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文字数 14,817文字

 スーパーから離れたセメント工場に潜んでいる房人達は、何時まで経っても連絡してこない英司と政彦を待ち、落ち着かない時間が続いていた。
 振り続ける雨は一向に弱まる気配は無く、大粒の雨が身体に打ちつけると体力をじわじわ奪われていくような気分がする。季節はもう春になったのに、どうして一向に暖かくならないのだろう?と美鈴は歩哨に立ちながら思った。雨衣で身体を覆っているが、防水加工の弱くなった所から雨水がじんわり染みてくる。
「何でこの町は、人っ子一人居ないか知っているか?」
 不意に田所が漏らした。歩哨の最中に無駄話は本来するべきではないが、この町に誰も居ない事はさっきから気になっていたので、美鈴は彼に聞いてみることにした。
「何です?」
「化学兵器だよ。何処かの国がミサイルに載せてぶちまけたんだ。本当は東京を狙っていたらしいけれど、照準ミスでこの町に落っこちたらしい」
「それで、どうなったんです?」
 美鈴は歩哨に就いていることを忘れて、彼の話に聞き入った。
「最初の一撃でおよそ三万人が犠牲になった。攻撃のあとすぐに宇都宮から化学兵器専門の部隊がやってきて救援作業に取り掛かったけれど、殆ど焼け石に水でさ。その二日後に敵が能登半島に上陸してきて、救援活動は打ち切り。町に来ていた部隊は敵の化学兵器攻撃に対して味方を守る任務に回された。それ以来この町を救う連中は居なくなって、住んでいた町の人は助けを求めて散り散りになった。以来この町はもぬけの殻になっちまったんだ」
「何でそんなこと知っているんですか?」
「戦争が始まる前、この町に住んでいたんだ。それで弟と親父、親戚を失った俺は怒りに燃えて、疎開先の静岡で志願したのさ」
 美鈴は無言のまま頷いた。
「町の人達は、また戻ってきますかね?」
 美鈴が尋ねた。
「どうだろうな。少なくともまだこんな戦争を続けているようじゃ、先の長い話かも知れん。この町に再び笑顔が戻るのは、きっと戦争の臭いが全部無くなってからだろうな。それまで、誰もこの町に住みたいとは思わんだろうよ」
 田所が遠い目で呟くと、今度は美鈴にこう尋ねた。
「ところでお前の連れ、何時まで経っても戻ってこないぞ?」
「大丈夫、あの二人は戻ってきますよ」
 美鈴は素っ気無く返した。視界が悪く雨音で小さな音が殆ど聞こえないから、無駄話はもう終わりにして欲しいと思った。
「だけど、もし敵に見つかったら」
「あの二人は、あたしや房人なんかと違って実戦経験が豊富ですから。多少の困難があっても切り抜けられますよ」
「だけど、あいつらがここを出てもう五時間になるぞ。生きてくれていればそれでいいけれど」
 田所が言いかけると、美鈴は目の前で水の弾ける音を聞いた。美鈴は田所を黙らせて銃の安全装置を解除し、音の聞こえた方向にM27IARを向けた。田所もワンテンポ遅れて、美鈴が銃を向けた方向に89式小銃の銃口を向ける。
 息を潜めて耳を澄ますと、水の弾ける音は次第に大きくなってきた。呼吸を整え、静かに感覚を研ぎ澄ましていると、暗闇の中に人の影が一つ浮かび上がった。
「そこで止まれ!誰だ」
 美鈴は人影に向かって叫んだ。
「俺だ。美鈴、政彦だ」
 政彦が答えると、彼はずぶ濡れの状態で美鈴の側に寄った。雨衣を着ていなかったせいで服は身体にへばり付き、袖やズボンの裾からは水を滴らせている。美鈴はそんな政彦に呆れていると、彼が英司のM24を持っている事に気が付いた。
「ちょっと、英司はどこよ?」
 美鈴が答えると、政彦は疲労した声でこう答えた。
「あいつなら、綾美を助けるとか言い出して敵の中に飛び込んじまったよ」
「そんな、冗談でしょ!?」
 美鈴は思わず声を荒げて問いただす。
「冗談じゃねえって思うだろうけど、本当だ。自分には守るものも帰る家も無いとか抜かしてさ」
 政彦が悔しさを滲ませたように呟くと、美鈴の声を聞いた房人と小島が銃を持ってセメント工場から彼らの元にやって来た。
「一体何事なんだ?」
 房人が美鈴に聞いたが、美鈴は苦い表情のまま答えなかった。そして彼も英司が居ない事に気が付くと、政彦に向かってこう言った。
「英司は何処だ、何があったのか説明してくれ」
「英司は綾美を助けるとか言って、一人で突撃しちゃいましたよ」
「何だと!?」
 突然覚醒したように叫ぶと、小島は政彦の襟元を乱暴に掴んでこう叫んだ。
「どうして彼を止めなかった、貴様それでもあいつの仲間か!?」
