第26話 小人の関ヶ原

文字数 2,255文字

 昔のことを調べるのが趣味でね。歴史の教科書っていったら偉い人がゴシック体で書かれて、何とかいう戦争や事件があって……なんて感じだったけど、それだけが歴史じゃないからね。

 一般の人たちがどんなふうに生きていたか、随筆やら日記やら読んでいると、それがわかって面白いんだよ。

 好きこそものの何とやらで、いや、へたの横好きっていうこともあるけど、独学で古文書もある程度、読めるようになったんでね。

 江戸時代の古文書だったら、ちょっと勉強すれば読めるようになるよ。手書きだから字のうまい、へたはあるし、墨のぐあいで判読しづらいのもあるけど、古文たって日本語だしね。

 去年の春先だったな。神田の古書街で和綴の本を手に入れたんだ。

 嘉永年間、松前伊豆守の家来が書いた日記だっていうことでな。

 全体でも半年ほどしか書いていないし、しかも日にちがとびとびだしで、史料としては全然価値はない。三、四十ページくらいしかなかったし。

 ちょっとその頃、新撰組に興味がむいててさ、幹部格に永倉新八って人がいるだろう……知ってる? うん、その永倉はね、江戸の松前藩邸の中にある、長屋にいたんだよ。

 ちょうど時期が合うから、ひょっとしたら永倉のことが書いてあるんじゃないかなって思ってさ。うん、その日記の作者も常時、江戸詰めだったから。

 でもさ、いざ、うねうねした字を読み取ってったら全く載ってなかったんだよね、これが。

 神田といえば昔さ、小説を一本書くのにトラック一台分の史料を買いあさった白髪おやじがいたらしんだけど、俺はちょっと新撰組に興味あったってだけだし、ハズレを引いたからって他の古文書を探そうとは思わなかった。

 衝動買いでもなかったんだけど、立ち読みして「永倉」って字をその中から探すほど高い値段がついてなかったからね……まあ、後悔先に立たずさ。

 それでも、松前藩の江戸詰めの藩士が過去のある一日、どう過ごしたんだろうって興味はあったからね。読み進めていったら、こんなことが書いてあった。

 嘉永六年七月。前の月に、ペリーが浦賀にきていた。そんな時分の話。

 ええとな。「この怪談、近頃市井にて噂せりとて、かつを売より聞きたり」って具合に始まって。

 夜、横になっていると、どこからともなく多数の侍が現れたんだと。それがみんな小人で、一寸にも足りないくらい。

 小人なりに、鎧兜の装いで、旗指物や火縄銃を持ったものもいる。

 布団の左脇にそいつらが、わらわら集まってきてな。あきれて見ているうちに、二手に分かれていく。

 似たような色合いの者どうしでかたまって、あちこちに散らばって……何だか、陣取りをしているようだ。大きな一団もあれば、ほんの数人ほどの一団もある。

 それが喊声をあげたかと思うと……いくさを開始したんだ。

 一寸くらいの小人っていっても、いっせいに大騒ぎを始めたから、うるさいことこの上ない。

 はっと気づいて家人を呼んだんだが、誰も答えなかった。そもそも小身の藩士だから、家族しかいない。

 ああ、ほんとうにいくさをしていてね、倒れるやつもいれば、これもごく小さいんだが……馬に踏まれるやつもいる。馬を槍で刺す者もいる。大砲の準備をしている者もいるし、一列に並んで下知を待つ鉄砲隊もいる。

 そのまましばらくの間、戦闘がつづいたんだが、主将の采配が互角らしく、かんたんには勝負がつかないようだ。

 両軍いずれも死屍累々で、悲惨な光景……でも、見ている方はまぶたが重くなってきた。この怪異を最後まで見届けねばと、意識を集中するけれども、昼間の疲れでそれも怪しくなってきた。

 うとうとしては、はっと目をさます。

 目の前では、小人が刀や槍をふるって奮戦中。

 火縄銃の部隊が、突然発砲する。

 うるさいんだけれども、なぜかまた……眠りこんでしまう。

 次に目をさましたときには騎馬隊が、あろうことか藩士の二の腕から駆けくだって、突撃を開始したところだった。

 これで勝負あったか……だが、いくさの行方を見届けようと意識をむけたはずが、次の瞬間には寝てしまう。

 大体こんなことを払暁までくりかえし、いくさの帰趨がわからないまま朝を迎えた。

 当然、睡眠不足でね。

「ねずみの仕業といふ者あるも、まこと修羅の極みならん」

 なんて、日記の作者はすましてるんだけどさ……鰹売りから聞いた噂話がね、怪談に化けた。この作者、そう記した晩から三日連続、同じ目にあったんだね。

 正体を突き止めようと、飼い猫を寝間にはべらせたり、濃い茶をいっぱい飲んでみたんだが、噂話どおりだった。

 三日目になって、どうやら関ヶ原の一戦を再現したものらしいと気づいたくらいでね。

 別の人から、作者が聞いたことには……。

「この怪、話を聞きし者のもとに現ると。誰かに話さば、すなはち止むとなむ」

 話を聞いたら、その怪異が起きる。誰かに話せば止むってさ。

 今もよくあるパターンだよね。この話を聞いたら……っての。それが、二百年近く前にもあったっていうのが、面白いじゃないか。かえって斬新でね。

 ああ、俺のところには出なかったよ。この話を、ただ字面をなぞって読んだだけだからかもしれないね。あんたはどうかな……俺から話を聞いたわけだから。

 いいんじゃないの、ちょっと寝不足になるくらいだし。小人の関ヶ原合戦、見てみたら?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み