第61話 葬儀の花嫁

文字数 1,748文字

 おじいちゃんが亡くなったときのことなんだけどね、お通夜のとき親戚みんなで、お寺に泊ったのよ。

 でも、何だか泊まる部屋が古くさいし、みんな真夜中まで飲んで騒ぐのがわかってたから、実家に一度、戻ることにしたのね。 

 お式が終わったあと、ちゃんと寝たいから帰るっていって支度してたら、伯父さんが近づいてきて、こういうわけ。

「一人で行ったら、引っ張られるぞ」って。

 お葬式の間は単独行動をするな、亡くなった人が道連れにするからって。昔から私の実家のあたりでは、よくいうんだけどね。

 そう、昔から、なのよ。いいつたえ。でも私は、そんなの迷信じゃないって、取り合わなかった。

「疲れていて判断が鈍るから、二人以上で行動しろってことだよ。私はだいじょうぶ!」

 伯父さんにそういったら、確かにそうかもなっていってた。

 荷物なんかはないからすぐ車に乗りこんだのよ。そこへお母さんが走ってきてね、持っていきなさい、って何かを渡してきたの。

 受け取ってみたら、人形だったのね。

 和服姿の女の人形……博多人形みたいに、すらっとした感じのね。

 寺のどこかにあったものを、勝手に持ってきたみたいなんだけど……二人で行動することになるから、おまじないだから、とか何とかお母さんがいうのへ、「わかったから、わかったから」って振り切って、帰ったのよ。

 でも着いたときには、人形のことなんか忘れてたし、助手席に置きっぱなしにしちゃったのね。

 化粧を落としたり、シャワーを浴びたりして自分の部屋に戻ったら、やっぱりちょっと疲れてはいたのよね。親戚っていっても、けっこういっぱいいたし、それなりに気をつかってね。

 ベッドの上に横になったら、すぐ寝ちゃったみたいで。

 でも一回、目を覚ましたの。時計を見たら、ちょうど日付が変わる頃だし、まだ早すぎるって、もう一度寝ようとしたのね。それで布団をかけ直した瞬間にね、バチン! て、大きな音がした。

 鞭のようなもので。布か何かを叩いたみたいだった。

 びっくりして跳ね起きるたらさあ……足下の壁の方にね、出たのよ。花嫁姿の女が、ぬうーっと。

 ウェディングドレスを着てるんだけど全身、真っ黒に見えた。

 おかしいのはね、メンデルスゾーンの結婚行進曲が流れているのよ。おあつらえむきでしょう?

 低音が響くところで、部屋全体が震えるくらい、それがかなりうるさくてね。

 何だこれはって思ったんだけど、そのとき私、上半身を起こした状態でしょう? ベッドから出ようとしたら、急に金縛りになってね。ほんとに突然……雷が落ちたみたいだった。それでベッドの上に仰向けに倒れちゃって。

 その私の上を、女が踏みつけて歩きだしたのよ。

 まるで、私の身体の上を通り道みたいにしてね。踏まれている感触があったし、ドレスの裾が、布団をかすめているのも見えた。

 女は一歩ずつ、歩きにくそうに足元から進んできてさあ……痛いし、苦しかった。

 おなか、胸とのぼってきて、顔が踏まれそうになったとき、そいつがね、ほっぺたで足をすべらせたのよ。

 あっ、転ぶ! って思ったの。

 でも女は、体勢を崩した瞬間に消えちゃったのね。

 それで私も寝たんだけど、朝になって、少し寝坊したからって、ちょっと慌てて支度して車に乗り込んだところでね、そういえば人形があったな、って思い出したのよ。

 でも、助手席にはなかったのね。

 確かに置いたはずなのに変だなって、ちょっと気になってね。後ろ見たり、下を見たり……あちこち探しているうち、ダッシュボードを開けてみたらさあ、そこに首だけ、あったのよ。

 首から下は、なぜかトランクの中にあった。

 首のとれた跡は、鋭利な刃物でスッパリ切ったようだった。

 お葬式がぜんぶ済んだあとに、お母さんに話したら、だからいわんこっちゃないって。

 でも「死んだ人に引っ張られるって話じゃなかったっけ?」っていったら、理屈をいうなで終わっちゃった。

 まあ、ウェディングドレス姿の女だったから、おじいちゃんにはたぶん、関係ないとは思う。

 ああ、そいつが出てきたのも、そのときだけ。一回だけね。
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