第69話 とうまん

文字数 1,509文字

 おばあちゃんが亡くなったときは、いろいろなことがあったよ。

 妹の夢枕に立ってね。お別れをいいにきたって。なぜか妹のところだけ。あたし、寝ぼけてたんじゃないのっていったんだけどね。

 おばあちゃんちの畑に、ぶどう棚があったのね。私の子供のころからやってて、おいしいぶどうがなるのよ。おばあちゃんがぜんぶやってて、みんなおいしいっていうから、おばあちゃん、がんばって世話してた。

 亡くなってからしばらくしてね、誰もぶどうの世話ができないってことになって、じゃあ残念だけど、もう片づけようってことになったの。それで、伯父さんが棚から蔓をとっているときなんだけど、足元からビューンと何か丸いものが飛びあがったんだって。

 ううん。鳥なんかじゃなかったって。ほんと一瞬、ビューン、と。その丸いものが、アッと思った次の瞬間には伯父さんの頬をかすめて、一直線に飛びあがった。空を見上げたんだけど、そのときにはもう米粒くらいになってて、すぐに見えなくなってしまった。

 魂って、そんなものなのかもしれない。

 おばあちゃん、ぶどう棚を片づけてほしくなかったのかなって思う。

 このおばあちゃん、私から見たらお父さんのお母さんなんだけど、お父さんの夢にも出てきてね、身体に気をつけなさい、健診をちゃんと受けなさいっていうから、いつもより詳しく診てもらったらガンが見つかったの。うん。早期だったからね、今はもう元気すぎるくらい。

 ……こうやってね、親戚中いろいろな人のところにきたみたいなんだけど、なぜか私のところには、おばあちゃん、こなかったのね。

 孫の中では私だけ仲間外れよ。みんな、何らかの方法で出てきた、おばあちゃんと関わりあってる。別に私だけ嫌われてたわけじゃないと思うんだけどね。

 親戚が集まったとき、それをネタにいじられたこともあったの。

 私も特別、おばあちゃん子だったわけでもないし、そんなこと、気にしなかったんだ。おばあちゃんが、って話を聞いても、よかったね、おもしろかったね、で済ましてた。

 ところが……とうとう私のところにも、おばあちゃんがきたのね。

 夢枕に立ったの。

 私は夢の中で、おすしを食べてたの。いや、回転ずしとか、回らないおすし屋さんとかじゃなくて、スーパーなんかで買ってきたやつね。

 場所は今住んでいるアパートで、仕事から帰ってきたあとのような感じ。おばあちゃんは、ベッドのある部屋から出てきてね、私がおすしを食べてるのを見て、

「あんただけ、おいしいもの食べて」

 っていうのよ。

 はあ? って感じでしょ。そんな、すごーくおいしいもんでも、ないでしょうに。でもね、あたし聞いたのよ。

「おばあちゃん、何か食べたいものあるの?」

 そしたら、おばあちゃん、満面の笑みで、

「とうまん」

 とうまん、知ってる? 小さい大判焼みたいなので、中に白あんが入ってるやつ。札幌あたりではよく知られてるけど、どっちかというと庶民的なおやつよね。なぜか、そのとうまんが食べたいって。

 それから仏壇にも、お墓参りのときも、とうまんを買ってお供えすることにしたのね。

 おばあちゃんが出てきたって夢の話をしたら、寝ぼけてたんじゃないのって妹にいわれたんだけど。

 おばあちゃん、若いころ札幌にいたから、思い出の味だったのかもね。

 お供えしてほしいって私だけに頼むのは、どういうことかなって、たまに思うんだけどね。

 それ以来、おばあちゃんは私のところにはきていないし、親戚のところにも現れていないみたい。

 とうまんで、満足したのかな。
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