プロローグ

文字数 1,758文字

 二〇一〇年代以降、世界の所得格差は拡大し、二〇二〇年代初頭の新型感染症の世界的蔓延による景気後退が深刻化していた。
 そこに追い討ちを掛ける最悪の事態が起きた。長らく上昇傾向にあった中国経済バブルが崩壊し、中国経済が大不況に陥ってしまったのだ。勿論それは中国に進出している企業も同じで、日本や欧米の多くの企業が事業計画の見直しや現地法人の清算等を余儀なくされた。中国政府は軍事予算を縮小し、経営難の大企業や金融機関に公的資金を導入するなどの解決策を行ったが実らず。多くの工場が閉鎖され人員整理で首を切られた失業者が町に溢れかえり、中国国民の不満は次第に大きくなり、また軍事予算を削減されたことによる軍の不満も高まっていた。
 そして止めを刺す出来事が起きた。中国政府が何か国民の不満を紛らわすいい方法はないかと考えあぐねている所に、台湾沖で中国海軍と台湾海軍の艦船による小競り合いが発生した。これに中国内の世論が一気に台湾討伐へと傾き、中国政府は国内の不満を紛らわす為に台湾へと侵攻を開始する。最悪の決断ではあったが、ここで引いてしまえば十五億人の不満は全て政府に向けられ、体制崩壊も免れない状況になってしまう。そこで仕方なく限定的な軍事衝突という形で台湾に侵攻を開始したが、開戦早々に台湾は中国共産党政府に対し徹底抗戦すると世界に発信した。そのせいで長くても一週間程度で終わるはずだった戦争が無駄に長引く結果になり、米国や他国の武力介入を与える隙を作ってしまった。
 ここで中国を叩き潰せば再びアジア太平洋地域における主導権を握り、長期的に権益を得られると読んだアメリカは対中政策を一転し、台湾支援の名の元、現有兵力のおよそ半分を太平洋地域や日本各地の米軍基地に派兵したのだ。中東、西アジアの二つの戦争の失敗による低迷を続けていたアメリカは、第二次世界大戦のように保有する全ての重工業設備を兵器製造業に回した。そうする事で戦争に勝利し、失職した労働者に雇用を与えジリ貧の中小企業を生き返らせ再び世界の主導権を握るためだった。
 戦火は次第に大きくなり、戦いは台湾問題から米中の覇権争いへと様相を変えていった。そして米軍に協力する日本国自衛隊とその国家も当然攻撃対象になり、長らく平和が続いた日本国内にもミサイルや砲弾が降り注いだ。そして会戦から半年後、能登半島から遂に中国軍が日本本土に上陸、戦火は瞬く間に本州から日本各地へと広がっていた。そして同じ時期、世界的な軍事的関心が極東に注目している際、ロシアの両国家主義的独裁政権が、ユーラシア西部を支配下に置くべく欧州各国に軍事侵攻を開始した。国連はその機能と役割を失い、制御の出来なくなった戦火は最終兵器の使用寸前まで世界を破壊したが、人類は滅亡を免れた。
 しかし問題はこれからだった。世界経済を引っ張っていた多くの経済大国がこの戦争で破綻してしまったのだ。二十世紀初頭から世界の超大国だったアメリカはこの戦争で全ての貿易相手国を失い、中国も内戦でそれまでに築き上げた全てを失ってしまった。 
 世界的な商取引が無くなってからは各国は不況の一途を辿り、多くの国々でインフレや失業率の悪化などの混乱を招いてしまった。
 そして一番の被害を受けたのは日本だ。東京、大阪、名古屋、札幌、福岡といった全ての主要都市の機能が壊滅し、海外はおろか国内での経済活動もままならなくなった。インフラはズタズタにされ、各地で人々が電気も水道もガスも無い最貧国並の生活を送る事になった。さらに輸入に頼っていた食糧事情も悪化し、インフレによって米一キログラム辺りの単価は九千円までに達した。海外や国連から援助という形で少しは食糧が入っては来たが、一度配給所を設置すると大勢の人々が群がり、死者まで出る有様だった。
 そんな中で台頭してきたのが暴力支配により、新しい国家創立を目指す各地の武装勢力だった。彼らは戦争の原因を「米中両国の板挟みになって双方に媚びる事しか出来なかった政府の責任」とし、各地で団結を呼びかけ、さらに政府の管理下にあった自衛隊や米中両軍の武器を奪い、武力闘争を展開し始めた。それから十数年、この極東の島国は日の出の光を見ないまま、混沌とした暗闇の中を満身創痍で彷徨い続けていた。
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