▲ルルイエ地下神殿の戦い

文字数 9,059文字

 オージンとインディックに左右から支えられて、アマネセルは円卓に着席した。メンバー達は起立し、頭を下げた。この円卓に着いている人々が、レジスタンスの、旧王党派グループの最期のメンバーなのだ。それは希望であると同時に不安要素でもあった。あまりに数が少ない。
「姫、先程我々で話し合った結果ですが、我々は再度アクロポリスへの侵入を試み、ツーオイ石を奪還するつもりです。このまま、奴らにクリスタルを欲しいままにさせておく訳にはいきません」
 アルコン・ペンドラゴンが切り出した。いかにしてクリスタル大神殿のツーオイ石を奪還するか? もっとも重要なのは、ライダーが発見し、レジスタンスがニヴルヘイムから運んできたヱクスカリバーである。これさえあれば、乗っ取られた太陽神殿のクリスタルへの反撃が可能となるのだ。ライダーの言う通り、この聖剣がないとレジスタンスは戦えないといっていいだろう。
「ここに集まった者一同、アトランティス再興を願う者たちです。姫、アトランティス再興の為に今一度、我々と共に立ちあがっていただきたい。姫の卓越した女神の能力を以てすれば、この剣と共にツーオイ石へと語りかけ、世界を一変させる事ができる。きっとこの国に、かつて陛下の語ったアガペーのエネルギーを復活させ、黒魔術師たちをこの国から追放できると信じます」
 アガペー。
 すなわち純粋なる無条件の愛のエネルギーは、宇宙を構成する最上のヴリルとしてアトラス帝がその存在を予言するものだ。
「そうだよ姫、もう一度情熱党のソプラノ・マントラをツーオイ石に響かせるんだ。あたし達二人で。そうすりゃ闇に包まれたこの状況も、一発逆転さ!」
(まさかたったこれだけの人数で、夢をつなごうと云うの。この人たちは……わずか、これだけで)
 広間には様々な職業の者たちが集まっている。人造クリスタル製造工、配管工、教員、大工、美容師、医師、セールスマン、花屋、バリスタ、アリーナの警備員、アイス売り、トートアヌム図書館司書、ピラミッド設計技術士など。アルコン、ヱメラリーダ、ライダーはプロの戦闘家だが、それ以外でここに居るのは、市民も含めてほとんど無名の者たちばかりだ。インディックは科学者崩れのアルケミー・ハッカーの青年である。当時、将来を期待された数々の者たちの中で、混乱を生き残り、ここまでたどり着いた者はほとんどいない。
 アマネセルが見たところ、戦闘のプロばかりではなかった。シャフトの皇帝の逮捕劇で、主だった主役はみんな葬り去られた。それだけの激闘だった。情熱党ワルキューレ部隊は革命前夜に、セクリターツにより壊滅。候補生さえも全滅した。主役が退場した後で、今や前座がそれを務めねばならない。姫さえも、ある意味でメサイアたる帝の代わりになるしかない。情熱党でいえばヱイリア・ドネとエストレシア・ユージェニーの代わりにヱメラリーダが。そしてアルコンたちもしかりだ。
 やはりアトラス帝の有力な者たちは大多数がセクリターツに逮捕され、皆殺されてしまったのだ。そう結論付けるしかない。情熱党を含めて数十万人、あれほど居た王党派は、クーデターによる処刑や粛清げ激減、皇帝処刑の後にレジスタンスとして千人で蜂起したが、その後の戦闘の結果、三百人弱、そして現在わずか二十五人まで数を減らした。それ以外の、かつて帝を支持した大多数の市民はシャフトの追求を恐れ、その横暴に逆らおうという気力を失っている。無理もない話だ。
「念押し致しますが……。皆様は、ここにずっといることもできる、国外へ行く事もできる。その中であなた方は、まだ陛下の遺志を継ぐ者たちとして、このアトランティスを再興する為に、戦うと云うのですか」
 アマネセル姫はうなだれたように見えたが、再び顔を上げた。
「でも、失敗するかもしれませんよ。先に言っておきますが、あなた方は全てを失って、苦しみだけが残るかもしれない。いいえそれだけじゃない。自分達と共にこの国が滅びるところを目の当たりにするかも。それでも、どんな苦しみさえも背負ってでも、戦う覚悟はありますか?」
 わずか二十五名の「残されし者たち」ニーズヘッグは、一斉に頷いた。姫には何か未来の事が視えたのかもしれない。そうアルコンは思って緊張した。
