▲暁の薔薇・クラリーヌ ワルキューレの騎行

文字数 4,743文字



  アクロポリス。三重の円環城壁に守られた要塞都市は、巨大な魔方陣である。その中心に位置する太陽ピラミッド前広場は、セクリターツの主力部隊が包囲し、一週間ばかりこう着状態が続いていた。この重心室に、ツーオイ石が鎮座している。
 ピラミッドの守護者・ドルイドがその門を硬く閉ざして以来、出兵したアトランティス軍に、いやシャフト新政府に危機が訪れていた。ツーオイ石が「反乱」し、ヴリルのエネルギー循環が止まっていた。もはやシャフトは、ドルイド僧団を逮捕する他に生き延びる道はなかった。いよいよピラミッド内部への突入の時間が迫っていた。

 正午、大きな音が三色の摩天楼に鳴り響いた。カンディヌスの耳に入った情報によると、ピラミッド広場よりおよそ二キロ東方にあるユグドラシル大本部付近の、クリスタル発電所で爆発があったという。
 それを皮切りに、レジスタンスの大部隊が出現し、セクリターツに襲い掛かった。ピラミッドを固めるハウザー長官は、追うようにと部下に指示を飛ばした。
 セクリターツが警備する中、一体どこから飛び出してきたのか不明だった。レジスタンスは、瞬く間に追跡者を逃れ、雲隠れした。
 落ち着くまもなく、今度は北部エリアで爆発が起こった。レジスタンスの集団が出現したという報を受け、ハウザーは部隊を北へ裂いた。
「おそらく連中は、地下を使っている」
 それが、ハウザー長官の見解だった。
 シャフト以上にネクロポリスを掌握するレジスタンスは、神出鬼没に街中に出現していた。セクリターツとの壮絶なテレキネシスとレーザーの攻防が開始された。
「閣下、レジスタンスを率いるのは、クラリーヌ・ペンドラゴンという元情熱党員であるとの情報を得ました。ヤツの逮捕を優先しましょう」
 ラムダはハウザー長官に直訴し、逮捕の指揮官を任命されると、部下たちをダイヤウルフに変えて追跡を開始した。
 シャフトの秘密警察を率いるハウザー長官は、彼らをユグドラシル大本部の根をかじる「反乱軍ニーズヘッグ」と命名し、直ちに太陽神殿占拠を中断してレジスタンス制圧へ切り替えた。つい昨日まで、自分達こそがクーデターを起こした側だったにも関わらずに。その結果として、今もなお太陽ピラミッド占拠は中断せざるをえず、まだツーオイ石の占拠には手をつけられない。
「奴だ、追えッ!」
 クラリーヌは「暁の薔薇剣」を抜いて走り、ハウザーらに不適に微笑みかけた。それは夜明けの空のような薔薇色の剣身の優雅な剣。巨大な灰色の悪魔、ダイヤウルフ達は依然、彼女をその牙に捕らえることができない。
「アリーヴェデルチ!」
 クラリーヌは大部隊を引き連れて市街地に現れ、カモシカのような俊足で走り去った。ハイヒールで走り、時折立ち止まって激しい魔術舞踏を踊った。クラリーヌの魔術舞踏は所々動きを停止させるポージングや目線が、まるでマネキンか、あるいは人形のようだ。後世のロボットダンスに似ているが、その身振りはダイナミックで、高い身長を生かしたものだ。
 軍事衝突は、アクロポリス市内で同時多発的に勃発した。セクリターツの部隊はアクロポリス市街全体に展開していった。
「まずいな。奴らの目的は何だ……?」
 ラムダは腕を組み、装甲車の高台から市中を睨み据えている。
 が、ハウザー隊はサイコ・ブラスター(精神感応光線銃)と、サイコ長銃の各色レーザーをシャワーのように降らせて反撃した。
 ハウザーの帯剣ストームキラーは、その切っ先から炎蛆(えんしゅ)を出現させた。炎がのたうった十数メートルの紅蓮のオロチの炎。それは幾つもの頭を持った姿をとって、七色に変色して天空を覆った。その炎の化身を自在に操って、次々とレジスタンスを丸のみしようと路上に頭を突っ込んでいった。
「フン! これで捜査する手間が省けたというものだ。こやつらは、死ぬために出てきたのか? フハハ」
