文字数 9,451文字

 真っ暗の深い森の中を、湿った地面をブーツで踏みしめる音と、息を切らしながら走りぬける音だけが響く。真っ暗な森の中は足元に木の根っこや窪みがあるから、平坦な地を走るようには早く走れない。しかも本州の森は山間部に多く、傾斜している地形が多いから普通に走るだけでも体力を消耗した。昔の人間には出来た芸当かも知れないが、文明社会に長く浸かっていた現代人とその子孫にはちょっときつかった。改めて森に住む夜目の効く動物達の身軽さに感服する瞬間だ。
 そんなことを考えながら森の中を駆け抜けていると、闇の向こうでうごめく人の影が見えた。周りには何人か警戒で立っている人間が何人かいるが、後の何人かは横になって休んでいた。
見張りの一人が「誰か?」と尋ねると、走りながら「俺だ。偵察から戻った」とだけ答えて、隊長のところに向かっていった。
「報告します。ここから二キロほど南西の茂みの中で、山賊のものと思われる死体を発見しました」
 息を切らしながら報告すると、隊長からこんな言葉が返ってきた。
「山賊同士の小競り合いで死んだ連中の死体じゃないのか?」
「いえ違います。頭部を7・62mm弾で撃たれたらしく、近くには薬莢も二本落ちていました」
 彼はそう答えると、回収した二本の薬莢を隊長に手渡した。隊長はそれを受け取ると、「ミスを犯したようだな」と独り言を漏らした。
「ご苦労だった。下っていいぞ」
 隊長はそう薬莢を見つめながら答えると、偵察員は一礼してその場を離れた。
「どうかしましたか?竹森さん」
 竹森と呼ばれた男の脇からM203グレネードランチャーつきのM16A4を肩から提げた男が声をかけた。竹森真太は薬莢を見つめたままこう答えた。
「どうやら、すばしっこい山猫が痕跡を残したようだぞ。宇野」
 竹森は持っていた薬莢を宇野良祐に見せた。
「奴のですか?」
「間違いない。雷管の部分をみたら7・62mm弾のマッチグレードだ。64式の減装弾や通常のNATO弾とは異なる。狙撃銃に使われる高品質の実包だ」
「では、奴がすぐそこに?」
「ここから二キロほど南西の場所で偵察が山賊の死体を見つけた。奴の仕業だろう」
「追跡しますか?」
 宇野は竹森に質問した。
「どうするかな、兵士達はここ数日の移動でかなり疲れているし、この闇の中をカモフラージュしているスナイパー一人を見つけるのは至難の業だ。赤外線カメラでもあれば楽だろうが、生憎そんな高価なものはない」
 竹森は残念そうな表情でそう呟き、持っていた薬莢をM65フィールドジャケットの左胸ポケットに仕舞うと、宇野に地図を見せるように指示した。宇野はマップケースの中から地図を取り出し、竹森に渡した。
 等高線の入った地図には追跡目標に狙撃された場所や時刻がペンで記入されていた。既に追跡目標による被害は彼の部隊だけで四人にも及んだ。他の部隊の被害も入れると、その数は十二人にも及んだ。さっきの山賊もカウントに入れれば、奴は十四人の人間を地獄に送った事になる。竹森は地図をライトで照らしながら、現在位置から二キロ南西の位置、そしてその先にあるものを確認した。その先には、自分達に食料や情報を納めているはずの小さな村があった。
「この先に小さい村がある。我々に定期的に食料や衣類なんかを収めている村だ。ここにはまだ我々は行った事はないな」
「ええ確か、他の部隊が接触を図っています。奴はここに逃げ込んだのでしょうか?」
「おそらくな、それにここは我々の勢力圏の一番端に位置している。それに我々と村の人間が接触を図るのは我々が日時を指定するのがほとんどだ」
「つまり?」
 宇野の問いかけに竹森はにやりと不敵な笑みを口元に浮かべ、こう答えた。
「アポなしで乗り込んでみようじゃないか」
 暗い森の中で、完全武装の殺人集団は獲物を狙いすます猛獣のように、じっと息を潜めていた。


