4. 〝百億の昼と千億の夜〟
文字数 1,422文字
「深夜」
「深夜先輩」
萌と微笑が深夜をじっと見つめる。砧が言葉を続けた。
「まあ、それはとりあえずおいといて」
「おいとけるかバカ!」
萌が怒鳴る。砧が彼女を見やって言った。
「ノノ、エマはああ言うが、実際には想像を絶する苦しい思いを越えてここにいるんだ。楽しい思い出だけならいいが、そうやってノノがこだわることで、辛いこと、苦しいことまでエマに思い出させることの方が残酷だとは思わないか?」
「そ、そりゃそうだけど。って? あ、あんたはまたそうやって思ってもいないことを!」
「気付くのが速いな。ノノが成長して、デンさんだけじゃなく俺も嬉しいよ」
「うるせーキモオタ! 勝手にお兄ちゃんの名前出すな!」
「ともかく、その事件がきっかけかどうかはわからないが、それからしばらく、槍についての噂は聞かなくなった。しかし、ここに来てまた、槍の整備の動きが活発化してきたようだ。まだそこまで表面化してはいないが、法律なんて、よくよく注意していないといつの間にか決まってたりするからな」
「あの、砧先輩って、真昼先輩のこと好きだったんですね?」
「俺の話聞いてた?」
「だって、真昼先輩の話をする時、声の感じが少し変わりますもん」
「死んだ奴のことを話す時は生きている人間と違っても当然だろ」
「そうだよ、エミちゃん。真昼と砧さんと伝さんは、本当の兄弟みたいに仲が良かったんだよ。『デンさん』って呼び方だって、最初に真昼が伝さんをそう呼んで、それから砧さんも真似したんだから」
「そう言えば真昼ってよく、『俺はデンさんの嫁でキモオタ先輩の愛人』だとか言ってたよね。お兄ちゃんとキモオタの間に入って、両方と腕組んで。見た目ほとんどショートカットの女の子だし、ま、お兄ちゃんは大人の余裕で『マー君はかわいいなあ』とか言ってたけど、キモオタはキモオタだから、そういう時だけは『真昼が言うとシャレになんないんだよ』とかムキになって。うわ、思い出したらキモッ」
「キモッ、とか言いながら萌先輩も嬉しそう」
「はぁ!?ふざけんな!」
「楽しかったね、みんなで。優しくて頼りがいのある大人や、変わってるけど気の合う先輩、そして大切な友達と一緒にいられて、真昼は幸せだったんだよ」
「微笑からしたら羨ましいです。その場にいたかったです」
「エミちゃん」
「微笑」
「あの」
微笑が真顔になり、膝の上でこぶしを握り締める。それから顔を上げて言った。
「真昼先輩のウイルスは、何だったんですか?」
「微笑!あんた、何を」
「あの時酸欠で苦しくて気絶しかけた時、真昼先輩の手が微笑の口を覆ってくれたら、また目の前が明るくなったんです!あの時はわからなかったけど、自分がウルヴズになって、先輩たちのお話を聞いて、もしかしたら真昼先輩も同じかも、ってずっと思ってました。聞いちゃダメかも、って思ったけど、でも、さっきの槍の話を聞いちゃったら、どう考えても、真昼先輩もウルヴズだったとしか」
そう言うと微笑が唇を噛んで俯いた。萌が深夜を見る。深夜は微笑の肩に手を伸ばした。
「エミちゃん」
「マックスウェルだ。厳密にはマックスウェルの悪魔」
「キモオタ!」
「隠してもしょうがないだろ。どうせ死んでるんだし、何より、ミーナもウルヴズだ。情報はなるべく共有すべきだ」
萌が砧を無言で睨みつけ、それから深夜を見た。胸を押さえていた深夜が、砧に「お願いします」と頭を下げた。
「深夜先輩」
萌と微笑が深夜をじっと見つめる。砧が言葉を続けた。
「まあ、それはとりあえずおいといて」
「おいとけるかバカ!」
萌が怒鳴る。砧が彼女を見やって言った。
「ノノ、エマはああ言うが、実際には想像を絶する苦しい思いを越えてここにいるんだ。楽しい思い出だけならいいが、そうやってノノがこだわることで、辛いこと、苦しいことまでエマに思い出させることの方が残酷だとは思わないか?」
「そ、そりゃそうだけど。って? あ、あんたはまたそうやって思ってもいないことを!」
「気付くのが速いな。ノノが成長して、デンさんだけじゃなく俺も嬉しいよ」
「うるせーキモオタ! 勝手にお兄ちゃんの名前出すな!」
「ともかく、その事件がきっかけかどうかはわからないが、それからしばらく、槍についての噂は聞かなくなった。しかし、ここに来てまた、槍の整備の動きが活発化してきたようだ。まだそこまで表面化してはいないが、法律なんて、よくよく注意していないといつの間にか決まってたりするからな」
「あの、砧先輩って、真昼先輩のこと好きだったんですね?」
「俺の話聞いてた?」
「だって、真昼先輩の話をする時、声の感じが少し変わりますもん」
「死んだ奴のことを話す時は生きている人間と違っても当然だろ」
「そうだよ、エミちゃん。真昼と砧さんと伝さんは、本当の兄弟みたいに仲が良かったんだよ。『デンさん』って呼び方だって、最初に真昼が伝さんをそう呼んで、それから砧さんも真似したんだから」
「そう言えば真昼ってよく、『俺はデンさんの嫁でキモオタ先輩の愛人』だとか言ってたよね。お兄ちゃんとキモオタの間に入って、両方と腕組んで。見た目ほとんどショートカットの女の子だし、ま、お兄ちゃんは大人の余裕で『マー君はかわいいなあ』とか言ってたけど、キモオタはキモオタだから、そういう時だけは『真昼が言うとシャレになんないんだよ』とかムキになって。うわ、思い出したらキモッ」
「キモッ、とか言いながら萌先輩も嬉しそう」
「はぁ!?ふざけんな!」
「楽しかったね、みんなで。優しくて頼りがいのある大人や、変わってるけど気の合う先輩、そして大切な友達と一緒にいられて、真昼は幸せだったんだよ」
「微笑からしたら羨ましいです。その場にいたかったです」
「エミちゃん」
「微笑」
「あの」
微笑が真顔になり、膝の上でこぶしを握り締める。それから顔を上げて言った。
「真昼先輩のウイルスは、何だったんですか?」
「微笑!あんた、何を」
「あの時酸欠で苦しくて気絶しかけた時、真昼先輩の手が微笑の口を覆ってくれたら、また目の前が明るくなったんです!あの時はわからなかったけど、自分がウルヴズになって、先輩たちのお話を聞いて、もしかしたら真昼先輩も同じかも、ってずっと思ってました。聞いちゃダメかも、って思ったけど、でも、さっきの槍の話を聞いちゃったら、どう考えても、真昼先輩もウルヴズだったとしか」
そう言うと微笑が唇を噛んで俯いた。萌が深夜を見る。深夜は微笑の肩に手を伸ばした。
「エミちゃん」
「マックスウェルだ。厳密にはマックスウェルの悪魔」
「キモオタ!」
「隠してもしょうがないだろ。どうせ死んでるんだし、何より、ミーナもウルヴズだ。情報はなるべく共有すべきだ」
萌が砧を無言で睨みつけ、それから深夜を見た。胸を押さえていた深夜が、砧に「お願いします」と頭を下げた。