誓い
文字数 2,658文字
夏島に帰ってから、コウはメノア蒼神官と話し合い、中央冷暖房装置の部署をたちあげた。
そして、水を浄化するための浄水場、街をめぐらす管をつくるための工場をつくった。
この二つは、この先ずっと必要になってくるものだったからだ。
肝心なのは、この二つを作っても、夏島の環境が保たれるということ。
この二つをつくる際に、私はコウに再三、毒性のあるものが出ないかと確認した。
コウとて夏島に住む人間だ。自分の首をしめるような毒が出ないことは、作る前から検証済みなようで、安心した。
夏島では生活用水に川の水をつかっていたが、口に入れる際には必ず煮沸していた。
それは、ある程度浄化した水でも煮沸するのがいいが、以前よりは格段に安全になるだろう。
そういう報告を、私は朝にメノア蒼神官から受けていた。
何もかもが順調に進んでいるように思える。
そんなある日。
朝の報告のとき、私の執務室にメノア蒼神官と一緒にコウがやってきた。
久しぶりに会ったコウは、活発な青年期を過ぎて、少しだけ歳をとっていた。
私をみると、深く頭をさげる。
コウが私のもとへ来たと言うことは、何か要件があるからなのだろう。
「コウ。冷房装置の具合はどうなっている?」
「はい、レイファルナスさま。順調にすすんでいます。ですので、いぜんネイスクレファさまからいただいたダイアモンドを使って、夏神殿に冷房装置を実装したいのです。許可をいただければ幸いです」
これは実質、実験だろう。
「試作を作りたい、ということ?」
「はい。メノア蒼神官とも相談して、はじめに夏神殿に冷房を巡らしてみようということになりました」
蒼神官はこの夏島の人間達の長だ。蒼神官が良いと言っているのなら、私が否やを言うこともない。
「それならばやってみればいい」
「はい! それと、夏神殿前庭に、噴水も作りたいのです」
「噴水? なぜ?」
「夏神殿に冷房施設が整ったら、各島から視察がくるでしょう。その際に、ここまで噴水を引けば、水道に関する技術もあるということが見せられます」
「なるほど。ならば、好きにやってみるといい」
コウはまた頭をさげて大きく「はい」と返事をした。
「コウ……私ははじめ、この計画を実現することは無理だと思っていた。しかし、だんだんと準備が整っていくのを見ていると、これは本当に実現するのではないかと思えてくる。だから、私は君を全面的に応援する。全力でやってほしい」
「光栄です。その期待に応えられるように、心血をそそいで計画にあたります」
私はふっとコウのことばに笑顔が出た。
「私に、この施設の完成をみせてほしい」
「はい、かならず。あなたさまにこの冷暖房装置をお見せしてみせます」
コウはそう言って指を三本胸にあてるという誓いの仕種をし、また私に頭をさげる。
その様子に、私はとても大きな期待が胸にわくのを感じた。
「明日は夏神殿の冷房と、噴水についての計画をご説明します」
「ああ、楽しみにしている」
次の日、朝の報告の時間にコウはやってこなかった。
昨日の今日で、もう約束をやぶった彼に怒りがわく。
メノア蒼神官に事情を聞くが、コウが来ない訳は、彼女も詳しくは分からないようだ。
「メノア蒼神官。コウはなぜ来ない? もう誓いを忘れてしまったの?」
「いえ、そんなはずは……コウ博士に限って……」
彼女は歯切れ悪く目を泳がす。
私は我慢がならず、コウの元へ自分から行くことにした。
いま現在、コウは当直の神官のように夏神殿内に住居を構えている。
なので、私はメノア蒼神官に案内させて、彼の元へと向かった。
扉の前まで来ると、くぐもった咳が聞こえてきた。
昨日まで元気だったが、今日になって風邪でもひいたのだろうか。
彼への怒りは、だんだんと心配に代わっていく。
「コウ、私だ。扉をあけてもいい?」
「……レイファルナスさま……! いえ、もう少しお待ちくだされば……」
そう言って咳き込むので、私は彼が熱でも出しているのではないかと思い、蒼神官がもっている合鍵で扉を開けさせた。
「悪いと思うけど、入らせてもらうよ」
「ああ……!」
コウは正面に置かれたベッドから、ずり落ちるようにしてはいでていた。
その顔はとても青い。熱があるのなら赤いはずなのに。
