第5話 寂しいんだ

文字数 1,582文字

 私は北海道のAというところの出身でして、中学生の頃まで住んでいました。数年前まで祖母がAに住んでいたんですが、今は亡くなったので、家だけが残っています。

 町を縦断するように川が流れていて、橋がいくつかかかっておりまして……そのうちのひとつ、土腐橋のたもとに立っている電柱の下に、奇妙なおばさんがいたんですね。

 しばらくの間……そうですね、だいたい一年くらいでしたか。宵の口になると、おばさんが電柱の下に現れる、ということがあったんです。

 土腐橋は祖母の家から、歩いてほんの二、三分ほどの場所でしてね。祖母も私も、たびたび見かけたものです。なぜか、私の両親や妹、祖父はとうとう、おばさんを見ないままで終わりました。

 そのおばさん、見える人には妙にくっきり見えるし、見えない人にはまったく見えない。見える人はみんな、電柱に向かってうずくまっているのを目撃していたんですよね。ちょうど、かくれんぼの鬼がするように。そんな体勢ですから、顔を見た人はおりません。

 ああ、そうですね。おばさんではなく、おじさんではないのかとおっしゃる。

 確かに、何となくそんな雰囲気だから、あれはおばさんだ、となっていただけです。ひょっとしたら、おじさんだったのかもしれませんね。顔を見てみたら……案外、ね。

 まあおばさんだったとして、話をつづけましょう。

 おばさんは、ぽっちゃりした体型で、頭には赤いスカーフのようなものをつけていました。

 田舎ですから、知り合いじゃないにしても、たいていの人とは面識があります。でも、私も祖母もこんなおばさんは知らない。

ご近所の噂話にのぼり、やっぱり見た人もいれば見ていない人もいたんです。あれは誰なんだろうということになりました。でも、知っている人はただの一人もおりません。

 夜のまだ早い時分から立っているので、夕食の買い物帰りの人が通りがかって、目撃したこともあったそうです。

 そうして誰だろう、気持ちが悪いといいつつもしばらくたって、これは祖母から聞かされたんですが、おばさんに話しかけた人がいたっていうんです。

 その人というのは当時の国鉄か営林署か、どこかから転勤してきた家の主婦で、祖母とはそれほど仲がよいわけではなかったようですから、要はまた聞きですね。

 具合が悪いのかと思って、声をかけたらしい。

 するとおばさん、ただひとこと、

「寂しいんだ」

 といいます。

 何が寂しいのさ……と聞いてもただ、寂しいんだ、とまったく同じ口調で答えるのみ。

 それで、ああ、この世のものではないんだ、と気づいて、慌てて逃げたそうです。

 このおばさん、何となくですが、水産加工場に勤めていた人ではないかなと思うんです。その頃、同じような身なりをした人が、たくさん働いていましたから。でも、どこの加工場の人も、おばさんを知らなかったというのは不思議です。

 Aにはまだ、けっこう幼なじみがいて、この話を憶えているやつもいると思いますよ。よければ、連絡してみましょうか?

 土腐橋は架けかわっていませんし、電柱も当時のまんまのはずです。

 ああ、おばさんは最初に申しましたが、一年くらいたった頃、いつのまにか現れなくなったんですよ。残念ながらAに行ってももう、おばさんに会うことはできないでしょうね。

 この手にあるような恨みやら、因縁やらなさそうなものなのに、なんでそのおばさんは出てきたんでしょう。

 おばさんの言っていたように、本当に寂しかっただけかもしれませんね。誰もおばさんを知らない、という状況……。

 今はどうしているんでしょうね。

 もう現れないということは、寂しくなくなったのかもしれません。

 死んだのちも人間、寂しさからは逃れられないんでしょうかね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み