第24幕・初詣

文字数 1,068文字

 12月31日,19時過ぎに,杏を連れた志緒里達は,新馬場駅で結菜とセルゲイと待ち合わせた。程なくして,結菜,セルゲイの順に待ち合わせ場所に到着した。

 普通,初詣は,日本時間の1月1日を迎えてから神社に参拝するものだが,伸治が経営しているレストランでカウントダウン・イベントを行っていることもあり,毎年,日付変更線あたりが新年を迎えた頃に参拝することになっていた。志緒里や結菜の理論によると,地球上のどこかが新年になれば神様もOKを出すでしょうとのことだった。
 これに対して,東方正教会の敬虔な信者であるセルゲイは,
『そんないい加減なことで良いのか?除夜の鐘も鳴っていないぞ?108つの煩悩はどこにいった?そもそも,ついこの間,クリスマスといって浮かれていたのでは?それに,今の1月1日は明治から導入された太陽暦に基づくものだろ?伝統を重んじるなら旧暦の太陰暦ではないか?』
といつもながら日本人の宗教観に困惑するばかりだった。

 全員が到着したことを確認した結菜が声を掛けて,一行は新馬場駅の近くにある品川神社に向かって歩き始めた。
 
 セルゲイは,歩きながら司令室でのシャーロットの言葉を思い出していた。

『志緒里の手法をP≠NPの証明に適用しようと考えついたニーチェはまさに天才ね。
恐れ入りました。フィールズ賞も間違いなしね。
参りました。降参です。』

 自然と,セルゲイは険しい表情になっていた。

 そんなセルゲイに,伸治は,「セルゲイ,難しい仕事で大変だろうが,新年の神様へ挨拶なのだから,少しは景気の良さそうな顔をしたらどうか?」と声を掛けた。

 伸治に指摘されたセルゲイは,苦笑を交えながら,「挨拶する神様が多すぎて困っているだけさ。ご挨拶先は,天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと),宇賀之売命(うがのめのみこと),素盞嗚尊(すさのおのみこと)の他に,東海七福神までいる大所帯だろ。」と応じた。

 軽口を叩くセルゲイに安心した伸治は,「神様は多いに越したことはないさ。神様が一人だと,神様と喧嘩した際に,誰に仲裁をお願いすればいいんだ?」と応じた。

 神様と喧嘩するという伸治の発想に少し驚いたセルゲイだが,これが日本人の宗教観,八百万の神々なのかとも得心した。

 セルゲイ達が進む参道の両脇の屋台では,せわしなく新年の準備に追われていた。

 彼の前を歩く,杏と漣はいつも以上に熱心に何かを話していたが,その内容まではセルゲイには聞こえなかった。

 やがて,品川神社の本殿が見えてきた。
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