「レイファルナスさま……申し訳ありません……今日は大事な日なのに……」
咳き込みながらそう言う彼は痛々しくて、見ていられないほどだった。
いつも元気な彼がこういう状態なのは、とても胸が痛い。
「コウ……体調がわるいのなら、医者に診てもらった方がいい。今日のことは咎めないから。いつからなんだ?」
あまりに体調がわるいので、昨日今日という病(やまい)ではない気がした。
「いえ、つい最近です。ちょっと胸が痛いと思うくらいで」
「コウ、無理はしないで。しばらく静養していては?」
私が心配して言うと、コウは青い顔に瞳だけをキラキラと輝かせた。
「いえ、計画に支障がでますから」
「では、今日だけでも寝ていてほしい」
私がそういうと、コウはしぶしぶと承諾して、ベッドの中へ戻った。
「何か食べたいものはある?」
「いえ。レイファルナスさまの手を煩わすわけにはいきませんから」
「いいから。神官に持ってこさせる」
「では……果汁水が飲みたいです」
コウが、はにかみながらそう言ったので、私は傍らに控えていた蒼神官に、持ってきてくれるように頼んだ。
彼女は自らが厨房へと果汁水を取りに行ってくれた。
「すぐに用意できるから」
「すみません、レイファルナスさま」
ごほごほと咳こむ彼の顔を覗き込む。
よくみるとコウは、以前よりも少し痩せたような気がする。
「レイファルナスさま……」
「なに?」
かすれた声で彼は目を閉じた。
「僕は……幼い頃からこの夏島に冷房があればいいと思っていました。その空想を友達に話すと、笑われてばかりいて……」
「君の子供の頃の話か。笑われてばかり、なんて少し信じられないけれどね」
苦笑気味に言えば、彼は目を閉じたまま深く息を吸い、少し咳き込んだ。
いま、彼は自分のことを「僕」と言っていた。
普段はそういっているのだろう。自分のことを「私」と言ってかしこまっていたのは、重要な話をするさい、侮られないようにするためだろうか。
「いえ、僕は本当に人にバカにされてばかりだったんです」
そう言ってコウは懐かしい目で遙か遠くを見つめる。
「少し聞きたいな。君の子供時代のこと」
「僕も語りたいと思っていたところです」
苦笑気味で私に微笑みかけると、彼は語りだした。
そして、水を浄化するための浄水場、街をめぐらす管をつくるための工場をつくった。
この二つは、この先ずっと必要になってくるものだったからだ。
肝心なのは、この二つを作っても、夏島の環境が保たれるということ。
この二つをつくる際に、私はコウに再三、毒性のあるものが出ないかと確認した。
コウとて夏島に住む人間だ。自分の首をしめるような毒が出ないことは、作る前から検証済みなようで、安心した。
夏島では生活用水に川の水をつかっていたが、口に入れる際には必ず煮沸していた。
それは、ある程度浄化した水でも煮沸するのがいいが、以前よりは格段に安全になるだろう。
そういう報告を、私は朝にメノア蒼神官から受けていた。
何もかもが順調に進んでいるように思える。
そんなある日。
朝の報告のとき、私の執務室にメノア蒼神官と一緒にコウがやってきた。
久しぶりに会ったコウは、活発な青年期を過ぎて、少しだけ歳をとっていた。
私をみると、深く頭をさげる。
コウが私のもとへ来たと言うことは、何か要件があるからなのだろう。
「コウ。冷房装置の具合はどうなっている?」
「はい、レイファルナスさま。順調にすすんでいます。ですので、いぜんネイスクレファさまからいただいたダイアモンドを使って、夏神殿に冷房装置を実装したいのです。許可をいただければ幸いです」
これは実質、実験だろう。
「試作を作りたい、ということ?」
「はい。メノア蒼神官とも相談して、はじめに夏神殿に冷房を巡らしてみようということになりました」
蒼神官はこの夏島の人間達の長だ。蒼神官が良いと言っているのなら、私が否やを言うこともない。
「それならばやってみればいい」
「はい! それと、夏神殿前庭に、噴水も作りたいのです」
「噴水? なぜ?」
「夏神殿に冷房施設が整ったら、各島から視察がくるでしょう。その際に、ここまで噴水を引けば、水道に関する技術もあるということが見せられます」
「なるほど。ならば、好きにやってみるといい」
コウはまた頭をさげて大きく「はい」と返事をした。
