3. 〝ロンギヌスの槍〟
文字数 2,258文字
「だったから?」
「三年弱前から、文科省、その中でも各自治体の教育委員会が中心となって制定を画策している法律がある。特別保護教育法令」
メモ紙に"Special Protective Education Act and Regulations"が書き足される。
「接続詞のand以外の頭文字をとってSPEAR、『槍』だ」
「でも、もん何とかとか教育委員会が責任をもって守ってくれるならいいんじゃないですか?」
「建前はな。実際には、教育委員会が未成年のウルヴズを管理下におくのが目的かもしれない。文科省が、今まで手を付けていなかったウルヴズの研究を始めるための布石かもしれない。逆に、国がウルヴズを切り捨てるための第一歩かもしれない。法律制定の背景が見えないため、実態がわからない」
「ふーん。それにしても、ウルヴズにしろ、村にしろ、槍にしろ、アハト?でしたっけ?それに遠吠えとか、狼の巣とか、ホントすごい偶然ですね」
「偶然なもんか。さっきクレアが言った通り、ただのこじつけだ。ウルヴズ関連の造語は、ネイティブスピーカーからすれば不自然な語順や語法もあるだろう。あえてアクトアンドレギュレーションズと言うのも、略語を〝槍〟にするためだ。ネストに至っては綴りから違う。でも、それはつまり、そういうこじつけを流布できる力を持つものが背後にいる、ってことだ。村や槍のような、法律をいじることができるレベルの権力者が」
「で、教頭のハゲタカはその手先。教育委員会の回し者」
「萌ちゃん!また決めつけて」
「だって、真昼が死んだのってあいつのせいみたいなもんじゃん!」
「萌ちゃん!」
「真昼先輩?どういうことですか?」
「萌ちゃん、やめて!」
「聞かせてください!」と微笑が立ち上がった。
「真昼先輩は微笑の命の恩人です。どういうことか教えてください」
眉を寄せる深夜を見ながら、萌が言った。
「あんたが一番詳しいんだから、あんたが説明してやんなよ」
「砧先輩?」
「二年程前、槍の噂が出始めてから半年くらい経った頃、教育委員会から教頭が雨月に赴任した」
椅子に座り直す微笑を少し見やると砧が言った。
「教頭が槍制定の先兵だと思い、あれこれ調べていた真昼が、旧ネストの部室のガス漏れの事故でエマを庇って死んだ。さっきデンさんが立っていた場所がそこだ」
「あ」
「俺と、ちょうど新校舎建築の資材を運んできてたデンさんが駆け付けた時は、ほぼ全身火傷の真昼と、重傷のエマが倒れていた。俺とデンさんで応急処置をしてから急いで救急車を呼んだが、真昼は死に、右目の角膜、右手、右足がエマに移植された」
「え、真昼先輩の、深夜先輩に?」
微笑が目を丸くして深夜を見つめる。深夜は少しだけ笑いながら頷き、右手で自分の右目を指さす。
「うん。この目も」
それから右手を掲げる。
「この手も」
そして太もものあたりをスカートの上から触る。
「この足も、真昼からもらったもの。私を庇った真昼が私に残してくれたもの」
「深夜先輩」
「ごめんね、エミちゃん」
「あ、謝らないでください!一番辛くて悲しいのは深夜先輩なんですから、謝らないで」
「微笑、深夜」
「あ、でも、萌先輩は?」
「あ、あたしは」
「ノノはその時、ファッション誌の撮影で沖縄だった。戻ってきた時には真昼は死んでた」
「砧さん!そんな言い方!」
「いいよ、ほんとのことだし」
「そうだ。ノノがいようがいまいが関係ない。移植が成功したのは事実だし」
「でも、移植って難しいんですよね?いくら双子とはいえ」
「免疫反応なんかについて色々と難しい説明受けたけど、それだけじゃないかも」
「死ぬ思いのリハビリがあったしね。少しでも早く治るようにって、無茶ばっかして」
「萌ちゃんがずっと助けてくれたから。伝さんも。それにもちろん、私の配達エリアの一部を一年半近く受け持ってくれた砧さんも」
「そうだな。俺に感謝しろ。そして尽くせ」
「キモオタ!あんたの最低レベルまた上がったわ」
「フフフ、それ、リハビリ中でもよく言われました。『俺に感謝しろ。治ったら尽くせ』って」
「何それ初耳!」
「当時は少し悔しかったですよ。でも、あれって、私を発奮させて、リハビリにくじけるなっていう砧さんらしい応援だったんだと思います」
「そんなわけないし。深夜、あんたはほんとにお人好しで」
「伝さんならきっとそう言うよ」
「そ、それはそうかもしんないけど」
「それに何より、伝さんのおかげ。八島さんたちも協力するっておっしゃって下さったんだけど、伝さんが、『マー君とシンちゃんは弟、妹みたいなもんだから』って言ってくれて。真昼の全部と私の一部を配達してくれて。それも、八島さんたちが気を遣うといけないからって、かなり早く来て他の部員とあんまりに会わないようにして。そのせいで伝さんはかなり売上落ちちゃったと思うし、申し訳なかったけど」
「いいんだよ、深夜と真昼のためなら。お兄ちゃんだし」
「いや、当時は暇だったってデンさんが言ってたぞ」
「はー、お兄ちゃんの気配りもわからないって、ほんとあんたは最低だね」
「まあ、俺がエマのエリアの一部をカバーしたのがでかいな。暇な大人のデンさんと違って俺は忙しかったけどな」
「黙れ!」
「でも、本当にみんなのおかげで、お医者さんや看護師さんたちもびっくりするくらい早く退院できたし。きっと、真昼も天国から応援してくれてたんだと思う」
