8. 〝パスカルの隠し絵〟

文字数 1,013文字

 それがリモコンを操作すると、モニター内の映像が上下左右に揺れる。背後で画面を見つめる消防隊員が、傍の隊長に「そこを右に曲がったところです」と伝える。モニターの画像が大きく左に流れ、前方に炎が映った。
「パスカル、あれだ。今度は行けるか?」
 隊長の質問にそれが頷く。映像は炎の手前で下方に移動する。それから大きく揺れ、消えた。
「成功か?」
 隊長が訊くが、それは応答せずに画面を見ている。十数秒後、画面が復旧する。炎は見えない。背後で歓声が上がる。
「お疲れ、よくやってくれた」
 隊長がパスカルの肩に手を置き、現場に入る準備をする。
「圧縮した窒素をドローンに運ばせ、特定の箇所で解放する、『新窒素爆弾』作戦は成功だな。
そもそも、きわめて重要なデータの記憶媒体で、焼失、破損、水濡れがダメなのはわかるが、いかなる場合も持ち出し禁止って、それ、本当に守る気あるのかって話だよ」
「ほんと、浅間越(あさまごえ)なんて長野と群馬の境の辺鄙なところにある、使ってるのか使ってないのかわからないような施設に、そんな重要なデータが入ったサーバーなんてあるんですかね?」
「まあ、以前ここにあった施設の一部でクローンオオカミが生まれたと言われてるからな。言ってみりゃ、現代のニホンオオカミの発祥の地だ」
「確かにさっきからオオカミの遠吠えが聴こえますが」
「と言ってもそりゃ二十五年以上前の話だ。俺だって三つ。お前はまだ生まれてないだろ?オオカミだって当然世代は交代している。この施設の南西あたりを縄張りにしているカエシネたちは、最初から数えれば十世代くらい経ってるはずだ。じゃ、行くか」
 隊長の言葉に、部下も頷く。別の隊員が立ち上がりながら呟く。
「でも、マックスウェルがいれば、一回目の失敗もなく、貴重なドローンを一つ無駄にしなくて済んだのに」
「おい!」
 隊長が振り向き隊員をたしなめる。そしてパスカルの肩に手を置き「すまん」と謝るが、それは顔の前で手を軽く振り、立ち上がった。それから沸き立つ隊員たちを背に出口へと向かう。
「『マックスウェルがいれば』ねえ」
 浅間おろしが窓の隙間から吹き込む。
「それを一番言いたい奴は、本当に言いたいことなんて一切口に出さないけどね」

【2018年4月6日11時52分 カエシネ、アメオシタラシヒコ、クニオシヒト、オシカヒメ、フトニ、アマツマラ、クエビコ、タケハヅチ、タニグク】
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登場人物紹介

絵馬深夜(えましんや)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部一年生


野宮萌(ののみやもゆ)

深夜の同級生で、野宮伝の妹。

景清(かげきよ)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

八島(やしま)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

新聞編集営業配達部部長。

呉服(くれは)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

新聞編集営業配達部副部長。


砧(きぬた)

公立雨月学園御代田中等教育学校高等部三年生。

田村(たむら)

長野県警の刑事(警部)。

ノンキャリア。

長野県警の刑事(警部補)。

キャリア。

雨月一陽(うげついちよう)

公立雨月学園御代田中等教育学校校長。

〝Es ist Kain!〟の著者。

安宅(あたか)

公立雨月学園御代田中等教育学校教頭。

水無瀬微笑(みなせほほえみ)

公立雨月学園御代田中等教育学校中等部二年生。

厨二病。

野宮伝(ののみやつたう)

赤帽ドライバー。

萌の兄。

雨月一陽とは同窓生。

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