画

文字数 8,486文字



紀元前八〇八七年九月十五日

 ツーオイ石から、アクロポリスの天空へ向けて強力なヴリルが放たれていった。それは、気象兵器ヴリル・デストロイヤーの作用を帯びた恐るべき青白い人工光であった。宙に陣形を張り巡らしたヴィマナのワイバーン編隊に受信されると、ワイバーンはスピーカーから音波を発した。そのままワイバーン艦隊はヴリルのレーザーで宙に魔方陣を描いていく。それが、恐るべき気象兵器の開始の合図だった。
 青白い光として視覚化したヴリルは巨大な雲の渦を形成し、戦場の者たちが見る見る内にアクロポリスの上空を覆っていく。しかしその作用はアクロポリスから遠く距離を隔てたオーケアノス洋上(大西洋)で現れるのである。ヴリル・デストロイヤーは闇の柱を立てる。それが現象化したのがこれらの竜巻だった。幾重もの竜巻が、ヘラス海軍の艦隊を襲撃し、稲妻が甲板の兵士を焼き尽くした。
 ヘラス艦隊の計器という計器が故障し、機械という機械がマヒを起こした。さらに武器という武器が誤作動で暴発し、兵士たちが次々と死んでいった。これは明らかに不自然であり、自然現象などではなかった。アトランティス帝国の「恐怖の水晶体」の及ぼした魔術的作用の結果だと、バーソロミュー元帥は直ちに判断した。こうして一万年前の超古代に勃発した世界大戦は苛烈を極め、大西洋上に凄惨な光景が広がったのである。ツーオイ石の度重なる攻撃に、もはやヘラス海軍は大した反撃も出来ずに、早々に撤退していく他はなかった。
 しかしそれで終わらなかった。海戦中のヴィマナ編隊が忽然と姿を消した。どこへ消えたか不明だった。おそらくヴリル・デストロイヤーの作用が何か関係していた。
 アトランティス海軍中を、シクトゥス4D議長を讃える声という声が波のように鳴り響く。シャフト評議会の「ラグナロック作戦」が順調に進んでいる証として。勢いを増した海軍は、巨神の柱(現・ジブラルタル海峡)の要衝ガデイラへと向かっていた。
 ガデイラ。
 そこは現イベリア半島の突端に位置し、世界有数の要塞都市であり、難攻不落を誇っていた。長らくガデイラは海峡を封鎖し、アトランティス帝国の地中海への侵入を阻んできた。この地政学上の重要拠点に、ヘラス軍の精鋭部隊が現在も駐留し、アトランティスに対してにらみを利かせている。アトランティスから艦隊が進撃してきた時、ヘラスの駐留軍はただちにオーケアノス洋に陣を張った。
 アトランティス海軍は、巨神の柱の要衝を攻撃するべくその目前まで迫った。しかしそこでは、アトランティス帝国海軍を以てしてもかなりな激戦となることが予想された。そこで、その最前線に立って要塞攻略を行う危険な任務を負うのは、人間の兵士たちではなかった。他ならない奴隷階級の半獣人兵のキメラである。
 彼らには今、逆らえばセットされた爆破装置が作動する首輪を取りつけられていた。アウトサイダー兵士として、いや兵器としてガデイラ攻略の特攻部隊に編成されているのだ。獣人兵は常に戦の最前線に立たされる運命であり、後方にどっかりと構えるアトランティス人たちの「武器」となって戦うのだ。ヘラス軍の中にも獣人たちはいたが、人間と同等の条件で戦闘に参加しており、人間と共に敵国の奴隷を解放するべく戦っていた。そこがヘラス人とアトランティス人と決定的に異なる部分だ。キメラを奴隷として使わないヘラス軍は、敵国の無慈悲で非人道的なやり方に対し、奴隷解放の名義を立てて戦っていたのである。
 かつてヘラス共和国は、アトランテオトル帝、通名・アトラス十三世の上からの革命に期待していた。ヘラスは、かの皇帝となら組めると考えていたからである。ヘラスは、シャフトが決めつけたような凝り固まった唯脳論者ではなく、帝のアガペーの概念を理解していた。だがその帝が死んだ今、アトランティスには打倒すべき邪悪なシャフトしか存在しない。
 そしてシクトゥス議長のプロパガンダによると、帝は退廃的な平等主義の教えを説き、アトランティスの伝統そのものであるシャフトに対する背信行為の結果処刑されたという。最後の抵抗勢力である王党派の残党もまた、全員逮捕されたと報じられている。ヘラスとしてはもはや、アトランティスとの連帯は望めず、打倒すべき侵略者として戦うしか道は残されていなかった。