「御覧の通り、職業もバラバラの混成部隊です。我々は無名の市民の集まりにすぎません。しかし、ここに居る者たちは全て、私を含め、ニーズヘッグは誰一人としてこのアトランティスを諦めていないのです」
 アルコンはそう答えたが、一体どうやってこの状況から逆転できるのか、見取り図はまだ視えていない。
「皆様はこんな闇夜から、我が国が復活できると信じているのですね?」
 アマネセルは沈黙でとぎれとぎれになりながら、同じ質問を何度も繰り返す。それは覚悟を促す言葉だった。すでに姫の胸にはある確信が宿っていた。もしアルコンが言う事が本当なら、大天使ミカイールの言う通りである。バックアップ計画の存在。たとえ二十五名だろうと、天の用意した計画である。それが自分を含むこの無名の市民の集まりだ。今はたとえぜい弱な集団にしか見えなくても、そこには逆転のパワーが眠っているに違いないのだ。
「はい。この中で戦闘の経験があるのは、私とライダーとヱメラリーダの三人だけです。しかし我ら全員、最期まで姫にお供し、必ずやアトランティスを復興してみせます。覚悟は備わっているつもりです。ぜひとも、陛下の無念を晴らすためにも」
 微笑したアマネセルの顔にもう迷いはなかった。姫の眼付には強い光が宿っている。
「……どうやらあなた方が諦めない限り、私も諦める事を諦めなければなりませんね。分かりました。私は奴と一騎打ちしましょう。どのような困難にも、私は立ち向かいましょう。数百万のマギルドを牛耳るシャフトは、戦いのプロばかり、恐ろしい戦闘力を持った集団です。でもこの際、無名であることは誇りです。敵はこちらの事が何も分からない。私も、できる事をしたいと思います。父に代わって、皆様に感謝いたします。皆ありがとう」
 アマネセルは天を仰いだ。彼らに説得されて、シャフトと戦い、シクトゥス議長、すなわちダークロードとなったフレスヴェルグを討つことを決心する日が来ようとは、ついこの間まで想像もできなかった。石の離宮に囚われていた昨日までは。これこそ大天使ミカイールが言った、天の流れというものだ。
「本当はもっと、私達が上からの革命を遂行しなければならなかったところを、皆様には大変な御負担をおかけして、申し訳なく思っています」
 アマネセル姫が最初に語り始めたのは、情熱党の最期だった。それは、ここに集う二十四人のメンバー全員の想像を遥かに超えた戦いだった。本当の決戦はクーデター前夜に行われていたのである。
「皆の記憶から消されていますが、情熱党員のメンバー三百人が殺されただけではなかったんです。何か起こったのかを語らなければなりません。本当は千人の候補生、そして彼らを守ろうとしたファン組織の親衛隊たち、およそ四千人が犠牲になったのです。ジェノサイドです。一部の情熱党メンバーだけが殺された訳ではなかったんです。ファンクラブ組織を含めて二十万人以上いた情熱党は、ほとんどが離散しました。クーデター前、セクリターツと彼ら側に寝返った帝国軍によって、世紀の大虐殺が行われたのです」
「……そんな」
 情熱党のファン組織とはすなわち王党派でもあった。アマネセルによれば、革命が起こった前夜、シャフトによる前代未聞の白色テロが行われた。アマネセルも一時記憶を失っていたのだが、大白色同胞団につながる姫はそれを女神マアトから聞いたらしい。歴史の改編どころではない。ヱメラリーダの記憶さえも、その事実は消されていた。ヱメラリーダの記憶に残っているのは、ワルキューレのアイドル戦士達は確かに弾圧を受け、殺されたという事実だ。だが、巨大なファン組織が壊滅していった全貌、その記憶が誰にも残っていない。
「情熱党で生き残った者はわずかです。それが、皆様です……」
 アマネセル姫は消え入るような声で言った。眼に涙がにじんでいる。
「先程は皆様の覚悟を促しました。でも今、私は確信しました。大白色同胞団の秘められた計画の存在を。それはアトランティスに、万が一の事が起こった時に発動する最後の計画です。それがまさしくあなた方だということです。なぜなら私を入れてちょうど二十五人。その数字はミカイールから事前に告げられた数だったからです」
 かつてミカイールは言った。大白色同胞団には、万が一の時の事を考えて、バックアップの計画があった。アマネセル姫は、アルコンの手にあるヱクスカリバーをじっと見つめた。アルコンは剣を姫にうやうやしく手渡した。姫は炎のように輝く剣を抜いて水平にし、頭上に掲げた。
