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文字数 22,147文字

 英司達は風呂場に向かった。風呂場の入り口で綾美達と待ち合わせ、互いに十五分後に風呂から出る事で約束した。脱衣所の扉を潜ると、湯気と硫黄の臭いが鼻を突いた。冷たい板張りの床を裸足で歩き、近くに置いてあったプラスチック製の籠を持ってきて、その中に脱いだ服をいれると、火薬の臭いが漂ってきた。嫌な臭いではあったが、生憎洗濯する余裕が無かった。
「こりゃたまげたなあ」
 浴室に入った房人がいかにも間抜けと言った声で呟いた。さっきまで英司と政彦がデッキブラシで磨いていた浴室は見事に蘇り、湯船には濁った温泉が満たされて白い湯気をあげている。安らぎを演出するものが殆ど無いからちょっと寂しい気もするが、それでも疲れた身体を心行くまで癒すには最高の空間だった。
 桶で湯をすくって身体を流し、そのまま湯船に入った。つま先から熱い湯が張り付くような感触がした。しばらくすると全身から熱い湯がじんわり染みてきて、頭の芯が擦りガラス越しに物を見るみたいにボンヤリしてきた。
「やっぱり良いよな、こうやってお湯に浸かるのは」
 房人が伸びをしながら能天気な事を漏らした。
「リラックス出来るし、疲れた筋肉なんかも解れるからね」
 英司は簡単に繋げると、湯船の一番端で物憂げに宙を見つめている政彦に気が付いた。さっきの会話がまだ尾を引いているのだろうか、どっちにしろ、あまりリラックスしている顔ではない。そのまま目玉から魂が抜けて、抜け殻になってしまいそうな顔だ。
「どうした」
 英司が声をかけると、政彦はやや遅れて返事を返した。
「昔の事を思い出していただけなんだ」
 政彦は憂鬱そうに呟くと、両手で湯をすくって顔を洗い、こう語りだした。
「俺は小さい頃に親に捨てられて、いろんな人の所に預けられたんだけれど、上手くいかなくてさ。あっちこっち渡り歩いているうちに、いつしか混沌とした町外れに佇む浮浪児になったんだ。それが五歳くらいの時だったかな?」
 政彦は一旦そこで言葉を区切って、英司達の反応を伺った。英司と房人は彼の方を見つめて、静かに次の言葉を待っている。きっと瓦礫だらけの町の外れで、ボロボロの服を着て呆然と立ち屈している時の頃を思い浮かべながら。政彦も少しだけ記憶の引き出しを開けてみると、冬の寒い日に関東の何処かの町で寒さに震えながら目の前の人通りを眺めていた頃の気分が蘇ってきた。
「それで、どうなったんだよ?」
 今度は房人が聞いた。さっきまでの上機嫌はどこかに消え失せて、美鈴の過去を話したときのような神妙な顔つきに戻っている。
「そんなある日に、橋の下で眠っていると突然大人の男に無理矢理起こされて、何も出来ないままトラックの荷台に乗せられた。トラックには俺と同じくらいの奴らが一杯乗っていてさ、すぐに俺と同じ境遇の連中なんだなって分かったよ」
「もしかして、お前少年兵だったのか?」
 房人が思わず口を開いた。政彦は一旦房人の方に一瞥をくれると、目を閉じて観念したように「そうだよ」と答えた。
「浮浪児をさらって兵士に訓練するのはよくある事だって寺田さんから聞いた事あるけれど」
「本物を見るのは初めてか、まあそうだよな、お前は割りと恵まれているっぽいからいいけれど」
「俺だって恵まれてなんかいないよ」
 突然房人があざけるような言い方で漏らした。政彦と英司は房人の方に目を移し、自分に注目が集まったのを確認すると、こう続けた。
「俺のお袋は俺を食わせる為に、毎日違う男を呼び込んでは連れ込んでは僅かな稼ぎを稼いでいたんだ。でも妹が出来て、家族が三人になり始めた頃からお袋の稼ぎじゃ苦しくなってきて、俺も少しでも食い口を探す為に、日雇いの仕事を八歳くらいの頃から始めたんだ。だけど、運悪くお袋が病気になっちまったんだよ。エイズってやつだったかな?それで売春で食えなくなった。でも他の仕事を見つけようにも、子連れの女に出来る仕事なんて全くと言っていいほど無いからさ、何も出来ないまま死じまったよ。俺と妹の手を握ったまま」
 房人はその時の事を反芻しているのだろうか、遠くを見る目に滲んだ涙を指で拭い、少しだけ熱くなった声でこう続けた。
「その後俺と妹は身寄りの無い孤児を引き取るセンターに入ったんだけれど、運が無いのかな、センターに強盗が入ってさらわれちまった。その後どうなったかは知らない」
「じゃあ、この作戦に志願したのは」
 英司が房人に尋ねると、彼は英司を一瞥した後立ち上がって湯船の縁に腰掛けた。
「滅茶苦茶な連中がいなくなって、世の中が安定したら肉親探しが出来ると思ってさ、生きていて欲しいけれど、どうだか」
 房人が哀しそうに漏らすと、英司は房人に対してなんて言っていいのか分からなくなった。どうにかして彼を励まそう焦ったが、何も言わない方が彼にとっていいだろう思い、何も言わない事にした。
「それで、どうしてお前は三人でここに住んでいるんだ?」
 房人が政彦に質問して、話題を戻した。すっかり房人の話に聞き入っていた政彦は、先ほどまで用意していた言葉を思い出す。
「武装勢力に入った俺は、そこで〝新しい日本を築く真の愛国者〟になる為の教育と戦闘訓練を徹底的に受けたよ。辛かったけれど、今までに比べれば数倍マシだった。温かい食事にはありつけたし、屋根のあるところで眠れて、読み書きと計算の仕方まで教えてくれた。でもさ」
「でも?」
「俺達は一番の最前列で戦わされた。特に相手が武装している時はなんかはね、相手が反撃してくると、横にいた仲間が何人も死んだよ。胸を撃たれて血を吐きながらもがき苦しんで死んだり、頭を吹き飛ばされたりとかさ」
 英司は自分の記憶を辿り、自分が殺してきた人の最後を振り返って、政彦の言葉と自分のみた光景をシンクロさせてみたが、心の免疫がそれ以上見せようとはしなかった。
「首を撃たれて血を吹き出しながら死んだ奴もいたよ。血を止めようとして首筋を押さえたけれどダメだった。そいつの血の温かさと噴き出す時の勢いは、今でも手に残っているよ」
 政彦はそこで言葉を終えると、目元に滲んだ涙を拭った。
「大丈夫か?」
「良いんだよ別に、誰かに話す時が来るんじゃないかと思っていたから」
 政彦は涙が喉の奥に詰まったような声で漏らすと、さらに続けた。
