6. 〝狼と人間〟

文字数 1,938文字

[恐怖心?]
 クロノスが唾を飲み込む。パスカルが続ける。
[で、肝心の作戦だが、まずはガウスがSS1のリュックサックのチャックを揺らせ。カチッ、カチッと、本人にしか聞こえない程度の音がするように]
 銃を構えながら周囲を伺っていたSS1が立ち止まった。そして四方を見回し、歩き出す。
『相手が立ち止まったら止めて、また歩き出したら鳴らせ。そうしてSS1が音に気を取られている間に、俺は回り込んでSS3に近づく』
 再びSS1が立ち止まった。傍らの杉の裏側を伺い、仲間の方を見やる。
『そのうちに、SS1は音が自分のリュックからだと気づく。仲間の存在で安心し、銃を置いてリュックに手をやったらガウスが銃を奪い、そのままSS1を倒せ』
 SS1が銃を杉に立て掛け、体をねじってリュックを見た。同時に銃が空を飛ぶ。振り返った男をガウスが蹴り倒す。
『奪った銃はクロノスに渡せ。クロノスは銃をSS1に突き付けろ。ただし今いる場所から半歩以上出るな。そこならSS2とSS3の位置から死角のままSS1を牽制できる』
『銃の撃ち方なんて知らないですけど』
『撃つ必要はない。というか撃つな。面倒なことになる。銃口を向けるだけでいい。ただ、持ち方で撃ったことがないのがバレるから、SS1にもなるべく自分の姿を見せるな。銃だけ見せていればいい』
 宙を飛んで目の前の地面に落ちた銃をクロノスが拾い、木陰に隠れたままSS1に向ける。
『ガウスはSS1に一撃だけ入れたらそのままSS2に向かって走れ』
 ガウスが蹴りの勢いのままSS2に向かって駆け出す。密猟者たちが振り返り、銃を構える。
『俺はガウスに気付いたSS2とSS3の耳元で圧縮した空気を解放し、破裂音を起こす』
 二人の密猟者が同時に叫び、両手で耳を塞いだ。木の葉が舞い、SS3の銃が足元に落ちる。
『その隙にガウスはSS2を襲え。俺はSS3の銃を奪う』
 ガウスがSS2に向かう。パスカルが飛び出してSS3の落とした銃を拾い、数歩離れてSS3に銃口を向けた。SS2が顔をゆがめながら銃を構える。
『SS2が銃を落とさなかった場合は、引き金を引く前に、SS2の銃と俺が奪ったSS3の銃を感染させろ。最低でも三十度以上は逸らせ』
 銃声が響く。ガウスの右側の杉に散弾が食い込む。
『そしてSS2が二発目の引き金を引く前に銃を奪え』
 一瞬硬直したSS2が再度狙いを定めようと銃を構えるが、その前にガウスが銃身を真横に蹴る。銃は不自然に半回転して、振り返ったガウスの手に収まった。銃口を突き付けられたSS2が、後ずさりながら両手を上げる。木の葉が地面に落ちた。
 ガウスとパスカルが二人の銃で誘導し、SS2とSS3を楢の木を背にして立たせる。ガウスが銃をパスカルに渡し、二人を木に拘束しようと手錠を取り出すと、銃を構えたクロノスが「すごいです」と言いながら木陰から出て来た。
「それに、こっちの方が建設現場の掃除よりかっこいい」
「出て来ちゃダメ!」
 ガウスが叫ぶ前にSS1が起き上がり、もたつくクロノスを突き飛ばして銃を奪い返す。
「クロノス!」
 ガウスがSS1に向かって駆け出しながら左手を伸ばし、真横に振った。クロノスに向けられた銃口が九十度横、ガウスの方に向く。SS1はそのままガウスに向き直り、銃を構え直して引き金を引いた。
「ガウス!」
 地面に倒れたままクロノスが叫ぶ。突然飛び出してきた影がガウスを横に跳ねのけ、銃弾を振り払った。そしてそのままSS1に向かい、すれ違いざま手刀を振り下ろす。銃身が地面に落ちる。機関部から先を失った銃を呆然と見つめるSS1にガウスが向かう。残った銃の半分を右足で蹴り、更に左足でSS1を蹴り倒した。パスカルが一丁をSS1に向けていることを確認し、クロノスに駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫です、いたた」
 クロノスが起き上がる。ガウスも顔を上げ、さっきの影を見上げる。バイク用のヘルメットとゴーグルを被り、マフラーで口を隠した姿。
「ネクローシス?」
「はやくそいつらを拘束しろ」
「ありがとうございます」
 ガウスが小声で言い、三人に手錠をかける。全員を拘束し終わるとパスカルが言った。
「お前、鍵がかかったままだな?」
「え?」
 ガウスがパスカルの視線を追う。ジャケットの肘のあたりから血が垂れている。
「大したことねーよ」
 彼が傷口を抑えた。ガウスが立ち上がり、その襟をつかんで杉の幹に押し付けた。
「二度と!」
 体を震わせ、顔を彼に近づける。
「二度とこんなことはしないでください!」
 そしてガウスはうなだれ、声を震わせながら言った。
「あなたは今、人間なんですから」
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登場人物紹介

絵馬深夜(えましんや)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部一年生


野宮萌(ののみやもゆ)

深夜の同級生で、野宮伝の妹。

景清(かげきよ)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

八島(やしま)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

新聞編集営業配達部部長。

呉服(くれは)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

新聞編集営業配達部副部長。


砧(きぬた)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

田村(たむら)

長野県警の刑事(警部)。

ノンキャリア。

長野県警の刑事(警部補)。

キャリア。

雨月一陽(うげついちよう)

公立雨月学園御代田中等教育学校校長。

〝Es ist Kain!〟の著者。

安宅(あたか)

公立雨月学園御代田中等教育学校教頭。

水無瀬微笑(みなせほほえみ)

公立雨月学園御代田中等教育学校中等部二年生。

厨二病。

野宮伝(ののみやつたう)

赤帽ドライバー。

萌の兄。

雨月一陽とは同窓生。

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