5. 〝白雪姫〟
文字数 1,394文字
「まくすうぇるの悪魔、ですか?」
微笑が訊き返した。砧が更に質問をかぶせる。
「ミーナはもう、理科の授業でブラウン運動って習ったか?」
「あ、えーと」
「あんた向こうの学校でちゃんと授業聞いてた?ほら、水の分子に花粉が動かされるって奴」
「花粉が壊れて出て来た微粒子だ」
砧が立ち上がり、ホワイトボードに〇を、そしてその周りに七つの点を描いた。
「点が水の分子。〇は花粉の微粒子。水の分子はでたらめに動いて微粒子にぶつかり、その結果微粒子はジグザグに動く。まあ、わかりやすいように言えば、七人の小人が白雪姫を囲んで蹴ってるようなもんだ」
「最低な例え。あんた、DVの素質があるよ」
「砧さん、もうちょっといい例を」
「確かに、小人は本当はでたらめに動くべきで、白雪姫を蹴る機会はそれほど多くない」
「いえ、あの、そういうことじゃなくて」
「もちろん三次元でも同じことが起こるが、今はわかりやすいように平面で考える。で、もしここで、ある一定方向に動いている分子だけを選別できたら、白雪姫はどうなると思う?」
「えーと」
「王子がしゃしゃり出てきて、五人の小人に蹴るなと命令し、白雪姫の右側にいる二人には蹴っていいと言ったら」
「最低」
「だからもっといい例を」
「えーと、白雪姫は左に倒れるか逃げるかしますよね」
「そうだ。そしてこの王子の役目をするのがマックスウェルの悪魔だ」
砧がホワイトボードの図を消し、中央に仕切りのある横長の長方形を描いた。
「マックスウェルの悪魔ってのは、もともとは熱力学に関する思考実験上の存在だ。速度の速い気体分子と遅い気体分子を見分けることのできる悪魔がいたら、というような。この悪魔の本来の仮想的な役割は、温度差を作ることだ。これによって熱力学第二法則が破られるが、それは困る、じゃあどう考えれば解決するか、という。厳密な話は俺も理解できちゃいないが。で、真昼のウイルス、マックスウェルの悪魔は、感染した気体分子を、速度だけじゃなく方向、分子の種類などの全てで振り分け可能にした。だから風も起こせたし真空も作れた」
「なるほど!そういうことだったんですね」
「微笑。あんた、今の説明でわかるの?」
「はい!あ、難しいことはわからないけど、真昼先輩のコラムで勉強しましたから。洞窟に入った微笑が気を失いかけたのは、底の方の酸素濃度が低かったからです。十六パーセントとは言わないにしても、十八パーセント以下だったのは確実です。でも、酸素がないわけじゃない。微笑を助けてくれた真昼先輩、マックスウェルは、窒素や、特に比重の大きい二酸化炭素の濃度が高くなってた空気の中から、酸素をたくさん選んで微笑に与えてくれたってことですよね」
「まあ、大体そんなところだ」
「真昼なら鍵かかっててもそれくらい朝飯前さ。真昼はね、逆に窒素濃度や二酸化炭素濃度を上げることもできた。近接戦でパンチやキックを敵が避けても、酸欠状態に追い込んで体力を奪うとか、ちょっとくらいなら離れてても、蹴りだけで高濃度窒素を敵にぶつけて高山病みたいな状況に追い込むとか」
「それは高山病とは言わないぞ」
「いいんだよ!話をややこしくすんな!それに、微笑を助けた場合とは逆で、敵の口に直接手を当てて酸素濃度ゼロの空気を吸わせて倒すことも」
「萌ちゃん!」
叫ぶ深夜を、萌と微笑が凝視する。
微笑が訊き返した。砧が更に質問をかぶせる。
「ミーナはもう、理科の授業でブラウン運動って習ったか?」
「あ、えーと」
「あんた向こうの学校でちゃんと授業聞いてた?ほら、水の分子に花粉が動かされるって奴」
「花粉が壊れて出て来た微粒子だ」
砧が立ち上がり、ホワイトボードに〇を、そしてその周りに七つの点を描いた。
「点が水の分子。〇は花粉の微粒子。水の分子はでたらめに動いて微粒子にぶつかり、その結果微粒子はジグザグに動く。まあ、わかりやすいように言えば、七人の小人が白雪姫を囲んで蹴ってるようなもんだ」
「最低な例え。あんた、DVの素質があるよ」
「砧さん、もうちょっといい例を」
「確かに、小人は本当はでたらめに動くべきで、白雪姫を蹴る機会はそれほど多くない」
「いえ、あの、そういうことじゃなくて」
「もちろん三次元でも同じことが起こるが、今はわかりやすいように平面で考える。で、もしここで、ある一定方向に動いている分子だけを選別できたら、白雪姫はどうなると思う?」
「えーと」
「王子がしゃしゃり出てきて、五人の小人に蹴るなと命令し、白雪姫の右側にいる二人には蹴っていいと言ったら」
「最低」
「だからもっといい例を」
「えーと、白雪姫は左に倒れるか逃げるかしますよね」
「そうだ。そしてこの王子の役目をするのがマックスウェルの悪魔だ」
砧がホワイトボードの図を消し、中央に仕切りのある横長の長方形を描いた。
「マックスウェルの悪魔ってのは、もともとは熱力学に関する思考実験上の存在だ。速度の速い気体分子と遅い気体分子を見分けることのできる悪魔がいたら、というような。この悪魔の本来の仮想的な役割は、温度差を作ることだ。これによって熱力学第二法則が破られるが、それは困る、じゃあどう考えれば解決するか、という。厳密な話は俺も理解できちゃいないが。で、真昼のウイルス、マックスウェルの悪魔は、感染した気体分子を、速度だけじゃなく方向、分子の種類などの全てで振り分け可能にした。だから風も起こせたし真空も作れた」
「なるほど!そういうことだったんですね」
「微笑。あんた、今の説明でわかるの?」
「はい!あ、難しいことはわからないけど、真昼先輩のコラムで勉強しましたから。洞窟に入った微笑が気を失いかけたのは、底の方の酸素濃度が低かったからです。十六パーセントとは言わないにしても、十八パーセント以下だったのは確実です。でも、酸素がないわけじゃない。微笑を助けてくれた真昼先輩、マックスウェルは、窒素や、特に比重の大きい二酸化炭素の濃度が高くなってた空気の中から、酸素をたくさん選んで微笑に与えてくれたってことですよね」
「まあ、大体そんなところだ」
「真昼なら鍵かかっててもそれくらい朝飯前さ。真昼はね、逆に窒素濃度や二酸化炭素濃度を上げることもできた。近接戦でパンチやキックを敵が避けても、酸欠状態に追い込んで体力を奪うとか、ちょっとくらいなら離れてても、蹴りだけで高濃度窒素を敵にぶつけて高山病みたいな状況に追い込むとか」
「それは高山病とは言わないぞ」
「いいんだよ!話をややこしくすんな!それに、微笑を助けた場合とは逆で、敵の口に直接手を当てて酸素濃度ゼロの空気を吸わせて倒すことも」
「萌ちゃん!」
叫ぶ深夜を、萌と微笑が凝視する。