「それからしばらくして、今までに自分のしてきた事に対する良心の叱責って言うのかな?そういうのに自分が支配されていって、必死に振り払おうとしても駄目なんだ」
「相談に乗ってくれる人とか、居なかったのか?」
 房人が心配そうに聞いた。たとえ他人の過去でも、語り手がこんな風になってしまっては気分のいい物ではない。
「そんなこと、言ったら殺されちまうよ」
 政彦少しだけ落ち着きを取り戻したのか、軽く自嘲気味に返した。
「それからちょうど、今から一年ちょっと位前かな、逃げ出してきたんだ。夜中にこっそり。でも逃げる途中の兵舎の側で、小隊長に見つかっちまってさあ、隠し持っていたナイフで殺しちまって、その後怖くなって必死で逃げた」
 政彦はそう答えると、徐々にその時の記憶が蘇って来た。その時持っていたのは小さなバタフライナイフで、普段使っている小銃などに比べれば玩具の様なものだ。しかし、急所に一突きすれば人の命だって奪える。頭の中では解かり切っていたことだったが、現実に目の前でそうなると気が狂いそうなほど自分で自分が怖くなった。
「それで、その後どうなったんだ?」
 英司がさらに聞くと、政彦は咳払いを一回して、ここに住む経緯を話し出した。


 英司達が政彦の話に聞き入っているその時、壁を一枚隔てた向こうの女湯でも、綾美達も理奈子と一緒に湯船に浸かっている所だった。
 風呂に入るとき、美鈴は自分の体があまり、勿論理奈子と比べてだが―成熟していない事は十分に承知していたが、自分と同じくらいだろうと思っていた綾美が以外にもスタイルが良い事に驚かされた。幾ら自分が男達に混じって野山を駆け回り、筋肉質な体つきである事を差し引いても、綾美と理奈子の前では大分劣っている気がした。だが理奈子の身体は白線にわざとタイヤの跡をつけたような傷痕と、煙草の火を押し付けられたような火傷の痕が幾つもあった。
「綾美ってさ、結構着やせするタイプなの?」
 美鈴が湯船に浸かっている綾美の身体を見ながら漏らした。濁ったお湯の上から見ても自分とのスタイルの差は歴然だった。
「そ、そうかな?私は全然意識してないけれど」
 突然自分の体型の事を指摘された綾美は恥じ入りながら答えると、目の前に浸かっている理奈子の方を小さく指差す。長い髪を手拭いで包んだ理奈子の前には、それこそ美鈴とは比べ物にならないほどのボリュームのある乳房が湯に浸かっていたが、酷使された枕の様な感じがした。
「彼女と比べれば、私だってまだまだ子供よ」
「綾美、あんたアタシにケンカ売ってるの?」
 美鈴が冷めたような口調で返すと、目の前にいた理奈子が自分を指差して、二人に向かってこう訪ねた。
「私がどうかしたの?」
「いや、その何でも」
 美鈴が慌てて否定すると、理奈子はゆっくりと二人の下に近づいて、横一列に並ぶとこう続けた。
「何を話していたの?教えてよ」
 理奈子は美鈴の腕を掴んで聞き出そうとしたが、美鈴が俯き気味に視線を逸らすと、すぐに初めて会った時の事を思い出し、それ以上聞く事をやめた。
「何でもないんだ。何でも」
 美鈴が夢遊病患者のような目をしながら呟くと、それきり三人の言葉は無くなり、蒸れた空気と硫黄の臭いを含んだ湯気だけが浴室を満たす。その二つに押しつぶされそうになる沈黙がしばらく続くと、綾美が苦痛に耐えかねるようにして口を開いた。
「どうして理奈子たちは、ここに住んでいるの?」
 綾美が理奈子に聞くと、理奈子は「えっ?」と小さく漏らして綾美の顔を覗きこんだ。思いつきで喋ってしまったが、いまさら話題は変えられない。
「ちょっと興味あるんだ。聞いてもいい?」
「その前に、綾美達の事を詳しく聞かせてよ」
 理奈子がそう言うと、綾美は自分達がここに来た経緯や出来事を簡単に説明した。理奈子は一言も喋らずに、時折頷きながら綾美の話に聞き入っていた。
「そう、それじゃ最後に生き残ったのはユウスケ君だけなのね」
「ボロボロになったユウスケから話を聞いた時、私今までに起こった事が全部夢であって欲しいと心から願ったわ。でも頬を伝う自分の涙の冷たさで、それが現実だって」
 綾美はそこまで話すと、何かに引っかかったようにして口を噤んだ。
「もう話さなくていいわ、辛かったでしょう?」
「ごめんなさい。こんな時に」
 綾美の声が段々潤んでくると、顔を真っ赤にして、目元に大粒の涙を浮かべた。さっきまで平気だった筈なのに、今になって自分の口から語りだしたら急に胸が張り裂けそうになった。理奈子は優しく綾美を自分の胸元に抱き寄せると、静かに右手を綾美の頭の後ろに添えた。
「今まで良く耐えたわね。偉いわ」
 理奈子が優しく耳元で囁くと、綾美は大きく嗚咽を漏らした。涙が理奈子の白くてきめ細かい肌に包まれた乳房にそって、湯船に消えてゆく。
「私も大切な人を失ったから、その気持ちはよく分かるわ、世界で自分が一番不幸な人間に思えるけど、絶対に挫けちゃ駄目。何でもいいから、生きる道標を見つけないと」
「大切な人?」
 美鈴が尋ねると、理奈子は優しく綾美を引き離して、手を自分の乳房に添えた。
「わたしにはね、生まれてすぐに死んでしまった娘がいたの」
「娘って?」
 美鈴が恐る恐る尋ねた。
「勿論私の娘。父親は誰だか分からないけれどね」
 理奈子は目を伏せてさらにこう続ける。
「私はね、十三歳の時から新潟の方で活動するギャング団の所有物だったの。他人の物を奪ったり、人を殺したりする集団。私は母が病死した後、悪人に騙されて売られたの。彼らは住む所と食べるものを与えてくれたけど、でも」
「でも?」
「その見返りの対価は私の身体なの。最低でも二日に一回は誰かとセックスしてた。ひどい時なんか、一晩中なぶられた挙句に、次の昼に別の人の相手だもの。よく〝エロい身体だね〟って言われたわ。そんな生活が続いたある日に、凄く体調が悪くてお医者様に診てもらって、そこで妊娠している事に気が付いたの」
 理奈子は一回そこで言葉を区切ると、熱くなった身体を冷ます為に湯船から上がり、水滴を滴らせながら洗い場の壁に寄り掛かり、下腹部に手を当てた。理奈子の身体は改めて見ると、女から見ても羨ましがるような、何かを包み込むようなプロポーションをしていた。肉欲に餓えた男達が彼女の肉体を目にすれば、たちまち野獣のような眼光をして彼女の肉体に喰い付くだろう。
「だけど世の中って冷たいよね。〝子供が出来たから、何か普通の仕事をちょうだい〟ってお願いしても知らん振り。お前が勝手に孕んだんだろって突っ返されちゃった」