 次の日の朝、英司は村の誰よりも早く目覚めた。久しぶりの布団は草の上にポンチョに包まって眠るより遥かに寝心地が良かったが、習性とは恐ろしいもので、安全だと判っていても身体は常に周囲の気配に気を配っていた。
 布団から這い出て、近くに畳んである自分の服に袖を通す。お気に入りのタイガーストライプパターンのズボンを履き、さらにオリーブドラブのM51パーカーを羽織って、周りの人を起こさないようにゆっくりと外に出る。
 家の外は灰色とオレンジ色を混ぜた柔らかな光に包まれていて、夜中に降りた夜露は近くの草を濡らして、太陽の光を反射している。鼻から深呼吸すると、頭の芯がすっと軽くなるような感触がする。
 英司は背中でまだ眠っている人たちの寝息を感じながら、村全体を一周するように歩いた。彼が入ってきた南西の入り口には近くに畑があり、そこから小さい道を挟んだ向こうにはキュウリとナスが植えてあった。そのまま村の中心部に向かって歩いていくと、右端に彼が昨日風呂に入れてもらった家、その反対側に山内が何かパソコンでデータの処理をしていた家があった。近くによってパソコンや通信機器の置いてある部屋の側によって見ると、アンテナや発電機の類はすぐに隠せるようにしてあった。
 すると、どこからとも無く鶏の糞の臭いが漂ってきた。匂いのした方向を見ると、小さな鶏小屋の中に三羽の白い鶏が既に目を覚ましてコッコッと鳴きながら歩き回っていた。英司はその鶏小屋に近づいて、鶏の瞳を覗き込んだ。すると背後に人の気配を感じて勢い良く振り向く、英司が振り向くと、手に籠を持った綾美が驚いた様子で突っ立っていた。
「綾美か、おはよう」
 英司は口篭るように答えた。綾美は昨日のことがまだ気になっているのか、英司を見つめたままだ呆然としている。少し遅れて「おはよう」と震えるような声で答えた。
「早いんだね、朝。もう少し寝ていればいいのに」
「まあね、なんだか落ち着かなくて」
「そう」
 綾美が頷く。
「こんな朝早くから何を?」
 英司は綾美に聞いた。
「朝ごはんに使う卵を持ってこようと思って」
 綾美がどこか申し訳なさそうに答えると、英司はそっと彼女の前から退いた。
「ありがとう」
 綾美は礼を言って鶏小屋の中に入った。

 英司は朝食を終えると、自分の荷物をすぐにまとめて、家の入り口に立った。
「どこに行くの?」
 食器を片付けているミレナが聞いた。英司は無愛想な感じのまま彼らの方を振り向き、素っ気無くこう言った。
「短い間でしたけれどお世話になりました。僕はこれでもう失礼します」
「ちょっと、いきなり何よ、突然」
 ミレナは驚いた様子で呟き、こう続けた。
「ただ飯を食っただけでばっくれる気?我侭な奴ね、ロクなお礼もしないで」
 ミレナは頭を掻きながら英司に言った。すると綾美が英司の側により、袖を掴んでこう言った。
「そんな、いきなりそれはないよ。もう少しここに居ればいいじゃない。行く所はないんでしょう?」
「行く所は無いけれど、だからと言ってずっとこの村の世話になるつもりは無いよ。飯も食わせてもらったし、風呂にも入れてくれた。それだけで十分だよ」
「だけど、いきなりすぎるよ」
 綾美がそこで口籠ると、奥のほうから山内がやって来た。山内は荷物をまとめてすぐにでも旅たちそうな英司を見て「もう行ってしまうのかい?」と尋ねた。
「はい、短い間でしたけれど、泊めていただいてありがとうございます」
 英司はそう言うと、山内に対して頭を下げた。
「そうか」
 山内は呟きながら、何か考えている様子だった。そして暫く考え込んでいると、何かを思い出したようだった。
「ちょっと待ってくれないか」
 山内は一言そう言うと、奥の方に再び引っ込んだ。暫くすると、山内は手に何かを持って現れた。
「コイツを持って東京に向かってくれないか?」
 山内は透明な防水パック二つに入ったUSBを見せた。