「止めましたよ。だけど・・・」
「言い訳は聞きたくない。畜生!あいつ戻ったら殺してやる」
 小島は血走った目をして政彦を放すと、被っていた戦車帽を思い切り地面に叩きつけて、そのまま右足で蹴飛ばした。
「中隊長、落ち着いて下さい」
 見かねた田所が落ち着くように言ったが、小島は身体を小刻みに震わせたまま答えなかった。ここまで彼が怒りに燃えている姿は、部下の田所でさえ見たことが無い、彼の全身はマグマの様に熱く燃え滾り、降りしきる雨がそれを冷やしているみたいだ。もしここで下手に水をかければ、たちまち水蒸気爆発を起こすだろう。湧き出るマグマに対して周囲の人間の力はあまりにも無力なのだ。
「最後まで生き延びてこそ、本当に守りたいものが守れるというのに。あいつにはそれが分からんのか!?」
「本当に綾美を守りたいから、あいつは敵の中に飛び込んだんです。もし俺が同じような状況に置かれたら、きっと自分も英司と同じ事をしたと思います」
 政彦が静かに呟くと、小島は彼の方を向いてこう返した」
「あいつはまだ十五歳そこそこの小僧だぞ。俺のように戦争に呪われ、戦場で死ぬ事を運命付けられている人間じゃない。これから未来があるというのに、どうしてそんな命を平気で投げ出すような事が出来る?」
「言ったんですよ、あいつ。〝自分には帰る家もなければ、待ってくれている人も居ない〟って」
「だから何だ?」
「あいつも、あんたと同じように戦争に呪われているんですよ。きっと」
 政彦がこみ上げてくるもの必死に押さえながら話すと、小島の顔色が変わった。政彦の側に居た房人は彼にもう話すなと言いかけたが、政彦から雨と共に滴り落ちる哀しい何かを感じて、それを止めた。
「俺はあいつの全てを知っている訳じゃないけど、あいつ自分の歳の数と同じ人間を殺してきたと言っていました。それでいて帰る家も無い。そんなあいつが、戦争に呪われていないなんて言えるんですか?人殺し以外、何も無いあいつに」
 政彦は震えながらさらに続ける。
「そんな奴が、一つだけ守れるものを見つけたんですよ。もしそれのために命をかけて死ねたら、それは幸せな事なんじゃな無いんですか?」
「お前は人の死を美化するのか?」
「美化なんかしない。そんな事をしたくも無い。あんたの言う通り、あいつには未来があるし、明るい未来を掴む権利だってある。だけど、今のあいつには何も無いんですよ。俺には帰りを待ってくれている理奈子とコウタローが居るし、政彦や美鈴にだって、待ってくれている人が居る。だけど、今の英司には本当に何も無いんですよ」
 政彦がそこで終えると、彼の目元に前髪からたれた雨水が入り込んで、そのまま頬を伝って流れた。小島は蹴飛ばした戦車帽を拾い上げて壊れていないか確かめると、戦車帽を被りながらこう呟いた。
「だからせめて、好きになった女の為に死なせてやろうと言うのか?」
 政彦は問いかけられると、すぐにこう返した。
「そんなことは思ってない。英司も綾美も、俺が絶対に失いたくない仲間だから、死んで欲しくない。生きて欲しい……」
 政彦が苦しそうな声で答えると、小島は静かに「そうか」と小さく漏らし、彼らに向かってこう言い放った。
「よし、分かった。ならこれより、今後について話し合いたい。政彦、偵察情報は持っているな?」
 政彦は一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに小島が何を言っているのか理解して、「はい」と即答した。
「よろしい。ならばすぐにそれを持って私のところに来い。房人は俺と一緒に作戦を立案してくれ」
「分かりました」
 房人が答えると、小島は田所を連れてセメント工場に戻っていった。三人は呆然と立ち尽くしながら、その後姿を見送る。彼の背中からは、沸々と煮え立つような熱い何かが感じられた。
「これから何が始まるの?」
 美鈴が呟いた。
「救出作戦の立案じゃないか、突入班は多分俺達三人だと思うぞ」
 房人が他人事のように漏らすと、美鈴は目を丸くしてこう返した。
「救出作戦!?まだ生きているか死んでいるかも分からないのに?」
「絶対に生きているよ、あの二人は」
 政彦が自信たっぷりに答える。
「何でそんなことが言えるのよ?」
「俺の勘だ」
 政彦は美鈴にニヒルな顔つきで返して見せると、そのまま小島の後を追った。