 理奈子は手首に刻まれた痛々しい傷跡をぼんやり眺めながら、他人事でも話すかの様な口調で呟いた。
「その後は、どうしていたの?」
 綾美が辛うじて聞き取れる小さな声で聞いた。理奈子はゆっくりと綾美の方を振り向き、「聞きたいの?」とでも言いたげな眼差しを向けてきた。綾美は彼女の触れてはいけない部分に触ってしまったような気味の悪さが体中を駆け巡ったが、綾美が引く前に理奈子がこう続けた。
「その後はまあ、簡単に言うなら捨てられたのよね。そいつらに、その後は色んな所を転々としながら、同じように肉体労働で食い口を稼いだわ。身重の身体にはきつかったけれど、アタシが妊娠していると分かると面白がって突いてくる奴も結構いたわ」
 次第に理奈子の口調が荒々しくなってくる。きっと自分をこんな風にした男達への怒りがこみ上げてきているのだろう。寄り掛かっているほうの手を強く握り締めて、小さく震えていた。
「それから臨月を迎えて、たった一人で子供を産んだの。真夜中の、真っ暗で何も無い森でね。死ぬほど痛くてさ、もう全てが終わればいいって胸のうちで何度も叫んだ。でもすぐに痛みが襲ってきて現実に引き戻された。それを何回か繰り返すうちに、自分は今まで一人だったけれど、産まれて来るこの子がいればもう一人じゃない。それにこの子をずっと一人ぼっちにさせちゃいけないって思って、やっとの思いで産み落としたの。おぎゃあ!って、凄い大声で泣く女の子だった」
 理奈子は再びおっとりした口調に戻ると、身体をくるりと回転させて壁から離れ、再び湯船に浸かった。
「両手に抱いてあげた時、私はこの子母親なのだからこの子だけは絶対に守らなきゃって誓ったわ。でも次の日に目が覚めると、赤ん坊は冷たくなっていた。どんなに抱きしめても、息を吹き返す事は無かった」
 話を聞いていた綾美と美鈴は何も言えなくなった。言葉の原料になる物があるとすれば、それが脳幹か背中の辺り溜まって、口元まで遣って来ないような感じだ。
「私が母親だったのはほんの僅かな時間だけだった。赤ん坊をブナの木の根元に埋めて、いつ死のうかなんて考えながら人里に下りたときに、ゲリラの訓練キャンプから逃げ出した政彦と出会ったの」
「政彦と?あいつゲリラの仲間だったんだ」
 美鈴が聞いた。
「ええ、彼は次第に自分のやっていることが怖くなって、上官を殺してまで逃げてきたの。初めのころは何かに怯えているような感じだったけれど、お互いに心の闇を話すうちに段々打ち解けてきてさ。過去は塗り替えられないけれど、共有する事は出来るって」
 理奈子はそこまで語ると、その夜の晩のことを思い出した。暖を取る物なんか全く無いこのホテルの最上階で、汚い毛布と布団に包まりながら政彦に明け方まで抱かれたのを良く覚えている。ドロドロした何かを柔らかいものに練り込むみたいに、彼の頭を何度も自分の胸元に抱き寄せ、そのまま眠ったのを思い出した。
「それが丁度今から一年半くらい前。始めのうちはここから北にある大きな街で暮らしていたけれど、地元の悪い連中の恨みを買っちゃってね。どこか身を隠せる場所を探していたらここにたどり着いたの。それから二か月くらい経ったときにコウタローが来て、それから後に貴方達が来たの。今は三人でいられる事が唯一の幸せ」
 理奈子は全て語り終えると、一仕事終わったと言った具合に大きく溜息をついた。
「ありがとう理奈子。自分の辛い過去を語ってくれて」
 綾美が開けた箱を閉じるように、静かに例の言葉を述べた。
「いいのよ。別に、もうこれ以上お湯に浸かるとお肌が荒れちゃうから、早く上がりましょう」
 理奈子がそう言うと、三人は湯船から上がった。

 彼らは風呂から上がると、すぐさま部屋に戻って布団に包まった。風呂から上がった時はそれ程でもなかったが、しばらくして時間が経つと、熱が逃げてゆくと同時に身体の心がじんわりと重くなって、目を開けて何かをするのが困難になってきた。
 英司は部屋に戻ると蝋燭の明かりを点けて、すぐさま畳の上に持ち合わせていた就寝道具を敷いた。英司と政彦は毛布と敷物程度の貧弱な物だったが、房人だけはウッドランドの迷彩柄にプリントされたナイロン製の寝袋だった。
「いい寝袋だな、どこで手に入れたんだ?」
 政彦が房人の寝袋を眺めながら漏らした。寝袋の端を掴んでみると、厚手の生地の上にしっかりと防水加工がしてあるのが分かった。恐らく寝袋の内側も熱を逃がさないように作られているに違いない。民生品にも迷彩柄ものはあるが、恐らくこれはミルスペック品、軍用のものだろう。
「コイツは米軍が使っていた奴だよ。村から持って来たんだ」
「米軍の装備か?なら武器装備の店に持っていけば高く売れるぞ」
 政彦が言うと、房人は苦笑いを漏らしながら答えた。
「今じゃこういう装備品は売れないよ。もっぱら売れるのは銃と弾薬じゃないか?」
「まだまだマグポーチやサスペンダーなんかは需要があるよ。買うのは山賊やゲリラの兵士ばっかりだけれど」 
 政彦の言うとおり、弾倉やその他の装備を仕舞えるサスペンダーやタクティカルベスト等は、軽量で使いやすいと言う事で銃を持って活動する人間に人気があった。特に米軍が使っていたものは人間工学に基づいた設計がなされていて、米国製の銃と共に闇の武器市場での人気が高かった。
「5・56mm弾のベルトリンクを入れるポーチも米軍のだよ。ついでに俺の使っている銃も米軍のだ」
 房人は自分の枕元に置いたM249PARAを親指で指した。彼の使っている銃はベルギーの銃器メーカーFN社が、米軍の特殊部隊や空挺部隊向けにMINIMI軽機関銃の銃身を切り詰めて大型のフラッシュハイダーを装着し、引き込み式ストックと各種光学照準器を取り付けられるようにアッパーレシーバーにマウントベースを取り付けた、特別仕様のMINIMIだった。
「すげえな」
「あればっかりは誰かさんに譲れないよ。気に入っているんだ」
 房人が自慢げに語り終えると、彼はそのまま寝転がって、枕元にある蝋燭の火を消そうとした。
「今晩の見張りには俺が立つから、お前らは先に休んでいろよ」
「お前は寝なくていいのか?何時間かしたら俺も見張りに付くけれど」
 英司が政彦に聞いた。
「悪いな。四時間くらいしたら替わってくれよ」
