▲失楽園 われは死神なり。世界の破壊者なり

文字数 5,870文字

アクエリアスの時代 十万四千年前 アフリカ大陸

 緑豊かなエデナ。

 最初に、この国で原子核エネルギーが発見されてから二十年が経過した。当初、核エネルギーの兵器転用が研究されたが、それは予言者や学者によって「世界を滅ぼす死神」と危惧され、禁断の技術として封じられた。結局、核エネルギーの研究自体が、そこでストップした。
 紛争が長く続いているインドラ帝国との戦いは、既に三十年目に突入していた。数々の悲劇、数々の憎しみの応酬が繰り返された。
 科学者キーラ・メルパは、中東の武器商人アシュラの誘いで、原子核エネルギーの開発に着手した。それは、キーラが初期の頃禁止された核兵器開発のデータへと接する事だった。
 核エネルギーの情報源は「智恵の実」と呼ばれた。キーラは、その智恵の実を自身の頭の中に取り込んだ。そうすれば、何も証拠は残らない。キーラは、この核エネルギー技術で、国中の慢性的なエネルギー不足を解消するつもりだった。もともと、科学の道に彼女を誘ったのはリリ・アクヤという友人だった。リリ・アクヤもキーラに誘われて助力する事になった。
 その結果、核エネルギー技術は完成した。同時に、核兵器も日の目を見た。武器商人アシュラは、紛争の続く敵国インドラ帝国にも核兵器を売った。
 武器商人たちは全員、政府の手で逮捕され処刑されたが、キーラは追及される事はなかった。
 エデナ人が一度手に入れた智恵の実の影響は、徐々に広がっていた。武器商人の死後も、両国は着々と核武装を進めた。局地的戦闘や代理戦争が続く中、時計の針は着々と滅亡へと進んでいた。そして、「黄昏」と呼ばれた時代へと突き進んでゆく。
 世界滅亡の足音が近づいてくる中、やはり核エネルギー科学者となっていたリリ・アクヤは、核兵器開発に反対するアウロラのグループに属していた。
リリ・アクヤもまた、核エネルギーの使用自体は推し進める立場にあった。
 核兵器を捨て、平和利用のみに限定することこそが、人類滅亡を阻止する唯一の道である。アウロラは両国の和平運動を展開し、両国首相の会談を画策した。
 核兵器の開発者キーラ・メルパと会ったリリ・アクヤは、研究を止めさせる約束を取り付けた。
 そんなキーラ・メルパに、「蛇」が忍び寄って来た。それは、エデナの軍の高官達だった。彼らは、キーラの持つ高度な知識を求めた。かつてキーラ・メルパがアシュラにそそのかされ、禁断の智恵の実を食べた事。つまり、禁断のデータにアクセスした事。当局はそれを把握していた。
 武器商人を処罰し、キーラを逮捕しなかったのは、政府に利用するためだった。拒否すれば過去の罪を追求され、キーラは武器商人のアシュラ達と同じ運命を辿ることになる。
 キーラは結局、リリ・アクヤを裏切る他になかった。キーラは彼らの言葉を断る事ができなかった。政府監視の元、敵国インドラの持つ核兵器よりさらに強力な、次世代型核兵器の製造を目指した。
 キーラが、そのたぐいまれなる才能を軍人たちに利用されている事をリリ・アクヤは把握した。……彼女は智恵の実を食べた。それはキーラの罪だ。しかし元はといえば、この世界に誘ったのは他ならぬ自分だった。
 リリ・アクヤは、闇にまみれたキーラを救いたかった。キーラの記憶を自身に移植し、自分が研究を引き受ける。その代わりにキーラを、自由の身にする。そうしてリリ・アクヤは、最終的に研究そのものを破壊してしまうつもりだった。
 開放されたキーラはアウロラのグループに参加すると、眼が醒めたように反戦運動に身を投じた。
 アウロラ達の思惑通りに、和平は進まなかった。エデナとインドラ帝国のラグナロックは、苛烈を極めた。滅びの時は確実に近づき、時計の針は元には戻らなかった。
 このままでは祖国エデナが失われてしまう。インドラから、無数の核兵器が降ってくる危険が迫っている。
 それを阻止するものは一つしかない。リリ・アクヤはもう、核兵器をタブー視することができなくなった。核戦争はとめられない。だが、最小限にとどめなくては。そうしてリリはアウロラと袂を分かった。
 キーラ・メルパは遂に、リリと連絡を取ることができなくなった。
 エデナからインドラへと、核兵器の光の矢が放たれた。 真夜中に、巨大な太陽が昇った。太陽の何千倍という眩い数百万度の火球が輝くと、衝撃波によって雲は切り裂かれ、太陽は揺れ動き、砂埃が舞い上がり、辺り一面は闇と化した。湖は一瞬にして蒸発し、兵士はあっという間に燃えて灰と化した。物陰に隠れた者たちも皮膚がめくり上がる。
 間もなく、インドラからも報復の矢が放たれた。
 リリ・アクヤは、わなわなとふるえる。
 世界が……終わる。
 二十四時間後、数千発の核兵器が両国上空を飛び交っていた。両国は壮絶な核兵器の打ち合いを展開した。
 リリ・アクヤもまた、一瞬で灰になった。こうして三十万年前、世界は滅んだ。
 リリ・アクヤは核戦争を起こした張本人だった。世界は滅び、エデナはアフリカのサハラ砂漠となった。
 リリ・アクヤの意識は大白色同胞団への仲間入りを果たせず、深い闇の中へと沈んでいった。キーラを救うために、自身が身代わりとなったのだ。