 スコープを覗き込むと、照準線が丁度十字に交わる所でマッチの頭ほどの的が置いてある。的は気の幹を輪切りにして人間の頭の代用としたもので、その下には布に大鋸屑を詰めて作った胴体が付いていた。自分の意志を持たず、地面に刺した木の棒に縛り付けられた彼は、誰かの射撃の的になる為に世に生み出され存在しているのだ。
 的までの距離は丁度一二〇〇メートル。今までに習った事を全て出し切って射撃すれば、当てられない距離ではない。これが出来れば、一応は一人前として認められる。
「どうした、出来そうにないか?」
 横で評定用スコープを覗いている父さんが呟くと、今まで感じなかったプレッシャーが急に掛かり始め、頭の芯が強張ってくる。静かに息を深く吸い込んで吐き出して心を落ち着かせ、ギリースーツを着た身体が地面と一体になるようにこころのなかで言い聞かせた。そうすると、まるで身体が本当に自然の一部になったようにリラックスして、頭の中が次第にクリアになってきた。
 もう一度自然に息を吐き、心を落ち着かせる。息を吐くと、横風がほんの僅かに頭の上のギリーを揺らした。左からの風がかなり強い。少なく見積もっても四メートル以上の風が吹いていた。
 距離と風の計算を終えて、引き金に人差し指の第一関節を引っ掛ける。引き金を引く時は指の力を銃身と一直線になるように引いて、撃鉄が落ちる寸前のところまではゆっくりと、そして撃鉄が落ちる瞬間に、一気に引き金を引く。ドン。という音と共に衝撃が肩に伝わり、一瞬目を閉じそうになったが堪えた。ほんの一瞬だけ弾丸が飛んでいくのが見えると、そのまま的の方に向かって消えていった。当たったどうかは分からない。
 やることはやった。そう思うと身体の神経が一気に緩んで、そのまま肉体が地面に染み込んでしまいそうな気分だ。
「胸に命中。ご苦労さん」
 父さんが漏らすと、そのまま上体を起こして顔を見上げた。
「当たったの?」
 不安げに尋ねると、父さんはこっちを見て満足そうに笑い。こう言った。
「ああ、当たったよ。合格だ」
 その言葉を聞いて、今まで自分の中に残っていたものが全て綺麗に洗い流されて、身体が少し軽くなったような気分だ。
「さて戻るぞ。母さんに怒られたら堪らんからな」
 父さんは笑いながら呟くと、立ち上がって腰掛けていた椅子を畳み、ナイロンの袋に仕舞って歩き出した。
「早くしろ、置いていくぞ」
 父さんが急かすと、素早く荷物を纏めて小走りで後に続いた。
「これで教えた事は全部覚えたな。後は経験だけだ。こればっかりは自分で身につけろよ」
 父さんが満足そうに呟くと、その後を追いかけながらこんな事を聞いてみた。
「あのさ、ちょっと質問していい?」
「なんだ?」
「今まで俺に狙撃に関する色んな事を教えてくれたけれど、どうして教えてくれたの?その理由を聞かせてよ」
 そうすると父さんは一瞬困ったような顔をして、朗らかな様子でこう答えた。
「何でかって、俺にはこれくらいしか教えるものが無いからさ。なんていうか、お前には俺の持っているものを全て伝えておきたいんだ。それが親というものだろう」
「何時になったら使うのさ?」
「それはお前が決めろ。何かを成し遂げたい時、何かを守りたい時に必ず役に立つ筈だからさ」
 そう答えた時の父さんの顔は、今でもはっきり覚えている。もしかしたら、あの時既に自分の運命を悟っていたのかも知れない。悟っていたからこそ、自分の持っている技術を全て教えて、今の状況を生き抜く糧として与えておきたかったのだろう。だからこそ自分は今まで生き残れてきたのだ。


 淡い思い出を夢で見ていると、英司は自分が両腕から吊るされている事に気付いた。一体どうしてそのようになったのかはよく覚えていないが、殴られた時に気を失ってこんな風に吊るされたのだろう。出来ればもう少し気を失っていて、過去の楽しい思い出を回想していたかったがもう無理なようだ。さっき銃のグリップで殴られた側頭部が鈍く痛むと、次第にぼうっとしていた感覚が研ぎ澄まされて、意識がはっきりしてくる。ゆっくり目を開くと濡れたコンクリートの床とブーツを脱がされた自分の素足と、包皮が剥けはじめ毛が生えたばかりの性器が露わになっていることに気付く。だがこみ上げてきた感情は、羞恥心よりもこんな下らない格好をしている破目になった自分に対する憤りだった。
「起きたようだな。人殺し」
 薄暗い空間のどこかで竹森が呟いた。英司は頭をゆっくり上げて、未だにはっきりとしない意識のまま周囲を見回すと、目の前に竹森が愛想笑いを浮かべて立っていた。その奥には宇野と松井が立ち、入り口脇の壁には腕を組んだ海下が寄り掛かって、まるで轢死した小動物を見るような目で英司を見つめていた。