  同時多発に出現したレジスタンスに一瞬慌てたものの、ハウザー長官は瞬く間に市街戦を有利に掌握した。何せアトランティス最強のセクリターツは大勢力である。火力で圧倒し、レーザーの雨がレジスタンスを逃さない。ハウザー長官とその優秀な部下たちは、首尾よく数多くの抵抗の戦士を殺害していった。
 誕生したばかりのレジスタンスは、早くも滅亡の危機に瀕する結果となった。それでもハウザーの脳裏には一抹の不安がよぎっている。一体どれだけの勢力がレジスタンスなのか。制圧しても制圧しても、続々と地下から沸いてくるではないか。これまで情報が不足していたせいで、レジスタンスの全容が分からないのだ。ハウザー直轄部隊はマンホールの中へと飛び込んでいった。
「無駄だ、地下を追っても、迷宮はレジスタンスの鼠共の方がはるかに詳しいぞ。鼠とて、決して侮るな!」
 ラムダ大佐は長官の意に反し、ガンドッグの追撃を制止した。ネクロポリスの秘密は、ドルイドが独占していたが、それがスパイを経由して、さらにレジスタンスへと横流しされ、シャフトには渡っていない可能性があった。ラムダはその不利を認めている。
 ハウザーのやみくもな総攻撃はかわされ続けた。だが見つけ次第攻撃を仕掛けているハウザーに対し、ラムダは、ある事実に気づいた。
 死体が何処にもない。いや、打倒されたレジスタンスはしばらくその倒れた姿が残っている。ところが他の戦闘に熱中しているうちに、あったはずの死体が胡散霧消してしまうのだ。誰かが回収した形跡も残されていない。これは、敵が幻であるという証拠だった。いや、敵の一部が幻なのである。
 ラムダは一旦戦闘を停止し、索敵魔術に時間をかけた。
「幻術は予想できたが、まさか街全体レベルだったとはな。予想以上に巨大な魔術だ。もしや、アクロポリス全体が? どうやら、鼠どもを操る『狐』がいる……」
 ガンドッグの一員が、アクロポリス市内に攻撃用タリズマンが仕掛けられているのを発見した。それらが、幻の軍団を生み出していたのだ。ようやくその恐るべきレジスタンスの戦術の真実を、ラムダは見破った。
 大軍が出現したと思ったら、幻だった。幻だと思ったら、その中に本物が混じっていた。本物を見つけたと思えば幻だった。無視すれば、それは本物だった。こうして、セクリターツは翻弄され続けている。
 一体、どれくらいの割合で幻の軍団が存在し、その中でどれくらい実体のレジスタンスが存在するのか。それはまだ不明だったが、ラムダがハウザーにその事実を伝えるも、ハウザーはめくらめっぽうな総当りをやめようとはしなかった。長官の戦法は効率の悪いことこの上なく、他ならぬセクリターツによってアクロポリスは破壊されていっている。
「馬鹿な! これでは長官が自分で町を破壊しているのも同然ではないか……」
 ラムダははき捨てるように言った。
「この高等魔術。狐の正体はまだ分からんが、相当危険な相手に違いあるまい。我々はレジスタンスへの攻撃を一旦中止する」
「しかし長官が……!」
「長官の事はもう放っておけ、後で私から報告する」
 ハウザーの事は放っておいて、ラムダは考えを巡らす。
「まずはタリズマンを発見して破壊する事が先決だ。我々の部隊はタリズマンを全て見つけ出し、ステルスキラーを順に仕掛けていくぞ。やがて実態の軍隊を見破ったら、次にハウザー長官が総攻撃を仕掛ければよかろう」
 ラムダは、猛るハウザー長官を静止すると、ファントムなのか実体のレジスタンスなのかを見極めることを諦め、町中に仕掛けられていたタリズマンを破壊していった。
「おそらく、主たる魔方陣がこのアクロポリスのどこかにあるはずだ。我々はタリズマンを消しつつ、その場所を追跡する」

「気づいたようね。フフフ……でもこれほどの数、戦場は常に動いている。そう簡単には実体は見破れないわよ」
