▲魔法石の少女・ツーオイ石の精の召喚

文字数 9,043文字

「帝の教えは、難しいことなんて、ひとつもありませんよ。『すべてはひとつ』…たったそれだけなのですから」
 アマネセル・アレクトリア姫の言葉は、シャフトのアデプトたちが高邁な魔術科学を論じるのとは大違いだ。アトラス大帝の教えはシンプルで誰でも分かるものだった。だがそのアガペーの哲学は、アデプトたちに幼稚と批判された。しかし、真に深く理解した者たち、そして直感的に帝の言葉の真実を悟った国民たちは違っていた。本当はどっちが幼稚なのか、という事だ。
「このアトランティス帝国にて、人類の文明はとうとう、精神=ヴリル・エネルギーという認識の科学文明に達しました」
 後に電波天文学が明らかにする電波宇宙と同様、生命は肉体と同時に、電磁波生命が重なっている。その電波領域がヴリル(霊光)だ。人間とは脳、あるいは遺伝子が支配する只の「物質の塊」ではなく、それは一種の乗り物であり、実体は電磁波(ヴリル)である。ヴリルとは観念上のものではなく、物理的なエネルギーだ。精神はエネルギーなのである。
「アトランティス人はその自己認識の元に、ヴリルをクリスタルに込めて動力源にし、文明を造りました。しかしシャフトは電磁波生命論において、精神のエネルギーの存在は知っていたのですが、それが善いとか悪いとかの問題については、只の道徳論に過ぎないと解釈しました。全く無関心、いや、エゴのためにあえてそうしたのでしょう。ですから黒魔術禁止法はありましたが、自分達が闇エネルギー・ヴリトラを増大させているなんて到底考えなかったし、その影響について全く無関心でした」
「中でも、フレスヴェルグは確信犯だな」
「えぇ……しかし我々王党派は、はっきりとヴリルを扱う事の重大さと、そして光と闇との違いがある事を認識してします。ヴリルは、『全て』とつながっています。ヴリルと云う観点から見ると、クリスタルを含めたガイアも一個の生命体です。そのガイアという全体生命から見ると、シャフトのようにヴリトラを生み出すものは、分離した認識の細胞であり、病苦なんです」
「人間はヴリルであり、ヴリルから生じたものであるにも関わらず、彼らには、その大生命の一部であるという自己認識がないな」
 シャフトは永年、「人間を含めた全体で一個の生命体」とか、ましてクリスタルのような無機物を含めたこの星、ガイアが一個の生命体だとは夢にも思わなかった。「アストロノミコン」の語る宇宙が巨大な生命であるという説も、本気では信じていない。人間の精神=ヴリルという事だけは知っていたものの、その効果の大きさだけを重視し、光ヴリルと闇ヴリル=ヴリトラを同列と考え、その違いを理解しないで来た。シャフトの源流の一つであるドルイドはそうではない。ヴリルが全体と繋がっている事を認識している。だが形骸化したシャフトは表面的にしか理解できない唯物論に陥った。あるいは、戦争目的のご都合主義というべきだろう。
「陛下の、父の仰りたかった事を一言で言い表しますと、父は、『ヴリルとは何か』という原点に、アトランティス人をもう一度立ち帰らせたかったんです」
 姫はそう言った。人類が此処まで到達できたのは大白色同胞団の導きだった。
 アトラス帝が、アトランティス人に気付かせようとした事は、「ヴリルとは一体何か」という原点である。光ヴリルは全体生命に寄与する生命エネルギーの事であり、帝の語ったアガペーとは端的にいえば「愛(アモーレ)」だ。一方で闇ヴリルは、全体と切り離された破壊のエネルギーである。アトラス帝や情熱党はその全体性を理解し、光ヴリルだけを扱う事を常に心がけた。一方で闇ヴリルは一掃しなければならないという問題意識を持った。全体か分離か、それが光と闇の戦いの本質だ。
「生命は尊い」
 人間がヴリルならば、「全体」で一個の生命体である。それが「一体性の法則」だ。ゆえに、人間にも自然界にも利他行動の証拠があちこちに存在している。それは「全体で一個の生命体」である事の証左に他ならない。ドルイドの伝統を順守し、そこに気付いていた王党派は、全体生命を観測し、利他意識に到達したグループだった。そして全体生命の維持の為、自己犠牲によって他を生かす運動を展開した。
「奴隷制度や世界征服などで、他者を犠牲にするべきではない。鉱物植物動物、人間。すべては一体の生命。キメラは無論、クリスタルさえも奴隷化してはならない」