「気分はどうだ、寒いか?」
 竹森が左手で髪を鷲掴みしながら尋ねた。頭皮が強く引っ張られて、殴られた所が焼かれるように痛む。どうやら殴られてしまった時に切れたらしい。傷口に血の塊が付いている感覚がある。
「少しだけ、せめてズボンくらいは履かせてくれても良かったんじゃないんですか?」
 英司は自嘲するように答えた。万が一敵に捕まっても、決して反抗的な態度は取ってはいけない。たとえどんなに苦痛を伴う仕打ちを受けても決してそのような態度はとってはならない。これも英司が竹森に殺された父から教わった事の一つだった。
「男って言うのはたとえお前みたいな小僧でも、何を隠しているか分からん」
 竹森が笑いながら呟くと、彼の脇に居た松井が小さく苦笑いを漏らしたが、宇野と海下は押し黙ったままだった。竹森は掴んでいた髪を離すと、マルチカムのM65フィールドジャケットの右胸ポケットからラークとジッポを取り出し、火をつけて煙を吐き出して、英司に背中を向けながら感慨深げにこう言った。
「しかし、あれだな。しばらく見ないうちに神無英斗の息子がこんなに成長しちまうんだから、俺もオッサンになる訳だよな」
「知っているんですか?父さんを」
 英司が目を見開いて聞いた。竹森が父の名を口にしただけで、さっきまで重苦しかった頭が嘘のように軽くなった。
「知っているよ。前の戦争でちょっとな」
 竹森はラークを咥えたまま呟くと、顔を少しだけ英司の方に向けてこう続けた。
「しかし、どうして英斗の息子であるお前がここに居る?理由を聞かせてくれ」
 知っているくせに、何でこんな事を聞くのだろうこいつは。英司は侮蔑にも似た感情をかみ殺して、平静を装って言った。
「自分探しの旅ですよ。親を失った俺はこれからどうすればいいのかって、考えながら諸国を渡り歩いていたんですよ。ここに来たのは食い物でもないかなって思って立ち寄ったんです」
「なるほど、それであの娘との関係は?」
「武器で脅せば、一発ヤらせてもらえるかなって」
 その英司の答えが面白かったのか、竹森は口元を釣り上げて、腹から海洋哺乳類の鳴き声のような笑いを漏らした。その笑い声が高くなるに連れて、英司もそれに釣られて小さく笑い出した。
 そしてしばらく笑い続けると、竹森は顔面に毒を撒いたように顔から笑みを消して、まだ笑い続ける英司に向かってこう言い放った。
「出来の悪い冗談は止して置いた方がいいぞ」
 竹森は冷たく漏らすと、ズボンのポケットに突っ込んでいた右拳を引き抜いて近づき、まだ笑いかけていた英司のみぞおちに強烈な一撃を食らわした。肉がめり込む鈍い音が響くと、英司の胃と横隔膜が一気に押しつぶされ、息が出来なくなった英司は声を止めた。その衝撃で胃の中の胃液が一気に食道を駆け上り、半開きになった口の中が胃液の酸っぱさと苦さで一杯になった。
「前戯はこの辺りにしておいて、本題に入ろうか。お前の仲間は今何処にいる?」
 竹森は冷徹口調のまま、英司に詰め寄った。咥えていたラークを胸に押し付けると、胃液を吐き出した英司が苦しそうに答えた。
「そんなの教えろと言われても、俺があんたに教えるとでも?」
「下らん冗談は止せと言っただろう」
「どうせ教えた所で、あんたは俺と綾美を生かしちゃくれない。そんなのは分かっているんだよ」
 英司が反抗的な態度を取ると、竹森はもう一度腹に一撃を食らわして英司を黙らせた。そしてレッグホルスターからコルト・ガバメントを引き抜くと、スライド前後にセレーションの入った強化スライドを引いて、照準を英司の頭に合わせた。
「どうもお前は親父に似て無駄口が多いようだ。どうせ殺すならもう少しいたぶって地獄に叩き落してやろうかと思ったが、これまでみたいだな」
 竹森が引き金に掛けた人差し指に力を込めようとしたその瞬間、その様子を眺めていた海下が「待って下さい」と漏らした。
「何だ、こいつの利用方法でも思いついたか」
 竹森は英司の頭に照準を合わせたまま、海下に尋ねた。
「いえ、いくらなんでも殺すのは」
「こいつに助けられて同情でもする気になったというのか?この餓鬼は俺達の仲間を十五人以上殺している。生かしておくべきではないと思うが」
「もう少し時間をかければ、何か情報を聞き出せるかも知れませんよ」
「生憎そんな時間は無い。どんなに遅くても、夜明け頃には殺す」
 竹森が言い放つと、海下は苦い表情のまま口を閉じて、それから口を開こうとはしなかった。英司がそんな彼女の様子を眺めていると、竹森がまた彼に向かってこう冷たく言った。
