第18幕・伸治の野望
文字数 2,001文字
セルゲイは,杏が届けたスーツに着替えてから,居残りの司令部のメンバーに留守中の指示を出し,こう付け加えた。
「現状の事態は,我々にとっては望ましいものではないが,焦る必要はない。
なぜなら,ニーチェの論文に対して最終的な結論が出るまでに,少なくとも2年は掛かるのだからな。
状況はイエローであり,レッドではない。
みんな,事前に策定されたマニュアルに従って,これから長丁場に備えて交代で休養を取るように。」
そして,副司令のドニミクに指揮権を委譲して,司令部を後にした。
セルゲイの背中を見送りながら,ドニミクは傍らにいたミシェルに,「司令はこの事態が2年間続くと判断されたようだな」と語りかけた。それを聞いたミシェルは,「つまり,当面はニーチェの論文が否定されることはないと言うことですか?」と応じた。
すると,ドニミクは数秒間沈黙した後,「だろうな」と呟いた。
セルゲイが師走の街に出ると,多くの通行人が振り向いた。
ただでさえ,長身で目立つロシア人の彼がジョルジオ・アルマーニのスーツで身を包んでいるのだから。
ハリウッド俳優と勘違いしたのか,何人かの女性が,スマホでセルゲイの写真を撮っていた。
しかし,先を急いでいた彼は,周りの喧騒を余所に,大通りで流しのタクシーを捕まえると,慌ただしく乗り込んだ。
目的地は恵比寿の駅から徒歩で15分の店だった。
セルゲイが食事会の会場に着くと,そこにはいつものように伸治が先着していた。
伸治は,いつものように街並み,店構えや看板などを写真に取りながら,熱心にメモを取っていた。
それと,街を行く人々の様子や,人々が店をどのように見ているかなども,それとなく観察していた。
そんな伸治を見ながら,セルゲイはため息を付き,タイミングを見計らって伸治に声を掛けた。「相変わらず仕事熱心だなぁ伸治。」
「やぁ,セルゲイ。」
「そりゃあ当然だろ,こんなチャンスは早々ないからなぁ。」
といつものように飄々とセルゲイに伸治は答えた。
そんな伸治を呆れ顔で見ながら,セルゲイは伸治に問いかけた。
「で,今回の採点結果は?」
それに対して伸治は教師顔をしながら
「そうだなぁ。
店構えは良くできましただが,街並みとのマッチングや演出についてはもう少し頑張りましょうと言ったところかなぁ。
志緒里の門下生は,料理を突き詰めるあまり,経営的なセンスに欠ける傾向にあるからなぁ。今回の受験生はその典型だね。
たぶん,客に出す料理の研究で手一杯になって,出店場所や店構えについては,業者に丸投げしたといったところかな。
3つ星を獲得したとは言え,このままだと,客層と彼の料理とのミスマッチが起きるだろうな。いや,既に起きているのかなぁ。」
と応じた。
そんな伸治の答えに疑問を抱いたセルゲイは更に問いかけた。「その理由は?」と
それに対して,伸治は真顔で「ほら,隣の店の前を見ろよ,ゴミやタバコの吸い殻が落ちているだろう。」といって,伸治は指さした。
伸治の回答に対して意表を突かれたセルゲイは再び問いかけた。「確かにそうだが,目くじら立てるほど汚れているとは思わないが。」と
そんなセルゲイを見ながら,伸治はやれやれとした表情を作りながら,
「相変わらず甘いな。
いつも言っているだろ,高級レストランに食事にくる客は,美味い料理を食べに来ているんじゃない。客は,非日常を楽しむエンターテインメントとして,美味い料理を食べに来るんだ。その為の演出装置である街並みや店構えは,料理と同じくらい重要なパーツなんだよ。」とセルゲイに諭した。
そんな伸治に対して,いつもの悪い病気が出たかと思いつつ,セルゲイは言わずもがな問いを伸治に重ねた。「ということは,今回も?」と
それに対して,ドヤ顔をしながら伸治はセルゲイに対して言い放った。
「当然だろ,ライバル店の総料理長だった大江が,今はフリーだ。
大江は,料理は秀逸だが,経営者としてはイマイチ。
だったら,大江を経営という雑務から解放してやるのは,神が俺に与えたもうた使命と言えるだろぉ?セルゲイ?」
セルゲイはやれやれと再びため息を付いた。まさに,類は友を呼ぶとはこのことであると。
そんな時,リムジンタクシーが到着した。
運転手がリムジンタクシーの扉を開くと,志緒里を先頭に,ドレスを纏った結菜と杏が降りてきた。
セルゲイは,結菜な美しさに見惚れ,杏の可憐さに微笑んだ。特に,杏の鈴蘭のブローチは,彼女の清純さを引き立てていた。
そんな3人に引き続いて,助手席から漣が降りてきた。
