第28幕・暴れん坊将軍は国士無双!

文字数 1,233文字

 杏はヘッドホンをしながら,カーペットの上に座ってテレビゲームに興じていた。
 そう,ここは漣の部屋である。
 彼女が夢中になっているのは,「暴れん坊将軍」がコラボレーションで参加している「仮面ライダー バトライド・ウォーII」である。
 当然,彼女が選択するキャラクターは,新さんこと将軍様である。
 彼女が操作する将軍様は,最初は,あっさりとダウンしていたが,今や,無双である。並みいる敵をなぎ倒し,画面狭しと暴れまわっていた。まさに,暴れん坊将軍である。
 ヘッドホンをした杏から,時々,「よっしゃー!」などの掛け声が上がるのは,言うまでもない。

 1月2日に論文作成の段取りを決めるため漣の部屋に来た際に,漣がやっていたゲームに新さんが大暴れしていたことに気付いたのが切掛けだった。

 漣としては,杏が来るまでの時間潰しとして,古いゲームを取り出して遊んでいただけなのだが,今や彼のゲーム機は,昼間の間は杏の専用機と化していた。

 そんな杏の背中では,漣が机のPCに向かって黙々と論文の原稿を書いていた。
 漣は,論文を英訳してもらうために,杏のゲームの区切りがついた時を見計らって,論文の骨子,構成,論旨展開などについて時々杏に意見を求めていたが,この良く分からない状況に理不尽さも感じていた。
 それと同時に,年頃の女の子が,幼馴染とは言え,男の部屋に入り浸る状況についてセルゲイおじさんは何も言わないのかなぁ?と素朴な疑問は常に付きまとっていた。

 つまり,杏は,ゲームと志緒里が作るお昼ご飯とおやつを目当てに漣の部屋に入り浸っていたのである。
 もっとも,おやつを食べた後は,本日のお仕事と言わんばかりに,床に置かれたサイドテーブルの上で,漣が書き終えた個所の論文の英訳と,彼女なりの意見を漣に伝えていた。しかも,その意見は傾聴の価値があったので,漣としても,杏の来訪を無下に断ることが出来ずに今日・1月6日に至っていた。

 そして,時計の針が18時を指す頃に論文は完成した。
 粗方の構想を練っていたとは言え,本格的に書き始めてから5日間で論文が完成したことに,漣は驚いた。と同時に杏の助言があったことに,少しだけ,感謝した。
 なので,論文の第二筆者に杏を加えた。
 
 そして,二人でチェックしながら,プレプリント投稿サイトに論文を投稿した。
 タイトルは,漣が付けた「ナビエ・ストークス方程式の解に関する考察」である。杏は,「ナビエ・ストークス方程式の解の性質に関する解法」と意見したが,漣は,ミレニアム懸賞問題に対する回答としては不完全なことを未だに気にしていたのだ。

 杏は,漣が言う「観測誤差はない=神の視点があることを前提とする」ことについて,机上の空論ではないかと感じながらも,彼らしいこだわりに安心した。

 そして,二人はキッチンスタジオにいる志緒里に声を掛けてから大岡山に向かった。

 もうすぐ新学期が始まる。
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