5. 〝禁じられた遊び〟
文字数 2,173文字
パスカルが荷台に備え付けられたタブレットを見ながら頷く。
「この先の退避所でUターンして戻る。地点は登山口に向かう途中の林道を入ったあたり。到着まで約五分。解錠ファイルをダウンロードした。パスワードは?」
パスカルが自身のスマートフォンを見せる。運転手がそれを自分のスマートフォンに入力し、左手を小窓から荷台に差し入れた。パスカルがその腕をつかむ。ガウスも片手でクロノスの手を握り、もう一方で差し出された腕を掴む。運転手は「解錠」と呟くと、腕を戻して小窓を閉めた。再び車が動き出す。
「今のは?」
「緊急の場合の解錠方法。俺たちはさっき現場が終わった段階で監督に施錠された。これから解錠権限者を探してたら間に合わない。その場合、輸送車両のドライバーが一時的な解錠権限を持つ。今みたいな感じで、ドライバーに専用のファイルにアクセスするアドレスが送られてきて、同時にウルヴズにはパスワード。ドライバーがそのパスワードを入力して解錠する。この車は運転席との間の窓が開くが、通常はその荷台についてるタブレットを通して会話する」
「めんどくさいですね」
「国からしたら、俺たちの存在そのものがめんどくさいんだよ。本当ならない方がいい。でも、実際は存在はする。そこのバルカンパークと同じだ。オオカミのことは言えない」
「うう。あ、あれ、でも、シルバーショットガンって、病名ですよね?」
「本来はそうだが、いつの間にかオオカミの密猟者の蔑称としても使われるようになった。更に縮めてSSと言う場合もある。今回は散歩中の別荘客から通報があったようだ。当然銃で武装している。確認できたのは三名」
「クロノスはこのまま返品しますか?」
「俺自身が返品されたいところだが。それか、もっと適当なウルヴズが納品されるのを待つか」
「でも、待ってる間に逃げちゃうかも。いいえ、逃げるだけならいいです。放っておけば、ニホンオオカミが撃たれてしまうかも」
「その分シカが助かるかもしれないぞ?SSはどこにでもいるシカには興味ないだろうし」
「そ、それはそうかもしれませんが」
「シカだって生きてる。オオカミがシカを狩るのがよくて、なぜSSは悪い?」
「それは」
「シカはオオカミより自分が大事だ。そして俺もオオカミより自分が大事だ。で、A案だが、駒が少ないし、SSは放置。しかし、ガウスは帰らないだろ?」
「当然です!」
「で、B案は、クロノスを矢面に出して撃たれてる間に俺とガウスが横から襲撃。でも、ガウスが邪魔するだろ?」
「あ、当たり前です!」
「まあ、三対二じゃ駒も足りないし、たかがシルバーショットガン三人とクロノスの引き換えってのも、ちょっともったいない気がするしなぁ」
「ガウスせ、じゃなくて、ガウス。パスカル、の言ってるのって、冗談ですよね」
クロノスが訊くが、ガウスは答えない。
「まあ、三人ってのも不確かな情報だし、とにかく確認してみるしかないか」
やがて車が止まり、ガウスたちは荷台から降りた。そこから十分ほど歩いたところで、パスカルが皆を制した。
[いました?]
インカムを通してガウスが訊く。パスカルが頷き、三方を指さす。
[見えませんけど?あっ?]
クロノスが言いかけて口をつぐんだ。木の影からサングラスをかけた密猟者が現れた。
[というわけでC案になってしまうわけだが、わかりやすくするため、手前のサングラスをSS1とする。その向こうの帽子を被ってるのがSS2、一番向こうのスキンヘッドがSS3。向こうは既に警戒し、全員銃を構えている]
[え、でも、SS2とSS3なんて見えないんですけど]
クロノスが言う。パスカルが[よく見ろ]と指で輪を作った。クロノスが覗き込み、[えっ?]と声を上げかけ、ガウスに手で口をふさがれる。パスカルが手を戻す。
[パスカルは空気を任意に圧縮することで一種のファイバースコープを作れる]
クロノスの口から手を放しながらガウスが説明した。パスカルが小声で言う。
[ちなみに、会話は日本語ではない。顔つきもそれぞれ、国籍も判断できない。が、まあ、そんなことは林野庁か税関にでも任せとけ。とにかく、全員ショットガン装備だが、それ以外の銃火器はなさそうだ。冥王症のことも良く知らずに一攫千金を狙ってブローカーから散弾銃を買った程度だろう]
[じゃ、じゃあ、ガウスが銃を全部吸い付けて取っちゃったら?]
[奪えるとしてもせいぜい一人だ。その攻防の間に他の二人に撃たれる]
[銃弾を逸らしたりしたらどうですか?銃口をちょっと横に向けて]
[相手はショットガンだ。弾が拡散するから逸らし切れない。というか、クロノスもなかなかやるな。全部ガウスにかぶせるとは]
[だって、ほ、私は役に立ちそうもないし、まともに戦えないって言ったのパスカルだし]
[確かに、相手が精神的免疫を持ってたら厳しい]
[何ですか、それ?]