「それにしても、お前は随分と人間を殺したよな。もう百人くらい殺してるんじゃないのか?」
「何?」
 英司は被っていた皮を脱ぎ捨てて、竹森に食い下がる。
「大勢死んだぞ、お前一人のせいで罪も無い人々が。あの娘を育てた男も親友も、皆死んだぞ」
「殺したのはお前達だろう。自分達の思想や理念に従わないからと言って相手を抹殺して何が楽しいんだ?」
「楽しくは無いさ。俺達はただ混沌とした時代には強い力を持ったものだけが生き残るという法則にしたがって生きているだけだ。かつての日本は太平洋戦争に敗北したせいでそれをアメリカによって忘れさせられた。その忘れられた本能を取り戻す為に行動している」
「人殺しの本能を呼び覚ます為に、意味も無い殺戮を繰り返すのか?クソみてぇだ・・・」
「そのきっかけを作ったのはお前だろう。それにお前だって、俺の仲間を十何人と殺しているが、それの大義名分は何だ。正義の為か?それとも仲間を守る為か?」
 竹森の挑発的態度が気に障ったのか、英司は瞳に力を込めて反論しようとした。が、口を開くより先に竹森の拳が英司の頬に飛び込んできて、頬の内側を歯で切ってしまった。
「お前は何の思想も、守るべき仲間も持たずに人の命を奪ってきたんだ。確かに俺達はお前の言うと通り自分達の考えに合わない連中を殺したり、武器で脅して搾取している。それは認めよう。だがな、そんな悪魔のような俺達にも守るべき仲間がいて、成し遂げたい事があるから行動しているんだ。例えそれが地獄のような社会であっても」
「自分達だけ特権階級になって、あとはどうでもいいのか」
「どうあがいても、今の人類に貧困を撲滅する事なんて不可能だ。有史以来の社会システムが構築した真理は、〝少数の富めるものが社会を動かし、無知で貧しい大多数の人間から搾取する〟それだけだ。レーニンも毛沢東もポル・ポトも、その真理を覆す事は出来なかった」
 竹森は自説を淡々と述べると、ガバメントをレッグホルスターに収めて、再び英司の髪を乱暴に掴んだ。
「今のお前は何の為に銃を握り、何の為に命がけで闘っている?山内が残したデータを守り抜く為か、それともあの娘を守る為か?もし、あの娘を救いたければ、仲間の場所を教えろ。そうすればお前とあの娘を解放してやる。そこから先は自分達で何とかできるだろう?」
 竹森が呟くと、英司は射抜くような目で竹森の目を見つめてこう言った。
「例え山犬に喰われてもお前の言う事なんか聞くものか。それに、俺にも絶対に失いたくない仲間がいる。だから、そいつらを守る為ならどんな仕打ちだって耐えられるし、どんな恐怖にも決して逃げたりしない」
「ほう。どうしてそんな事が言える?」
 竹森が意外そうに呟くと、英司は力強くゆっくりとこう続けた。
「綾美達と会って、俺は変わったんだ。もう一人で彷徨って、怒りや憎しみの感情から人の命は奪わない」
「大勢の命を奪っておいてよく言うよ。大量殺人を正当化するための詭弁か?」
 竹森は尚も英司の髪を強く引っ張る。切れた側頭部の傷がまた引っ張られて、英司は小さく呻き声を上げる。
「俺は父さんから人殺しの方法を教わった。けれどそれは何も考えずに行動して、他人を傷つける為に俺に教えてくれたんじゃない」
「命がけで守らないといけない何かを守るときに使う術だと言いたいのか、人殺しの技術が」
「お前だってそうだろ。自分とその仲間を守るために、何百人という人の命を奪ってるじゃないか」
 英司が答えると、竹森は無言のまま英司の左頬を思い切り殴った。奥歯が一本折れて、口の中が鉄臭い血の味で一杯になる。
「お前の親父も死ぬ間際にそんな事をほざいていたよ。何から何まであの男に似やがって・・・」
 竹森は怒りのこもった目で英司を見つめて呟くと、掴んでいた髪の毛を離し、咥えていたラークを英司の胸に押し付けて消すと、新しいラークをもう一本取り出して火を付け、英司に背中を向けて宇野と海下に言った。
「こいつをあの冷蔵庫に放り込んでおけ、夜明けと共に二人を殺す」
「いいのか?年頃の少年少女を同じ部屋に押し込めて」
 松井が嘲るように尋ねると、竹森は射抜くような視線を向けて、松井を睨み付けた。松井が思わずその眼力に圧されると、竹森は再び宇野と竹森に向かって「早くしろ」と言い放って、そのまま部屋を後にした。
「全く、あれじゃどっちが中二病だか分からんな」
 宇野は竹森が居なくなったのを見計らって呟いたが、誰として答える者は居なかった。海下は無言のまま英司に近づき、彼に向かってこう聞いた。
「悪あがきのつもり?大人しくしていれば、痛い思いをせずに済んだのに」