 個が他と分離し、その個が暴走していく帝国主義、シャフトの増大は全体から見ると病気であり、地球にとっての病苦(ヴリトラ)に対しては、外科的療法が必要だ。それが歴史上アトランティスを襲った大洪水だった。地球が生命であるが故。地球とは生き物なのである。こうしてアトランティス末期、人類はヱデンを追放され、滅亡を繰り返そうとしている。
 そしてこれもシャフトの想定外の事態なのだが、インディックによるとクリスタル・リアクターの中に蓄積された闇エネルギー・ヴリトラは、すでに彼らの予想を超えて蓄積しているらしかった。シャフトがラグナロックでデストロイヤーを発動する時、ヴリトラのパンドラの箱が開き、ただちに残った国土に反作用を生じる。アバランギ本島を含む群島は、あっという間に打ち砕かれる。近頃地震が頻繁しているのはそれが原因だが、間もなく火山も火を吹く。そうしてオーケアノス洋には極一部の山脈のみが残るだけで、悉く大地は沈んでいく。それが大陸の内部において、現在予想以上のスピードで進行しているのだという。そしてその時期が早まっていた。ミラレパの言葉は正しかった。
 案の定、アクロポリスのツーオイはかなりのヴリトラで汚染されていた。このままヴリル・デストロイヤーを使用し続ければ、大陸は沈むだろう。
 だが、ヱクスカリバーにはクリスタルを浄化するヴリル・シャフト機能があるとアマネセルは言う。それは、ツーオイの鍵であるヱクスカリバーのもう一つの役割、使命であった。
「さらにこれを、ヴリトラ・スパイラルと呼ぶと、ドルイドの報告書は結論しています」
「フン、闇のヴリルの最終処分場は決まってアトランティスって訳か? おめでたい日だな。国家崩壊の、そんな恐ろしい未来が、とっくの昔に学術的に証明されていたことが判明したとは!」
 アルコン隊長は腕を組み、深々と椅子に身を沈めた。
「想定外さ! シャフトお得意の説明だよ。ヴリトラなんて知らなかった。ドルイドたちを壊滅に追いやって、ツーオイを結局掌握できてなくても想定外。あたし達たちの存在や姫を救出された事や反乱さえも……。失敗の理由は、何もかも想定外で説明がつく。シャフトのお偉方は、自分達以上に賢い人間はいないなんて思っている。だから、シャフトの合理主義の範疇にないことは、何でもかんでも想定外という訳なのさ。いいやむしろ自分達は被害者で、災難に合っていると思っているかもね。部下や状況に責任転嫁してさ。あの偽議長も含めて、アトランティスが沈んだところで、きっと誰も責任は取らない」
 一体性の法則…ワンネスだからこそ、因果応報なのである。
 ヱメラリーダの言葉をマリスはじっと聞いていた。すでに酔っぱらい気味のヱメラリーダの発言は、一つひとつマリス・ヴェスタがカンディヌスと話し合った内容と同じである。マリスはそんなシャフトの操るマギルドに失望し、二人だけの作戦を考えて二重スパイを行っていた。しかしもしも、この円卓の連中の目的が自分達と完全に一致したらどうなるのだ。その時はシャフトを捨てるか。いや、カンディヌスを裏切る気はない。そんな事は絶対に。彼らの革命ごっこに期待できないからこそ、マリスはカンディヌスの計画通りに動いているのだから。
「ま、そうなったら誰も責任なんか取れやない。全部沈んでしまうんだから。それが腐った組織ってやつだ。そうなりゃ手遅れだが」
「つまり、これまでアトランティスは、過去二度の決定的な破壊を経験しました。その二度とも、大怪獣という人類の天敵を倒すためのテクノロジーが原因の人為的な自己がもたらした破壊だったという事です」
 そして百年年前のヴィクトリア津波は、将来を暗示する。
「そして三度目もか。つまり今度は大怪獣がヘラスに代わった。そういう訳か」
「いいえ、三度目はおそらく歴史に残らないでしょう。全てが沈むからです」
「なるほど。ずいぶんときな臭い話になってきたな。それがラグナロック、世界最終戦争って訳か!」
「……で、今も着々とアトランティスは沈んでいるって? 百年前から? ここでずっと笑って見てる場合じゃない」
「そうだよ、実行あるのみ。この国が沈もうがどうなろうが、関係ない人間に任せてられない。アトランティスが沈まない内に、奴らを倒すんだ。アクロポリスへ密かに戻って戻って。這い寄る混沌、這い出るあたし等!」
