3. 〝鉄の旋律〟
文字数 1,849文字
首を傾げる巴を尻目に、田村がモニターの一つを指し示す。
「銀行内の見取り図だ。金属部分はこことここ。この天井のカメラもそうだ。巴。現在までにわかっている状況を」
「あ、はい」
巴は慌ててタブレットを取り出す。
「犯人グループは、先ほど田村警部から説明があった通り五名。人質は、行員が十二人、来店していた客が七人」
別のモニターに、テレビ局や新聞社の車両数台が到着した様子が映し出される。
「犯人たちの素性は、現時点で一切不明。こちらからの説得、問いかけにも全く応じません。ダクトを通して差し込んだファイバースコープと、赤外線モニターによって検出した内部の状況をCG化したものがこちらです」
巴がキーボードを操作した。3D画面上、奥の一か所に集められた人質は青、点在する犯人は赤で示された映像をもとに一通りの説明をする。
「銃撃戦で倒れた警察官については、現在身元の確認中です。パトロール中の警察官だと思われますが、近隣では全員所在が確認できています」
「というわけだが、こっちだ。ついてこい」
田村がワゴン車から出た。それが続き、巴も後を追う。
シャッター前では武装したSATが五人待機していた。二台のカメラがシャッターに向けられ、別の一人がモニターを見ている。ガウスは全員を見回してからシャッターの前に屈みこむと、下からゆっくりと左手の指を這わせていった。指の通った後が赤い光を発していく。
「田村さん、あれが?」
背後からその様子を見ながら巴が訊いた。
「うん、まあ、説明は必要だよね。そう、あれが『物質限定のウイルスを持つ』と言うウルヴズだ。あれはガウス。ウルヴズは、それぞれのウイルスの作用を表す単位などで呼んでいる」
「さっきの『解錠』というのは?」
「ウルヴズは普段、ウイルスの放出量を抑えるために鍵がかかっている。本人を守るため、という建前で、マイクロチップが体に埋め込まれてるらしいが、どうだろうね。ともかくその制限を外すための手続きだ。受領同様、一定の資格が必要だが、今じゃ広範囲になり過ぎて誰も把握できない状態だ」
「さっきの電話が?」
「うん。先月起きた密造銃工場襲撃事件にウルヴズらしきものがいた、という報告があった。他の襲撃者は銃火器で武装していたが、それだけは鉄球みたいのを自在に飛ばして攻撃して来た、と。証言もあいまいだが、多少のヒントになると思って問い合わせてみたけど、解錠記録の開示がいつ頃可能かさえわからないらしい」
「鉄球?それでは、あのガウスが?」
「ないとは思うが、一応その可能性も含めてね」
「で、そのガウス、ですか?は、あそこで何をしているんですか?」
「ああ、シャッターを切断している。正確には、ミシン目を入れているってところか。強力な磁場で金属が溶けるのと同じ原理らしい。感染対象が小さければ小さいほど、そしてそれまでの距離が近ければ近いほど、効果は大きいらしいからね」
ガウスの指は自身の背丈を超えると右に弧を描き、一メートルくらい進んでから下へと降りて行った。五分ほどかけてその作業を終えたガウスが、田村に向かって頷く。
「一人につき十五秒与える。五人だから七十五秒。これを過ぎたらSATが突入する」
田村が言った。ガウスは少し下がり、数回深呼吸をすると、シャッターに向かって駆けだし、頭から飛び込んだ。破れたシャッターを巻き込んで前転するガウスに犯人グループが銃を向ける。即席の盾を斜めに構えて銃弾を弾きながら右手を振ると手錠が宙を舞って三人の手を近場の椅子や机に拘束した。奥の方にいた別の犯人がガウスに向かって引き金を引くが銃弾は逸れて背後の壁に穴をあける。何度も引き金を引く犯人に向かって一気に距離を詰めるとその銃を蹴り上げ手錠をかける。カウンターの奥に隠れていたもう一人が飛び出し鉄パイプを振り下ろすが、左手を掲げて触れずに止める。一瞬の押し合いの後左手を一気に引き、前のめりに倒れかけた相手に回し蹴りを浴びせた。犯人が壁にぶつかり崩れ落ちると、その右手と右足を手錠でつなぐ。鉄パイプが床に落ちて金属音が行内に鳴り響き、そして静止する。
ガウスが大きく呼吸し、背後に倒れている警官を振り返りながら小声で言った。
「お巡りさんのおかげで他の人は傷つかずに済みました。本当にありがとうございます」
【2018年4月6日12時42分 ニエモツノコ、イヒカ、イワオシワクノコ、オトウカシ、ミチオミ、キサカイヒメ、タニグク】