 幻の軍団(ファントム騎士団)。それはクラリーヌの帯剣である「暁のバラ剣」の剣舞によって自在に操作されていた。
 この戦いの鍵は、マジカルステルスによってレジスタンスを大部隊に見せかけるオージンの魔術にあった。あらかじめ評議会員であるオージン卿の権限で、攻撃魔方陣を市内に仕掛けておいて、それが同時多発的にファントム騎士団を出現させる。それを、クラリーヌは自由に操作していた。それは実際の兵力(千人)を何倍、あるいは何十倍に見せかけるものであった。
 クラリーヌは情熱党のスターではなかったが、その剣舞魔術は誰もが一目置いた。その芸当はヱメラリーダでも不可能だった。手足の長い彼女が舞えば、華麗な戦闘魔術が結実した。その瞬間、その眼からキラキラと涙がこぼれる。悲しいわけでも苦しいわけでもない。瞬間瞬間、踊るクラリーヌは自然と涙がこぼれるのだ。そうして彼女は陽動部隊を指揮した。レーザーの洪水と、爆発で煙った三色の摩天楼都市。その中をクラリーヌが華麗に舞った。オージンはこの戦いに参加しなかったものの、この大魔術作戦には、彼の手で事前に仕掛けた罠が必要だったのだ。
「部隊はサイト1からサイト3へ移行しすぎている。……まずいな。奴らの目的は、ピラミッドか!」
 ラムダは、ピラミッド前広場が、がら空きになっていることに気づいた。
 ハウザーたちはまんまとファントム軍団にかく乱された。いかに空を飛ぶレジスタンスを追い、レーザーを撃ち込み、テレキネシスで物理攻撃を仕掛けても、実体のないものは胡散霧消するだけで、かえって町ばかりが破壊されてしまう。
 そうこうしている内に、実体の部隊の方は真っ直ぐ太陽ピラミッドに向かっていた。暁のバラ剣を振るクラリーヌのかく乱部隊がファントム騎士団を操作する一方において、アルコンは大多数の兵士を連れて太陽ピラミッドへ進撃した。作戦は成功だった。セクリターツは戦力の分断を図られたのだ。よくよく考えればレジスタンスの目的は明白だったが、ハウザーは陽動に気を取られ、戦力を分散した。ラムダは、この時ほど愚かな長官の下で働く困難さを感じた事はない。
「ひるむな、太陽神殿を我らが再占拠し、ドルイド教団を守るのだ!」
 アルコンの叫び声と共に、地下から続々と湧き出していったレジスタンスの中枢部隊は、分断されたセクリターツと交戦して勝利し、たちまち市街戦を掌握した。各マンホールから飛び出した地下鉄軍団は、元近衛隊隊長アルコンの元へと再び集結し、率いられて太陽ピラミッドへ突っ込んで行った。それを守っている小部隊のセクリターツと交戦するためである。そこに強力な戦士ジョシュア・ライダーの姿はなく、現時点で、その力を頼む事は出来ない。
 神が沈黙しているなら、自分たちの力で打開する。そんな彼らを励ましたのは、流星群が見られたクーデターの夜、アクロポリスに神出鬼没に出現したゴールデンキャットガールの勇姿だった。情熱党ワルキューレを彷彿とさせるダンスをしたキメラもどきの正体はいったい誰なのか、しかしその正体が分からずとも、確かに励みになって、この戦いの精神的旗手になっていた。
 ラムダの努力が功を奏し、数多くのタリズマンが破壊されたことによって、多くのファントム騎士団は姿を消しつつあった。だがそのころにはレジスタンスは陽動に成功し、ピラミッド前は遂にレジスタンスに占拠されたのである。依然「幻」たちも沸いて活動していて、街中にあふれているレジスタンスの、一体どこからどこまでが本物なのか、セクリターツには分からない。
 追撃から離れていたラムダ大佐は、傷だらけのガイア像の足元に、全てのタリズマンと接続している魔法陣を発見し、破壊した。
 そんな中、ハウザー長官の剣ストームキラーが生み出した炎蛆(えんしゅ)が、巨大なヴリル・ボールに成長した。
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