 ヱメラリーダがうなるようにして云った。皆どっと笑う。
「ところでリーダが考えた作戦名の『スーパー大回転』なんだが、実は打ち合わせ中に意見が出て」
「何よ」
 ……嫌な予感。
「ちょっと長すぎるんで、さっき、『フェニックス計画』に変更したぞ。皆と話しあって決めた」
「えぇ~ッまた却下? 何でぇ? フェニックス……不死鳥のようにアトランティスを再興するって? まぁいいか。かっこいいし」
 一体何度目の却下だろう。ヱメラリーダのネーミングセンスは要するに、いつもいつも微妙だと云う話だ。そして別の人間がつけた名称に納得してしまうのだった。
 だが、ひょっとすると偽議長によって「ラグナロック」と名付けられたこの無益な戦争は、アトランティスを救うきっかけになるかもしれなかった。つまりヘラス共和国が、死んだ皇帝に代わって堕落したアトランティスを救うメサイアになるという可能性である。
 そもそもシャフトが気象兵器に頼らなければならないほどヘラス軍は手ごわい。敵将のバーソロミューは当世無敵の名将として名高い。もしもヘラス軍がラグナロックでアトランティス軍を打ち破り、この国を占領したなら、シャフトは壊滅する。
「これは俺の考えだが……ヘラス軍が速やかにガデイラまで引き、さらにガデイラまで一カ月で捨てたのは、恐怖の水晶体の気象兵器ばかりが理由ではなかったのではないか。つまり、あえてバーソロミューは逃げたんじゃないのか」
「あえてだと?」
 そうは見えないほどの激戦だったらしい。相当な人数のキメラ兵が死んだだろう。
「アトランティス軍を地中海に引き込むためにさ」
 アルコンは肉を切る手を止めて思いつきを述べる。
「一体何のためにだ」
 ライダーが訊く。わざわざ本国に敵を近付けるのはリスクである。おまけにガデイラを乗っ取られるのは地政学上、ヘラスの致命的なはずだった。
「噂に聞くバーソロミューにしてはあっけなさすぎる」
「だが、一カ月かかったぞ」
「そうなんだが……つまり俺の直観だがこれは陽動だ。ヘラスは兵器・技術面においてアトランティスより圧倒的に劣る。でも、巨神の柱を守るガデイラが突破されたら、もはやヘラス本国への盾はない。それが、もしバーソロミューの策略だったとしたら。それがどのような意味を持つかの? 地中海に入ってしまえば、現状のツーオイ石の影響力は半減し、気象兵器・デストロイヤーの威力と射程の精度はずっと失われる。相手はそれを熟知していて、近々反撃の機会を待っているのではないか」
 一瞬の沈黙の後、アルコンは言った。
「しかし敵の敵は味方だ」
 ヘラスが勝てば、もちろんアトランティスの国家としての独立は一旦失われる。だが、今日のシャフトのような暗黒政府が支配するアトランティスに、存続意義などない。だから、アトラス帝が一度は組もうとしたヘラスに一時的に占領させる。そこから独立を求めて「暁の円卓」がバーソロミュー将軍と平和裏に話し合い、0から自分たちの国作りをすればよい。わずか二十五人しかいない滅亡寸前の王党派、弱小グループである「焔の円卓」にとって、シャフトなどよりヘラスの方がはるかに付き合える相手に違いなかった。
 その為にもまずはツーオイ石の乗っ取り、シャフトが起こすクリスタル事故を阻止しなければならない。そうしてデストロイヤー攻撃を封じて時を稼ぎ、ヘラス軍がシャフトを打倒するのを内部から援助する。暁の円卓は、ヘラスと交戦中のシャフトの戦術を妨害することで、後方からかく乱するのだ。
 再三の地震が起こった。
 ヘラスは世界で唯一のアトランティスの強敵だ。軍事大国アトランティスを以てしても容易ではない。だがシクトゥス議長は今後も継続的に気象兵器を使うだろう。シャフトがツーオイ石を完全に掌握した瞬間、気象兵器としての使用によって、ヘラスの大地だけでなく、アトランティスの大地をも打ち砕く。事故は回避できず、国土は今度こそ完全に海中へと没する。
 全く愚かしい因果応報だが、そこに気付かない、あるいは気付けないのが自己中心的な黒魔術師というものであり、今日のアトランティス人の姿なのだ。ともあれ焔の円卓は一刻も早く、クリスタル・リアクターを奪還するために、太陽神殿の再占領をしなければならなかった。アマネセルのソプラノでツーオイ石の一発逆転を計るフェニックス計画が成功するか、それよりも早くシャフトの起こす想定外事故で大陸が崩壊するか。
