100年後の世界
文字数 2,642文字
「レイファルナスさま、冬主さまとルーシャス白神官さまは、もうすぐ到着するころですね」
「ああ、そうだね。緊張しているの? 無理もない」
「緊張はしていますが、ワクワクもしています。だって、この夏神殿の冷房の完成を、みんなに見せられるのですから! 順調に進んでいてうれし……ごほっ…です」
コウはくるし気に最後に咳をまじえた。
最近のコウは、また痩せたように思う。
それでも、彼の目は前だけを向いていた。
「僕、季主の道までお二人を迎えに行ってきます。実際、案内がいないとここまではこられないですから」
「ああ、わかった。行って来るといい」
私は彼を送り出したあと、夏神殿三階に位置する執務室の窓から下にみえる、三基の噴水を眺めた。
ざあざあと水が出ている。自然の原理を活かした、永久にとまることがない噴水。
そして、その水を巡らし、冷風を生み出す、夏神殿の冷房装置。
今日は冬主ネイスクレファとルーシャス白神官、それに主島の大神官が、この施設を見学に来る。
コウは朝からそわそわしていて、緊張しているようだったが、自分の発明の成果が形になり実用化されていることに自信も持っていた。だから、次の段階――首都へこの冷暖房装置をひくための説明と、しくみを彼らに納得させることにも、自信をもっているようだった。
「やあ、ネイスクレファ。よく来てくれたね。さあ、座って」
みんなが私の執務室にそろうと、お互いに手をとりあって握手をした。
冷たい茶をふるまう。茶が冷たいということも、ここでは珍しいことだった。
そして、すでにこの部屋では、冷房装置が稼働していて、涼風が吹いていてすずしい。
「さて、ネイスクレファもルーシャス白神官も、大神官も、ここに来るまでに、もうあらかた冷房の様子は分かったと思う。ここでは、ネイスクレファが力を籠めた、小さなダイアモンドを動力にして、この冷房が使えている」
「ああ、あれを使ったのか」
冬主ネイスクレファが驚いたように声をあげた。
「あとでこの夏神殿の動力を見せるけど、その前にもう一つ見せたいものがある」
コウに視線をおくると、コウはうなずき、窓から下をみて手をあげた。
では、とコウが前置きすると、また手をあげる。
すると、外で噴き上げていた噴水の水が、十数本もの水の柱に分かれて、下から噴き上げた。
中央の大きなものと、周りの二基の噴水から、水の柱が躍る様に噴きでる。
ざあざあと音がして、水しぶきが周りに散っているのが分かった。
「これは噴水というものです。この施設の下には、水を通す管が配置されています。そして、水の中にも。これは水道管の施設の応用です。下にある装置で操作することで、様々に水が動く仕組みになっています。ちなみに水源は夏神殿よりも高い位置にある浄水場で、こことの高低差で水は噴き上がっています」
「噴水……」
「はい」
そう言うと、コウはまた下にいる人間に合図を送った。
水は左右でパッと別れたと思うと、交差し、また別れ、交差し。
「水が踊っているみたいじゃな」
「ほんとうに……」
ネイスクレファとルーシャス白神官と、主島の大神官は感心してそれを見ていた。
「夏島では、ここまで水に関しての技術があります。噴水はその技術を分かってもらう為につくりました。そして、気温を下げる働きもしますので、ここでは無駄なものではありません」
ざあああ、と水が噴き上がる。
ネイスクレファたちはコウの技術に感心しているようだった。
万事、計画通り。
彼らにも、この計画の先が想像できたのではないだろうか。
噴水と、夏神殿の冷房は、十分な説得力があったはずだ。
その後、冬島のルーシャス白神官から、冬島につくる暖房施設の技術者の養成と、派遣を頼まれた。
冬島でも現実味を帯びて計画が進められていく。
コウは冬島と主島の首都に走る水道の設計図も、そのころに描き上げた。
冬島にも主島にも、首都の水源となっている湖と川がある。
そこから夏島の施設のように、高低差を利用した水道の設計図を。
彼は、それを書き上げると、床 につく時間が増えてきた。
病院のベッドの上から、建設の指示をだし、相談にのっていた。
そんな日々が続いていたある日、私はコウに話がしたい、と言われた。