[敵が俺たちのウイルスを熟知していたら、つまり、精神的な免疫を持っていたら、それは予想の範囲の攻撃になってしまう。俺たちのマジックハンドの利点は、多くの場合、敵の予想外の攻撃が可能ってことだ。それは想像以上の脅威になり、敵の平常心を奪う。攻撃手段としての俺たちのウイルスが本当に感染させるのは、恐怖心だ]
「この先の退避所でUターンして戻る。地点は登山口に向かう途中の林道を入ったあたり。到着まで約五分。解錠ファイルをダウンロードした。パスワードは?」
パスカルが自身のスマートフォンを見せる。運転手がそれを自分のスマートフォンに入力し、左手を小窓から荷台に差し入れた。パスカルがその腕をつかむ。ガウスも片手でクロノスの手を握り、もう一方で差し出された腕を掴む。運転手は「解錠」と呟くと、腕を戻して小窓を閉めた。再び車が動き出す。
「今のは?」
「緊急の場合の解錠方法。俺たちはさっき現場が終わった段階で監督に施錠された。これから解錠権限者を探してたら間に合わない。その場合、輸送車両のドライバーが一時的な解錠権限を持つ。今みたいな感じで、ドライバーに専用のファイルにアクセスするアドレスが送られてきて、同時にウルヴズにはパスワード。ドライバーがそのパスワードを入力して解錠する。この車は運転席との間の窓が開くが、通常はその荷台についてるタブレットを通して会話する」
「めんどくさいですね」
「国からしたら、俺たちの存在そのものがめんどくさいんだよ。本当ならない方がいい。でも、実際は存在はする。そこのバルカンパークと同じだ。オオカミのことは言えない」
「うう。あ、あれ、でも、シルバーショットガンって、病名ですよね?」
「本来はそうだが、いつの間にかオオカミの密猟者の蔑称としても使われるようになった。更に縮めてSSと言う場合もある。今回は散歩中の別荘客から通報があったようだ。当然銃で武装している。確認できたのは三名」
「クロノスはこのまま返品しますか?」
「俺自身が返品されたいところだが。それか、もっと適当なウルヴズが納品されるのを待つか」
「でも、待ってる間に逃げちゃうかも。いいえ、逃げるだけならいいです。放っておけば、ニホンオオカミが撃たれてしまうかも」
「その分シカが助かるかもしれないぞ?SSはどこにでもいるシカには興味ないだろうし」
「そ、それはそうかもしれませんが」
「シカだって生きてる。オオカミがシカを狩るのがよくて、なぜSSは悪い?」
「それは」
「シカはオオカミより自分が大事だ。そして俺もオオカミより自分が大事だ。で、A案だが、駒が少ないし、SSは放置。しかし、ガウスは帰らないだろ?」
「当然です!」
「で、B案は、クロノスを矢面に出して撃たれてる間に俺とガウスが横から襲撃。でも、ガウスが邪魔するだろ?」
「あ、当たり前です!」
「まあ、三対二じゃ駒も足りないし、たかがシルバーショットガン三人とクロノスの引き換えってのも、ちょっともったいない気がするしなぁ」
「ガウスせ、じゃなくて、ガウス。パスカル、の言ってるのって、冗談ですよね」
クロノスが訊くが、ガウスは答えない。
「まあ、三人ってのも不確かな情報だし、とにかく確認してみるしかないか」
やがて車が止まり、ガウスたちは荷台から降りた。そこから十分ほど歩いたところで、パスカルが皆を制した。
[いました?]
インカムを通してガウスが訊く。パスカルが頷き、三方を指さす。
[見えませんけど?あっ?]
クロノスが言いかけて口をつぐんだ。木の影からサングラスをかけた密猟者が現れた。
[というわけでC案になってしまうわけだが、わかりやすくするため、手前のサングラスをSS1とする。その向こうの帽子を被ってるのがSS2、一番向こうのスキンヘッドがSS3。向こうは既に警戒し、全員銃を構えている]
[え、でも、SS2とSS3なんて見えないんですけど]
クロノスが言う。パスカルが[よく見ろ]と指で輪を作った。クロノスが覗き込み、[えっ?]と声を上げかけ、ガウスに手で口をふさがれる。パスカルが手を戻す。
[パスカルは空気を任意に圧縮することで一種のファイバースコープを作れる]
クロノスの口から手を放しながらガウスが説明した。パスカルが小声で言う。
[ちなみに、会話は日本語ではない。顔つきもそれぞれ、国籍も判断できない。が、まあ、そんなことは林野庁か税関にでも任せとけ。とにかく、全員ショットガン装備だが、それ以外の銃火器はなさそうだ。冥王症のことも良く知らずに一攫千金を狙ってブローカーから散弾銃を買った程度だろう]
[じゃ、じゃあ、ガウスが銃を全部吸い付けて取っちゃったら?]
[奪えるとしてもせいぜい一人だ。その攻防の間に他の二人に撃たれる]
[銃弾を逸らしたりしたらどうですか?銃口をちょっと横に向けて]
[相手はショットガンだ。弾が拡散するから逸らし切れない。というか、クロノスもなかなかやるな。全部ガウスにかぶせるとは]
[だって、ほ、私は役に立ちそうもないし、まともに戦えないって言ったのパスカルだし]
[確かに、相手が精神的免疫を持ってたら厳しい]
[何ですか、それ?]
[敵が俺たちのウイルスを熟知していたら、つまり、精神的な免疫を持っていたら、それは予想の範囲の攻撃になってしまう。俺たちのマジックハンドの利点は、多くの場合、敵の予想外の攻撃が可能ってことだ。それは想像以上の脅威になり、敵の平常心を奪う。攻撃手段としての俺たちのウイルスが本当に感染させるのは、恐怖心だ]