「銀行内の見取り図だ。金属部分はこことここ。この天井のカメラもそうだ。巴。現在までにわかっている状況を」
「あ、はい」
巴は慌ててタブレットを取り出す。
「犯人グループは、先ほど田村警部から説明があった通り五名。人質は、行員が十二人、来店していた客が七人」
別のモニターに、テレビ局や新聞社の車両数台が到着した様子が映し出される。
「犯人たちの素性は、現時点で一切不明。こちらからの説得、問いかけにも全く応じません。ダクトを通して差し込んだファイバースコープと、赤外線モニターによって検出した内部の状況をCG化したものがこちらです」
巴がキーボードを操作した。3D画面上、奥の一か所に集められた人質は青、点在する犯人は赤で示された映像をもとに一通りの説明をする。
「銃撃戦で倒れた警察官については、現在身元の確認中です。パトロール中の警察官だと思われますが、近隣では全員所在が確認できています」
「というわけだが、こっちだ。ついてこい」
田村がワゴン車から出た。それが続き、巴も後を追う。
シャッター前では武装したSATが五人待機していた。二台のカメラがシャッターに向けられ、別の一人がモニターを見ている。ガウスは全員を見回してからシャッターの前に屈みこむと、下からゆっくりと左手の指を這わせていった。指の通った後が赤い光を発していく。
「田村さん、あれが?」
背後からその様子を見ながら巴が訊いた。
「うん、まあ、説明は必要だよね。そう、あれが『物質限定のウイルスを持つ』と言うウルヴズだ。あれはガウス。ウルヴズは、それぞれのウイルスの作用を表す単位などで呼んでいる」
「さっきの『解錠』というのは?」
「ウルヴズは普段、ウイルスの放出量を抑えるために鍵がかかっている。本人を守るため、という建前で、マイクロチップが体に埋め込まれてるらしいが、どうだろうね。ともかくその制限を外すための手続きだ。受領同様、一定の資格が必要だが、今じゃ広範囲になり過ぎて誰も把握できない状態だ」
「さっきの電話が?」
「うん。先月起きた密造銃工場襲撃事件にウルヴズらしきものがいた、という報告があった。他の襲撃者は銃火器で武装していたが、それだけは鉄球みたいのを自在に飛ばして攻撃して来た、と。証言もあいまいだが、多少のヒントになると思って問い合わせてみたけど、解錠記録の開示がいつ頃可能かさえわからないらしい」
「鉄球?それでは、あのガウスが?」
「ないとは思うが、一応その可能性も含めてね」
「で、そのガウス、ですか?は、あそこで何をしているんですか?」
「ああ、シャッターを切断している。正確には、ミシン目を入れているってところか。強力な磁場で金属が溶けるのと同じ原理らしい。感染対象が小さければ小さいほど、そしてそれまでの距離が近ければ近いほど、効果は大きいらしいからね」
ガウスの指は自身の背丈を超えると右に弧を描き、一メートルくらい進んでから下へと降りて行った。五分ほどかけてその作業を終えたガウスが、田村に向かって頷く。
「一人につき十五秒与える。五人だから七十五秒。これを過ぎたらSATが突入する」
田村が言った。ガウスは少し下がり、数回深呼吸をすると、シャッターに向かって駆けだし、頭から飛び込んだ。破れたシャッターを巻き込んで前転するガウスに犯人グループが銃を向ける。即席の盾を斜めに構えて銃弾を弾きながら右手を振ると手錠が宙を舞って三人の手を近場の椅子や机に拘束した。奥の方にいた別の犯人がガウスに向かって引き金を引くが銃弾は逸れて背後の壁に穴をあける。何度も引き金を引く犯人に向かって一気に距離を詰めるとその銃を蹴り上げ手錠をかける。カウンターの奥に隠れていたもう一人が飛び出し鉄パイプを振り下ろすが、左手を掲げて触れずに止める。一瞬の押し合いの後左手を一気に引き、前のめりに倒れかけた相手に回し蹴りを浴びせた。犯人が壁にぶつかり崩れ落ちると、その右手と右足を手錠でつなぐ。鉄パイプが床に落ちて金属音が行内に鳴り響き、そして静止する。
ガウスが大きく呼吸し、背後に倒れている警官を振り返りながら小声で言った。
「お巡りさんのおかげで他の人は傷つかずに済みました。本当にありがとうございます」
【2018年4月6日12時42分 ニエモツノコ、イヒカ、イワオシワクノコ、オトウカシ、ミチオミ、キサカイヒメ、タニグク】