時間をつくって執務室でコウを待っていると、彼はだいぶやつれた顔で現れた。
「レイファルナスさま。もうすぐ、この首都キリブの水道工事が始まります」
「ああ、そのようだね。だんだんと現実味を帯びてきて、私もわくわくしている」
笑顔で応えると、コウも笑顔を浮かべた。
「今日は、レイファルナスさまをお連れしたい場所があるんです」
「私を……? どこに?」
不思議に思ってそう聞くと、彼はまたにこりと笑った。
「首都キリブが見渡せる高台です」
コウは、用意してあった馬車に私をのせて、キリブが見渡せる位置にある、浄水場の展望台へと連れてきた。
浄水場。
ここは、夏神殿と、キリブにひく水を浄化するために建てられた、高台にある施設だった。
眼下に首都キリブが見渡せる。
「レイファルナスさま。この町に僕のつくる冷房装置が行きわたって行くんです。夏島の配管設計図はもちろん、冬島と主島のものも、すでに描いてあります。あとは工事をするだけ。数十年後には、出来上がり―― 百年後には、きっと豊かで便利な世の中になっているでしょう」
「百年後……か」
コウは前にも言っていた。百年後の人々の生活の幸せを願って。
短い時間しか生きることができない人間であっても―― 特にコウは、心血を注いで人生のすべてをこの計画に捧げたといっていい。
「なぜ、百年後の人々のために、自分の人生をかけられるの?」
私は、切なくなって聞いてみた。
もっと、自分のためだけに生きても、誰も文句はいわないのに。
すると、コウは少し照れて頬を指でかいた。
「うーん、しいて言えば、僕の夢が満たされる満足感、でしょうか」
「ゆめ……?」
「ええ。僕は、僕の夢を追って計画を進めました。それが、たまたま百年後の人々の幸せと、重なったんです」
そういえば、コウのこの計画は、病気だった母親を楽にしてあげたかった、ということから始まった。
それが、こんな大規模な計画に発展したのだ。
夕方の、少しだけすずしい風が浄水場の展望台に吹き抜けた。
私とコウは、眼下に広がるキリブをみやる。
「ねえ、レイファルナスさま」
「なに?」
コウは首都キリブを見ながら、少し寂し気な口調で私に語り掛けた。
「ああ、そうだね。緊張しているの? 無理もない」
「緊張はしていますが、ワクワクもしています。だって、この夏神殿の冷房の完成を、みんなに見せられるのですから! 順調に進んでいてうれし……ごほっ…です」
コウはくるし気に最後に咳をまじえた。
最近のコウは、また痩せたように思う。
それでも、彼の目は前だけを向いていた。
「僕、季主の道までお二人を迎えに行ってきます。実際、案内がいないとここまではこられないですから」
「ああ、わかった。行って来るといい」
私は彼を送り出したあと、夏神殿三階に位置する執務室の窓から下にみえる、三基の噴水を眺めた。
ざあざあと水が出ている。自然の原理を活かした、永久にとまることがない噴水。
そして、その水を巡らし、冷風を生み出す、夏神殿の冷房装置。
今日は冬主ネイスクレファとルーシャス白神官、それに主島の大神官が、この施設を見学に来る。
コウは朝からそわそわしていて、緊張しているようだったが、自分の発明の成果が形になり実用化されていることに自信も持っていた。だから、次の段階――首都へこの冷暖房装置をひくための説明と、しくみを彼らに納得させることにも、自信をもっているようだった。
「やあ、ネイスクレファ。よく来てくれたね。さあ、座って」
みんなが私の執務室にそろうと、お互いに手をとりあって握手をした。
冷たい茶をふるまう。茶が冷たいということも、ここでは珍しいことだった。
そして、すでにこの部屋では、冷房装置が稼働していて、涼風が吹いていてすずしい。
「さて、ネイスクレファもルーシャス白神官も、大神官も、ここに来るまでに、もうあらかた冷房の様子は分かったと思う。ここでは、ネイスクレファが力を籠めた、小さなダイアモンドを動力にして、この冷房が使えている」
「ああ、あれを使ったのか」
冬主ネイスクレファが驚いたように声をあげた。
「あとでこの夏神殿の動力を見せるけど、その前にもう一つ見せたいものがある」
コウに視線をおくると、コウはうなずき、窓から下をみて手をあげた。