 焔の円卓に悠長な時間は残っていない。ツーオイ石はまだ、シャフトの完全支配に至っていないが、もし万が一ツーオイ石を完全掌握されたら、ヘラスの攻撃を待つ時間はなくなり、事故、崩壊の時期が早まる。
「私達には、もう十分な準備をしている余裕はありません……」
 アマネセルの言葉ははっきりしており、いつもの声が出づらく弱々しい口調とは異なっている。姫は瞑想に入り、広げた両手を上に向け、宙をゆっくりとかき回す。召喚の儀式の始まりに、誰もが一瞬沈黙する。オージンには、正義の女神マアトと一体化した姿が視えている。黒魔術の地下神殿を吹っ飛ばしたあの光の化身マアトである。その女神は、かつて情熱党の陣頭指揮を取っていた事をオージンは知っている。
 マアトが伝えた大白色同胞団のビジョン・ロジックによると、第三の破壊と共に、アクロポリスを含む全てが無に帰す。遅かれ早かれクリスタルを奪還しないと、事故は起こり、アトランティスは沈むという事実は動かせない。ビジョン・ロジックは「未来を見透す能力」である。皆の予想通りだ。今日のアトランティスは、第二の崩壊の時と状況があまりにも酷似していた。同じ事がより大規模に繰り返されている。だが、その次はない。
 マアトの予言したその崩壊の時期とは、「アストロノミコン」に記された「カーディナル・クライマックス」が始まる時期と重なっていた。スーパームーンとも重なるカーディナル・クライマックスの時期は、十月三十一日から始まる。つまり、ツーオイ石が天体の運行と完全に一致する十二月二十一日の冬至よりも、事故が起こる時が早まる可能性があるのだ。
 しかし、焔の円卓に勝算はあった。重要な事は、ツーオイ石が基本的に王党派の味方であるという情報。それと、ツーオイ石のデータコアへの門を開ける鍵、ヱクスカリバーがこちらにあるという事だ。これは何よりも有利のはずだった。後は円卓の騎士達がヱクスカリバーを持ってアマネセル姫とツーオイ石を再会させれば良い。その瞬間、情熱党ワルキューレは復活するだろうと、マアトは云った。
「透明なクリスタルは光も闇も増幅してしまう。そういう性質です。そこに本来善いも悪いもない。それはそうなのですが、そのツーオイ石には実は秘められた真実があるのでございます」
マアトと一体化したアマネセルは、ツーオイ石の神秘を語り出す。
「それは、ツーオイに宿る聖霊です」
 もしツーオイ石を目覚めさせる事ができれば、クリスタルに宿る「精」を召喚することができる。ドルイドすら永年秘密にしてきたツーオイの奥義。地球(せかい)が、全体で一個の生命体である事を体現したのが、ツーオイに宿る精霊の存在だ。それを以前、情熱党がエネルギーを結集させて召喚する事に成功したらしい。その時、アマネセルもヱメラリーダも一役買ったが、ヱイリア・ドネのソプラノ・マントラが最後の鍵となったのだとマアトは言った。精霊はツーオイのデータコアに宿っている。
 しかし精霊はクーデターが起こる直前に、何かを予感したように眠りについてしまったのだという。まるでクーデターを予見したかのように。その時、アマネセルはテレパシーで、ツーオイの精が人間を見限った事を感じた。それでもマアトによればツーオイの精は消えたのではなく、姿を隠しただけで、ツーオイ石の中に依然として宿っているという。
「情熱党の技の粋を集めて、その意識が目覚めたとき、シャフトによるツーオイの闇の利用を阻止するだけではなく、姫のソプラノ・マントラとツーオイが、距離を経て同調し、アクロポリスから闇のエネルギーたるヴリトラを一掃します。それが、ヱクスカリバーによってツーオイ本体の光の柱を立てる事です。消える事がないはずのヴリトラですが、それを消すのではなく、光ヴリルへと相転移させてしまうのです。しかも、世界にまき散らされたヴリトラをです」
「なんと……」
 ツーオイの精のマカバフィールドは、アクロポリス全体を一気に包み込む。聖霊を宿したツーオイ石は次元を超える特異点であり、時空を超越する能力を有する。それは宇宙から来るエネルギーと同調して、ガイア上のレイラインを経路として、グリッドに行きわたり、惑星全体のマカバを活性化させるのだ。ガイアを包んだマカバは次第に次元上昇を開始し、遂にはガイアを別の周波数帯の世界へと導く。