 翼を持つ者は宙を舞って索敵し、獣の顔をした者はその鋭いきゅう覚と獣的直観力を戦場で働かせ、獣並の腕力と俊敏さで敵兵に襲いかかった。彼らは逃げられないよう爆弾付きの首輪をつけられていたものの、「人間」への忠誠心から、自らの役割を果たそうと精いっぱい努めていたのだ。いくら獣人の仲間達が倒れ、人兵らが死んでいく彼らを「機械」として扱ったとしても。
 そのキメラ達がざわめいている。それは彼らがこれから死地へ赴くからではなかった。どの船の甲板でも、まるで示し合わせたように唸り声が上がっていた。人間の兵士にはその理由が分からなかったが、彼らには自然の気の流れの変化が感じられたのである。それはやがて、恐ろしい反作用が襲いかかってくる気配だった。地震前の動物の異変と同様である。それこそ、ヴリルを使った気象兵器デストロイヤーが招いているものだということを、予想する人間兵も中には存在した。だが、その報告がシャフトに上がってくる事はなかった。

 太陽神殿を占拠し、大本営とするシクトゥス4D議長は、あまりにも重要なガデイラ攻略を前にして、獣人兵だけに全てを任せようとしていた訳ではなかった。最終兵器は目の前にあった。
 シャフト評議会議長は今、この太陽神殿の「中枢神経の間」に居座り、ツーオイ石を前に魔術の儀式を行使してクリスタル・リアクターを掌握し、海戦中のアトランティス軍とヘラス軍をモニターしている。
冠石(ファイヤーストーン)と、それを支えるシリンダーの二重構造からなるツーオイ石。魔術と科学を最高度に統合させたアトランティス社会の象徴的存在。この大クリスタルに接続されたツーオイ・インターフェイスの前に、シャフトの最高議長シクトゥス4Dが座す。痩身だが優に二メートルを超す大男だ。このインターフェイスは今日の眼で見ると、パイプオルガンのような装置に接続されたシンセサイザーのような形状のデバイスである。
 クリスタルを見つめる男の眼には、オーケアノス洋で衝突するアトランティス海軍と、ヘラス海軍の様子がはっきりと映し出されていた。
 だがそこにシクトゥスは存在しなかった。「男」は、もはや議長の姿を取っていない。この席に座すのは黒魔術師の本来の姿……それは、フレスヴェルグという名の男だった。このように魔人として本来の能力を全開に発揮する時、フレスヴェルグは決まって仮面を着用した。そして決して外すことはなかった。たとえ、最も信頼する自分の部下達や腹心の前であったとしても例外ではない。だから誰ひとり、フレスヴェルグの素顔を見た者はいなかった。それが、フレスヴェルグが自分に課せた「掟」だった。
 「世界帝国」への樹立に勤勉な「シクトゥス4D議長」は多忙だった。シクトゥスの計画はまず、クリスタル・リアクターを兵器として使用し、ヘラス海軍及び空軍を気象コントロール兵器、デストロイヤーでせん滅する。これは現在進行中だった。次に、ヘラス本土に天変地異を起こして、地殻変動で破壊する。
 その後に、リアクターに新たな魔術プログラムを施して、全世界の人々をマインド・コントロール支配下に置く。二度とヘラス共和国や、王党派の残党のような反乱軍の如き、自分たちに歯向かう者が出てこないようにするためである。こうしてアトランティス・シャフトの予定する「平和的な統治」は完成するのだった。
 自らが始めた戦とはいえ、国内で同時期に勃発したレジスタンスの内戦と相まって、シャフトは内憂外患だった。男の眼前に鎮座している巨大なツーオイ石は、敵を打倒する透明な決戦兵器だったが、完全掌握に至っていない。このアトランティス最大の魔法石の秘密を掌握しない限り、アトランティス海空軍は宿敵ヘラス軍に勝つ事はできず、レジスタンスに対して常に隙があった。
 ツーオイ石を使って戦に勝ち、返す刀で内憂のレジスタンスをもせん滅する。戒厳令魔方陣で、彼らをアクロポリスから追っ払っただけでは物足りない。一部の連中がアマネセル姫を奪い、さらに首都を脱走したというのだから。