では、とコウが前置きすると、また手をあげる。
すると、外で噴き上げていた噴水の水が、十数本もの水の柱に分かれて、下から噴き上げた。
中央の大きなものと、周りの二基の噴水から、水の柱が躍る様に噴きでる。
ざあざあと音がして、水しぶきが周りに散っているのが分かった。
「これは噴水というものです。この施設の下には、水を通す管が配置されています。そして、水の中にも。これは水道管の施設の応用です。下にある装置で操作することで、様々に水が動く仕組みになっています。ちなみに水源は夏神殿よりも高い位置にある浄水場で、こことの高低差で水は噴き上がっています」
「噴水……」
「はい」
そう言うと、コウはまた下にいる人間に合図を送った。
水は左右でパッと別れたと思うと、交差し、また別れ、交差し。
「水が踊っているみたいじゃな」
「ほんとうに……」
ネイスクレファとルーシャス白神官と、主島の大神官は感心してそれを見ていた。
「夏島では、ここまで水に関しての技術があります。噴水はその技術を分かってもらう為につくりました。そして、気温を下げる働きもしますので、ここでは無駄なものではありません」
ざあああ、と水が噴き上がる。
ネイスクレファたちはコウの技術に感心しているようだった。
万事、計画通り。
彼らにも、この計画の先が想像できたのではないだろうか。
噴水と、夏神殿の冷房は、十分な説得力があったはずだ。
その後、冬島のルーシャス白神官から、冬島につくる暖房施設の技術者の養成と、派遣を頼まれた。
冬島でも現実味を帯びて計画が進められていく。
コウは冬島と主島の首都に走る水道の設計図も、そのころに描き上げた。
冬島にも主島にも、首都の水源となっている湖と川がある。
そこから夏島の施設のように、高低差を利用した水道の設計図を。
彼は、それを書き上げると、
病院のベッドの上から、建設の指示をだし、相談にのっていた。
そんな日々が続いていたある日、私はコウに話がしたい、と言われた。
時間をつくって執務室でコウを待っていると、彼はだいぶやつれた顔で現れた。
「レイファルナスさま。もうすぐ、この首都キリブの水道工事が始まります」
「ああ、そのようだね。だんだんと現実味を帯びてきて、私もわくわくしている」
笑顔で応えると、コウも笑顔を浮かべた。
「今日は、レイファルナスさまをお連れしたい場所があるんです」
「私を……? どこに?」
不思議に思ってそう聞くと、彼はまたにこりと笑った。
「首都キリブが見渡せる高台です」
コウは、用意してあった馬車に私をのせて、キリブが見渡せる位置にある、浄水場の展望台へと連れてきた。
浄水場。
ここは、夏神殿と、キリブにひく水を浄化するために建てられた、高台にある施設だった。
眼下に首都キリブが見渡せる。
「レイファルナスさま。この町に僕のつくる冷房装置が行きわたって行くんです。夏島の配管設計図はもちろん、冬島と主島のものも、すでに描いてあります。あとは工事をするだけ。数十年後には、出来上がり―― 百年後には、きっと豊かで便利な世の中になっているでしょう」
「百年後……か」
コウは前にも言っていた。百年後の人々の生活の幸せを願って。
短い時間しか生きることができない人間であっても―― 特にコウは、心血を注いで人生のすべてをこの計画に捧げたといっていい。
「なぜ、百年後の人々のために、自分の人生をかけられるの?」
私は、切なくなって聞いてみた。
もっと、自分のためだけに生きても、誰も文句はいわないのに。
すると、コウは少し照れて頬を指でかいた。
「うーん、しいて言えば、僕の夢が満たされる満足感、でしょうか」
「ゆめ……?」
「ええ。僕は、僕の夢を追って計画を進めました。それが、たまたま百年後の人々の幸せと、重なったんです」
そういえば、コウのこの計画は、病気だった母親を楽にしてあげたかった、ということから始まった。
それが、こんな大規模な計画に発展したのだ。
夕方の、少しだけすずしい風が浄水場の展望台に吹き抜けた。
私とコウは、眼下に広がるキリブをみやる。
「ねえ、レイファルナスさま」
「なに?」
コウは首都キリブを見ながら、少し寂し気な口調で私に語り掛けた。