「これが、古代核戦争か……」
 アマネセルことアウロラ達の住むエデナは、インドラ帝国と戦った。両国は共に核兵器を保有し、世界を二分する大勢力だった。古代核戦争が勃発し、黒と黄色のヴリトラがまき散らされた。それが、アジアとアフリカを破壊した事件だった。海王によると一万年後に原子核エネルギーが再び見出されるという。これは未来に起こる世界最終大戦の黙示録なのかもしれない。
「この伝説はいずれ、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』、あるいは『創世記』のソドムとゴモラとして、語り継がれていく。インドラ帝国の土地は、発掘するほど死者が出て来る死の土地、『モヘンジョダロ』と呼ばれ、後後の人々から恐れられるようになるわ」
 プレベールがマリスに見せたのは、最初はヱメラリーダが闇の子で、マリスが光の子だったという事実だ。これまでと立場が逆転していた。
 リリ・アクヤ(マリス)の意識体は自己犠牲によって闇落ちし、その結果キーラ・メルパ(ヱメラリーダ)はアウロラに導かれて平和を願うまでに至り、逆に救われた。
 マリス自身は、ヱメラリーダを救うことができて、何かほっとしていたが、結局、自分と世界を救うことはできなかった。
「……旧世界で、エデナの時まで、それ以前あなたとキーラ・メルパはね、ずっと立場が逆だったの。あなたは彼女の魂を救うためにずっと働きかけていた。エデナの時、自ら智恵の実を食べて、闇落ちした。その代わりに、キーラ・メルパはアウロラに導かれて、光へと生まれ変わる事ができた。キーラ・メルパには、あなたに対する罪の意識があった。キーラは、必死にあなたを救おうとしていたけど、以来あなたはずっと闇の側に居る」
「……」
「あの時代もやはり、アクエリアスの時代だった。だけど進化のチャンスは、いつも人類の指の隙間からこぼれ落ちていった。旧世界を破壊したラグナロックの核戦争で、人類は滅んだ。ムーやアトランティスのような、一国の滅亡とは、根本から違う。そこから文明が再生するまでには、永い永い年月が必要だった。再生出来たのは、本当に奇跡だといっていい」
 マリスの中に、核爆発で全身が焼け尽くす感覚が残っている。
 いつの時代にも操作した、数々の装置。それはオリハルコン製や、クリスタル製など、時代によって異なったが、全て人類にもたらされた智恵の実だった。人類はそれを食べ、その都度、楽園を追放された。
 けど、智恵の実は確かに楽園に最初から存在していた。人類は、それを発見しただけだった。人類は、自分の中にセットされたタイマーが鳴るようにして智恵の実を食べ、いつもラグナロックを戦っていた。
「あの時、キーラ・メルパが食べた智恵の実って、元々アフリカにあったのよね」
「えぇそうよ。エデナ人は、最初のヱデンの遺産を掘り起こしたの」
 プレベールは静かに言った。
「そこには、知恵の樹、つまりセフィロト、ユグドラシルの遺産が眠っている。智恵の実を食べた者たちは世界の征服者となり、文明末期には、闇の世界支配ネットワークが社会を席巻した。それは拡大の一途をたどって、時の政府を乗っ取ると、被征服者達を弾圧した。それに対して、一部の抵抗者が立ちあがった……。地球の文明の末期には、必ずこの構造が繰り返されてきた。まるで、全てが誰かに仕組まれていたみたいにね」
 智恵の木が植えられたヱデンには謎があった。
「……」
「智恵の実は、最初から神の楽園にあった。なぜ、禁忌とされる智恵の実が最初からこの星(くに)にあったのか? そこには、何か深い訳があるのよ……」
 プレベールが考え込んでいる。マリスはそれを追求しないともう気が済まなかった。
「えぇ、そうかもしれない。あなた、知ってるんでしょう? 原罪何なのか。最初のヱデンに何があったのか」
「いいえ、私にも分からない」
 プレベールが知恵の樹、セイフィロトと呼ばれたり、ユグドラシルと呼ばれたものが何なのか分からないだって?
「あなたにも……知らない事があるの?」
「もちろんよ」
「だって……あなたガイアなんでしょう?」
「私は、ガイアの『分身』なの。ガイアの全てを知っている訳じゃない。ガイアの全てが、ツーオイの中に宿れる訳ないのだから」
「なぜ、智恵の実を発端とする悪循環は、文明の輪廻は始まったの? それを知らないと、私は納得できない……」
 アトランティスの創世記である「ラ・アンセム(創世神賛歌)」として長く歌われれてきたヱデンの伝説。