 仮面をかぶった議長は、海軍を一任したワーロック大将に、巨神の柱を守るガデイラへの最初の攻撃を命令した。だがワーロックは意外と敵の被害が少ないことを告げた。そこでフレスヴェルグは援護射撃の必要性を感じ、さらに地中海へと撤退してゆく敵軍に追い打ちをかけるべく、デストロイヤー発動の為の魔方陣を敷き、魔術儀式を再開した。しかしちょうどそのタイミングに地震が起こって、フレスヴェルグは攻撃の儀式を中断せざるをえなかった。
 部屋に入って来たイゾラ・マジョーレがギョッとしている。イゾラは用心深く部屋を霊査した。シクトゥスの背後に踊る女の影があった。凝視するとそれは次第に明瞭な形となった。イゾラは取り込まれる気配を感じて眼をそらした。見てはならないものを観たと恐れを抱きつつ、確信した。
 ……アポフィスだ。
「議長閣下。失礼いたします」
「シクトゥス4D」はそれを見られても、特別イゾラを叱責する事はなかった。
 イゾラには技術官僚としての顔があった。ヴリル・デストロイヤーの改良を一任されている武官のイゾラ・マジョーレは、その仕事をクーデター直後に前任者から引き継いだのだ。前任者が能力なしと判断され「死んだ」からである。
 イゾラは、「第五次ツーオイ・カンファレンス」を終えた直後だった。アクロポリスの被害状況の詳細な報告を次々と上げていく。そのデータはある事実を物語っていた。気象兵器で敵軍を攻撃する都度、地震がアクロポリスを襲っているという事実だ。相手への攻撃と同時に、アトランティスにも同様の被害が跳ね返って起こっているというその事実は、この後に待ち構える大破局の足音が近くまで響いている事を意味した。
 突如シャフトの末端サイト3から登場してきた新星マリス・ヴェスタの技術によって、フレスヴェルグは幸運にもツーオイの鍵を手に入れる事ができた。しかし依然として、魔法石の十パーセントを掌握したに過ぎない。ツーオイ石のデータコアへアクセス出来た訳ではないのである。ゲートの鍵を発見したダークホースのようなマリスは、カンディヌス隊長によれば内戦と戒厳令魔方陣の結果、行方不明中だという。ともかくもフレスヴェルグはそれを使用して、気象兵器デストロイヤーを海戦中のヘラス軍に向けて放つ事に成功した。だがそれはツーオイ石の不完全な掌握でしかなく、その為にこのアクロポリスに反作用としての地震が起こった事は認めざるを得ない。
「こんな地震のデータなど、恐れる必要はない。これは、まだツーオイ石が我々のものになっていないという証拠だ。ツーオイ石を完全掌握しさえすれば、問題は解決する。お前にはシステム解明に勤めてもらう。潤沢な予算と共にな。それまで私は、多少の被害は覚悟の上だ。ラグナロックで、ヘラスの愚昧で獰猛な野蛮人どもをせん滅しなくては、我々は先へは進めない。いいかイゾラ、お前達も、新たな創造に破壊はつきものだという事を自覚せよ。戦に勝てば、その後に街の再建など造作もない。この街はたった一個のこのツーオイ石が支配している。その石を支配することこそ、アクロポリスを、いいやアトランティス全土を支配することだ。我々の計画が順調に進みさえすれば、次第に事象は落ち着くはずだ」
 彼の計算では、完全にツーオイ石を掌握してしまえば、当然反作用などが起こるはずはなかった。しかし、それは本当だろうか。「事象」だと? もはやこれは事故だ。議長に忠誠心を誓ったイゾラでさえ、おごりのせいで「シクトゥス4D議長」が都合よく物事を解釈しているようにしか見えてはいないのだ。
「議長、あなたは、神になろうしているのですか?」
 イゾラはそれに関して、是とも非とも云ったわけではなかった。シクトゥス4D∴はヴリル・デストロイヤーを「神の雷」と称する。それでシクトゥスは神になろうとしているのだ。このツーオイ石で。それは事実だ。イゾラは退出する際、もう一度壁に映った影に眼をやった。「それ」は依然議長の背後に揺らいでいた。敵から味方からキラーウィッチと呼ばれた彼女の背筋が凍った。