「我々が収集した敵勢力の情報だ。中には敵の指揮官の顔とプロフィールに、部隊の規模と編成、装備する武器などが記録されている。君のご両親を殺した連中の情報も入っているだろう。これを東京まで運んでくれ」
「ちょっと、山内さんまで何言い出すのよ?」
 ミレナが山内に言った。
「大丈夫、彼は私たちを裏切るような事はしないよ。それは私が保証する」
「アタシはそいつを信用できないよ。何の前フリもなくここを出て行くなんて言い出す奴の事は」
「ちょっと他人との意思疎通が苦手なだけだろう?」
 山内の言葉に、英司は黙ったままだった。英司はUSBをバックパックに納めて、それを背負った。
「君なら出来ると信じているよ。ここから二日ほど歩いた所に、私の仲間が居る村がある。かなり重武装の村だ。そこに行って寺田という男に会ってくれ。彼ならきっと力になってくれる筈だ」
 山内が言うと、英司は「失礼します。お世話になりました」と一言答えて、家を出ようとした。
「一人で大丈夫なの?誰かこの村の人間を付けなくていいの?」
 ミレナが言った。
「確かにそれもそうだな。誰か適当なの人物は居ないかな」
 山内がそう呟くと、誰か適役は居ないだろうか考えた。すると、申し訳なさそうに山内の目を見つめている綾美に気付いた。山内が目を合わせると、綾美はすぐに明後日の方向に視線をずらした。喉の辺りに何か詰まっているのだろか、口元がかすかに歪んでいる。
「どうかしたのか?」
 山内は綾美に尋ねた。綾美は目を背けたまま「別に」と返した。
「何か言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったほうがいいぞ」
 山内は再度綾美に問いかけたが、反応は無かった。山内は小さく溜息を漏らして、あることを切り出した。
「そういえば、綾美はこの村ではなく、色んな所に行って人の役に立つ事がしたいんだよな?」
 綾美は何か得体の知れないものを暗闇で踏み潰したような顔になって、山内の方を見た。
「もしその気が今でもあるのなら、ちょっと過酷だがやってみてはどうだ?」
「ちょっと、いきなり何言い出すんですか?」
 ミレナが声を荒げながら山内に詰め寄った。山内は横目でミレナをあしらうと、今度は綾美の大きな黒目を見つめた。
「どうする?」
 山内の言葉に、綾美は静かに頷いた。
「なら決まりだな。すぐに出発の準備をしてくれ、二十分で荷物を用意するんだ」
 山内が呟くと、綾美は部屋の中に入って自分の荷物を取りに向かった。



 それから二十分ちょっとの時間で、綾美がこれからの移動に必要な荷物を揃え終ると、英司と二人で村の中央に集まった。山内から渡されたUSBは二人がそれぞれ持つ事になった。見送りには、ミレナや山内のほかに何人かの村の人間が見送りに集まった。
「食料に飲料水、毛布やほかに必要なものはバックパックに入っているから、頻繁に使うようなものはポーチの中にいれておきなさい」
 太った女性が綾美に荷物の点検をさせながら言った。荷物の点検が一通り終わると、山内が綾美の前に出てあるものを差し出した。
「これを持って行け」
 山内はそう言うと、持っていたワルサーPPKを綾美に手渡した。ズシリとした重みと金属の冷たい手触りが綾美に伝わる。
「何かあっては困る。持って行きなさい。使い方は前に教えた事があるから大丈夫だろう?」
「でも、私まだ一度も撃った事はないよ……」
 綾美は不安げに呟いた。
「何かあったら彼に聞くといい、教えてくれるだろう」
 山内はそこで終えると、視線を英司の方にずらした。するとズボンのポケットから白い封筒を取り出し、英司に手渡した。
「村に着いたらこれを渡すといい。私の代理証明書みたいなものだ。それじゃ、綾美のことを頼むよ」
 山内はそう言うと、パンと英司の肩を叩いた。英司は手渡された封筒を、濡れないように雑嚢の中に仕舞った。