「希望はあります。このヱクスカリバーが私達の元へ来たという事は、それを証明するのです。アヴァロンへ来てから、ミカイールは言いました。この剣の中には、皇帝陛下が今日この時を予見して込めていた、私達の秘密のミッションの詳細が込められているのだと。私達に託した父の想いが、この中にはある」
 円卓に「オォ」というどよめきが静かに起こる。
「光と精のエネルギーの結晶・ヱクスカリバー。ヱクスカリバーとツーオイ石は、陰陽の対を成す剣と聖杯。ツーオイ石のデータコアには魂が宿っています。そこへアクセスしない限り、ツーオイ石はまだ奴らの手には完全には渡ってはいない」
 姫はその訳を話し始めた。

 現在のシクトゥス4Dになり替わっている魔術師・フレスヴェルグは、帝国の宿敵ヘラスとの決戦に勝つため、奴隷たる獣人兵に自爆特攻させる残酷な戦法に飽き足らず、「ラグナロック」に備えてある秘策を用意した。彼は禁止されたネクロノミコンを紐解くネクロマンサーだった。
 かつて古代地球に出現し、世界を混沌に導いた「邪神」を復活させるべく、太陽神殿の地下、ネクロポリスのある場所で邪悪な研究を行っていたのである。近代の夜明けのキメラ創造以来、DNA工学での新生命誕生はアトランティス人の業だったが、男はさらにそれを神意に反する方向で加速させようとしていた。
 レジスタンスのように、たとえ地下通路の一部を発見した者たちでさえ、これまでネクロポリスへの道を完全に解明した者は皆無だった。多くの通路は途中で道が塞がれていた。かつてのシャフトがその道を全て塞いだと言われている。
 ところがシクトゥス議長はフレスヴェルグに乗っ取られる以前の事、その一部を解き明かした。シクトゥスはシャフト内で起こった不審な事件を追い、地下都市ネクロポリスの謎を全解明しようと試みた。迷宮のどこかには、地下神殿の存在が噂されていた。それはシクトゥスの目の前に出現した。地下神殿ルルイエは伝説の地底の川アザニの近くにあった。アザニは、水がうっすらと赤く発光した川である。原因ははっきりと特定されてないが、それは発光微生物が出す光だと言われている。それが不幸の始まりだったのかもしれない。こうしてシクトゥス議長は先にそれを発見したフレスヴェルグへとたどり着いた。二人は戦い、シクトゥスは敗れた。実はフレスヴェルグは、地下神殿ルルイエでシクトゥスを罠にかけるべく待ち受けていたのである。
 シクトゥスになり替わったフレスヴェルグの計略を、今度はアマネセル姫率いる情熱党ワルキューレが解き明かした。情熱党は、魔神を奉ずるネクロマンサーと、魔神の眷族たる魔物たちがこの社会にはびこっていくプロセスにいち早く気づき、議長についで戦ったのだった。すなわちそれは闇の支配ネットワークがアトランティス社会に増殖するプロセスそのものであった。その際、最初にシクトゥスが別の者の成り替わりである事に気付いたのが、ヱイリア・ドネである。
 しかしヱイリア・ドネと、ヱストレシア・ユージェニーはその恐るべき事実を知った事により、アマネセルにその事実を伝えた直後抹殺されたのである。ヱメラリーダはアマネセルと生き別れとなり、今日までその事実を知らされなかった。
 フレスヴェルグの真の目的、それは黒魔術師(ブラック・アデプト)でありダークロードたる自身の野心に力を貸す「這い寄る混沌」、古代の破壊神アポフィスの復活を援ける事だ。太陽神ラーに敵対し、その黄道を妨げるアポフィスは、過去何度も何度も世界を破壊したと「ラ・アンセム(創世神賛歌)」には記されている。
 彼(か)の者は闇と混沌の化身であり、原初の水から秩序ある世界が作り出された後も、再び世界を混沌に引き戻そうと、ありとあらゆる破壊をもたらした。アポフィスは世界に秩序が生まれる以前の混沌の化身であるが、仮の姿で黒と黄色の鱗を纏った蛇になることもある。「創世神賛歌」には、それはかつて地球上に存在しこの星の支配者だったが、大白色同胞団の使徒たち「旧神(パワーズ)」によって滅ぼされたと記されている。
 だが「それ」はその時に、地下に繭、あるいは「卵」を残した。その場所はルルイエと呼ばれている。ところがかつての大怪獣討伐時代に、アトランティス人たちは地下深くガスを掘り当て、大量に爆発物を使用した事によって、マグマを目覚めさせただけでなく、地下に眠った彼らを眠りから醒ましてしまった。異変を察知したシャフトは、ただちにネクロポリスへの道を塞いだ。