 しかしイゾラの言った事の重大さを、フレスヴェルグ自身も熟知していた。最終兵器としてツーオイをコントロールしながら、フレスヴェルグの目的は依然として目前のツーオイ石を支配する事にある。男の両手にしっかりと握られた黒曜石の板には、時に青く、時に緑色に光りながら移り変わってゆくルルイエ文字が映し出されている。この黒曜石の板がブラックタブレットこと、ネクロノミコンそのものである。
 だが「ネクロノミコン」をもってしてもこの魔法石の最後の砦、データコアへとたどり着く事は叶わなかった。ツーオイ石のデータコアへのアクセスには、いかなる魔術的アプローチをも阻む高い障壁が存在していた。目の前にあるのはアトランティス最高の魔法石である事に疑いはない。
 しかしフレスヴェルグは、ツーオイ石がどれほど高度な魔法石だったとしても、単なる透明な機械であると考えている。ならばツーオイ石のクリスタル・マスターとなった人物が自在に操れて当然のはずだ。その為に、今日までフレスヴェルグは二十年雌伏し、ついにシクトゥスを打倒して、皇帝を抹殺し、ドルイド僧団を葬り去り、神殿を占拠し、この魔法石を手に入れた。よってフレスヴェルグこそがクリスタル・マスターなのだ。透明な機械は、ゆえにマスターに従わなければならない運命にあるはずだった。
 これまでもツーオイ石を支配するために、シャフトの技術者総出であらゆる策を講じたが、まだ完全解明には至らない。むろん、表向きその事実は隠されている。しかしたとえ張り巡らされた魔術方程式を悉く解明したとしても、ツーオイを制するにはそれで十分ではないという勘がある。いかなる技術力を持ってしても解決不能な最後の壁が、ツーオイ石の前には立ちはだかっているのだ。
 この透明な機械は、確実に意思を持っている。しかもその意思は、議長に対して忠誠を誓わない。明白な反乱である。王を打倒し、反乱軍を駆逐し、ドルイド教団を滅ぼしたとしても、最後の強敵が目の前に存在している。そいつはシクトゥスをも倒したフレスヴェルグの力を以てしても、決して屈することがない魔法石である。
「たかが石だ。そうだとも! お前は『石』なのだ。それなのに、一体どこまで我が計画の障害となり、悩みの種となり、私に対して挑戦する気なのか!」
 だが、挑戦しているのはネクロマンサーの方である。
 ツーオイ石が議長に逆らっている事で、今起こったアトランティスの地震は、フレスヴェルグ自身が招いたことになるのだ。それが露呈すれば、シャフト内に、いやアトランティス全土に動揺が走る。シャフトの暫定的クーデター政権は、瞬く間に正当性を失うだろう。いや、たとえ戦に勝った所で陸地が全て沈んでしまう恐れがある。国を失っては、何の意味もない。一刻も早くツーオイ石を完全掌握しなければ、最悪の事態を避ける事はできないのだ。何という皮肉な話だ。
 フレスヴェルグは急場しのぎのヴリル・デストロイヤー発動によって、海戦での勝利に一旦満足すると、ツーオイ・インターフェイスから席を立った。隠しエレベータに乗り込むと、ネクロポリスの新地下神殿へと向かう。旧地下神殿ルルイエはアマネセルに破壊され、新地下神殿アラオザルには新たな「繭」が製造されている。ルルイエの御神体の「輝けるトラペゾヘドロン」を無事回収できたお陰で、アラオザルを再建できたのである。
 繭の半透明な容器の中で、膝を抱えた胎児の恰好でうずくまる透明な女性像。これが大いなるアポフィスの素体(ボディ)である。それを眺めながら、アトランティスきっての黒魔術師は、かつての事を思い出している。フレスヴェルグは力への渇望から、模索の果てに「古き邪神」の力を借りる選択肢を選んだ。旧地下神殿ルルイエで、そのための古文書、禁断の魔術書を発見した。なかんずく重要なのはブラックタブレット・「ネクロノミコン」。禁断のネクロマンサーへの道を歩み始めたフレスヴェルグは、邪神召喚の研究に没頭した。アトランティス・シャフトのアデプト達の、何者にも負けない力を得るために。