「本当に平気なの?こんな奴と一緒で」
 ミレナが綾美に不安げに尋ねた。英司とは目を合わせなかったが、ミレナが自分の事をあまり信用していないのは肌で分かった。
「大丈夫だよ。彼は意外と優しいし、分からないことがあったら教えてくれるだろうから」
「必ず戻ってきてね。約束だよ」
 ミレナは綾美の両手を手に取ると、強く握り締めた。
「じゃあ、行って来るね」
 綾美は一言笑顔で答えて、足元に居たユウスケに「行って来るね」と呟いた。
「それじゃ、行こうか」
 英司が素っ気無く答えると、二人は南西の方角に向かって歩き出した。山内の話によれば、ここから二日ほど歩いた所に山内の仲間の居る村があるらしい。まずはそこに向かえとのことだから、そこにたどり着く事だけを考えた。村の方から期待と不安が混じった独特の感触を背中で感じながら、二人は歩いた。
 村を出ると、二人は森の中に入った。森の中には村の人間や他の人間が通る時に使うだろう。小さな道のようなものが森の中にあった。英司はそこを離れて、山内から貰った地図とコンパス、それと歩測を使って現在位置を確認しながら森の中を進んだ。
「道はあっちだよ」
 綾美が英司に言った。
「道は野盗なんかが待ち伏せしている事がある。だから道を通らないで行く」
「迷わないの?」
「歩数とコンパスで現在位置を確認しながら進む。そうすれば余計な連中と出会わないで済む」
 英司の答えに綾美はなるほどと頷いた。森の中での行動の知識や経験は英司の方がどう考えても上だったので、余計な事は言わないことにした。
「歩く時は草や枝を踏まないようにして、泥濘や小石なんかも」
「それじゃ歩けないよ」
「へんな集団に追いかけられたいの?痕跡を残したら追跡されるよ。それに必要ないときは何も喋らないようにして。森の中で人間の話し声は遠くまで聞こえる」
 英司の言葉に綾美は口をつぐんだ。確かに、こんな森の中で殺されるのはごめんだった。綾美は分かったと頷いて、痕跡を残さないように山の斜面に沿うようにして、森の中を歩いた。
 綾美には森の中がまるで別世界のような顔つきで自分を見下ろしているような気がした。英司と一緒に行動しているせいなのかも知れないが、自分を取り囲むものすべてが表面の皮を捨て去って、冷酷でごつごつした何かを向けられているような感じがした。足元が窄まっていって、冷たい風が吹き抜けるような気分だ。

 ミレナは、綾美と英司を見送った後、きのうやり残した仕事を片付けて、暇な時間をもてあましている所だった。綾美が居れば英司について何か小言の一言二言でも漏らそうと思っていたが、生憎その綾美は話題の主と一緒に居なくなってしまった。
 するべきことはもう既に終わってしまったので、話の相手を無くして暇そうにしているであろうユウスケの元に向かった。ユウスケは案の定暇をもてあましている様子で、つまらなそうな顔をして木の枝で地面を弄っていた。
「ユウスケ」
 ミレナは優しく声をかけた。ユウスケはミレナの声に反応して、彼女のほうを見上げる。
「綾美が居なくなると寂しい?アタシでよかったら、話の相手になってあげようか?」
「あのでっかい袋を持った奴が、綾美姉ちゃんを持っていた」
ユウスケは怒ったような顔で呟いた。その子供らしい反応に、ミレナは思わず口元が緩んだ。でっかい袋。というのは英司が持っていたライフルバッグの事だろう。
「綾美が居なくなって寂しい?」
「寂しくは無いよ。暫くすれば戻ってくるもん」
「そうね」
 ミレナが微笑みながら答えると、不意に黒い何かが背骨と服の間を通り抜けるような嫌な感覚を感じた。振り返ってみると奥の森の方から銃を持った男達がこちらに向かってくるのが見えた。ミレナはすぐに悪い奴らだと思い、ユウスケを連れて近くの小屋に逃げ込んだ。一体何が起こったのかミレナにもよく分らなかったが、判断よりも直感に任せる事にした。