背が伸びてきた漣を見ながら,伸治とセルゲイは,だいぶスーツ姿が様になってきたが,まだまだなぁとも思っていた。
「現状の事態は,我々にとっては望ましいものではないが,焦る必要はない。
なぜなら,ニーチェの論文に対して最終的な結論が出るまでに,少なくとも2年は掛かるのだからな。
状況はイエローであり,レッドではない。
みんな,事前に策定されたマニュアルに従って,これから長丁場に備えて交代で休養を取るように。」
そして,副司令のドニミクに指揮権を委譲して,司令部を後にした。
セルゲイの背中を見送りながら,ドニミクは傍らにいたミシェルに,「司令はこの事態が2年間続くと判断されたようだな」と語りかけた。それを聞いたミシェルは,「つまり,当面はニーチェの論文が否定されることはないと言うことですか?」と応じた。
すると,ドニミクは数秒間沈黙した後,「だろうな」と呟いた。
セルゲイが師走の街に出ると,多くの通行人が振り向いた。
ただでさえ,長身で目立つロシア人の彼がジョルジオ・アルマーニのスーツで身を包んでいるのだから。
ハリウッド俳優と勘違いしたのか,何人かの女性が,スマホでセルゲイの写真を撮っていた。
しかし,先を急いでいた彼は,周りの喧騒を余所に,大通りで流しのタクシーを捕まえると,慌ただしく乗り込んだ。
目的地は恵比寿の駅から徒歩で15分の店だった。
セルゲイが食事会の会場に着くと,そこにはいつものように伸治が先着していた。
伸治は,いつものように街並み,店構えや看板などを写真に取りながら,熱心にメモを取っていた。
それと,街を行く人々の様子や,人々が店をどのように見ているかなども,それとなく観察していた。
そんな伸治を見ながら,セルゲイはため息を付き,タイミングを見計らって伸治に声を掛けた。「相変わらず仕事熱心だなぁ伸治。」
「やぁ,セルゲイ。」
「そりゃあ当然だろ,こんなチャンスは早々ないからなぁ。」
といつものように飄々とセルゲイに伸治は答えた。
そんな伸治を呆れ顔で見ながら,セルゲイは伸治に問いかけた。
「で,今回の採点結果は?」
それに対して伸治は教師顔をしながら
「そうだなぁ。
店構えは良くできましただが,街並みとのマッチングや演出についてはもう少し頑張りましょうと言ったところかなぁ。
志緒里の門下生は,料理を突き詰めるあまり,経営的なセンスに欠ける傾向にあるからなぁ。今回の受験生はその典型だね。
たぶん,客に出す料理の研究で手一杯になって,出店場所や店構えについては,業者に丸投げしたといったところかな。
3つ星を獲得したとは言え,このままだと,客層と彼の料理とのミスマッチが起きるだろうな。いや,既に起きているのかなぁ。」
と応じた。
そんな伸治の答えに疑問を抱いたセルゲイは更に問いかけた。「その理由は?」と
それに対して,伸治は真顔で「ほら,隣の店の前を見ろよ,ゴミやタバコの吸い殻が落ちているだろう。」といって,伸治は指さした。
伸治の回答に対して意表を突かれたセルゲイは再び問いかけた。「確かにそうだが,目くじら立てるほど汚れているとは思わないが。」と
そんなセルゲイを見ながら,伸治はやれやれとした表情を作りながら,
「相変わらず甘いな。
いつも言っているだろ,高級レストランに食事にくる客は,美味い料理を食べに来ているんじゃない。客は,非日常を楽しむエンターテインメントとして,美味い料理を食べに来るんだ。その為の演出装置である街並みや店構えは,料理と同じくらい重要なパーツなんだよ。」とセルゲイに諭した。
そんな伸治に対して,いつもの悪い病気が出たかと思いつつ,セルゲイは言わずもがな問いを伸治に重ねた。「ということは,今回も?」と
それに対して,ドヤ顔をしながら伸治はセルゲイに対して言い放った。
「当然だろ,ライバル店の総料理長だった大江が,今はフリーだ。
大江は,料理は秀逸だが,経営者としてはイマイチ。
だったら,大江を経営という雑務から解放してやるのは,神が俺に与えたもうた使命と言えるだろぉ?セルゲイ?」
セルゲイはやれやれと再びため息を付いた。まさに,類は友を呼ぶとはこのことであると。
そんな時,リムジンタクシーが到着した。
運転手がリムジンタクシーの扉を開くと,志緒里を先頭に,ドレスを纏った結菜と杏が降りてきた。
セルゲイは,結菜な美しさに見惚れ,杏の可憐さに微笑んだ。特に,杏の鈴蘭のブローチは,彼女の清純さを引き立てていた。
そんな3人に引き続いて,助手席から漣が降りてきた。
背が伸びてきた漣を見ながら,伸治とセルゲイは,だいぶスーツ姿が様になってきたが,まだまだなぁとも思っていた。