第31幕・My HOME

文字数 869文字

 セルゲイがタクシーから降りると伸治が待っていた。

 そう,ここは伸治が経営する店・My HOMEである。店の看板メニューは,特製のタルタルソースを使った鯵や海老のフライとチキン南蛮である。
 My HOMEは,杏の好物をズラリとメニューに並べたファミリー向けのレストランである。伸治曰,「杏ちゃんのためのレストラン」だそうだ。
 しかも,タルタルソースは,志緒里が直々にプロデュースしているのである。杏が気に入らないわけがない。
 
 そんなお店である。普通は,儲け度外視で出店したと誰もが思うであろう。

 しかし,仕掛人は伸治である。当然,勝算があっての出店である。
 伸治は,杏の嗜好は,一般的な女性の嗜好と合致していると目算していた。
 そして,その目算は正しかったことは,セルゲイの目の前で店を二重に巻く行例が物語っていた。
 
 伸治がこの店を運営する際にもっとも心を砕いていたことは,タルタルソースのレシピを秘匿することである。
 事実,アルバイトや運送業者に成りすまして何度も産業スパイが潜り込もうとしていたことは業界内では有名な話である。曰く,とある全国チェーン店が,複数の調査会社にMy HOMEの内偵を依頼していると。そして,依頼元の社長は,「フライで天下を取るために,My HOMEのタルタルソースのレシピを我がものにせよ。それをもって我が社は世界に打って出る。」と日夜檄を飛ばしていると。

 このため,伸治は,所在地まで秘匿されたセントラルキッチンで,しかも選び抜いた精鋭にMy HOMEのタルタルソースを製造を託していた。
 しかも,開店から6年経とうとしているが,未だに製造場所どころか全担当者の氏名までを,競合他社に秘匿し続けている徹底ぶりである。

 セルゲイは,伸治が案内するMy HOMEのスタッフエントランスから入店し,厨房脇のVIPラウンジに入った。
 部屋には,杏と漣は先着しており,満面の笑みを浮かべながら夕飯を食べていた。
 そんな二人を,お茶を飲みながら結菜と志緒里が眺めていた。
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