「自分に嘘をついてもしょうがないだろう」
「捕虜の任務を果たすより、個人の感情を優先する。あんた人殺しの才能は有っても、組織に馴染めないタイプのようね」
「そうだよ。だからこれからは自分の信念に従って生きていく。命がけで出来ることがあれば、それを成し遂げるまでだ」
「それは綾美を守ること?」
「今はな」
 英司が満足そうに答えると、海下は何故だか彼に対して羨望にも近い感情を抱いた。守るべきもの、成し遂げたい事があるという言葉を聴いただけで、自分と英司の間に決して越えられない壁のようなものがあるような気がした。
「私には分からない。誰よりも地獄を見て、純粋な心を捨て去った筈のあんたの口から、どうしてそんな事が言えるのよ?」
「俺にだって分からないよ。けれど、今は何だか凄く自然な気分で居られるんだ」
 英司の言葉に、海下は頭の中が処理落ちしたパソコンみたいにまどろんだ。反論したいのに反論できない。まるで恋愛感情と激しい憎悪が自分の中で行ったり来たりするような感じだ。
「どうしてあんたみたいなのがそんな風になるのよ。そしたらあたしは・・・」
「何だよ、俺が憎いのか?」
 英司が考えあぐねているような表情の海下に向かって呟くと、海下は手の甲で思い切り英司の下唇を打った。
「それ以上喋らないで!でないと本当に殺すわよ」
 海下は涙ぐんだような声で叫ぶと、横で二人のやり取りを呆然と眺めていた宇野と一緒に、英司を綾美の居る冷蔵庫に連れて行った。

 

 降り続けていた大粒の雨も夜の十二時を過ぎた辺りから次第に弱くなり、今では小雨になろうとしている。この調子で雨が弱まり続ければ、明け方にはきっと雨がやんで、辺りには澄み切った空気で一杯になる筈だ。
 房人、美鈴、政彦の三人は隠れていたセメント工場を離れて、英司と綾美が捕らわれているスーパーから一〇〇メートルばかり離れた、遺棄されたトヨタ・レジアスエースの中に潜んでいた。敵警戒線の内側であり、下手すれば敵に見つかってしまって全滅という事もありうるが、敵の裏を掻けそうな場所に偵察監視の陣地を築くのは、潜入偵察任務では一般的だった。
「何か異常は?」
 房人が小声で囁いた。彼の脇に居る政彦はさっきの任務で疲れてしまったために仮眠を取っていた。本来なら絶対にするべきではないが、何時間も冷たい雨に打たれていたので一時間ほど休息を取らせる事にしていた。
「特になし、こっちには気付いていないみたい」
 美鈴が同じように囁き声で答えた。後三時間もすれば、交代制を取っているとは言え警戒に就いている歩哨達の疲労もピークに達する。その時を狙うのだ。
「もし二人が死んでいたら、その時はどうするのよ?」
「考えたくは無いけれど、その時は引き上げるしかない。それで俺達が駄目になったら、小島さん達に渡したCDを届けてもらう」
「元々自衛隊に渡すものだったんだし、あたし達の任務はここで終わりじゃないの?」
「俺もそう考えたよ。けど、俺達には与えられた任務を最後までやり遂げる義務がある。最後がうやむやになるなんて、俺は嫌だね」
「確かに、ここで放り投げたら、何かね」
 と美鈴が漏らすと、ルーフを叩く雨音に混じって、濡れた地面をブーツで踏みしめる音が聞こえると、二人は一斉にフロアに身を隠して眠っていた政彦を揺り起こした。目を覚ました政彦はすぐに異変を察知して、側にいた房人に何事か?と尋ねようとしたが、彼が口元に手を持って来たので喋るのをやめた。美鈴は万が一の事態に備えて、銃口にサプレッサーを取り付けたM27IARの引き金に指を掛ける。
 息を潜めてじっと辺りの気配を探っていると、敵兵らしき男がこっちにやってくると、そのままズボンのボタンを外して、空気が抜けたタイヤに向かって放尿し始めた。これが俺の車だったら有無を言わさずにぶち殺してやるのにな、と房人が胸の中で呟くと、仲間の兵士が彼の元にやってきて、こう言い出した。
「おい、建物に戻れ。休憩の後捕虜の番兵だって」
「捕虜?あの小娘の事か。鍵をかけた部屋に閉じ込めておけばそれでいいんじゃないか?」
「それが、その小娘を助けに来た奴がいてさ、そいつの見張りをやれということらしい」
「助けに来た奴!驚いたな、そんな無鉄砲な奴が敵に居るとは」 
 敵の二人はしばらく話し込むと、そのまま車から離れていった。敵の気配が消え去り、車内がルーフを叩く雨音に再び包まれると、小さく溜息を漏らした美鈴がこう漏らした。
「どうやら、二人はまだ死んでいないみたいね」
「ああ、ラッキーだ。これで作戦通りに事が進むよ」