「何人か散開させて村を包囲しろ、逃げ出す者が居たら構わずに撃て」
 竹森は宇野に指示すると、宇野は何人かの部下に監視の位置につくように指示した。彼らは皆、M16A4ライフルやM4カービンで武装している。彼らが駆け足で村を囲むように展開すると、それに気付いた村人達が一斉に騒ぎ始めた。
「何が始まるの?あいつらは何者なの」
 ユウスケがミレナのズボンを引っ張りながら不安げに聞いた。
「大丈夫よ、心配しないで」
 ミレナはユウスケの頭を撫でながら答えた。
「家の中に居る者は出てきてくれ、出てきて集まってくれ」
 ゲリラ兵士の一人が村人に集まるように指示した。村人達は不安げな表情のまま村の広場に集まっていく。ミレナはその様子を家の窓から覗きながら、ユウスケを抱きかかえたまま家の中に閉じこもった。
「かなりまずい状況じゃないですか」
 山内の脇に居た男が囁いた。
「全くだ。しかも担いでいるのが全員AR15系統の銃ときやがった。多分竹森の部隊だろう。連中は正に血も涙も無い集団だ。とんでもない連中が尋ねてきたもんだ。パソコンの中のデータを見られたら、大変な事になるぞ」
 山内はそう呟くと、英司がゲリラの連中に追いかけられているという話を思い出した。災難は続くものなんだなと思った。
「どうします、抵抗しますか?」
 男がそっと山内に尋ねる。
「無理だな、この状況下では流れに身を任せるしか無いだろうが、出来る限りの時間稼ぎはする。隙を見たら何人か連れて逃げ出してくれ」
 山内は悔しさを滲ませながら答えた。戦争が終わり、ようやく他人を信じてもいい時代が来るかもしれないと思った途端にこの醜態だ。それをこんな言い訳で誤魔化すなんて、俺は死んだら絶対に地獄に行かなければならないだろうなと思った。
村人たちが広場に集まると、残りの兵士達が村の人間を囲むように広がった。兵士達はまるで弱った獲物を狙う獣のように見えた。安全装置を解除するカチ、カチという金属音が聞こえてくる。
「一体何の御用ですか?取り決めで決めた納入の日はまだ大分先ですけれど」
 村の代表者である山内が丁寧な言葉遣いでゲリラの人間に尋ねた。竹森は虫けらでも見下すかのような目つきで、こう答えた。
「この村に最近来客は無かったかな?背の低い、まだ歳幅もいかない少年なんだが」
「そのような人間は最近というか、全く見かけた覚えがありませんが」
「この村から二キロほど離れた所に、山賊の死体が藪の中に隠してあったんだが、知らなかったか?」
「いえ、ここ最近森の中に入った者は居ませんので」
「そうか」
 竹森は残念そうな表情を作って呟くと、少し長めの髪を掻き揚げた。すると一人のゲリラ兵士が駆け足で竹森の側に寄ってきた。どうやら何か見つけたらしい。
「こちらに来てください」
 報告を受けた竹森は駆け足でその兵士と共にその見つけた物のところに向かった。向かった先はおそらく自分の家だろう。覚悟を決めなければと山内は思った。
「あいつ等、山内さんの家に向かっているよ」
 外の様子を伺っていたユウスケが呟いた。このままではこの村の秘密がばれてしまう。とミレナは思った。
 竹森とゲリラの兵士は土足で山内の家に上がり、乱暴に部屋のドアを開けた。あけたドアの向こうには通信用の機材とパソコンが何台か置かれていた。
「これは高価な品物だ」
 竹森はそう呟くと、兵士に村の人間を連れてくるように指示した。しばらくすると、二人の兵士に連れられた山内がやって来た。
「説明してくれないかな?」
 竹森が言った。山内は黙ったままやり過ごした。
「説明できないという事は、こちらが勝手に調べても構わない。と受け止めていいのかな?」
「そういうことだな」
 山内は口調を切り替えた。竹森は顎でパソコンの使い方の分るものを連れてくるように指示した。