 フレスヴェルグのこの秘められた計画は、地下において実に数十年の時をかけ進められてきた。それこそが現在進行している対ヘラス戦で使用されるクリスタル・リアクター計画へと連動する、ネクロポリスで進行してきたDNA研究、すなわち邪神復活の為のホムンクルス製法だ。この古きアポフィスの培養の為の「繭」を、フレスヴェルグは地下神殿ルルイエで製作したのだ。
 繭は、アクロポリスのツーオイ石へと直結し、地上から地下へ直結する「クリスタル・シャフト」を通ってヴリルが流し込まれている。そこでアポフィスが受肉し、再び地上へと生まれ出るためには、DNA工学だけでは足らず、アマネセル姫の持つ強力な女神のパワーが必要不可欠だと判明した。こうして次なる標的のアマネセルを狙って、フレスヴェルグはアマネセルら情熱党と戦った。
 フレスヴェルグはネクロポリスの地下神殿で、シクトゥスに引き続き、罠を張り巡らしてアマネセルを待ち受けた。情熱党に集結したメンバー、ヱイリア・ドネ、エストレシア・ユージェニー、ヱメラリーダ達も、アマネセル同様の能力を持っていた為、偽シクトゥスの敵であると同時に狙われる事となった。全てが、黒魔術の邪神召喚の為の罠だった。
 情熱党と偽シクトゥスを筆頭とする魔人ブラック・アデプトたちとの熾烈を極めた戦いは、人知れず死都ネクロポリスで行われる事となった。その際、フレスヴェルグは彼女らの能力を恐れ、最初から分断を狙ってきた。分断は見事に成功し、クーデター前夜、アマネセルは、ヱイリア・ドネとエストレシア・ユージェニーと生き別れになったのである。以後、彼女らがどうなったのか分からない。
 クーデターが成功すると、クリスタル神殿を襲撃し、ドルイド教団を全滅させたシャフトだったが、ツーオイ石が意思をもって自分達を拒否するという事態に直面した。ツーオイ石の謎は依然解明されず、そのカギを手に入れるためにもアマネセル姫から直接聞き出さねばならなかった。彼らはヱクスカリバーの存在を知らなかった。さらにツーオイ石は皇帝及びその娘・アマネセルに忠誠を誓っていたからである。
 アマネセルはルルイエ神殿で、上のアクロポリスにあるツーオイ石と連結した石へと接続する、無数のコードに接続された機械へとつながれた。まるで貼り付けの様にも見えるデバイスに。その石は、ルルイエ神殿の御神体であり、「輝けるトラペゾヘドロン」と呼ばれている。ねじれ双角錐の赤い半透明の石である。それはツーオイ石の心を解錠し、DNA工学によって繭の中に眠るボディへと古代の邪神を召喚する為の装置だ。そこにアマネセルの比類なき女神パワーを利用する。
 こうしてクーデター直後、姫は、地下神殿において邪神召喚に協力させられるハメとなった。
「強情な女だ。愚かな。……さっさと恭順すれば、楽になろうものを」
 この装置が正常に作動する為には、アマネセルが邪神に恭順し、それの受胎を受け入れる意思を持たねばならない。
「闇を引く者よ、お前に我が心の王国を支配する事は決してできない。この虚ろな住処から、早く私を……解き放ちなさい……」
「姫! このままでは苦しみが続くばかりぞ! 黙って、暗黒の帝王に前に、ひれ伏せ!」
「無駄だ、私をここから出さねば、お前は後悔することになる! これは警告です!」
 フレスヴェルグは、もし姫が邪神に従わなければ身体が動かなくなる呪いを足に撃ち込んだ。
 フレスヴェルグは、召還の呪文を唱え始めた。
 しかし姫はそこで屈しなかった。
 姫のきゅっと結んだ可憐な唇が、何事かをつぶやいている。
 全身が赤いオーラを帯び、輝き始めた。
 フレスヴェルグはマントで顔を覆い、数歩引き下がった。
 真っ赤な影が立ち上がった。
 アマネセルは混沌の邪神の代わりに、燃える炎を背負った正義の女神マアトを召喚し、その力と瞬間的に一体化した。そうして逆にこの装置と自分に近づいてきた邪神アポフィスに強烈な返り討ちを喰らわせたのだ。
 ルルイエ大神殿の邪神召喚の間は、真紅の大爆発を起こした。同時に数多くの「繭」も焔に包まれ、破壊された。
「ウワッ、ウガアアア-------……ッ。やめろ、ヤメロォオオ--------------ッ」