 房人が満足そうに呟く。
「ここで俺達がしっかりサポートしてやろうぜ。あいつらの未来の為にも」
 政彦は自分を奮い立たせるように呟くと、英司から預かったM24を強く握り締めて、自分達全員が最後まで生き残れますようにと願った。政彦も英司達と出会わなければ、あの朽ち果てたホテルから一生出る事も無く、広い世界を夢見る事なんて出来はしなかっただろう。けれど今は違う。英司と出会う事で、自分は狭い世界に引きこもらずに外に目を向けるきっかけを手に入れる事が出来た。だから、今度は自分が英司に未来を掴むきっかけを作ってやる番だ。

 暗くて汚れた冷蔵庫の中にずっと居ると、それまで張り詰めていた神経が自然と和らいで来て、他の事を考えたりする余裕が生まれてくる。暗くて狭い所にずっと居ると、多くの人間が母親の子宮にいた頃を思い出してリラックスした気分になるというが、これも多分そんな物なのだろう。ここは悪臭に満ちて汚い所だが、生きるという事は汚くて不潔な行為だ。と綾美は思った。そして小さく溜息を漏らして頭の中をすっきりさせると、あいつらに連れて行かれた英司の事が再び頭の中に思い起こされた。ここから聞いた感じでは、英司と竹森が何か話しているのが微かに分かったが、柔らかい部分を殴られる音が何回か響くと、英司の話し声が聞こえなくなった。英司が殴られる音が響く度に、綾美は何処かの小さな空間に入り込んで、そのまま音の無い世界に飛び立ってしまいたいと思った。しかし、命の危険を冒してまで助けに来てくれた英司を置いて、そんな事が出来るだろうか?それに彼は今自分の身代わりとなって、苦痛に耐えている。そもそも彼をこんな目に合わせたのは、自分が森の奥に迷い込んで山賊に襲われていた所を助けてもらったからだ。あの時深入りせずに戻っていれば、こんな事は起こっていない。そう考えると、綾美はこんな大事件を起こしてしまった責任を感じて、何だか自分が怖くなった。
 そんなこと考えていると突然鍵を開ける音がして、扉が乱暴に開き暗い冷蔵庫に光が差し込んだ。すると、服を脱がされた全裸の英司がゴミ袋みたいに投げ込まれた。
「英司!」
 綾美は小さく叫んで倒れた彼の身体を起こした。固いもので殴られたのか、口元は赤く腫れ上がり唇からは血を流している。英司は腹を抱えて綾美にもたれかかると、腹痛を堪える時のような呻き声を上げて、綾美の袖を強く握った。
「ちょっと腹を強く殴られたみたいだ」
 英司が苦しそうに漏らすと、そのまま吐く様に強く咳き込んだ。綾美は着ていた茶色のウィンドブレーカーを脱いで英司に着せると、上から彼の身体を擦った。
「気分はどう?」
「大丈夫、悪いね、気を遣わせて」
「いいよ、気にしないで」
 綾美は英司の身体を擦りながら、小さく答えた。英司は腹を抱えたまま身を縮めると、口の中に入ったままだった折れた奥歯を吐き出した。
「ひどい。あいつら、なんでこんな事をするの?」
「仲間を殺された仕返しだよ。本当なら、今すぐにでも殺されるような事を俺はしているのに」
 英司は呻き声を上げながら答えると、それから少し黙った。口の中で爆竹が弾けたみたいな状態だから、あまり口を動かしたくない。目を閉じると、綾美が擦っているところから痛みと疲労が和らいでいくような不思議な感覚を覚えた。
 しばらく横になっていると、口の中も元の感覚を取り戻して、強く殴られた腹の方も幾らか痛みが引いてきたが、内臓の位置がずれたような違和感は残ったままだった。
「ありがとう綾美。大分楽になったよ」
 英司はそう呟くと、そのまま腕を枕にして横になった。すると、綾美も同じように横になってそっと英司の腫れた頬を撫でた。綾美の白くて優しい指が触れる瞬間、英司は心臓がせり上がるような感覚を覚えた。
「どうして私の事なんか。元はといえば私の我侭が全ての原因なのに。どうして助けに来たのよ?私みたいな女なんて、掃いて捨てるほど居るのに」
 綾美が涙目で漏らすと、英司は彼女の目を見てこう反論した。
「さっき言ったろ、〝山内さんとの約束を果たしたい〟って」
「本当にそれだけ?」
 綾美は瞳から涙を一粒、夜空をかける流れ星のように流しながら、英司に食い下がる。英司は何か答えなければと思ったが、心が壊れた機械みたいにギィギィと聞こえない音を立てて、上手く答える事ができない。彼が鼻から息を吸い込む度、綾美の髪の匂いが頭の中に充満して、頭を余計にぼうっとさせる。
「死なせたくなかったんだ、綾美の事を」
 英司が言い訳がましく呟く。
「どうしてそう思ったの?」