 政彦はそう告げると、そのまま部屋を出た。英司と房人は明かりを消して、そのまま横になった。光が全く無いから、目を閉じているかのように真っ暗だ。首を傾けて窓の外を覗いても、月明かりは見えない。風が強いのだろうか、時折風が窓ガラスに吹き付けてきて、カタカタとアルミサッシを揺らす。それ以外に聞こえる音は、隣にいる房人の鼻息くらいだ。
「なあ、房人」
 英司が静かに聞いた。房人はまだ眠りについていなかったらしく、普段と変わらない調子で「なんだ?」と聞き返してきた。
「さっきの政彦の話、聞いてどうだった?」
 英司が続けると、房人は「いきなりアレな質問だな」と短く呟いて、こう答えた。
「思い返すと気分が悪くなるような出来事は、誰にでも一つ二つ位あるよ。それについてどうこうなんて、他人である俺らには関係の無い事だろう」
「そうか」
「そうだよ。過去の事に固執してもこれからの事は見えてこない。だから今自分には何が出来るか、それを考えるのが大切なんじゃないのか?」
 今自分に出来る事、英司は小さく呟いた。
「今のあいつには、きっと理奈子やコウタローを守る事が自分に出来ることだから、それをやっているんだ。俺も美鈴も、今自分に何が出来る?と考えてここまで来たんだ。お前はどうなんだよ」
「俺は」
 英司はどうして、自分がここまでたどり着いたのか振り返ってみた。森の中をゲリラに復讐する為に彷徨っていた所を、偶然にも綾美に出会った。彼女の村で山内の命令を受けて綾美と共に旅を初め、房人と美鈴に出会ってここまで来た。だけれど、その先がいまいち見えてこない。けど過去をさかのぼれば自分の殺した人間達の顔が幾つも浮かんでくる。けれど、その過去から先が尻切れトンボみたいに、完全に消失している。
「今の俺に出来る事って、なんだろう?」
「それは自分で見つけるしかないだろうな」
「そうか」
 英司が小さく漏らすと、政彦は大きく寝返りを打った。
「もう早く寝ろよ。見張りの順番があるんだろ?」
房人がそう呟くと、英司は静かに「そうだな、おやすみ」と言って、目を閉じた。

 見張りに立つと言って部屋を出た政彦は、見張りに立つホテルの入り口にはすぐに向かわず、一旦事務室に保管してある89式小銃とクリーニングキットを持ってきて、一階ロビーの光が漏れないところで、蝋燭の火を点けて、その火で湿ったキャビンの箱を取り出すと、火を付けて咥えながら銃の分解整備を始めた。低倍率スコープの付いた89式小銃は埃だらけで、防錆加工の剥げたところにはうっすら錆が浮かんでいたが、機関部はまだまだ大丈夫だった。きちんと手入れをすれば、ちゃんと動くようになる。
 薄明かりでの分解はそれほど苦労しなかった。ゲリラの訓練兵時代にこの銃の分解整備と操作方法はしつこいまでに教え込まれたから、もう身体の一部と言って良いほどに分かりきっている。問題はきちんと汚れが落ちているかどうかだ。部品を一つ一つ綺麗に磨いた後、蝋燭の火に照らして確認しないといけない。それに細かな部品をどこかに無くさないようにするのにも気を使った。
「政彦、いる?」
 突然暗闇の中から理奈子の声が聞こえた。声はかなり絞っているものの、雑音が全く無いから良く聞こえる。
「なんだ、寝てないのか?」
 政彦が答えると、理奈子は彼の横に座った。空気が揺らめいて、小さな蝋燭の日をゆらゆらさせる。
「どうしたの?こんな時間に」
 政彦は89式小銃を組み終えると、咥えていたキャビンの火を消して理奈子に聞いた。
「なんだか、胸が苦しくなって、昔の事を思い出して良く眠れないの」
「夢に出てきたのか」
「そうじゃないの、過去の事が頭にこびりついて離れないの。他の事を考えようとしても、ぜんぜん駄目で」
「そうか」
 政彦は溜息を漏らしながら答えた。こういうことが起きるのは心の病気の一種だと聞いた事があったが、生憎その治療法は知らなかった。
「じっと目を閉じているだけでも、身体が休まるぞ。早く部屋に戻って……」
 政彦がそこで言いかけると、理奈子は小銃を手にした彼の右手に手を乗せて、ゆっくりと寄り掛かってきた。彼女の体温がゆっくりと政彦に伝わり、大きな乳房が潰れた。下着を着けていないのだろうか、柔らかな乳房の先にある乳首の固い感触が背中に伝わってくる。
「しばらくこうさせて、何だか落ち着く」
 眠たげな口調で理奈子が呟くと、政彦はそのまま彼女の手を握ってこう答えた。
「もしかしたら、ここを離れるかもしれない」
「何で?」
 理奈子が聞き返すと、政彦は言葉に詰まった。
「どうしてなの?教えてよ」
 理奈子はそう詰め寄ると、両腕を政彦のお腹に回して抱きしめた。離れないで欲しい。ずっと側に居てという彼女のメッセージだという事はすぐに分かったが、彼は構わずに理由を話した。
「あいつらに付き合おうと思っているんだ。あいつらに協力して、少しでもこの国がよくなるのなら、俺達の生活も少しはよくなると思うんだ。少なくとも、こんな所にもう住まなくてすむ。ちゃんとした家に住めて、俺も何かの仕事が出来ると思う」
「未来の為に、今の私達を捨てるの?」
「そうじゃない。ただ」
「ただ?」
 一言話すたびに、胸が締め付けられる感触が次第に強くなってくる。もし何かあった時、一体誰が彼女を守れるのだろう。
「俺は理奈子のことが好きだから、少しでもいい未来を残したいんだ。これからどんな事が起こるかわからないけれど、少なくとも理奈子には幸せになって欲しいし、なるべきだと思う。勿論コウタローも。だから」
 なんて取って付けたような言い訳なのだろう。と政彦は思った。自分の貧弱な頭ではこれ位の言葉しか浮かんでこない。こんな台詞では理奈子を納得させる事は不可能だろう。
「そう。わかった」
 理奈子は静かに答えた。きっと理解はしてくれないだろうな・・・。と諦めかけたその瞬間、理奈子が突然彼の身体を強引にこちらに向けさせ、厚くて柔らかな唇を政彦に押し付けた。    
 政彦は一瞬何が起きたのかよく分からなかったが、すぐに頭の芯が熱くなってきて、無意識のうちに彼女を抱きしめている事に気付いた。
「ありがとう、私に幸せになれって言ってくれて」
 唇を離した理奈子が呟くと、そのまま政彦をゆっくり押し倒して、再び唇を重ねた。
「必ず生きて戻ってきてね。それだけは絶対に約束よ」
 そう言うと、理奈子は着ていたジャージのチャックを下ろした。彼女の身体は薄明かりでもよく分かるほどグラマラスで、思わず息を呑むほどだ。理奈子は政彦の手を掴み、自分の乳房へと導いた。とても大きくて柔らかく、そして温かい。本当に彼女は子供を産んだのだろうか?