 パソコンが分かる兵士がやって来てパソコンの電源を入れると、手馴れた手つきでパソコンの中のデータを調べ始めた。中には彼らの組織の主要幹部に関するデータが入ったファイルが、厳重にロックされ保存されていた。キーボードを叩く音がまるで時限爆弾のタイマーのような音を奏でる。
「これはたいしたもんだ、苦労したろう」
 竹森はパソコンの画面を見つめながら呟くと、横目で山内の表情を伺った。山内は覚悟を決めているのだろうか、口元に笑みを浮かべているようだった。
「可笑しいのか?」
「いまさら泣いても仕方が無いだろう」
 山内が答えると、竹森は彼を外に連れ出すように指示した。パソコンのファイルを全て開いて中の情報を確認し終えると、パソコンごとデータを処分するように担当の兵士に行って外に出た。
 外では村人達が不安げな顔をして彼の表情を伺っていた。山内は村人達の目の前で跪かされ、背中に銃口を向けられていた。竹森は山内の側に立ち村人達にこういった。
「どうやら君達の代表は、無害そうな顔をして大きな裏切り行為を行っていたらしい」
 竹森はそこで言葉を止めて、村人達の表情を一人一人伺った。これから起こることを予測しているのだろうか、皆表情が硬い。
「説明する事も無いと思うが、ここに居る彼は我々の情報を収集してどうやら敵対者に提供していたらしい。そのツケは簡単に払えるものではない」
 竹森はそう言うと、太もものレッグホルスターからコルト・ガバメントを抜いてスライドを引き、銃口を山内のこめかみに当てた。村人たちの表情が凍りつくのが竹森には肌で分った。
「何が始まるの?」
 ミレナはユウスケを抱きしめながら呟いた。二人が隠れた小屋からは、跪いた山内の姿が見える程度だった。
「なにか言い残すことは?」
「特にはない。もう何年も前から人が苦しんで死んでいくのを目の前で見てきた。地獄なら生きているうちに味わったよ。あえて言うならこれからの世代の事が気になるけれど、この状況で気にしてもしょうがない」
「他には?」
「あえて言うならば、争いの無い世界を次の世代に残しておけなかったことかな」
 山内は淡々と答えながら、目で周囲を見回した。どうやら隙を見て逃げ出せる状況には無いようだ。皆済まない。と胸の中で村人達に謝った。
「優しい言葉だな」
 竹森はそう呟くと、銃の引き金を引いた。パンという金属がはじけるような音がして、山内のこめかみが砕けた花瓶のように砕け散って、辺りに血と脳漿が飛び散った。その光景を見て、村の若い女が彼らの居る空間を切り裂くような悲鳴を上げた。
 竹森は銃をホルスターに仕舞うと、山内の死体に一瞥をくれて宇野の側に寄った。後ろからは、女の悲鳴がまだ聞こえる。
「連中はどうします?」
 宇野が聞いた。
「そうだな、気に入った女が居たら好きにしていい。残りは何か情報を持ってないか取り調べてみろ。あの情報の行き先が気になる」
「全部終わったら?」
「全員殺せ。そしたら奴の追跡を再開する」
 竹森はそう言うと、次に何をすべきか考える為にその場を離れた。
 ミレナは山内が頭を撃たれて目の前に倒れてゆくのをこの眼で見た。親しい人間の残酷な最後の姿に思わず悲鳴を上げそうになったが、必死で恐怖を喉元に押しとどめた。ユウスケも何が起こったのかわかったようで、震えながらミレナの身体に必死でしがみ付いた。 
 小屋の粗末な板の壁の向こうから叫び声や銃声、怒号などが聞こえてきくる。二人は必死に心の耳をふさいだが、額を伝ってくる冷たい冷や汗が心の耳に隙間を空けさせた。
 やがて叫び声や銃声は聞こえなくなった。村は平静を取り戻したようだったが、かつてこの村に溢れていた笑顔や笑い声は消えて無くなっていた。今この村に残っているのは人の姿形をした何かと血の臭い。それに恐怖と深い悲しみだった。
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