4. 〝タイム・マシン〟
文字数 1,870文字
「面白いな」
帰路の荷台、簡易ベンチに腰掛けたパスカルが言う。
「標本数は少ないが、伝聞も含めて知る限り、『時間』の概念があるオルヴズは初めてだ。まさしくクロノスだな」
「『時間』って、どういうことですか?」
対面でやはりベンチに腰掛けたクロノスが訊く。
「言葉通り。クロノス以外のオルヴズの効果の規模は、感染対象の質量と距離の影響だけ受けていた。そして、他のオルヴズは一度感染したら一瞬で消滅する、少なくとも効力を失う」
「ほんとびっくりしました」
隣のガウスが頷く。
「クロノスが掴んだ土の中には、昨日の銃撃戦の時の残骸の破片もあったんだけど、それはまったく反応なし。でも、多分今日使った石膏ボードの一部は、全部クロノスの持ったかけらに集まって、私が見た時はノートくらいの大きさになってました」
「直接くっついたのはいいんです。手に持ってたら、背中やケツの方からバシバシ当たって痛かったんですよ」
「ちょ、クロノス!」
ガウスがたしなめ、パスカルを伺いながら続けた。
「そ、それにそれは、クロノスが何度も『クイーンフェニックス』とか言うからバチが当たったんじゃ」
「ちゃんと必殺技名は発声しないと」
「必殺技じゃないし」
「てか、聴こえてたんですか?ガウスも結構いけずですね?」
「いけずって」
「ぶつかった断片はどうなった?」
クロノスとガウスの会話をパスカルが遮る。
「あ、ええと、一度地面に落ちて、足、っていうかマントに何度も当たって、痛い思いをしてたらそのうちに手に持った破片にくっついて来てました」
「でも、多分鉄杭で飛び散った石の破片は、もっとすごい勢いでくっついて、ねえ?」
「はい、そっちは手から杭のある方に飛んで行って」
「引力みたいな感じだな。もっとも、質量の上限があるし、一方だけでも効果はあるみたいだから、万有引力ってわけじゃないが」
「あ、あの?」
「例えば、100キログラムの岩の一部が欠けたとして、クロノスは99キロの岩は動かせないだろ?
「あ、当たり前です。女の子だし」
「クロノス!性別もダメ」
「そんなこと言ったって」
「でも、1キロなら大丈夫だろ?」
「そ、それはいくら何でも大丈夫です」
「まず、クロノスの場合は、解錠されていても感染条件は触れることのようだ。ただ、触れるのは一方だけでいい。99キロの岩と1キロの破片なら、1キロの方に感染させれば、岩本体に触れなくても元に戻ろうとする。逆に、99キロの岩の一部、まあ、欠けた部分だな、に感染させても、同じ結果が得られるだろう。いずれにせよ、自分の力を超えたもの、つまり、岩本体を破片の方に移動させることはできない」
「はあ」
「そして、元に戻る場合は直線的に移動する。手に持った本体に、背後に落ちている小さな破片が戻ろうとすれば、そりゃ体の後ろ側のあちこちに当たるだろ?」
「何か変な言い方ですね。背中とか太ももとかケツってことですか?」
「クロノス!」
「でも、それ以上に興味深いのは、復元が時間に左右されるということだ」
クロノスの問いとガウスの叱責を無視し、パスカルが言った。
「それって何か重要なんですか?」
「その時間を正確に検証すれば、例えば、事故現場の破片の復元の速度から、事故の起きた正確な時間を知ることができるかもしれない」
「なんだか地味ですね。それに、昔壊れたものも復元できないんですよね」
「どこまでも時間をさかのぼれるなら、どの段階まで直すのかという問題が出てくるだろう?銃撃戦の例で言えば、粒子状になったものを、弾丸の形になるまで戻すのか、その前の鉄や鉛までか?溶鉱炉まで持っていくのか?逆に言えば、ミーナのウイルスの作用は、正確には『直近の姿に戻す』ということになる」
「ふーん、何だか拍子抜けしちゃいますね」
クロノスが呟いた。
「そう言えばさっき、『危険だ』って言いましたけど、それはパスカルだから思いつくことですよね」
「俺が思いつくことなら誰でも思いつくだろ」
「えー?性格悪い人しか思いつかないと思いますけど」
「クロノス!」
「ま、仕事はしょぼいけど、地下道の秘密の出入り口から乗り込んだり、戦隊っぽくてテンションあがりますね」
「もう、クロノスは。ま、まあ、でも、そういう前向きなところはいいよね」
車が停止した。ガウスが小窓から外を覗くが、まだサンラインにも出ていない。
「『森』から」
パスカルがスマートフォンを取り出す。小窓が開き、運転手が言った。