「わかってる」
 政彦はそう呟くと、そのまま理奈子を自分へ引き寄せた。



 真っ暗闇の中、息を殺して静かに潜んでいると、身体がそれこそ地形の一部になったような錯覚に陥る事が、極まれにある。身体と地面の境界線が無くなって、そのまま地面に溶け込んでいくような感じ、死んで土に返ってゆく感触というのはこんな感じなのではないだろうか、そして魂だけが残り、どこかに消えてゆく。意識や記憶、何もかもきれいにしてまっさらな魂が何処かへ行くのだ。
「何か動きはあるか?」
 横で警戒に就いていた土居が海下に尋ねた。さっき警戒と監視を入れ替わってから、もう四時間になる。その間に寂れたホテルから味噌の匂いと硫黄の臭いが流れてきた。きっと温かい食事と風呂に在りつけたのだろうと思うとちょっと羨ましくも思えた。
「何もなし、多分寝入っていると思うわ」
「なら好都合だ。忍び込んで全員始末しよう」
 土居が提案すると、海下は呆れたようにこう返す。
「あたしらの任務は奴らの監視と、罠に追い込むことよ。それに二対七じゃ、分が悪いわよ」
「だが、ここで始末すれば全て片付くんだぞ」
「百パーセントの確率で奴らを始末できるならそれでもいいわ。でもそう行かないから、言われた命令に従うんじゃないの?」
「まあそうだが」
 土居は吐き捨てるように呟くと、SAM-Rをを携えて海下の側に寄った。SAM-RはM16A4ライフルをベースにした、米海兵隊の上級射手向けにステンレス製の競技用銃身とナイツアーマメント社製のレイルアダプターシステム搭載のハンドガードを装備したモデルだった。スコープ付きのM16A4とさほど変わらない外観ながら、非常に高い精度を誇る銃で、海下の持つM40A3に比べれば威力と射程距離に劣るもの、軽量で扱いやすいので、土居のお気に入りだった。
「明日には動くと思うか?」
 土居が海下の耳元で囁く。暗闇ではどこに何が潜んでいるか分からないから、常に声のボリュームは最小だ。
「ここに長居する理由はないと思うよ。明日連中がここを離れるのなら、きっと東京までの最短ルートを通ってくるはず。そうすれば上手く罠に引っかかってくれると思うわ」
 海下は確信に満ちた表情で答えた。ベテラン兵士なら多少遠回りしても安全なルートを取るだろう。でも相手は経験が浅い。常に最短ルートを取って進行してくるはずだし、今までもそうだった。
「なら、竹森さんに連絡を入れるか?」
 土居が聞いた。
「そうね、やって頂戴」
 海下が答えると、土居はバックパックに入れた無線機を取り出して、竹森にチャンネルを繋いだ。しばらくすると、竹森と通信が繋がった。海下は無線の受話器を受け取った。
「海下です。聞こえますか?」
「聞こえるぞ」
 海下が聞くと、竹森が返事を返してきた。音声は少しノイズが入っているもの、会話に問題は全く無かった。
「監視のほうは上手く行っているのか?」
 竹森は事務的な口調で海下に尋ねた。普段なら何気ない会話だが、暗闇の中で聞くととても冷い感じがした。
「はい、ちょっと連中は道を逸れましたが、特に問題はありません」
「そうか、ならいい」
 竹森は短く溜息を漏らすと、「今どの辺りだ?」と聞き返してきた。
「そちらから丁度二十キロほど北北東の、つぶれたホテルの所です」
「ちょっと待ってくれ・・・」
 竹森はそう一言もらすと、しばらく何も言わなかった。きっと地図を取り出しているのだろう。
「つぶれたそのホテルには、何かあるのか?」
「人間が三人ほど住み着いています。連中はホテルの住人に連れられて、生意気に温かい食事と風呂にありついています」
「何でまた?ホテルの住人は彼らの仲間なのか」
「恐らく違うと思います」
 海下が答えると、竹森はしばらく黙り込んだ。
「まあいい、今すぐその場を離れられたら、こっちも例の作戦を仕掛けたい。奴らの移動ルートは予測できるか?」
「恐らく途中に何か脅威が無ければ、間違いなく最短ルートを取る筈です。そうすればこっちの罠に引っかかると思います」
「よし、なら作戦実行だ。すぐにその場を離れろ。夜通し移動すればこっちに付く筈だ」
「わかりました。アウト」
 海下が答えると、竹森は無線機の受話器を戻して、無線を切った。人を信じる事は悪い事ではない。しかしそういった心のつながりが許されるのは、未熟な時までだ。大人になったら、損得で利用できるか、利用されるかのつながりだ。いつまでもそんな心のままだと、やがて自分が不利益をこうむる事を、そしてそれが取り返しの付かない過ちになる事を、その身をもって教えてやろう。と竹森は思った。
「何か面白い事でもあったのか?」
 椅子に縛り付けられた、五十過ぎの村の男が震えるような声で呟いた。どうやら何か考え事をしている時に、表情が歪んだらしい。
「何、すごい事じゃないよ」
 竹森は鼻で笑いながら答えた。
「人殺しが楽しくてしょうがないのか?それとも人殺しをなんとも思わない自分がおかしいのか?」
「そうじゃないよ」
 竹森はそのまま窓の外に目を向けた。真っ暗で何も分からないが、外にはこの村の住人達が何も言わずに転がっている。別に彼らに殺される理由など無かったが、竹森達が追っている奴らをおびき寄せるには十分な餌の筈だ。
「ただちょっと、世の中の真理を教えたい奴がいるんだよ」
 竹森はそう呟くと、腰のベルトに通した革シースからカミラスのマリンコンバットナイフを引き抜いた。刃は暗闇でも分かるくらいに良く砥がれていて、血を欲しているかのように銀色に鈍く光っている。
「人間誰もが経験するだろう。理想と現実って奴をさ」
 竹森はそう呟くと、ナイフを男の喉元に当てて力強く一気に引き抜いた。


 次の日の朝、英司は窓から差し込む光に眩しさを感じて、目を覚ました。上体をゆっくり起こして、そのまま前に倒してぼうっとしていると、瞼が痛痒いような、ざらつくような感じがした。そのまま痛みに耐えていると、昨日の夜に、政彦と見張りの交代を替わっていない事を思い出した。
 英司は立ち上がり、横で静かに眠りこけている房人をそのままにして部屋を出た。房人を起こさなかったのは、これから先いつ熟睡できるか分からないので、今のうちに心行くまで寝かしておこうと思ったからだ。
 英司はそのまま階段を降りて、政彦のいるであろう一階のロビーに向かった。まだ日があまり昇っていないせいなのか、気温が低く吐く息が白い。でもお陰で空気は澄み切っており、舞い上がった埃が差し込む光に照らされてキラキラと輝くのがきれいだった。
 そのまま一階まで降りると、眠たげな目をした理奈子がこちらに歩いてきた。あまり良く眠れなかったのだろうか、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。
「おはよう。良く眠れた?」
 英司と目が合うと、理奈子はにこやかに声を掛けた。
「一応ね、政彦はどこ?」
「そこに居るわ」
 理奈子は英司の問いかけに答えると、親指でロビーの向こうを指した。英司が指差した方向を覗きこむと、ボサボサの頭を掻き毟りながら起き上がろうとしている政彦の姿が目に入った。
「おはよう。政彦」