 その時から、姿なき者フレスヴェルグは「黒色同胞団」の協力を得た。彼らと一度契約を結べば、もう二度と元の道には戻れない。それ以前フレスヴェルグに力を貸していたのは、いわば能力自慢の霊的指導集団「赤色同胞団」だったのだが、彼らとも遂に手を切った。そしてフレスヴェルグは邪神アポフィスや、黒色同胞団の望む「古きモノ共」の復活と、繁殖を手助けすることを約束した。ところがその目論見は、若きオージン卿との戦いによって潰えた。
 しかし、それこそが真の始まりだったといえよう。負けたフレスヴェルグは、膝を屈してオージン卿に懺悔した。負けたフリという作戦を使ったのである。それはオージン卿の慈悲を利用するために他ならなかった。オージンは彼を赦し、再び魔術師はどこかへと消えた。
 それから数十年の後。フレスヴェルグの周りには、彼と同じように知識と力に飢え、白魔術も黒魔術も見境がなくなった魔術師たちが続々と増えていった。フレスヴェルグは変幻自在の術を使って同志たちと共に、まずシャフト保安省セクリターツの乗っ取りから開始し、それに成功した。彼らの思考的トリックと行為は、理屈に凝り固まったアトランティス人を、たやすく白を黒とすり替えさせる事ができたのだ。逆に言うとそれは、シャフトの官僚や貴族たちの心の隙間に、フレスヴェルグが入り込む事は造作もなかった。皇帝家以外は---------。
 ちょうどその頃、アトラス帝王は「上からの革命」の真っ最中だった。それはフレスヴェルグにとって、何よりの障害となっていた。腐敗したシャフトを乗っ取り、国を牛耳る事を目的としてきたフレスヴェルグの前に、単なるお飾りにすぎなかったはずの皇帝家が、突如絶大な国民の支持をバックボーンに、華やかな上からの革命を起こしたのである。そのせいで、アトランティス・シャフトという機構は解体の危機に瀕していた。このままでは、たとえシャフトを乗っ取ったとしても、フレスヴェルグの野望もシャフトと共についえてしまう運命だ。
 ともかくシャフトだけは、容易に乗っ取れるはずだ。しかし、シクトゥス議長だけは違った。厳格で保守的な議長は、皇帝とは意見を異にする事が多かった。しかし大白魔術師シクトゥスは、保安省を乗っ取ったフレスヴェルグの正体にいち早く気付いたのである。そうして議長は、シャフトに忍び込んできた闇の魔の手を食い止めようとし、地下神殿ルルイエでフレスヴェルグと激突した。
 議長は、フレスヴェルグにとっても手に負えないほど危険な相手だった。フレスヴェルグ自身も命の危険にさらされながら、かろうじてシクトゥスを倒すことに成功した時、すでにフレスヴェルグは以前のその者ではなかった。そこには古き者共の協力があったのだった。こうしてフレスヴェルグはシクトゥスに成り替わり、シクトゥス4Dとなった。
 このようにシャフト評議会議長が皇帝に対するクーデターを扇動し、実行するに至るまでには、何段階も練り込まれ、周到に張り巡らされたトリックが用意された。フレスヴェルグは何よりトリックの天才であり、策士であり一流の詐欺師だった。
 こうしてネクロポリスの新地下神殿アラオザルでは、人知れず邪神アポフィスの「繭」と、その眷族たち、奇っ怪な形状の蛇や甲殻類、軟体動物の如き古きモノ者の無数の卵、人工培養器が「孵化」の刻を待っている。それらは地下の大軍として地上へ出現し、フレスヴェルグの世界帝国樹立のために働くのである。
 フレスヴェルグの計画は、今やほとんど成功していた。そう、ツーオイ石に関する事以外は……。いや、まだもう一つ問題があった。アマネセル姫とその過激な情熱党だ。奴らこそシクトゥス4D以上にフレスヴェルグにとって危険な相手だった。その情熱党の党員との戦いに関しては……今でもフレスヴェルグにとって苦々しい想いだ。クーデター前夜、エストレシア・ユージェニー、ヱイリア・ドネの力を封じるためにどれだけの犠牲を払ったか。しかもアマネセル姫はまだ生きている。ヱメラリーダを含む、あの連中と共にだ。ぞっとする。しかし、「姫には生きてもらわねばならない」。姫をアポフィスに恭順させ、ツーオイ石によって召喚するために。
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