「シルバーショットガンだ」
帰路の荷台、簡易ベンチに腰掛けたパスカルが言う。
「標本数は少ないが、伝聞も含めて知る限り、『時間』の概念があるオルヴズは初めてだ。まさしくクロノスだな」
「『時間』って、どういうことですか?」
対面でやはりベンチに腰掛けたクロノスが訊く。
「言葉通り。クロノス以外のオルヴズの効果の規模は、感染対象の質量と距離の影響だけ受けていた。そして、他のオルヴズは一度感染したら一瞬で消滅する、少なくとも効力を失う」
「ほんとびっくりしました」
隣のガウスが頷く。
「クロノスが掴んだ土の中には、昨日の銃撃戦の時の残骸の破片もあったんだけど、それはまったく反応なし。でも、多分今日使った石膏ボードの一部は、全部クロノスの持ったかけらに集まって、私が見た時はノートくらいの大きさになってました」
「直接くっついたのはいいんです。手に持ってたら、背中やケツの方からバシバシ当たって痛かったんですよ」
「ちょ、クロノス!」
ガウスがたしなめ、パスカルを伺いながら続けた。
「そ、それにそれは、クロノスが何度も『クイーンフェニックス』とか言うからバチが当たったんじゃ」
「ちゃんと必殺技名は発声しないと」
「必殺技じゃないし」
「てか、聴こえてたんですか?ガウスも結構いけずですね?」
「いけずって」
「ぶつかった断片はどうなった?」
クロノスとガウスの会話をパスカルが遮る。
「あ、ええと、一度地面に落ちて、足、っていうかマントに何度も当たって、痛い思いをしてたらそのうちに手に持った破片にくっついて来てました」
「でも、多分鉄杭で飛び散った石の破片は、もっとすごい勢いでくっついて、ねえ?」
「はい、そっちは手から杭のある方に飛んで行って」
「引力みたいな感じだな。もっとも、質量の上限があるし、一方だけでも効果はあるみたいだから、万有引力ってわけじゃないが」
「あ、あの?」
「例えば、100キログラムの岩の一部が欠けたとして、クロノスは99キロの岩は動かせないだろ?
「あ、当たり前です。女の子だし」
「クロノス!性別もダメ」
「そんなこと言ったって」
「でも、1キロなら大丈夫だろ?」
「そ、それはいくら何でも大丈夫です」
「まず、クロノスの場合は、解錠されていても感染条件は触れることのようだ。ただ、触れるのは一方だけでいい。99キロの岩と1キロの破片なら、1キロの方に感染させれば、岩本体に触れなくても元に戻ろうとする。逆に、99キロの岩の一部、まあ、欠けた部分だな、に感染させても、同じ結果が得られるだろう。いずれにせよ、自分の力を超えたもの、つまり、岩本体を破片の方に移動させることはできない」
「はあ」
「そして、元に戻る場合は直線的に移動する。手に持った本体に、背後に落ちている小さな破片が戻ろうとすれば、そりゃ体の後ろ側のあちこちに当たるだろ?」
「何か変な言い方ですね。背中とか太ももとかケツってことですか?」
「クロノス!」
「でも、それ以上に興味深いのは、復元が時間に左右されるということだ」
クロノスの問いとガウスの叱責を無視し、パスカルが言った。
「それって何か重要なんですか?」
「その時間を正確に検証すれば、例えば、事故現場の破片の復元の速度から、事故の起きた正確な時間を知ることができるかもしれない」
「なんだか地味ですね。それに、昔壊れたものも復元できないんですよね」
「どこまでも時間をさかのぼれるなら、どの段階まで直すのかという問題が出てくるだろう?銃撃戦の例で言えば、粒子状になったものを、弾丸の形になるまで戻すのか、その前の鉄や鉛までか?溶鉱炉まで持っていくのか?逆に言えば、ミーナのウイルスの作用は、正確には『直近の姿に戻す』ということになる」
「ふーん、何だか拍子抜けしちゃいますね」
クロノスが呟いた。
「そう言えばさっき、『危険だ』って言いましたけど、それはパスカルだから思いつくことですよね」
「俺が思いつくことなら誰でも思いつくだろ」
「えー?性格悪い人しか思いつかないと思いますけど」
「クロノス!」
「ま、仕事はしょぼいけど、地下道の秘密の出入り口から乗り込んだり、戦隊っぽくてテンションあがりますね」
「もう、クロノスは。ま、まあ、でも、そういう前向きなところはいいよね」
車が停止した。ガウスが小窓から外を覗くが、まだサンラインにも出ていない。
「『森』から」
パスカルがスマートフォンを取り出す。小窓が開き、運転手が言った。
「シルバーショットガンだ」