 英司が声を掛けると、政彦は「・・・おう」と呻きながら起き上がった。眠そうな声で答えているという事は、さっきまで夢の中に居たという事だ。自分から見張りに立つと言ったのに、呑気に眠っているとは何事だ。もし何かあれば、大変な被害を被っていたかもしれないのに。そう思うと英司の中で、小さな怒りが芽生えた。
「呑気に寝ているいとはご苦労だな。見張りに立つんじゃなかったのか?」
 英司は明らかに自分が怒りを覚えている事が分かるように言うと、そのまま政彦の側まで寄ってしゃがみ込み、彼の顔を覗きこんだ。
「何で眠っちまうんだよ。何かあったらどうすんだよ?」
「悪かった。ついちょっと」
「ついちょっとって、何かあったのか?」
「子供のお前には、まだ早い話だ」
 政彦の言葉に英司はきょとんとすると、ヒントを求めて理奈子の方を振り向いた。しかしその肝心の理奈子も、英司と目が合うと視線をあさっての方向に逸らしてしまった。
「おはよ、みんなお揃いのようで」
 突然美鈴が階段のほうから顔を出してきた。彼女にはかなり冷えるのだろうか、両手を袖の中に隠して、くの字に折り曲げている。
「おはよう美鈴。綾美はどうしているの?」
「さっき起きて台所の方に行ったよ。朝飯の用意だとか」
 英司が聞くと、美鈴が素っ気無く答えた。
「なら、房人も起こしてそっちの方に行こうか」
 英司が呟くと、彼らはそのまま台所の方に向かった。

 房人を起こして、綾美が待っている台所に入ると、奥のほうから湯気と共に米と卵を煮込むような匂いが、木の焼ける臭いと一緒に鼻元へ漂って来た。湯気の立つ方に向かってゆくと、土とレンガで作った竈の火に掛けられた鍋がぐつぐつと煮えている。その前には、暑いのだろうか、Tシャツ一枚の姿になり、両手にミトンをを嵌めた綾美が立っていた。
「おはよう。綾美」
「ああ英司、おはよう」
 英司の言葉に綾美は何気ない反応で返すと、そのまま鍋を掴んで、重たそうにテーブルの上へと運ぶ。
「中身は何?」
「卵と味噌の野菜入り雑炊」
 綾美はそう答えると、テーブルの上に置かれた鍋敷きに鍋を置いた。英司は中身を確かめようと鍋の中を鍋の中を覗くと、味噌で味付けされた雑炊の中に黄色い卵と細かく切り刻んだ葱と青菜が浮かんでいた。
「用意は出来た?」
 英司のすぐ脇で、人数分の箸と茶碗をセットしていた理奈子が聞いた。
「出来たわ、他のみんなを呼んで。それと」
「それと?」
「貴重な食糧を使わせてくれてありがとう。とても大切な物なのに」
「いいのよ、気にしないで」
 理奈子は笑顔で答えた。寝起きのせいなのか、それとも別の何かの要素がそうさせているのか分からなかったが、理奈子は初めて会ったときより人間らしい感じになった気がする。と英司は思った。
 朝食はそれから十五分ほどで終わった。朝食の量は決して多くなく、かといって空腹になるほど少なくは無かった。外の方に目を向けると、もう既に太陽は高く昇り始めている。どんなに遅くても昼前にここを出なければいけない。立ち寄った廃墟に住む人と出会って意気投合し、一晩過ごすなんて軍隊でなくてもありえない。でも、綾美や房人達と過ごす内に、何だか自分の中で変わっていったような気がする。鋭利なナイフが鈍くなったとでも表現すればいいのだろうか、前の鋭利な時だったら切り落としてしまった何かが、大切な所で切るのを止めてしまった感じだ。
「いつ出発するんだ?」
 政彦が向かいに座る房人と美鈴に聞いた。
「もう少ししたら」
「なら、俺も行く」
 房人が答えると、間髪を入れずに政彦が答えた。房人のすぐ脇で食後の一服を入れようと、ピアニッシモを咥えてターボライターで火を点けようとした美鈴も手を止めて、政彦の方を見た。
「何を言ってるの?急に」
 美鈴はピアニッシモを咥えたまま、呆れ顔で政彦に聞いた。
「ここから先なにが起こるか分からないし、いざという時に一人居れば便利だろう?」
「そりゃそうだけど」
 美鈴はそこで詰まった。別に仲間が増えて困る訳ではないが、あまりにも突然の提案で、次の言葉が浮かんでこない。美鈴は救いを求めるようにして、房人を横目でちらりと見た。
「行きたい理由を聞かせてもらおうか、それをちゃんと言ってもらわないと、判断しかねるよ」
 房人が呟くと、政彦は待っていましたと言わんばかりに立ち上がって、力を込めてこう言った。
「昨日の夜に考えたんだ。今の暮らしをしていても先が見えるわけでもないし、他の村に流れても、俺の存在がバレたら、理奈子たちが危険な目に合うかもしれないだろう?」
「確かに、今の状況ではそのリスクがあるな」
 房人が頷く。
「もし、あいつらをやっつける事ができたら、俺達にも少しだけ光が差し込むかなって思ってさ、協力できることがあったら、何でも協力しようと思ったんだ」
 政彦が拳を握り締めて言い終えると、房人の隣にいた美鈴がピアニッシモに火をつけて、一息煙を吐き出しながらこう呟いた。
「なんか話がかなり飛躍している気がするけれど、用はあたし達に協力してくれるって事?」
 美鈴が政彦に目を向けると、政彦は縦に首を振った。頬の筋肉を強張らせて、唇を真一文字に結んだ政彦の顔からは、彼の思いが迫るように伝わってきた。
「どうする?あたしは賛成だよ」
 美鈴が房人に話を振った。
「俺も一応は賛成。あのトラップの技術は役に立つだろうからな」
 房人が答えると、政彦は自信に満ちた表情で彼を見た。もう一息だという達成感にも似た感情が政彦の中を満たしてゆく。
「来るのはいいけれど、お前が留守の間、理奈子とコウタローはどうするんだ?」
 英司が政彦に聞いた。奥のほうで片付けの手伝いをしながら話を聞いていた英司がゆっくりと戻ってきて、房人と政彦の間に立った。英司はそのまま政彦のほうを向いて、さらにこう聞いた。
「お前を必要としている人が居るんだから、向後の憂いを省みないというわけには行かないんだぞ?」
「それなら大丈夫よ」
 突然政彦の横で黙っていた理奈子が口を開いた。英司達と政彦も、思わずそっちに顔を向ける。
「何か秘策でもあるの?」
 英司が尋ねた。
「この建物の中には地下の倉庫が有るのよ。何か問題があったらそこに武器と食糧を持って逃げ込めばいいのよ」
「出る時はどうするんだ」
 房人が聞いた。
「何か合言葉みたいなのを決めておくわ。私と政彦だけの」
 そう呟くと、理奈子は横目で政彦を見て、小さくはにかむ。こんな状況に笑っていられるなんて、やっぱり彼女はどこかおかしい。と英司は思った。
「もし俺が帰ってこなかったら?その時はどうするんだよ」
 はにかんだ理奈子の気持ちを他所に、政彦が不安げに漏らす。
「二週間経っても戻らなかったらコウタローと一緒にどこかに逃げるわ。それでいいでしょ?」
「楽観的な意見だな、おい」
「大丈夫よ。それに絶対帰ってくるって信じているから」
 政彦は言葉を詰まらせた。昨日の夜に何か彼女に変な事をしてしまっただろうか。理奈子は時々、何の予兆も見せずに妙に上機嫌になる事がよくある。しかも彼の気持ちや周りの雰囲気を無視してだ。前にその事を尋ねると、理奈子は昔気持ちの切り替えだと言っていたが本当だろうか。