 綾美がさらに尋ねると、英司は答えようとして激しく咳き込んだ。綾美は申し訳ない事をしたと思って謝ろうとしたが、英司は構わずに掠れたこう続けた。
「俺、分かったんだ。綾美や色んな人達と会って、自分が今何をするべきなのかを。綾美と出会うまでの俺は、あいつらが憎いって言う単純な理由で人を何人も殺してきた。けれど、綾美を助けて山内さんから東京まで情報を届ける任務を与えられた。それがきっかけで色んな人達と会ってさ、何だか自分が変わった様な気がするんだ」
 綾美は英司のうつろな目を見つめたまま、静かに腕を英司の肩に回す。
「もし綾美や皆と出会わなかったら、俺きっとあいつらより酷い事をしていたかも知れない。それこそ悪魔みたいな存在になって、大悪人として一生を終えたかも知れない。けれど、綾美や他の皆と一緒にここまで来て、そうならずに済んだ。だから、俺は自分の変えてくれた大切な人を失いたくないんだ。絶対に」
 英司が言い終えると綾美は英司の身体を一気に引き寄せ、嗚咽を押し殺すような声でこう答えた。
「そう、分かった。私も英司に会って、いろんな事を教えてもらったから」
「何もしてないよ、俺なんか、感謝しなくちゃいけないのは俺のほうだよ」
「そんなこと無いよ。私だって、英司と会って外の世界を見なければ世間知らずのお嬢ちゃんで終わっていたかも知れない」
 綾美はそう呟くと、そのまま英司の身体を強く抱きしめた。長い間裸で晒されていたのだろうか、身体の表面が冷え切り、筋肉が固くなっているのが分かる。
「私ね、英司に聞いてみたい事があったの。〝どうして私をあの時山賊から助けてくれたの?〟って、今は何だか、その理由が分かった気がする」
「あの時綾美を助けた理由?あれは多分、無意識のうちに自分の射撃の腕前を披露したいって言う気持ちがあったのと、たまたまいいカモが居たから撃ってやろうって言う出来心のせいだと思う。実を言うと、あの時は特別深く考えずに撃ったんだ」
 英司が綾美を助けた時の事を漏らすと、綾美はクスッと小さく笑って、こう答えた。
「じゃあ、英司はとってもラッキーだったんだね」
「そうだな、俺はラッキーだったんだ」
 英司も釣られて笑いながら答えると、再び激しく咳き込んだ。
「まだ、殴られた腹の調子が良くないみたいだ」
 英司が口元に溢れた胃液を拭うと、その手を綾美の手が優しく握る。英司は口元から笑みを消し去って、真剣な眼差しの綾美を見つめる。
「英司、約束して。必ず最後まで私を悲しませたりしないって」
 綾美が静かに呟くと、英司は彼女の手を握り締めてこう答えた。
「分かっている。絶対にそんなことはさせない。約束する」
「絶対に絶対だからね」
「うん」
 二人は見つめあったまま頷くと、そのまま目を閉じて互いの身体を抱き寄せた。お互いの心臓の音が耳に響き、心地良い子守唄となって、二人はしばらくの間だけ眠りに就いたが、英司だけは直ぐに目を覚まして、外の番兵が何をしているのか耳を澄ました。
 しばらくすると、コンクリートの床を固いブーツの底で踏みしめる音が聞こえてきた。綾美は既に微かな寝息を立てているから、外の様子がよく聞こえる。数は一人、見張りの交代だろうか。
「ご苦労さん。交代に来たぞ」
 ドアの向こうで、若い男の声が聞こえる。
「ありがとう。俺は外の見張りに就くから夜明けまで頼むよ」
「了解だ。そこの脇にある箱の中身は?」
「あいつの装備一式だと。一応預かっておけだってさ」
「奴の様子は?中で暴れたりしていないのか?」
「冷蔵庫にぶち込んでからは大人しいもんさ。ひょっとしたら、中で彼女と静かにお楽しみ中かも知れん。でも、一応中の様子には注意してくれ」
 番兵が語尾を釣り上げるようにして呟くと、二人は卑猥な声で笑った。英司は二人の笑い声に静かな怒りを感じながら、そのまま盗み聞きを続ける。
「とにかく、後を頼んだぞ」
 番兵の男はそう言い捨てると、ブーツで足音を鳴らしながらその場を去って、新たに来た兵士と任務を替わった。情報らしい情報といえば自分の装備がすぐ近くにあることくらいだが、ここから脱出する隙はありそうだった。
 すると、英司の直ぐ脇で寝ていた綾美が彼の襟元を掴んだ。彼女を起こしてしまったと思った英司は視線を綾美の方に向けると、白雪姫のように眠った綾美は微かな寝言をこう漏らした。
「絶対にだよ」
 英司は小さく頷くと、そのまま綾美を優しく抱きしめて目を閉じた。
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