第15話 燈籠崩し

文字数 1,284文字

 わしが幼い頃のこと、養子に入った家の話じゃ。

 その家には二十坪くらいの庭があった。石を置いて池をつくったり、木を植えたりして、なかなか風流なもんだったんじゃが、たいていそんな庭には、燈籠がありそうなもんじゃろう。

 確かに客の中にも、庭を見て、燈籠のないのが何だか寂しいという者もあった。

 するとそのたびにな、わしの養父がいうんじゃ。

「この家では、庭に燈籠を立てないことになっとる」とな。

 理由はよく分からん。とにかく代々、禁忌になっとるんじゃと。

 それでおさまらん者がおって、ああ……筋骨隆々の若い男。神さんも仏さんも信じとらん罰当たりじゃったな。そんなの迷信だの何だのいって聞かない。

 こういう話でこういう手合いが出てきたら、痛い目に遭うに決まっとろうな。

 まあ、つづけよう。

 その若い男、養父の許しを得てなあ……翌日、どこから運んできたのか、石燈籠を立てたんじゃ。

 そうさなあ、その石燈籠の丈は、わしと同じくらいじゃったかの。一メートル三、四十くらいか。

 男は設置してからしばらくいたが、何にもないわ、やっぱり迷信じゃとはき捨てて、帰っていった。

 ところが翌朝になってわしがふと庭を見るとな、燈籠の宝珠、傘、竿が分解されて、立てたところに行儀よく並べられとった。

 むろん、誰がやったわけもない。うん、夜中に外から人が入ってくることはできたろうよ。それで、分解して、きれいに並べていったと。酔狂であってもまあ、ありえなくはない。

 養父が男に連絡すると、すぐにまたやってきた。

 別な燈籠を調達して……知り合いだか何だか、二、三人連れてきて、分解した燈籠を組みなおして、さらに新しい燈籠をその横に置いてなあ。養父には、あんたがやったんだろうなどと食ってかかる。

 売り言葉に買い言葉、養父は、じゃあ一晩中見張ってみやがれという。男の方はむろん引くことなど思いもよらぬ。寝ずの番をすることになった。

 わしもな、日付が変わる頃まで頑張って、眠い目をこすりつつ庭を見ていたが、何も起こりゃあせん。我慢できずに、まもなく眠ってしまった。

 さて翌朝になると、やっぱり宝珠、笠、竿……分解されて、きちんと置かれていた。そうじゃ。二基とも……どっちもじゃ。

 男によれば、目を離しはしたが、ほんの一瞬だったという。

 その一瞬のうちに、石燈籠がばらばらになっていたんだと。そのときはもう、初めの威勢はどこへやら、青い顔して震えとったな。まあ徹夜したせいもあるんじゃろうが。

 それで男は、もう諦めることにしたという。

 いやいや、それだけ。それだけで、後難なんてもんはなかったよ。

 燈籠を置いたらばらばらにされる、ただそれだけの話じゃ。それ以降も、わしが家で生活していく上で何の支障もなかった。

 ただ、わしは二十歳のときに養子関係を解消することになって、その家を出たからのう……あとのことは知らん。

 ああ、その家の場所な……神田じゃ。

 古本屋街まで歩いて五分くらいのところに、いまもある。
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