 フレスヴェルグ自身も、紅い焔に包まれた。恐るべき力を発揮した姫に手を焼いたフレスヴェルグは、身の危険さえ感じ、ひとまず姫を「石の離宮」へと隔離した。 だが、石の離宮に移された頃にはアマネセルはすでに憔悴しきっていた。それは今でも変わる事がない。せっかく王党派の残党に救出してもらったものの、本来彼女が持っていたヴリル・エネルギーの、わずか二十パーセント程度しか残っていない。生命エネルギーの大部分は、邪神との戦いで使ってしまったからである。そして魔人のかけた呪いの力が今も彼女をむしばんでいた。どんな治療を施しても、プラーナ、すなわち失われた生体ヴリルは容易には戻らず、呪いも解ける見込みがなかった。
 姫は救出された時、ヱメラリーダと共に闘ってきた情熱党の失敗が、全て自分の非であり、その無力さに打ちひしがれていた。その事を姫は正直に打ち明けた。自分はもう戦えない。いかに七宝の間で大天使ミカイールに叱咤激励されようと、気持ちが変わる事はなかった。今でもその気持ちは少し残っている。こうして彼らに懇願されている間も、再び自分が矢面に立つ事に自責の念が蘇る。しかし一斉に自分を見つめる彼らの目を、裏切る訳にはいかない。クーデターで絶望させ、それでも果敢に戦ってくれた彼らに、どうしてこれ以上恩知らずな真似が出来ようか。せっかく救ってもらった命である。残りの人生は一つ残らず彼らのものだ。彼らと共に戦わずして、今後アマネセル・アレクトリアの生きる道はない。たとえ僅か二十パーセントのヴリルであったとしても。

「彼らは、まだツーオイ石の最初のゲートを開けただけです。ヱクスカリバーがなければツーオイ石を完全に解錠する事はできない。この高純度のオリハルコンの剣と、『聖杯』ことツーオイ石は、二つで陰陽の対をなします。皇帝家の秘剣ヱクスカリバーは一体どのように使うのか。実はツーオイ石の下部シリンダーは内部が空洞になっています。冠石を開けて、そこに剣を差し込むのです。それが、剣と聖杯のタントラです。その時、ツーオイ石のデータコアにアクセスし、完全掌握することができる」
 アマネセル姫は赤い金属性の剣を立てて眺めた。
「なるほど。クリスタル大神殿を奪われたものの、聖杯たるツーオイ石は剣がなく、依然として沈黙を守ったままというのは確かという事ですな。……こいつはチャンスだぞ! ヱクスカリバーによってツーオイ石を味方にさえ付ければ」
 アクロポリスに戒厳令魔方陣を敷かれて窮地に立たされたレジスタンスだったが、シャフトの全総力を結集しても、ツーオイのエネルギーを利己的な目的に逆転させることはできていないようだ。
「敵がツーオイ石を掌握していない事を知っているだけ、こちら側が絶対的に優位だ。しかしこっちは弱小勢力で向こうは圧倒的大勢力。大勢力に正面から立ち向かっても勝ち目はない。もしやるなら、奇襲作戦以外にはありえない」
 いかにしてツーオイ石を奪還するか。その計画の為には、いくつかの不可能な壁を乗り越えなければならなかった。ともかくまずはあの戒厳令魔方陣を解除しなければならない。
 戒厳令魔方陣がある以上、アクロポリスへは潜水艦で侵入するしかなかった。空と陸上と地下はシャフトが制しているが、水面から下は戒厳令魔方陣からもピラミッドのレーザーからも自由だ。ただ、その後で戒厳令魔方陣の中をどう動けばよいのかが課題になる。
「戒厳令魔方陣が解除されている、……という可能性は?」
「あり得るが考え難い。ここからでは魔術防壁に阻まれて、アクロポリスの様子がモニターできない。解除していたとしても、もし我々がアクロポリスに戻れば、敵は戒厳令で待ち受けるだろう。もちろん悟られぬようこっそりと侵入する必要がある。ツーオイ石だって今は自由に動かせないが、今後の事は分からんぞ。油断は禁物だ。シャフトを侮ってはならない。中にも優秀な人物がいるらしい。少なくとも何者かの手によって、彼らはクリスタルの秘密へ繋がるヒントを掴んだ。ここにあるヱクスカリバーなしで、そいつを成し遂げたんだ。それでアクロポリスを掌握されたんだからな。そいつが敵の中に居る限り、我々にのんびりしている時間的猶予はない」
「ツーオイ石のゲートを開いたのは私です」
 マリス・ヴェスタが挙手し、一斉に円卓の注目を浴びた。只一人、ヱメラリーダの釣り目が睨んでいる。
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