 黙り込んだ政彦を尻目に、房人は英司の方を向いた。
「ところでお前の意見は?政彦を仲間に入れるのに賛成するか、それとも反対か」
「俺は賛成だ。人数が多いと戦術の幅が増えるからな」
 英司は房人の目を見ながら素っ気無く答えた。何だか小さい子供が計算の答えを言わせているような変な感じだったが、一応彼の意見だ。
「一応俺らは大丈夫だけど、そっちは?」
「こっちも大丈夫だ」
 政彦がけじめをつけるように答えた。今更彼女の事を心配してどうする。行くと言い出したのは自分の方ではないか。
「なら、後もう少しで出発だな。今の内に準備しておけよ」
 房人はそう返すと、椅子から静かに立ち上がった。
それから十五分ほどで出発の用意を終えた政彦は、英司達と一緒にホテルの入り口に集まり、理奈子とコウタローの見送りを受けるところだった。航空自衛隊の迷彩ズボンを履き、使い込まれたショートスコープ付きの89式小銃を携えて、食糧や弾薬を詰めたバックパックを背負った政彦は、少し緊張しているように見えた。たとえ大切な人を置いてゆくと言っても、こういう時になると言った時には気付かなかった感情がこみ上げてくるものだ。
「それじゃ、行って来るよ」
「気を付けてね。私達の事は気にしなくていいから」
 理奈子か優しい声で答えると、政彦は何か言いたげな顔で理奈子の目を見た。
「一度行くって言ったんだから、そんな顔しないの」
「だよな」
 政彦は照れくさそうに鼻で笑った。
「皆を待たせちゃ悪いよ」
「そうだな」
 政彦は一言そう答えると、隣に居たコウタローに向かって「理奈子を頼むぞ」と一言いって、入り口の門近くで待っていた英司達と合流した。
「行ってきますの挨拶は終わった?」
 綾美が窺うようにして政彦に聞いた。
「終わったよ。早い所行こうぜ、先を急ぐんだろう?」
 政彦が野球帽を被って呟いた。
「そうだ。無駄口はここら辺にして、行くとするか」
 美鈴が呟くと、彼らはそのまま森の中へ足を踏み入れて行った。



 足を踏み入れた森は今までに彼らが通ってきた森よりも木々の密度が低く、所々に発砲スチロールのかけらや壊れたロボットの玩具などのゴミを目にする事が多くなってきた。人里というか、かなり都市部に近づいている。あと二日も歩けば混沌の坩堝と化した町に出る筈だ。街角に横流しされた支援物資を売る露天に、違法薬物の売買。そして仕事を失い何をして良いのか分からずにただ彷徨っている人達。かつて日本経済がグローバル化の道を歩み始めた時、競争に敗れた人たちがその日の仕事を求めて町に溢れると言われていたが、そんなことを言っていた人たちは日本が戦争に巻き込まれてそんな状態になるなんて思わなかっただろう。もっとも、それは日本以外の先進国でも起こっていることだが。
 一行は美鈴を先頭に、政彦、房人、綾美、英司の順で進んだ。土地勘のある政彦を一番前にしても良かったが、移動すべき方向はもう決まっているので引き続き美鈴がポイントマンを勤めた。ここまで来ると何処にどんな敵が潜んでいるか解からないから、釣り針型の移動で警戒しながら進んだ。
 二時間半ばかり歩いて適当なところを見つけると、彼らは十五分ばかり休憩を取る事にした。荷物を下ろして地面に腰を下ろす。
「この近くに、人の住むところは?」
 英司が政彦に聞いた。森の中に現代文明の遺品があちこちに転がっているということは、ここら辺に人間の住む集落があるということだ。政彦は少し考え込んで、こう答えた。
「ここから道路を二つ越えたところに、二十人くらいの人が住んでいる村が一箇所と、そこからさらに南西に進んだ所にもう一箇所ある。それがどうかしたのか?」
「いや何でも、ちょっと気になって」
「心配するなって、俺達を襲ってくるような人達は住んでないよ。ここから一番近くの村には、ほんの少しの畑と、小さい豚小屋があるくらいで何も無いよ」
 政彦が笑いながら返したが、その話を聞いていた綾美の中ではユウスケから聞いた時の話が急に蘇ってきて、身体の外側から恐ろしい何かがじわじわと身体の中に入ってくる。今にも発狂しそうな感情を必死に押し殺して、綾美は組んだ腕の袖を掴んだ。
「どうかしたの?顔色が良くないみたいだけれど」
 綾美の異変に気付いた英司が心配そうに尋ねた。
「ううん。なんでもない」
 綾美が平静を装って答えると、英司すぐに視線を足元に移した。きっと政彦との会話で、何かユウスケの話を連想させるキーワードがあった事は見当が付いたが、その事を聞くつもりは無かった。ここで聞いても彼女を精神的に苦しめるだけだし、心の傷が癒える訳でもない。それに心の傷というのは、他人に治して貰うものではなく自分でどうにかするものだ。と英司は思った。親を殺された彼はショックから立ち直る為に、不特定多数のゲリラの兵士を殺す事で、何とか心の釣り合いを保つことが出来た。しかしそれは、新たに誰かの心を傷つけている事と同じだった。憎しみは決して消えることなく、常に誰かに寄生しては誰かに寄生し、延々とその命を繋いでゆく。この連鎖を断ち切ろうとするなら、人間は全ての知性と学問を捨て去らなければならないだろう。
 休憩を終えると、彼らは再び歩き出した。頭上の木々の間から見える空は、青空こそ見えるが雲量は多く、しかも風が強いのか流れるのが早い。音も立てずに何処かへと雲を運ぶ空を見ていると、何か雲以外にも風に乗せてどこかに運んでしまうような気がした。
 舗装された道路を通過してさらに進むと、森はさらに木々の密度を減らして、捨てられたゴミの数が段々増えてきた。
 しばらく進むとポイントマンを務める美鈴が立ち止まり、周囲を警戒しながら後続の英司達を待っている所だった。房火は立ち止まった美鈴を見つけると、英司と政彦に周辺警戒の指示を出して彼女の側に駆け寄った。
「どうしたんだ?」
「コイツを見て、まだ新しいよ」
 美鈴は足元にあった問題の品を取り上げて、房人に見せた。その品は見た感じ干からびた半切りレモンのように見えたが、左半分に赤黒く粘っこい物が付いていて、その上から泥がフライの衣のように付着している。それが人間の耳だと認識するのに、あまり時間は掛からなかった。
「なんでこんなものが?」
「道に迷わない為に自分の耳を切り落として目印にする奴なんて居ないだろうから、多分」
 耳を手に取った房人はそこで口籠ると、地図を取り出して現在地を確認した。ここから進行方向に数十分歩いて二車線の道路を跨いだ先に、さっき政彦の言っていた人間の住む集落がある。もしこの耳がそこの住人の一部ならば、そこで何が起こっているのか容易に想像がついた。
「完全に先回りされているな」
 房人は苦い表情で漏らすと、警戒位置についている英司と政彦を呼んだ。二人が駆け寄って来ると、房人は小声でこう耳打ちした。
「この先の村の状況を確認したい。悪いけど先頭をお願いできるか?」
「なにか問題でも発生したのか?」
 英司が尋ねると、房人は手に取った耳を二人に見せた。
「この先の村人のか?」
 英司が聞いた。
「おそらくな、もしそうなら敵に先回りされているかもしれない。かなり警戒しないと」
「なら素通りした方がいい。何が起こっているか分かるだろう」