「しかしそのツーオイの精の存在に、シャフト及びシクトゥス議長は全く気付いていないな。それはアトランティス・シャフトが、クリスタルは無機質なものと考え、生命ではないと認識しているせいだ。キメラ同様に、『透明な機械』であり『物』、奴隷に過ぎないという強固な信念を持っている。その認識を改めない限り、彼らはツーオイ石を掌握できない訳だ。だから、魂ある存在などという石の精を、シャフト評議会が想定することは考えられん。それらをシャフトの教義が、帝の教えと共に『迷信』として一蹴せず、受け入れない限りはね」
 オージン卿は言った。
 だが滅亡したドルイド教団は違う。彼らはその存在を知っていた。物質主義に堕したシャフトとは違い、精神修養のためにクリスタル使用が第一義である事を古代から順守してきた。それゆえ彼らはツーオイ石の秘密を握っていた。クリスタルは生命、魂であり、だからこそヴリルを宿す事ができて、有用な発電所となりうる。ドルイドの教義は皇帝家や王党派の一部、さらに情熱党ワルキューレへと受け継がれ、ツーオイの精を召喚するためにソプラノ・マントラ計画が立てられたのだ。
 シャフトがツーオイの精について気付いていないというのは、レジスタンスにとって優位な情報だ。ツーオイの精こそ逆転の鍵、ヱイリア・ドネの残したラビュリントス脱出の為の、第三の「糸」だ。ゆえに円卓がわずか二十五名の弱小勢力でも、シャフトを出しぬける可能性があるのだった。
たとえシャフトがツーオイの精のような存在を仮定するにしても、強固な信念に凝り固まった彼らは、それがツーオイ石に宿ったヴリルの投影的存在であり、実体ではありえないと考えるはずだ。こちらの作戦の真意を知ることはない。
 ツーオイの精を召喚することは、魔法石が魂を宿した生命であると認める事であり、それを認めるならシャフトの世界観に大転換が起こる。それは現実的ではない。それでも、マリスは思う。黒魔術師が実体である偽議長は、ツーオイの精すらも目的の為に利用しようとするかもしれない。しかし、シャフトの学説をずっと信じ続けてきたマリス・ヴェスタはそういう訳にはいかなかった。ツーオイの精を認める事は、自分が信じて来た強固な信念がもろくも崩れ去る事を意味する。だからはマリスは、正義の女神マアトがツーオイの精なる存在についてとうとうと語る最中、ずっと半信半疑だった。
(もしも、ツーオイの精が存在するとしたら……)
 アトランティス文明を支えるクリスタルは生命か、それとも「透明な機械」なのか。王党派とシャフトの争点、および王党派の勝機は、この認識の差に集約されていると言っていいだろう。クリスタルが生命なら、鉱石の塊であるガイアも生命だ。ツーオイ石とはガイアの一個の細胞であり、支柱だからだ。この地球が生命。それは一体どういう結論を導き出すのだろう。
 フェニックス作戦がまとまった。
 ステラクォーツ発電所の小ピラミッドに侵入し、アマネセル姫とヱメラリーダがソプラノ・マントラの音を蓄積する。アクロポリスの六つの小ピラミッド内の黒い石を、一つ一つに白い石へと変える。オセロの石を黒から白へとひっくり返す。小ピラミッドからツーオイへとハッキングを仕掛ける。ツーオイ石さえ奪還できれば、そこへ姫の力を映しこんだエネルギーを送り込み、ヱメラリーダがソプラノ・マントラを唄ってクリスタル・リアクター内部のツーオイ石を浄化する。そこへアガペーの焔を再点火する。そうして姫はツーオイの精と再会する。事故を阻止して時を稼ぐ事ができれば、アトランティスの大地は静まり、ヘラス軍にシャフトを駆逐してもらう事が可能になる。その直後、アマネセル姫たちは速やかにヘラスと和平する算段である。
 しかし、たとえこちらにツーオイの精という勝算があったとしても、ツーオイ石を奪還する事は、わずか二十五人の革命戦士にとって高望みの計画なのかもしれない。いや、事実そうだろう。だが一旦やると決めた以上、わずかな可能性であってもこの道を進むより他はない。アクロポリスでどんな危険が待ち受けているか想像に難くないが、焔の円卓だけでリアクターを奪還しなければいけない。もしやらなければアトランティスが滅亡するという未来が確定する。それは今目覚めた者たちが、やるしかないのである。
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