「コウ……私ははじめ、この計画を実現することは無理だと思っていた。しかし、だんだんと準備が整っていくのを見ていると、これは本当に実現するのではないかと思えてくる。だから、私は君を全面的に応援する。全力でやってほしい」
「光栄です。その期待に応えられるように、心血をそそいで計画にあたります」
私はふっとコウのことばに笑顔が出た。
「私に、この施設の完成をみせてほしい」
「はい、かならず。あなたさまにこの冷暖房装置をお見せしてみせます」
コウはそう言って指を三本胸にあてるという誓いの仕種をし、また私に頭をさげる。
その様子に、私はとても大きな期待が胸にわくのを感じた。
「明日は夏神殿の冷房と、噴水についての計画をご説明します」
「ああ、楽しみにしている」
次の日、朝の報告の時間にコウはやってこなかった。
昨日の今日で、もう約束をやぶった彼に怒りがわく。
メノア蒼神官に事情を聞くが、コウが来ない訳は、彼女も詳しくは分からないようだ。
「メノア蒼神官。コウはなぜ来ない? もう誓いを忘れてしまったの?」
「いえ、そんなはずは……コウ博士に限って……」
彼女は歯切れ悪く目を泳がす。
私は我慢がならず、コウの元へ自分から行くことにした。
いま現在、コウは当直の神官のように夏神殿内に住居を構えている。
なので、私はメノア蒼神官に案内させて、彼の元へと向かった。
扉の前まで来ると、くぐもった咳が聞こえてきた。
昨日まで元気だったが、今日になって風邪でもひいたのだろうか。
彼への怒りは、だんだんと心配に代わっていく。
「コウ、私だ。扉をあけてもいい?」
「……レイファルナスさま……! いえ、もう少しお待ちくだされば……」
そう言って咳き込むので、私は彼が熱でも出しているのではないかと思い、蒼神官がもっている合鍵で扉を開けさせた。
「悪いと思うけど、入らせてもらうよ」
「ああ……!」
コウは正面に置かれたベッドから、ずり落ちるようにしてはいでていた。
その顔はとても青い。熱があるのなら赤いはずなのに。
「レイファルナスさま……申し訳ありません……今日は大事な日なのに……」
咳き込みながらそう言う彼は痛々しくて、見ていられないほどだった。
いつも元気な彼がこういう状態なのは、とても胸が痛い。
「コウ……体調がわるいのなら、医者に診てもらった方がいい。今日のことは咎めないから。いつからなんだ?」
あまりに体調がわるいので、昨日今日という病(やまい)ではない気がした。
「いえ、つい最近です。ちょっと胸が痛いと思うくらいで」
「コウ、無理はしないで。しばらく静養していては?」
私が心配して言うと、コウは青い顔に瞳だけをキラキラと輝かせた。
「いえ、計画に支障がでますから」
「では、今日だけでも寝ていてほしい」
私がそういうと、コウはしぶしぶと承諾して、ベッドの中へ戻った。
「何か食べたいものはある?」
「いえ。レイファルナスさまの手を煩わすわけにはいきませんから」
「いいから。神官に持ってこさせる」
「では……果汁水が飲みたいです」
コウが、はにかみながらそう言ったので、私は傍らに控えていた蒼神官に、持ってきてくれるように頼んだ。
彼女は自らが厨房へと果汁水を取りに行ってくれた。
「すぐに用意できるから」
「すみません、レイファルナスさま」
ごほごほと咳こむ彼の顔を覗き込む。
よくみるとコウは、以前よりも少し痩せたような気がする。
「レイファルナスさま……」
「なに?」
かすれた声で彼は目を閉じた。
「僕は……幼い頃からこの夏島に冷房があればいいと思っていました。その空想を友達に話すと、笑われてばかりいて……」
「君の子供の頃の話か。笑われてばかり、なんて少し信じられないけれどね」
苦笑気味に言えば、彼は目を閉じたまま深く息を吸い、少し咳き込んだ。
いま、彼は自分のことを「僕」と言っていた。
普段はそういっているのだろう。自分のことを「私」と言ってかしこまっていたのは、重要な話をするさい、侮られないようにするためだろうか。
「いえ、僕は本当に人にバカにされてばかりだったんです」
そう言ってコウは懐かしい目で遙か遠くを見つめる。
「少し聞きたいな。君の子供時代のこと」
「僕も語りたいと思っていたところです」
苦笑気味で私に微笑みかけると、彼は語りだした。