 政彦が言うと、房人がこう返した。
「確かにそうだけれど、最短ルートはこの村のすぐ脇を抜けるルートなんだ。一応安全確認も兼ねて、村の状況を見たい」
「別に俺達の任務は偵察じゃないだろう。いちいちあった事を報告する上官も作戦本部も居ないんだし」
「だけど、この耳がまだこの先の村人の物だと判明したわけじゃない。敵が何処かの山賊を捕まえて、耳を切り落としたのかもしれない」
「そんなことしてどうするんだ?」
 政彦が質問する。
「俺達を罠に誘い込むんだよ。別のルートを移動させて攻撃してくるかも」
「考えすぎだよ。俺はやっぱり、このまま素通りすべきだと具申するけど」
 政彦が再び自分の意見を述べると、房人は「お前は?」と英司に意見を求めてきた。
「俺は」
「あーもう。じれったいなぁ」 
 英司が動揺したような感じで自分の意見を述べようとすると、彼らのやり取りを聞いていた美鈴が呆れ返った様子で彼らの元に歩み寄った。美鈴はバツが悪そうに頭を掻きながら、房人に向かってこう言った。
「この中で最年長は房人でしょ。だったら他の意見なんてあんまり気にしないで自分の意見を通せばいいのよ」
「いや、やっぱり実戦経験者の意見も聞かないと」
「実戦経験者は、指揮官の行動にアドバイスを加える程度でいいの。みんなの意見を重視する民主的な軍隊が戦争に勝てると思う?」
 美鈴はそこで区切ると、今度は英司と政彦のほうを向いた。
「ここで能書きを並べてもいい事は一つもないから、これからは最年長の指示に従ってよ。もしなにか問題が起きたら、二人は実戦経験者として何かアドバイスを言ってやって。いいわね?」
「あ、ああ」
 自分の意見を言いそびれた英司は、ただ場の雰囲気に流されるような感じで生返事を返した。
「なら、悪いけど英司と政彦には先頭を頼むよ。アンカーは俺と美鈴でやるから」
 房人は呆気に取られたままの様子で英司に頼むと、そのまま美鈴と一緒に後ろの位置に着いて行った。その後姿を英司がぼんやり見つめていると、離れた所で話を聞いていた綾美が様子を窺いにこっちまでやって来た。
「この先で何かあったの?」
 不安げに綾美が質問すると、さっき美鈴が捨てた人間の耳を見つけて拾って彼女に見せた。綾美はそれを見るなり、「ひっ」と小さく悲鳴をあげて、全身を固くする。
「これがここに落ちているとなると、この先で何があったのか想像がつくだろう?覚悟しておいてくれよ」
 英司は綾美と最初に会ったときのような冷淡な口調で呟くと、そのまま耳を近くの草むらに捨てた。
 一行は英司と政彦を先頭にし、間に綾美を挟んで房人と美鈴が後衛に就いて再び前進を開始した。空を見上げると、相変わらず風が強いのだろうか雲がさっきと同じように流れている。勿論表情など無いのだが、英司にはそれがまるで神様が意地悪な笑みを浮かべて自分達を見下しているように思えた。これから起こることが楽しくてしょうがないのか、あるいは愚かな人間達を嘲笑っているのだろうか。どっちにしろ、嫌な気分である事には変わりはなかった。
 先頭を行く英司と政彦は、あの切り取られた耳を残した人間の痕跡が残っていないか注意しながら進んだ。もし同じ靴底のパターンの足跡が残っていれば、それは同じ装備を持った集団が移動した事になる。もしその足跡が新しい物だったら、足跡の主はすぐ近くに居るはずだ。それに追跡されていないとも限らないから、全員靴に麻布を巻いて少しでも痕跡を残さないように努力した。
 数十分歩くと、木々の密度はさらに引くなり、視界がかなり開けて遠くの方も見渡せるようになった。先頭を行く英司は一旦足を止め、雑嚢から双眼鏡を取り出して前方の状況を確認した。拡大された数百メートル先の風景を見ると、小さなプレハブ小屋や廃材を使った家屋などが目に入ってきた。
「何か見えるか?」
「前方に建物が幾つか見える、だけど動くものは一つもない」
 政彦の質問に英司は答えると、持っていた双眼鏡を彼に渡して、目の前の景色を見るように指示した。政彦がなにやら難しそうな顔をしながら双眼鏡を覗くと、すぐに英司はウォーキートーキーを取り出して、後方にいる房人と美鈴を呼んだ。
「すぐに来てくれ」
「やっぱりあれか、当たりだったか?」
「後で話す。すぐ来てくれ」
 政彦の質問を無視して英司が無線を切ると同時に、政彦が持っていた双眼鏡を英司に返す。
「どうやら。無視したほうが正解だったかも知れないな」
 政彦が震えたような声で呟いた。彼も人を殺した経験があるとはいえ、目の前で起こっている惨劇を想像すると、やはり震え上がるような気持ちにもなるのだろう。
 しばらくその場で周囲を警戒しながら停止していると、後方から房人たちが、小走りに二人の元にやって来た。房人はすぐに英司の下に近寄り、耳元でこう囁いた。
「状況はどうだ?」
「前方に村があるけれど、人影は全く無い。村人全員がどこかに消えたとは思えないし、多分・……」
「とにかく、様子を見に行ってみよう。メンバーは俺と英司、それに政彦の三人でいいだろ?」
「了解、任せろ」
 政彦が即答した。英司も無言で頷くと、背負っていたナイロンのライフルバッグからM24を取り出し、実包を装填して肩から掛けた。
「ちょっと、あたしはどうすればいいの?」
 後方を警戒していた美鈴が聞いた。彼女はそのまま仲間はずれにされたような表情で、英司達の方を振り向く。
「お前は綾美とここに残って待機していろ。一時間経って連絡が無いか、銃声がして戻ってこなかったら綾美を連れて逃げろ。大事なデータに何かあったら困るからな」
「了解。何も無い事を祈ってる」
 美鈴は渋々と承諾した。
「ならいい。二人とも行くぞ」
 房人の掛け声と共に三人が進もうとしたその瞬間、綾美が英司の裾を掴んだ。英司は足を止めて振り向く。そこには表情を曇らせて、見えない何かに怯えている綾美の姿があった。裾を掴んでいない方の腕を胸元に引き寄せ、頭を下に向けているその姿は、何かの苦痛に耐えているようにも見える。
「どうしたの?」
 英司は出来るだけ当たり障りの無い声で聞いた。
「なんだか気が狂いそうなほど、怖いって言うか、押しつぶされそうで」
 綾美の言葉に、英司は喉を凍らせた。もしかしたら、さっき彼女に言った言葉が効いているのかもしれない。そう思うと、自分が何か取り返しの付かないことをしでかしたように思えて、心の奥が苦くなった。
「大丈夫だよ」
 英司は一言呟いた。そしてその後に自分の中にある言葉の引き出しから適当な単語を引っ張り出してきて、そのままそれをそれらしい文に繋げる。
「綾美は強い子だから、そのくらい耐えられるよ」
「でも」
「どうしても駄目な時は、静かに深呼吸を繰り返して、頭の中を空にする。そうすれば楽になるから」
「うん」
 綾美が静かに頷くと、英司はすぐ横に居る美鈴の刺すような視線に気付いた。
「それじゃ、俺は行くから。何かあったら頼むぞ、美鈴」
「あいよ。まかしときな」
 美鈴が少し力を込めた声で答えると、英司はそのまま房人と政彦の後を追った。
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