 ヱデン。後世に「聖書・創世記」として物語られることになる、人と自然の宇宙生命に回帰する社会------。
 エジプトの地下にそれが眠っているという伝説をアトランティス人は信じ、シャフト評議会は大軍で攻め、敵対するヘラスに戦を仕掛けた。
 アトランティス人の、ヱデンへの情熱。過てるシャフトだろうと、王党派だろうと存在していた。アメン皇子が、エジプトへと旅立ったように。結局、皇子はヱデンを発見できたかどうか、分からない。
 智恵の実が存在しなければ、「罪」も存在しないのだろうか。
 文明の中で闇が生じていくのではなく、文明自体が悪なのだろうか。旧神の一員であり、アトランティスで「海の中の人類」と称されたイルカやシャチには、一見すると物質文明は何もない。彼らには精神文明のみがあって、文明の利器を必要としていない。
 ならば、人類の作り出す文明には存在価値がないのだろうか。いや決してそうではなく、最初から智恵の実が神の楽園に存在する以上、そこには何か意味があるはずだ。何か大切な「意味」が……。
「私が知っているのは、ヱデンという文明は、この星で最初に誕生した文明の名前だったという事。その楽園を失ってから、ずっと人類は理想郷を追い求め、地球上に無数の同じ名の文明が出現した」
 核戦争が起こった“エデナ”はその一つだ。
「でも本当に理想郷を実現した文明は、一つとしてなかった。以後、ずっと失楽園が繰り返されてきた。人類は何度も何度もヱデンを追い求めて、滅んでいった」
 かつて人はヱデンの園、楽園であるがまま(裸)に暮らし、自然界、地球と一体だった。豊かさに溢れた自然の中で、食うも困らず災害もない、他と分離しない生活を送っていた。宇宙生命と一体化した状態で、人間は常に、ヴリル・生命エネルギーに満たされて生きていた。ヴリルとは、大宇宙をあまねくあらしめる力、無尽蔵の愛、アガペー・エネルギーと同義だ。
 だが文明という「智恵の実」を手にすると共に、人間は二元性の幻影に囚われ、幻影が実体だと思い込んだ。つまり智恵の実を食べた瞬間から、人間と世界、他者との分離が始まった。
 他者と分離した結果、二元性の思考に陥った人類は、他者を「物」や自分の道具(機械)として差別した。シャフトはキメラという奴隷種族を造った。そこに「闇」が生じた。闇は光をさえぎるものだ。
 光と闇の戦いは、二元性の連鎖の結果、引き起こされた。さらに、外国との戦争が起こった。それだけでなく、世界と分離した人間の文明は、環境破壊を引き起こした。大怪獣と戦い、生物の大量絶滅はその結果として起こった。
 人はヱデンの楽園を追放され、いや、自らの足でそこを出ていった。その後人類はヱデンへの回帰を目指して、ヱデンの再建を試みた。
 だがその都度失敗し、文明は何度も何度も滅んだ。地球の生命維持反応たる浄化作用が起こった為に。生き延びた人間は、長い時をかけて文明を建設し、また滅んでいった。
 人類は何度も何度もヱデン追放を繰り返した。今日まで、ヱデンに還る事は決してできなかった。それでも人にとってヱデンへ還ることは、求めて止まぬ理想だった。人はいずれヱデンへ還る事を目指して、文明を建設し続ける。
「一体、なぜこんな事を繰り返しているのよ?」
 元凶の一つ、古(いにしえ)の宇宙大戦の敗者である「旧支配者」を、わざわざこの星に呼んで、平和を乱させる必要はなかったはず。彼ら蛇たちがいたからこそ、この星の治安は一段とややこしくなった。それにも何か、訳があると云うのか------。
「ともかく……ガイアの記憶の一部を遡ると、根源は最初のヱデンにある。きっと、そこにアポフィスは居る。全ての答えがある」
「この星の二元性の宿命に絡め取られたまま、私とヱメラリーダは、運命に翻弄されてきた。このままじゃ終われない。ソースへ行って、全てを見極めないと。------私をヱデンに連れてって」
「分かったわ。今回は、私もそこに行くまでは、本当に何があるのか分からない。アポフィスはそれ以上、過去に遡れないはず。私自身の事も、初めて知る事になる。答えを知るために、ヱデンへ行きましょう。私にとっても初めての経験になるわね」
 プレベールはいつの間にか、手に杯を出現させた。
「これを飲んで。戦いの前に、ソーマを飲んで決戦よ」
「……戦い?」
 プレベールがまた歌っている。
 黄金色のヴィマナが一機、壁を透過して部屋に出現した。歌声が呼んだらしい。二人はそれに乗り込んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み