第46話 水の音

文字数 1,127文字

 ずいぶん昔の話で、元祖ウォークマンが発売されてまもなくの頃のことです。

 ラジオの深夜番組をカセットテープに録音して、編集するのが趣味という男がいたんですね。勤め人なので、ふだんはタイマーで録音して、休日にそこからピックアップして、好きな曲だけを一本のテープにまとめる。

 カセットテープがどんどん増えていきまして、ゆうに千は越えていたそうです。

 ところが、ある日の出勤中、ウォークマンで編集したテープを聴いていると、奇妙な音に気づいたんです。

 曲の背後に……かぶさるようにして、水の音がするんです。

 小川のせせらぎのような静かなものではなくて、ゴゴーッと、増水した川の流れを思わせる音でした。

 洋楽で、当時よく聴かれていたグループ。制作サイドの演出とは考えにくい内容でした。

 その人は、当然、ノイズを疑いましたね。でも、ステレオにも金をかけているし、好きなものですから機器の相性も熟考して組んでいます。調子も、すこぶるいい。カセットテープの方だって、もちろん重ね録りなんてしていません。

 試しに電源を切ってみたところ、ゴゴーッという洪水のような音は消えました。

 耳がおかしいのか、それとも気づいていないだけで、どこかでノイズが入ったのか。

 その晩、帰宅してすぐに、曲を流していた番組にあたってみました。そのカセットテープに録音するときも、いつものように番組をまるごと入れてたんですね。

 その洋楽が紹介される、ちょっと前でした。

 パーソナリティが、こういっていました。

「今年の夏は、海難事故が多いですね。先月はM県で、今月に入ってすぐK県で……」

 そのあたりで、ゴォーッという音がしはじめました。

「まだ小さい子供だっていうのに、いたましいですね……」

 そこで数度、ぶちっ、ぶちっ――と、電源を落としたときのようなノイズが入りました。

 それでも依然として、ゴォーッという音はつづいています。

「本当にみなさん、気をつけてくださいね」

 そのとき、一瞬だけ、声が聞こえたんです。

「おかあさん!」

 その人ははっとして、テープをとめました。

 巻き戻して、ふたたび再生しました。

 でも、その声らしきものは、二度と聞けませんでした。

 その人って、実は私の父の同僚だったんです。子供の頃に一緒に遊んでくれたり、お菓子をもらったりしているうちに、こんな話を聞かされたんです。何かの話のついでにね。

 今もそのカセットテープがあるかどうかは、わかりません。確かめてみたくはありますね。

 残念ながら私が中学にあがる頃に転勤してしまって、今はもう連絡先がわからないんですけれども。
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