「三年弱前から、文科省、その中でも各自治体の教育委員会が中心となって制定を画策している法律がある。特別保護教育法令」
メモ紙に"Special Protective Education Act and Regulations"が書き足される。
「接続詞のand以外の頭文字をとってSPEAR、『槍』だ」
「でも、もん何とかとか教育委員会が責任をもって守ってくれるならいいんじゃないですか?」
「建前はな。実際には、教育委員会が未成年のウルヴズを管理下におくのが目的かもしれない。文科省が、今まで手を付けていなかったウルヴズの研究を始めるための布石かもしれない。逆に、国がウルヴズを切り捨てるための第一歩かもしれない。法律制定の背景が見えないため、実態がわからない」
「ふーん。それにしても、ウルヴズにしろ、村にしろ、槍にしろ、アハト?でしたっけ?それに遠吠えとか、狼の巣とか、ホントすごい偶然ですね」
「偶然なもんか。さっきクレアが言った通り、ただのこじつけだ。ウルヴズ関連の造語は、ネイティブスピーカーからすれば不自然な語順や語法もあるだろう。あえてアクトアンドレギュレーションズと言うのも、略語を〝槍〟にするためだ。ネストに至っては綴りから違う。でも、それはつまり、そういうこじつけを流布できる力を持つものが背後にいる、ってことだ。村や槍のような、法律をいじることができるレベルの権力者が」
「で、教頭のハゲタカはその手先。教育委員会の回し者」
「萌ちゃん!また決めつけて」
「だって、真昼が死んだのってあいつのせいみたいなもんじゃん!」
「萌ちゃん!」
「真昼先輩?どういうことですか?」
「萌ちゃん、やめて!」
「聞かせてください!」と微笑が立ち上がった。
「真昼先輩は微笑の命の恩人です。どういうことか教えてください」
眉を寄せる深夜を見ながら、萌が言った。
「あんたが一番詳しいんだから、あんたが説明してやんなよ」
「砧先輩?」
「二年程前、槍の噂が出始めてから半年くらい経った頃、教育委員会から教頭が雨月に赴任した」
椅子に座り直す微笑を少し見やると砧が言った。
「教頭が槍制定の先兵だと思い、あれこれ調べていた真昼が、旧ネストの部室のガス漏れの事故でエマを庇って死んだ。さっきデンさんが立っていた場所がそこだ」
「あ」
「俺と、ちょうど新校舎建築の資材を運んできてたデンさんが駆け付けた時は、ほぼ全身火傷の真昼と、重傷のエマが倒れていた。俺とデンさんで応急処置をしてから急いで救急車を呼んだが、真昼は死に、右目の角膜、右手、右足がエマに移植された」
「え、真昼先輩の、深夜先輩に?」
微笑が目を丸くして深夜を見つめる。深夜は少しだけ笑いながら頷き、右手で自分の右目を指さす。
「うん。この目も」
それから右手を掲げる。
「この手も」
そして太もものあたりをスカートの上から触る。
「この足も、真昼からもらったもの。私を庇った真昼が私に残してくれたもの」
「深夜先輩」
「ごめんね、エミちゃん」
「あ、謝らないでください!一番辛くて悲しいのは深夜先輩なんですから、謝らないで」
「微笑、深夜」
「あ、でも、萌先輩は?」
「あ、あたしは」
「ノノはその時、ファッション誌の撮影で沖縄だった。戻ってきた時には真昼は死んでた」
「砧さん!そんな言い方!」
「いいよ、ほんとのことだし」
「そうだ。ノノがいようがいまいが関係ない。移植が成功したのは事実だし」
「でも、移植って難しいんですよね?いくら双子とはいえ」
「免疫反応なんかについて色々と難しい説明受けたけど、それだけじゃないかも」
「死ぬ思いのリハビリがあったしね。少しでも早く治るようにって、無茶ばっかして」
「萌ちゃんがずっと助けてくれたから。伝さんも。それにもちろん、私の配達エリアの一部を一年半近く受け持ってくれた砧さんも」
「そうだな。俺に感謝しろ。そして尽くせ」
「キモオタ!あんたの最低レベルまた上がったわ」
「フフフ、それ、リハビリ中でもよく言われました。『俺に感謝しろ。治ったら尽くせ』って」
「何それ初耳!」
「当時は少し悔しかったですよ。でも、あれって、私を発奮させて、リハビリにくじけるなっていう砧さんらしい応援だったんだと思います」
「そんなわけないし。深夜、あんたはほんとにお人好しで」
「伝さんならきっとそう言うよ」
「そ、それはそうかもしんないけど」
「それに何より、伝さんのおかげ。八島さんたちも協力するっておっしゃって下さったんだけど、伝さんが、『マー君とシンちゃんは弟、妹みたいなもんだから』って言ってくれて。真昼の全部と私の一部を配達してくれて。それも、八島さんたちが気を遣うといけないからって、かなり早く来て他の部員とあんまりに会わないようにして。そのせいで伝さんはかなり売上落ちちゃったと思うし、申し訳なかったけど」
「いいんだよ、深夜と真昼のためなら。お兄ちゃんだし」
「いや、当時は暇だったってデンさんが言ってたぞ」
「はー、お兄ちゃんの気配りもわからないって、ほんとあんたは最低だね」
「まあ、俺がエマのエリアの一部をカバーしたのがでかいな。暇な大人のデンさんと違って俺は忙しかったけどな」
「黙れ!」
「でも、本当にみんなのおかげで、お医者さんや看護師さんたちもびっくりするくらい早く退院できたし。きっと、真昼も天国から応援してくれてたんだと思う」